屏風の虎 -their routes- ◆Xdenpo/R4U
暗い影を落とす拝殿の屋根。
鳥居や広場のある方向とは反対側のそこで、小柄な人影が張り付くように身を伏せていた。
南千秋だ。
彼女は戦闘開始前に真っ先に屋根へと上り、そのまま神社を後にした……わけではなかった。
グレーテルに逃げたと思わせておいて、ずっとこの屋根の上から、
広場で繰り広げられるニケとグレーテルの戦闘を観察していたのだ。
自分には首輪探知機とシルバースキンがある、
だからどんな状況でも無事に逃げきれるという打算含みの自信からの行動だった。
千秋は思う。
首輪探知機は本当に有用だった。自分以外にも複数。
この神社で隠れて様子を窺っている奴らがいることを教えてくれたのだから。
つまり、私は場の札が全て表になったあと、退却するのも漁夫の利を得るのも自由に選べるのだ。
私はどうすれば効率よくバカ野郎共を排除できるのか思索にふけろうとしたが……、
根をはったように頭の中にこびりついて邪魔をするものがあった。
鳥居や広場のある方向とは反対側のそこで、小柄な人影が張り付くように身を伏せていた。
南千秋だ。
彼女は戦闘開始前に真っ先に屋根へと上り、そのまま神社を後にした……わけではなかった。
グレーテルに逃げたと思わせておいて、ずっとこの屋根の上から、
広場で繰り広げられるニケとグレーテルの戦闘を観察していたのだ。
自分には首輪探知機とシルバースキンがある、
だからどんな状況でも無事に逃げきれるという打算含みの自信からの行動だった。
千秋は思う。
首輪探知機は本当に有用だった。自分以外にも複数。
この神社で隠れて様子を窺っている奴らがいることを教えてくれたのだから。
つまり、私は場の札が全て表になったあと、退却するのも漁夫の利を得るのも自由に選べるのだ。
私はどうすれば効率よくバカ野郎共を排除できるのか思索にふけろうとしたが……、
根をはったように頭の中にこびりついて邪魔をするものがあった。
「世界には数え切れないほどバカバカしいものが溢れかえっている、か……」
思わず復唱してしまったのは、先ほどのニケとかいうヤツの言葉。
少し前、底の見えない真っ暗なトンネルの前で私はそれと同じことを思っていた。
カナに自分の愚かしさを説き伏せてやるのも、トウマと意地を張り合うのも。
藤岡を椅子にするのも、マコトに水の入ったバケツ持たせて立たせておくのも。
考えてみればどれもこれもバカバカしいものばかりだ。
けれど。
……そのバカバカしいものはどうしようもなく尊いものだったんだ。
少し前、底の見えない真っ暗なトンネルの前で私はそれと同じことを思っていた。
カナに自分の愚かしさを説き伏せてやるのも、トウマと意地を張り合うのも。
藤岡を椅子にするのも、マコトに水の入ったバケツ持たせて立たせておくのも。
考えてみればどれもこれもバカバカしいものばかりだ。
けれど。
……そのバカバカしいものはどうしようもなく尊いものだったんだ。
顔を半分くらい屋根の頂上へと乗り出させ、恐る恐る広場の様子を窺うのと同時に。
ゴバッ! という突風が吹き荒れ反射的に目を細める。
土砂が噴水みたいに宙を舞い、後から金属がぶつかり合う音がいくつも聴こえてきた。
もしも……。
もしも、あそこで手を差し伸べられたのがグレーテルじゃなくて私だったら。
私は、あの手をとっていただろうか?
少しだけそんなことを考えてみて……下らない、とすぐに吐き捨てた。
未練がましい。故意に二人も殺しておいて、まだ私はあんな甘言に溺れてしまうほど弱いのか。
私はハルカ姉さまやみんなのところに帰るためなら何でもするって決めたんだ。
だから……、私の決意を鈍らせるバカ野郎は死ねばいい。
叶わない夢、ありもしない希望を振り撒くバカ野郎は死ねばいい。
私を救おうとするバカ野郎も。私を殺そうとするバカ野郎も。
ゴバッ! という突風が吹き荒れ反射的に目を細める。
土砂が噴水みたいに宙を舞い、後から金属がぶつかり合う音がいくつも聴こえてきた。
もしも……。
もしも、あそこで手を差し伸べられたのがグレーテルじゃなくて私だったら。
私は、あの手をとっていただろうか?
少しだけそんなことを考えてみて……下らない、とすぐに吐き捨てた。
未練がましい。故意に二人も殺しておいて、まだ私はあんな甘言に溺れてしまうほど弱いのか。
私はハルカ姉さまやみんなのところに帰るためなら何でもするって決めたんだ。
だから……、私の決意を鈍らせるバカ野郎は死ねばいい。
叶わない夢、ありもしない希望を振り撒くバカ野郎は死ねばいい。
私を救おうとするバカ野郎も。私を殺そうとするバカ野郎も。
「どいつもこいつも死ねばいいのに……」
* * *
あの新しい剣を取り出してから、ニケの動きが別人のように鋭くなった。
グレーテルは無意識のうちに感嘆する。
元々身のこなしと勘の良さには目を見張るものがあったが、
それに加えて太刀筋まで苛烈なものに変化している。
現に、確実にポイントしてニケへと撃ち出したソードカトラスの9mm弾が、
グレーテルは無意識のうちに感嘆する。
元々身のこなしと勘の良さには目を見張るものがあったが、
それに加えて太刀筋まで苛烈なものに変化している。
現に、確実にポイントしてニケへと撃ち出したソードカトラスの9mm弾が、
「おりゃっ!」
キィン、と。
一薙ぎされるだけで真っ二つにされてパラパラと地に落ちる。
右手のダメージが抜けきっていないため照準がワンテンポ遅れているのは事実だが、
それを差し引いてもニケの変貌ぶりは異常だ。
一薙ぎされるだけで真っ二つにされてパラパラと地に落ちる。
右手のダメージが抜けきっていないため照準がワンテンポ遅れているのは事実だが、
それを差し引いてもニケの変貌ぶりは異常だ。
グレーテルは与り知らなかったが、無論、この仕掛けには種がある。
ニケが用いている剣はただの剣ではない。稀代の魔術師クロウ・リードが生み出した52の魔法の一つ。
使用者の技量を達人の域にまで押し上げる文字通り魔法の剣なのだ。
ニケが用いている剣はただの剣ではない。稀代の魔術師クロウ・リードが生み出した52の魔法の一つ。
使用者の技量を達人の域にまで押し上げる文字通り魔法の剣なのだ。
ヒット&アウェイ。ニケの戦術の基本はそれに集約される。
決してまともに大槍の一撃を受け止めようとはしないし、
愚直に技術と手数で向かってきた弥彦と違い、
なかなかサンライトハートの効果範囲に飛び込もうとしない。
ゆえにカウンターを狙いにくく、罠にも嵌め難い。
ある意味、今のグレーテルにとって天敵とも呼べる存在だった。
決してまともに大槍の一撃を受け止めようとはしないし、
愚直に技術と手数で向かってきた弥彦と違い、
なかなかサンライトハートの効果範囲に飛び込もうとしない。
ゆえにカウンターを狙いにくく、罠にも嵌め難い。
ある意味、今のグレーテルにとって天敵とも呼べる存在だった。
「背中ががら空きだぜ!」
突撃後の隙を突いて、背後から飛び掛るニケ。
グレーテルは素早く振り向き、横倒しに大槍を構えて防御姿勢をとる。
槍と剣。二つの刃が火花を散らしながら十字を描き、衝突音が甲高く響く。
ギリリと数秒拮抗した後、後方に大きく宙返りをしながらニケが引き下がる。
その様を見届けたグレーテルは、
グレーテルは素早く振り向き、横倒しに大槍を構えて防御姿勢をとる。
槍と剣。二つの刃が火花を散らしながら十字を描き、衝突音が甲高く響く。
ギリリと数秒拮抗した後、後方に大きく宙返りをしながらニケが引き下がる。
その様を見届けたグレーテルは、
「あははははは!」
サンライトハートをニケに見せ付けるように掲げながら冷えきった笑みを落とした。
たった今ニケの剣と交錯したときに、大槍に数ミリほどの傷が刻まれたのだ。
明確な戦意を持っていなければ絶対につかなかったはずの傷が。
たった今ニケの剣と交錯したときに、大槍に数ミリほどの傷が刻まれたのだ。
明確な戦意を持っていなければ絶対につかなかったはずの傷が。
「やればちゃんとできるのね。そうよ、それでいいの。
本物の殺意だけが世界を回す歯車となるのだから。
さあ、一緒に踊りましょう。死を鮮烈に彩るために、リングを回し続けるために!」
本物の殺意だけが世界を回す歯車となるのだから。
さあ、一緒に踊りましょう。死を鮮烈に彩るために、リングを回し続けるために!」
グレーテルはランスの穂先に飾り布を数回巻きつけ、突撃の構えを取る。
サンライトハートの最大破壊形態、クラッシャーだ。
解放を待ちきれないエネルギーがバチバチと溢れ出し、間髪入れず足元の大地が吹き飛ぶ。
と同時、棚引く光を纏いながらニケへの突撃を敢行した。
見える。
油断無く、気負いなく、目を逸らすこともないニケの双眸が。
脚も竦んでいない。反応される。最早正面からでは銃も槍も決定力を欠くだろう。――だがそんなことは読めている。
大気を突き破りながらグレーテルは槍を大きく横に振りかぶった。
線の突撃ではなく、面の薙ぎ払いへと切り替えたのだ。
射程圏内。弓のように引き絞った槍を、猛烈な勢いで振りかざす。
轟! と、半円状の砂の波濤が空高く舞い上がり。
吹き荒れる暴風が境内を囲む鎮守の森をビリビリと揺らした。
やがて土煙が風に流され視界が開ける。が、そこにニケはいない。
右にも左にも正面にも彼の姿はない。ニケはどこに消えた? ――これも読めている。
グレーテルは空を見る。そこにあるはずの満月がない。
何かが覆い隠している。長剣を上段に構えた人影――上空十数メートルから落下してくるニケだ。
そう、これも読めていた。前方180度を大槍とエネルギー波で薙ぎ払えば上に逃げることなど容易に見当がつく。
むしろ最初からニケを空中に誘導するためにサンライトクラッシャーを横薙ぎに放ったのだから、目論見どおりだ。
わざわざニケが身を隠しやすいように派手に粉塵を巻き上げたのも、衝撃波でニケの飛翔を補助したのも、
全てはニケに自分が有利に立っていると錯覚させるためのお膳立てだ。
グレーテルの口元に三日月が刻まれる。
空に逃げ場はない。射程も突撃槍と剣では比べるまでもない。
それが命取りだ。
サンライトハートの最大破壊形態、クラッシャーだ。
解放を待ちきれないエネルギーがバチバチと溢れ出し、間髪入れず足元の大地が吹き飛ぶ。
と同時、棚引く光を纏いながらニケへの突撃を敢行した。
見える。
油断無く、気負いなく、目を逸らすこともないニケの双眸が。
脚も竦んでいない。反応される。最早正面からでは銃も槍も決定力を欠くだろう。――だがそんなことは読めている。
大気を突き破りながらグレーテルは槍を大きく横に振りかぶった。
線の突撃ではなく、面の薙ぎ払いへと切り替えたのだ。
射程圏内。弓のように引き絞った槍を、猛烈な勢いで振りかざす。
轟! と、半円状の砂の波濤が空高く舞い上がり。
吹き荒れる暴風が境内を囲む鎮守の森をビリビリと揺らした。
やがて土煙が風に流され視界が開ける。が、そこにニケはいない。
右にも左にも正面にも彼の姿はない。ニケはどこに消えた? ――これも読めている。
グレーテルは空を見る。そこにあるはずの満月がない。
何かが覆い隠している。長剣を上段に構えた人影――上空十数メートルから落下してくるニケだ。
そう、これも読めていた。前方180度を大槍とエネルギー波で薙ぎ払えば上に逃げることなど容易に見当がつく。
むしろ最初からニケを空中に誘導するためにサンライトクラッシャーを横薙ぎに放ったのだから、目論見どおりだ。
わざわざニケが身を隠しやすいように派手に粉塵を巻き上げたのも、衝撃波でニケの飛翔を補助したのも、
全てはニケに自分が有利に立っていると錯覚させるためのお膳立てだ。
グレーテルの口元に三日月が刻まれる。
空に逃げ場はない。射程も突撃槍と剣では比べるまでもない。
それが命取りだ。
「オシマイね」
ニケの落下に合わせてグレーテルが大槍を頭上に猛然と突き出した。
充分な加速を受け、穂先は最高到達点でニケを串刺しにする、
充分な加速を受け、穂先は最高到達点でニケを串刺しにする、
「――おまえがな」
はずだった。ニケは不意に剣の構えを解き、それまでとは全く異なる構えを見せる。
両手を翼のように広げたその姿勢は、
両手を翼のように広げたその姿勢は、
「光魔法――――『カッコいいポーズ』パート2!!」
瞬間、ニケは重力の楔から解放され、宙に静止した。
「!?」
大槍が伸びきったところでグレーテルの瞳が驚愕に見開かれる。
届かない。槍の勢いとともに死ぬはずだったニケの命に届いていない。
すぐさま対策を練ろうとするが遅すぎた。
魔法を解除したニケはダンスのステップを刻むように軽やかに大槍の切っ先に降り立ち、
更にそこから獣のような低姿勢で斜め下方に飛びかかる。
一瞬でグレーテルの背後をとり――――
届かない。槍の勢いとともに死ぬはずだったニケの命に届いていない。
すぐさま対策を練ろうとするが遅すぎた。
魔法を解除したニケはダンスのステップを刻むように軽やかに大槍の切っ先に降り立ち、
更にそこから獣のような低姿勢で斜め下方に飛びかかる。
一瞬でグレーテルの背後をとり――――
「ぁあああああああああぁぁぁぁあっ!!!」
気合一閃。
グレーテルの背中で『剣』が横一文字の軌跡を描き、彼女は砂利の上を数メートル転がされ動きを止めた。
シン、と静まり返る境内。
断続する破壊音を周囲に撒き散らしていたそこに、ようやく本来の静寂が取り戻された。
ニケは『剣』をカード状態に戻しながら深い息を吐く。
グレーテルの背中で『剣』が横一文字の軌跡を描き、彼女は砂利の上を数メートル転がされ動きを止めた。
シン、と静まり返る境内。
断続する破壊音を周囲に撒き散らしていたそこに、ようやく本来の静寂が取り戻された。
ニケは『剣』をカード状態に戻しながら深い息を吐く。
「……っぷはぁ~、死ぬかと思ったぜ。
誰か……誰かオレにBTE、ボケ・ツッコミ・エロスを……。
あまりにシリアスすぎて今度はストレスで死んじまうよ」
誰か……誰かオレにBTE、ボケ・ツッコミ・エロスを……。
あまりにシリアスすぎて今度はストレスで死んじまうよ」
関節をボキボキ鳴らしたり全身を伸ばしたりすることで疲労を体外へ放出するニケ。
そんな彼の背後で。
ゴソリ、という音がした。
それを耳に入れ、ニケはもう一度溜息を吐く。そして心底面倒くさそうに音のしたほうへと振り返った。
目に映ったのは、槍を支えに立ち上がろうとしている少女の姿。
そんな彼の背後で。
ゴソリ、という音がした。
それを耳に入れ、ニケはもう一度溜息を吐く。そして心底面倒くさそうに音のしたほうへと振り返った。
目に映ったのは、槍を支えに立ち上がろうとしている少女の姿。
「……ホント、強情なヤツだなぁ。どこのスポ根だよ……。痛むだろ? 無理に動くなよ」
グレーテルは恐る恐る自分の左腕を眺める。
サンライトハートに傷をつけた剣の直撃を受けたのに、出血がほとんどないし袖も破れていない。
恐らく背中も同様の状態で、精々痣になっている程度なのだろう。
サンライトハートに傷をつけた剣の直撃を受けたのに、出血がほとんどないし袖も破れていない。
恐らく背中も同様の状態で、精々痣になっている程度なのだろう。
「なん、で……?」
「あぁ、斬られたのに生きているのが不思議か?
簡単だよ、この『剣』はオレが斬りたいもの以外は斬らねーようになってんだから。
フ……安心せい、峰打ちじゃ……。このセリフ一度言ってみたかったんだよなー」
「あぁ、斬られたのに生きているのが不思議か?
簡単だよ、この『剣』はオレが斬りたいもの以外は斬らねーようになってんだから。
フ……安心せい、峰打ちじゃ……。このセリフ一度言ってみたかったんだよなー」
グレーテルの大槍がカチャ、という音をたてる。
震える左手で再び穂先に飾り布を巻き始めた音だった。
震える左手で再び穂先に飾り布を巻き始めた音だった。
「やめとけって、さっきので左腕は潰した。
もうオマエにそんなデカイ槍は使えねーよ」
もうオマエにそんなデカイ槍は使えねーよ」
ザン! という粉砕音。
光を推力に、そして破壊力に。
グレーテルがニケ目掛けて大槍を右手一本で振り下ろしてきた。
後方へ退避しながら、再び『剣』を生み出すニケ。
その耳孔を、『少年』の声が打った。
光を推力に、そして破壊力に。
グレーテルがニケ目掛けて大槍を右手一本で振り下ろしてきた。
後方へ退避しながら、再び『剣』を生み出すニケ。
その耳孔を、『少年』の声が打った。
「やめる? 嫌だなあ、ヒドイこと言わないでよ、お兄さん。
やめたら死んじゃうじゃないか、追いつかれちゃうじゃないか。
大人に、子供に、男に、女に、みんなに追いつかれて殺されちゃうじゃないか。
「ッ、オマエ……?」
やめたら死んじゃうじゃないか、追いつかれちゃうじゃないか。
大人に、子供に、男に、女に、みんなに追いつかれて殺されちゃうじゃないか。
「ッ、オマエ……?」
光り輝く大槍。サンライトハートがクラッシャーの状態を維持し続けている光だ。
それが上下左右に大振りに振り回され、局所的な竜巻のような被害が撒き散らされる。
ニケは軽いフットワークでこれを回避する。
それが上下左右に大振りに振り回され、局所的な竜巻のような被害が撒き散らされる。
ニケは軽いフットワークでこれを回避する。
「僕たちはずっと生き続けるんだ。追いつかれ、追い抜かれた世界に轢き殺されたくなんかない。
ねえお兄さん、お願いだよ」
ねえお兄さん、お願いだよ」
突撃の余波で鳥居前の石段が破砕される。
「僕たちを助けてよ。
お兄さんが死んでくれないと一人分、死神が近づいてくるんだ。
お兄さんが死んでくれれば一人分、死神が遠のいてくれるわ。
私たちを助けてくれるんでしょう、――お兄さん?」
お兄さんが死んでくれないと一人分、死神が近づいてくるんだ。
お兄さんが死んでくれれば一人分、死神が遠のいてくれるわ。
私たちを助けてくれるんでしょう、――お兄さん?」
そう言ってグレーテルは、グレーテル“たち”は目をぎらつかせて口角を吊り上げた。
ゾッと背を這い上がった寒気に対し、ニケは怒声を以って立ち向かう。
ゾッと背を這い上がった寒気に対し、ニケは怒声を以って立ち向かう。
「人の話聞かねーヤツだなまったく! さっきから助けてやるって言ってるだろ!
ただしオレのやりかたでなッ!」
ただしオレのやりかたでなッ!」
地を駆け、壁を蹴り、宙を舞い、ニケは大槍の勢力圏から逃れ続ける。
ニケを呑み込まんとする眩い光。
グレーテルの感情が昂ぶったせいか、サンライトハートから放出される光の密度、射程、持続時間が向上を見せている。
塀を穿ち、木をなぎ倒し、地を削ぎとるその様は集中的な災害と称しても過言ではない。
だが、とニケは思う。周りを威圧するような大味な立ち回りは、隙だらけで中身がない。
左手の自由を奪われた影響はやはり無視できなかったらしい。
初動と停止の慣性をまるで消しきれていない。
あれでは槍を振り回しているのではなく、槍に振り回されているだけだ。
避けるだけなら『剣』の力を使う必要もないだろう。
問題は急激に増加したあの光量。
もしもあれが魔力か何かを媒介にしているなら――――
ニケを呑み込まんとする眩い光。
グレーテルの感情が昂ぶったせいか、サンライトハートから放出される光の密度、射程、持続時間が向上を見せている。
塀を穿ち、木をなぎ倒し、地を削ぎとるその様は集中的な災害と称しても過言ではない。
だが、とニケは思う。周りを威圧するような大味な立ち回りは、隙だらけで中身がない。
左手の自由を奪われた影響はやはり無視できなかったらしい。
初動と停止の慣性をまるで消しきれていない。
あれでは槍を振り回しているのではなく、槍に振り回されているだけだ。
避けるだけなら『剣』の力を使う必要もないだろう。
問題は急激に増加したあの光量。
もしもあれが魔力か何かを媒介にしているなら――――
「やめろ……もうやめろよ! そんな無茶苦茶な力普通じゃねえ!
使い続けたらどうなるかわかんねえぞ!?」
「ふふ……、止めたければ血を見せて。骨の砕ける音を聞かせて。
肉の焦げる臭いを嗅がせて。内臓をこの手で掻き回させて。命を、捧げて――――ッ!」
使い続けたらどうなるかわかんねえぞ!?」
「ふふ……、止めたければ血を見せて。骨の砕ける音を聞かせて。
肉の焦げる臭いを嗅がせて。内臓をこの手で掻き回させて。命を、捧げて――――ッ!」
発射寸前の大砲を覗き込んだような迫力。
視野が狭窄しそうな圧迫感と速力を兼ね備えたグレーテルの突撃をやりすごしながら、ニケは決意する。
もうこれ以上はグレーテルの身体がもたない、気絶だけで済むという保証だってどこにもない。
次だ。次に隙を見せたら捨て身で特攻をかけ、グレーテルの意識を刈り取る。
光の密度の薄いところを狙い、光に焼かれる前に一撃を入れればこちらの勝ちだ。だが、
視野が狭窄しそうな圧迫感と速力を兼ね備えたグレーテルの突撃をやりすごしながら、ニケは決意する。
もうこれ以上はグレーテルの身体がもたない、気絶だけで済むという保証だってどこにもない。
次だ。次に隙を見せたら捨て身で特攻をかけ、グレーテルの意識を刈り取る。
光の密度の薄いところを狙い、光に焼かれる前に一撃を入れればこちらの勝ちだ。だが、
その決意は一歩遅かった。
ニケは自分の傍を横切っていった突撃光を目で追う。
目で追って、更に行き先をも見据え、反撃の機会を虎視眈々と狙い――気付いてしまった。
自身が招いた、大きすぎるミスに。
目で追って、更に行き先をも見据え、反撃の機会を虎視眈々と狙い――気付いてしまった。
自身が招いた、大きすぎるミスに。
地が削られ。
大気を喰らい。
光の尾を引かせて。
グレーテルは驀進する――――社務所に向かって。
一休を置いてきた、場所に向かって。
大気を喰らい。
光の尾を引かせて。
グレーテルは驀進する――――社務所に向かって。
一休を置いてきた、場所に向かって。
ニケの絶叫は、圧倒的な壊滅音に呑まれて雲散霧消した。
花火のようだった。破裂したときの腹の底まで響く轟音といい、
光に焼かれながら燃え落ちる木材の振り撒く火の粉といい。
中央に残滓を輝かせる山吹色の光といい、煌くガラス片といい。
社務所内で花火が暴発したと聞いても、すんなり信じられるような色鮮やかな悪夢だった。
現実に打ちひしがれ、直視を避けるニケ。
だが、結果的にその行動は彼の救いとなった。
居たのだ。視線を逸らした先、境内の玉砂利の上でもぞもぞしながら上体を起こしかけている人影が。
爆発に煽られて外へと吹き飛ばされていた一休が。
ニケが安堵の息を吐く。
その、瞬間。
ギラリと。
爛々としたグレーテルの瞳に全神経を射竦められた。
舐めるような、嬲るような、誘うような、狂気的な愉悦をたっぷり含んだ粘着性の嗤い。
ニケが視線を返してきたのを確認すると、グレーテルはサンライトハートをしまい、
代わりに上着の内側から他の得物を取り出した。拳銃だ。
グレーテルは照準を合わせ始める、10メートルほど先、――地面に座り込んだままの一休に対して。
気付いたときにはニケは踏み砕くような勢いで大地を蹴って駆け出していた。
光に焼かれながら燃え落ちる木材の振り撒く火の粉といい。
中央に残滓を輝かせる山吹色の光といい、煌くガラス片といい。
社務所内で花火が暴発したと聞いても、すんなり信じられるような色鮮やかな悪夢だった。
現実に打ちひしがれ、直視を避けるニケ。
だが、結果的にその行動は彼の救いとなった。
居たのだ。視線を逸らした先、境内の玉砂利の上でもぞもぞしながら上体を起こしかけている人影が。
爆発に煽られて外へと吹き飛ばされていた一休が。
ニケが安堵の息を吐く。
その、瞬間。
ギラリと。
爛々としたグレーテルの瞳に全神経を射竦められた。
舐めるような、嬲るような、誘うような、狂気的な愉悦をたっぷり含んだ粘着性の嗤い。
ニケが視線を返してきたのを確認すると、グレーテルはサンライトハートをしまい、
代わりに上着の内側から他の得物を取り出した。拳銃だ。
グレーテルは照準を合わせ始める、10メートルほど先、――地面に座り込んだままの一休に対して。
気付いたときにはニケは踏み砕くような勢いで大地を蹴って駆け出していた。
「逃げろ一休ッ!! 早くッッ!!!」
無駄だと分かっていた。あんな爆発に巻き込まれた上に、それ以前から瓦礫に埋もれて傷だらけだったのだから。
それでも叫ばずにはいられなかった。
ニケは剣を握った腕を千切れんばかりに前方へと伸ばす。
一休に向けられようとしている弾丸を剣で弾こうというのだ、
野球選手がボールを追ってダイビングキャッチを試みるかのように。
ニケは一休を見る。ダメだ、やはり動けそうにない。状況をちゃんと呑み込めているのかも判別ができない。
グレーテルを見る。確実に照準するためか、落ち着き払ったその動きはひどく緩慢だ。
だからこそ付け入る隙、間に合う余地があると判断し、ニケは死に物狂いで疾走する。
ダン、と最後の跳躍。
一休の位置、グレーテルの位置、銃口の角度、それらを一直線で結ぶ見えない線を『剣』の演算補助で割り出し、
その線を断ち切るように長剣の刃を滑り込ませる。間に合った、という確信があった。
そう思ったとき、グレーテルは嗤っていた。
犬歯を剥き出して世界中のもの全てを見下すかのように壮絶な笑みを浮かべていた。
ニケは再び銃口を見る。その行き先を目で追ってみる。そして気付いた。
いつの間にか射線が一休から外され――――自分に向けられていることに。
もう一度見たグレーテルの顔には、確かに。
底なし沼のような昏くどろっとした喜悦が張り付いていた。
それでも叫ばずにはいられなかった。
ニケは剣を握った腕を千切れんばかりに前方へと伸ばす。
一休に向けられようとしている弾丸を剣で弾こうというのだ、
野球選手がボールを追ってダイビングキャッチを試みるかのように。
ニケは一休を見る。ダメだ、やはり動けそうにない。状況をちゃんと呑み込めているのかも判別ができない。
グレーテルを見る。確実に照準するためか、落ち着き払ったその動きはひどく緩慢だ。
だからこそ付け入る隙、間に合う余地があると判断し、ニケは死に物狂いで疾走する。
ダン、と最後の跳躍。
一休の位置、グレーテルの位置、銃口の角度、それらを一直線で結ぶ見えない線を『剣』の演算補助で割り出し、
その線を断ち切るように長剣の刃を滑り込ませる。間に合った、という確信があった。
そう思ったとき、グレーテルは嗤っていた。
犬歯を剥き出して世界中のもの全てを見下すかのように壮絶な笑みを浮かべていた。
ニケは再び銃口を見る。その行き先を目で追ってみる。そして気付いた。
いつの間にか射線が一休から外され――――自分に向けられていることに。
もう一度見たグレーテルの顔には、確かに。
底なし沼のような昏くどろっとした喜悦が張り付いていた。
(……そういうことかよ。最初からオマエの狙いは――)
剣は一休を守るように突き出したまま。
ニケの身体を一発の銃弾が容赦なく貫いた。
ニケの身体を一発の銃弾が容赦なく貫いた。
* * *
一休の眼前で赤い赤い花が目が痛くなるほど鮮烈に咲いて、すぐに枯れた。
顔に降りかかる液体を温かいと思う間もなく、ニケの身体は重く、深く地に沈む。
一休には何が起こったのか解らない。
ニケがなぜ自分を庇って、腹から血を流しているのかまるで解らない。
遠くから少女の嗤い声が聴こえる。本当はもっと近くから聴こえているはずなのに、
耳に何かを詰められたかのように音が遠い。
だがその距離は、容易く自分を殺す。せっかくニケに救われた命も無為に消え去る。
そんな一休の諦観と、境内を取り巻く嗤いを引き裂くものがあった。
顔に降りかかる液体を温かいと思う間もなく、ニケの身体は重く、深く地に沈む。
一休には何が起こったのか解らない。
ニケがなぜ自分を庇って、腹から血を流しているのかまるで解らない。
遠くから少女の嗤い声が聴こえる。本当はもっと近くから聴こえているはずなのに、
耳に何かを詰められたかのように音が遠い。
だがその距離は、容易く自分を殺す。せっかくニケに救われた命も無為に消え去る。
そんな一休の諦観と、境内を取り巻く嗤いを引き裂くものがあった。
「――――打ち砕け、光将の剣ッ!!」
それは聞き覚えのある少女の声。それと同時に上空から見たこともない宝剣刀剣類が雨霰と境内に降り注いだ。
分布が集中しているのはグレーテルのいた社務所跡で、他にもまばらに長短様々な剣が大地に突き立っていく。
一休は後方から複数の足音が近づいてくるのを耳にする。
分布が集中しているのはグレーテルのいた社務所跡で、他にもまばらに長短様々な剣が大地に突き立っていく。
一休は後方から複数の足音が近づいてくるのを耳にする。
「チャチャゼロ、どうだ?」
『ケケケ、大ハズレダゼヘタクソ。アノ銀髪ノガキハ奥二下ガッテ隠レタダケダ。
アンナニ剣ブン投ゲテ一発モ当タラネーナンテ、ブルーハ才能ノカケラモネーナ!』
「試し撃ちもできなかったんだから仕方ないでしょ!?
それにこんな広範囲攻撃でニケを巻き込まないように撃たなきゃだったんだから!」
「一先ずこちらも下がるぞ。ブルー、そこで震えているスキンヘッドを連れて来い。俺はニケを運ぶ」
『ケケケ、大ハズレダゼヘタクソ。アノ銀髪ノガキハ奥二下ガッテ隠レタダケダ。
アンナニ剣ブン投ゲテ一発モ当タラネーナンテ、ブルーハ才能ノカケラモネーナ!』
「試し撃ちもできなかったんだから仕方ないでしょ!?
それにこんな広範囲攻撃でニケを巻き込まないように撃たなきゃだったんだから!」
「一先ずこちらも下がるぞ。ブルー、そこで震えているスキンヘッドを連れて来い。俺はニケを運ぶ」
メロは意識を失ったニケを背負い、近くの遮蔽物へと歩を進める。
その後をブルーと、やはり状況の読めない一休が半ば放心しながら付いていく。
一休が冷静であれば危険人物たるメロとブルーから逃げる算段をしていただろうが、
目の前で傷ついてしまったニケの姿がそれを許そうとはしなかった。
目当ての場所に辿り着いたメロはニケを地面に横たえ、シャツをまくって銃創の状態を観察する。
その後をブルーと、やはり状況の読めない一休が半ば放心しながら付いていく。
一休が冷静であれば危険人物たるメロとブルーから逃げる算段をしていただろうが、
目の前で傷ついてしまったニケの姿がそれを許そうとはしなかった。
目当ての場所に辿り着いたメロはニケを地面に横たえ、シャツをまくって銃創の状態を観察する。
「弾は貫通している。急所はやられていないが……出血がひどいな」
『コノガキ、魔力モ限界ダッタミタイダゼ。コリャ見タ目ノ傷ヨリ相当ヤバイカモナ』
「ブルー、ニケの処置を頼む」
『コノガキ、魔力モ限界ダッタミタイダゼ。コリャ見タ目ノ傷ヨリ相当ヤバイカモナ』
「ブルー、ニケの処置を頼む」
救急セットから消毒薬と包帯を取り出し、ブルーに手渡す。
その後、メロは所在なさそうに呆然と立ちつくす一休の胸倉を激越至極の形相で乱暴に掴み上げた。
その後、メロは所在なさそうに呆然と立ちつくす一休の胸倉を激越至極の形相で乱暴に掴み上げた。
「おまえのせいだ……! おまえさえいなければニケはこんなことにならなかったんだッ!!
ニケは見ず知らずのおまえだって助けた! それも二度もだ!! それなのに!
……何でニケがこんな目に遭わなければならないんだ……っ」
ニケは見ず知らずのおまえだって助けた! それも二度もだ!! それなのに!
……何でニケがこんな目に遭わなければならないんだ……っ」
メロの腕は抑えきれない憤りに震えているように見えた。
多分に理不尽な言葉を浴びせられたはずなのに、一休の瞳に灯ったのは微かな光。
混乱の治まらない一休は「ニケが助けた」という言葉と、眼前のメロの真摯な態度に心動かされ、
言ってはならないことを漏らしてしまう――――「どうすればいいのですか」と。
メロが畳み掛ける。
多分に理不尽な言葉を浴びせられたはずなのに、一休の瞳に灯ったのは微かな光。
混乱の治まらない一休は「ニケが助けた」という言葉と、眼前のメロの真摯な態度に心動かされ、
言ってはならないことを漏らしてしまう――――「どうすればいいのですか」と。
メロが畳み掛ける。
「ニケを助けたいか? 恩を返す気があるか?」
恩、というよりは借りを作ってしまった原因を深く考えることなく、
一休は無心で頷く。
一休は無心で頷く。
「だったら俺たちが学校に戻れるだけの時間を稼げ。
ここじゃ悠長にニケの手当てなんてやっていられないからな」
「時間を、稼ぐ……?」
「そうだ。ニケがやられ、乱発できないシャインセイバーも外れた以上、
もう俺たちにあの厄種のガキに抗する術はない。
こちらに第二波がないと勘付かれればすぐにでも叩きにくるだろう。
そうなれば怪我人だらけの俺たちは逃げることもできずに全滅だ」
ここじゃ悠長にニケの手当てなんてやっていられないからな」
「時間を、稼ぐ……?」
「そうだ。ニケがやられ、乱発できないシャインセイバーも外れた以上、
もう俺たちにあの厄種のガキに抗する術はない。
こちらに第二波がないと勘付かれればすぐにでも叩きにくるだろう。
そうなれば怪我人だらけの俺たちは逃げることもできずに全滅だ」
だから、と付け加えてメロは改めて結論を述べる。
「おまえが、あのグレーテルとかいうガキを足止めするんだ」
事実上の死刑宣告だった。
それを聞いた一休は逡巡し……しかし意外なほどあっさりと承諾してきた。
それを聞いた一休は逡巡し……しかし意外なほどあっさりと承諾してきた。
「……分かりました。その代わり約束して頂きたいことが」
「何だ?」
「何だ?」
一休は万感の想いを載せるかのように重みのある言葉を落とす。
「思い違いがありましたが……にけさんのお仲間であるあなた方は恐らく悪い人ではないのでしょう。
私はここに来て出会った方々とまともに意思疎通をできたためしがありませんでした。
そこのぶるぅさんと最初に会ったときもそうです。
今思えば私に何か至らないことがあったのだろうと思います。
だから、どうかお願いします。
私がぐれぇてるさんを懲らしめられたら、私の話を聞いて頂けませんか?」
「……いいだろう。話でもなんでも聞いてやる」
私はここに来て出会った方々とまともに意思疎通をできたためしがありませんでした。
そこのぶるぅさんと最初に会ったときもそうです。
今思えば私に何か至らないことがあったのだろうと思います。
だから、どうかお願いします。
私がぐれぇてるさんを懲らしめられたら、私の話を聞いて頂けませんか?」
「……いいだろう。話でもなんでも聞いてやる」
ニケの応急処置を終えたブルーが口を挟む。
「一つ教えて。あなたはイヴがどこに消えたのか知っている?」
「消えた、のですか? いえ、皆目見当がつきません」
「そう……。分かったわ」
「そろそろ行くぞ、ブルー。ニケは俺が背負っていく。
来るときみたいにおまえの支えにはなれないから覚悟しておけ」
「ええ。まだ全然楽になれないけど……、
泣き言なんて言ってられない状況なことくらい承知しているわ」
「消えた、のですか? いえ、皆目見当がつきません」
「そう……。分かったわ」
「そろそろ行くぞ、ブルー。ニケは俺が背負っていく。
来るときみたいにおまえの支えにはなれないから覚悟しておけ」
「ええ。まだ全然楽になれないけど……、
泣き言なんて言ってられない状況なことくらい承知しているわ」
メロとブルーは神社の敷地の外を目指し歩き始める。
数歩進んだところでメロは一休に振り返って声をかけた。
数歩進んだところでメロは一休に振り返って声をかけた。
「この場はおまえに任せた。健闘を祈る」
一休は首肯を以ってそれに応じた。
そしてメロたちの後姿を見送りながら、自分に課せられた責務に気を向ける。
そしてメロたちの後姿を見送りながら、自分に課せられた責務に気を向ける。
「……さて、ぐれぇてるさんの注意が外に向かないようにしないと。……大仕事になりますね」
怖くない、と言うつもりはまったくない。
何の力も持たない自分がグレーテルと相対しても一瞬で殺されてしまうのが関の山だろう。
けれど、一つだけ。
砂丘の中から一粒の米を見つけ出すような極々小さな可能性で。
グレーテルを出し抜けるかもしれない手段が、ある。
逆に言えば、自慢の頓知を以ってしてもたった一つしか打開策を見つけられないほど困難な状況。
鍵を握るのは、グレーテルがこちらの言葉に耳を傾けようとするかどうか。
そして。
御仏の加護を得られるかどうかだ。
傷ついた身体に鞭打って、一休は脚を引きずりながら歩き出す。
信頼を勝ち取るための戦場へ。
何の力も持たない自分がグレーテルと相対しても一瞬で殺されてしまうのが関の山だろう。
けれど、一つだけ。
砂丘の中から一粒の米を見つけ出すような極々小さな可能性で。
グレーテルを出し抜けるかもしれない手段が、ある。
逆に言えば、自慢の頓知を以ってしてもたった一つしか打開策を見つけられないほど困難な状況。
鍵を握るのは、グレーテルがこちらの言葉に耳を傾けようとするかどうか。
そして。
御仏の加護を得られるかどうかだ。
傷ついた身体に鞭打って、一休は脚を引きずりながら歩き出す。
信頼を勝ち取るための戦場へ。
* * *
メロとブルーはニケが撃たれたところで丁度神社に辿り着いたわけではなかった。
彼らはもっと早くから神社に到着し、障害物を盾にニケとグレーテルの動向をつぶさに観察していたのである。
グレーテルの姿を一目見て、学校で出会った厄種と同じ臭いを嗅ぎ取ったメロは、
ブルーのシャインセイバーによる広範囲斉射でニケ諸共グレーテルを始末するつもりだった。
事情が変わったのは、ニケが最初にカッコいいポーズを使用したときのこと。
その間抜けな光景はメロのニケに対する評価を甚だしく損ねたが、
シルフスコープで状況を分析していたブルーと、魔力駆動人形たるチャチャゼロの反応はメロとは大きく異なるものだった。
曰く、
彼らはもっと早くから神社に到着し、障害物を盾にニケとグレーテルの動向をつぶさに観察していたのである。
グレーテルの姿を一目見て、学校で出会った厄種と同じ臭いを嗅ぎ取ったメロは、
ブルーのシャインセイバーによる広範囲斉射でニケ諸共グレーテルを始末するつもりだった。
事情が変わったのは、ニケが最初にカッコいいポーズを使用したときのこと。
その間抜けな光景はメロのニケに対する評価を甚だしく損ねたが、
シルフスコープで状況を分析していたブルーと、魔力駆動人形たるチャチャゼロの反応はメロとは大きく異なるものだった。
曰く、
「イエローの力並みに出鱈目だわ……」
『ケケケ、アンナガキガ退魔ノ力ヲ持ッテイルナンテナ。勇者様ハ伊達ジャナイッテカ。
御主人ガ傍ニ置イテイタノモ頷ケルッテモンダ』
『ケケケ、アンナガキガ退魔ノ力ヲ持ッテイルナンテナ。勇者様ハ伊達ジャナイッテカ。
御主人ガ傍ニ置イテイタノモ頷ケルッテモンダ』
と、俄かには信じられないほどの高評価を下していたのである。
特に魔法に精通しているチャチャゼロにとって、事も無げに使っていたニケの魔法は著しく興味を惹くものだったらしい。
解析すればジェダを出し抜く手段になり得ると暗に匂わせ、更にはこんなことまで言い放ってきた。
特に魔法に精通しているチャチャゼロにとって、事も無げに使っていたニケの魔法は著しく興味を惹くものだったらしい。
解析すればジェダを出し抜く手段になり得ると暗に匂わせ、更にはこんなことまで言い放ってきた。
『世界ヲ救ッテキタノハ、イツダッテアアイウ馬鹿ナンダゼ?』
どこか愉しそうなチャチャゼロの声が癇に障ったが、
ここまで言われて事の真相も検証せずにニケを切り捨てるのは気が引けた。
正直、一休どころか厄種にまで手を差し伸べる様は、無知蒙昧さがにじみ出るものにしか映らなかったが……。
もし使い物になるなら、その部分は追々矯正していけばいいと自分を納得させた。
ところがニケを生かすという方針に変えた結果、今度は装備の問題が浮上した。
まともにニケを援護できる支給品が何もなかったのである。
メロの持つ薬物類は閉鎖空間でなければ使いどころが難しい。
ブルーの持つ風の剣とシャインセイバーにも大きな問題がある。
風の剣は確率に依ったもので、ブルー自身、発動失敗時に何が起こったのかをまざまざと見せ付けられている。
最後の博打を打つとき以外に頼りたくはないものだった。
シャインセイバーは消耗こそ大きいが信頼性は高い。
ただし、中距離を空間的に制圧してしまう召還石であるため、
高速移動しながら接近戦を繰り広げるグレーテルとニケに向かって放って、
ニケの邪魔をしてしまわない保証もなかった。
判断を先送りにした結果、皮肉にもニケが撃たれたところで、
ニケとグレーテルの距離、勝ち誇って油断しているグレーテルの姿等、
シャインセイバーを発動する絶好の機会が訪れた。
もっとも、不慣れな召還術ではグレーテルを仕留めるには至らなかったのだが。
探せばよりスマートな解があったのだろう。だが、今のメロには。
ブルーを傷つける選択を避け続ける今のメロには、その解を導くことができなかった。
ここまで言われて事の真相も検証せずにニケを切り捨てるのは気が引けた。
正直、一休どころか厄種にまで手を差し伸べる様は、無知蒙昧さがにじみ出るものにしか映らなかったが……。
もし使い物になるなら、その部分は追々矯正していけばいいと自分を納得させた。
ところがニケを生かすという方針に変えた結果、今度は装備の問題が浮上した。
まともにニケを援護できる支給品が何もなかったのである。
メロの持つ薬物類は閉鎖空間でなければ使いどころが難しい。
ブルーの持つ風の剣とシャインセイバーにも大きな問題がある。
風の剣は確率に依ったもので、ブルー自身、発動失敗時に何が起こったのかをまざまざと見せ付けられている。
最後の博打を打つとき以外に頼りたくはないものだった。
シャインセイバーは消耗こそ大きいが信頼性は高い。
ただし、中距離を空間的に制圧してしまう召還石であるため、
高速移動しながら接近戦を繰り広げるグレーテルとニケに向かって放って、
ニケの邪魔をしてしまわない保証もなかった。
判断を先送りにした結果、皮肉にもニケが撃たれたところで、
ニケとグレーテルの距離、勝ち誇って油断しているグレーテルの姿等、
シャインセイバーを発動する絶好の機会が訪れた。
もっとも、不慣れな召還術ではグレーテルを仕留めるには至らなかったのだが。
探せばよりスマートな解があったのだろう。だが、今のメロには。
ブルーを傷つける選択を避け続ける今のメロには、その解を導くことができなかった。
「それにしても、芝居だと分かっていても笑いを堪えるのが大変だったわよ。
『何でニケがこんな目に』とかね」
「あれが一番いいやり方だと思ったからな。
ニケが撃たれたときの反応といい、一休の本質は間違いなく善人だった。
ならば感情的に義や恩に訴えかければ動かずにはいられないだろう。
グレーテルを懲らしめると言い出したときには、身の程を弁えていない阿呆だと眩暈がしたが……、
萎縮されるよりは囮になりやすいだろうと聞き流しておいた。
もしも一休が自分の意思で神社に留まろうとしなければ、
腱でも切って厄種への生餌にでもしようと考えていたんだがな」
『何でニケがこんな目に』とかね」
「あれが一番いいやり方だと思ったからな。
ニケが撃たれたときの反応といい、一休の本質は間違いなく善人だった。
ならば感情的に義や恩に訴えかければ動かずにはいられないだろう。
グレーテルを懲らしめると言い出したときには、身の程を弁えていない阿呆だと眩暈がしたが……、
萎縮されるよりは囮になりやすいだろうと聞き流しておいた。
もしも一休が自分の意思で神社に留まろうとしなければ、
腱でも切って厄種への生餌にでもしようと考えていたんだがな」
学校を目指す道すがら。
歩きと駆け足の中間ほどの速さで、メロとブルーは歩を進める。
メロがニケを背負っているため、チャチャゼロはブルーに運ばれていた。
歩きと駆け足の中間ほどの速さで、メロとブルーは歩を進める。
メロがニケを背負っているため、チャチャゼロはブルーに運ばれていた。
「ねえメロ、イヴの話……どう思う?」
「あの場面でわざわざ嘘をつくメリットがない」
「やっぱり、そうよね……。これで振り出しになっちゃったわ……」
『メロ、コレカラドウスルンダ?』
「まずは学校の体育館に戻る。
そしてニケの治療をしながら、厄種が追ってきた場合に備えて対策を講じる」
『勇者ガ朝マデモツ保証ハナイゼ?』
「もともと固執するつもりはない。
使えなければご褒美の足しにすればいいだけだ」
「あの場面でわざわざ嘘をつくメリットがない」
「やっぱり、そうよね……。これで振り出しになっちゃったわ……」
『メロ、コレカラドウスルンダ?』
「まずは学校の体育館に戻る。
そしてニケの治療をしながら、厄種が追ってきた場合に備えて対策を講じる」
『勇者ガ朝マデモツ保証ハナイゼ?』
「もともと固執するつもりはない。
使えなければご褒美の足しにすればいいだけだ」
メロとチャチャゼロのやりとりに耳を傾けながら、ブルーはふと後ろを振り返った。
二人しかいないとはいえ自分が殿。後方確認は自分の役目なのだ。
万が一、後ろをグレーテルや他の誰かに尾行されていれば死に直結する。
そう考え、何ともなしに振り向いたブルーは、思わずその足を止めていた。
周囲警戒のために着用し続けていたシルフスコープ。
それを通して見える世界に奇妙なものが映っていたからだ。
点のような青白い光。
既に数百メートルの距離を隔てた神社で、そんな光が輝いていた。
ブルーは訝しむ。肉眼でもシルフスコープを通しても、グレーテルの大槍の放つ光はあんな色には見えなかった。
丸腰の一休が何かをやったとも思えない。
シャインセイバーを放つときに見えた光とも違う。
では、あの光は一体何なのだろうか?
未知の現象を前に暫し呆然とするブルー。
やがて彼女は昔どこかで見た何かから、その現象に近いものを掘り出し、当てはめ、静かに呟いた。
二人しかいないとはいえ自分が殿。後方確認は自分の役目なのだ。
万が一、後ろをグレーテルや他の誰かに尾行されていれば死に直結する。
そう考え、何ともなしに振り向いたブルーは、思わずその足を止めていた。
周囲警戒のために着用し続けていたシルフスコープ。
それを通して見える世界に奇妙なものが映っていたからだ。
点のような青白い光。
既に数百メートルの距離を隔てた神社で、そんな光が輝いていた。
ブルーは訝しむ。肉眼でもシルフスコープを通しても、グレーテルの大槍の放つ光はあんな色には見えなかった。
丸腰の一休が何かをやったとも思えない。
シャインセイバーを放つときに見えた光とも違う。
では、あの光は一体何なのだろうか?
未知の現象を前に暫し呆然とするブルー。
やがて彼女は昔どこかで見た何かから、その現象に近いものを掘り出し、当てはめ、静かに呟いた。
「…………人、魂?」
* * *