輝き ◆m..IlDRYY2
「……殺し合い……」
尖った頭に滑らかな体型をした奇妙な少年、アンチョビはその網膜へ焼きついた承継を声に出して反芻する。
とはいっても、することなど最初からひとつだ。
自分にはこんな処で死ねない理由がある。
生き抜くこと。単刀直入に、アンチョビのゲームにおける思考回路の中心はそこにあった。
「支給品は……駄目だ、ハズレばっかり……」
参加者全員に等しく配られる物品の他は、お世辞にも良いものとは言えそうにもなかった。
心から、自分に戦う力があって良かったと思う。
武器や小道具なぞ使わずとも、自分には殺し合いを制せるだけの力がある。
完全なる再生。
あらゆる外傷を元通りに返す、完璧にして無敵の能力。
これがある限り自分に負けの目はないとアンチョビは心から信じていた。
ポーキー・ミンチの虐殺に何も感じることがなかったといえば嘘になるが、今は私情を出すべき状況ではない。
他の参加者たちを倒し、殺し合いを有利に進める。
油断は禁物だが、時には大胆に動いてもそうそう窮地とはならないだろう。
幸運や偶然が重なった程度の不確定要素の集合では、完全再生(パーフェクトリバース)を破るのは困難だ。
無敵と自惚れるつもりはない。
確かに弱点は存在する。
だが――アンチョビにも培ってきた経験というものがあるのだ。
たとえ万に一つの確率で完全再生を破る手段を思いついたとしても、実行される前に事を片してしまえば何の問題もありはすまい。
ましてあの会場にいたのは、殆どが子供ばかりだった。
戦いすら知らないような幼い者の姿もあった。
少なくとも、今までに踏んできた戦いよりかは幾らか楽に運んでくれるに違いない。
だから、早く済ませよう。
ポーキー・ミンチに従って、殺し合いをしよう。
心を殺しながら、アンチョビは夜道を静かに歩く。
なるだけ足音を殺しながら、不意の奇襲攻撃にも細心の注意を払いつつ、だ。
……カラスミ兄さん。
心の中に浮かぶのは、最愛の兄の姿だ。
ここでは負けられない。
彼のことを思えばこそ、そんなことが享受できるわけがない。
その意思が、アンチョビの戦いを支えていた。
その意思が輝き続ける限り、どこまででも突っ走れる気がした。
そうだ、止まってなどやるものか。
自分よりも兄への思いを優先し、生の道を目指して盲目に歩く。
「……あれは」
陰に隠れつつ、静かにランタンを使って姿を確認する。
銀髪の、綺麗な少女だった。
アンチョビの目からも美しく写ったし、あんな子まで殺し合いに呼ばれているのだと思うと考えさせられるものもあった。
だがそれで彼女に情を掛けるかと言われれば、断じて否。
例外などない。
全て殺す。そうしなくば、この最悪なゲームから帰ることは出来ない。
少女は武装をしていなかった。
肩に虎のような小動物を乗せているのが気がかりといえば気がかりだったが、あのサイズなら恐るるに足らない。
決断は一瞬だった。
地面を蹴り、片手には生み出した光剣を握る。
首を切り飛ばして終わらせようと、彼は勢いよく踏み込み――
「ッッ!?」
腹腔めがけて放たれた振り返りざまの蹴撃に、その矮躯からは想像もつかない重みで打ち抜かれた。
かは、と肺の空気を吐き出すアンチョビ。
彼は偏に、油断していた。
油断する気はないと言っておきながら、心の何処かには少女相手の慢心があった。
そして何よりも、鍛え抜かれた反射神経・反応速度から繰り出される一撃の鋭さが完全に計算外だった。
剣が届く前に、勢いのまま地面へ背中から倒れ込む。
見上げた視界に映ったのは、左右で色彩の異なる、虹彩異色の少女が此方へ向け構えのポーズを取っている姿だ。
不意の一撃だったことが災いして、咄嗟に受身すら取れなかった。
相手が徒手空拳だったことは幸運と言うより他ない。
彼女が殺す気でカウンターを繰り出していたなら、殺られていたとまではいかずとも、戦況はもっと苦しくなっていたかもしれない。
アンチョビはきっと少女を睨むと、再び光剣を生み出す。
それを視認するなり、少女もまた動いた。
但し、攻撃でも防御でもない。
「アスティオン――セット・アップ!」
彼女が叫ぶと同時に、その全身が光に包まれる。
あの小さな猛獣は単なるペットではなく、自分を強化する為の道具だったのか……アンチョビは歯噛みする。
衣服、髪型、末には背丈までも変容し、少女の体躯はいつの間にやら成人女性ほどにまで成長を遂げていた。
先の状態でも、油断があったとはいえ素手の打撃としてはかなりの威力があった。
なら、明らかにパワーアップしたと見えるこの状況、長引かせるのが得策でないのは明白だ。
アンチョビの踏み込み。
切れ味・破壊力共に一級品の光剣で、一切の容赦なく彼女を斬殺しようとする。
下手に受け止めれば、装束ごと引き裂かれるのは自明だ。
果たして、どう出るか――答えは、迎撃だった。
「覇王、空破断ッ!」
繰り出されるのは衝撃波だ。
ただこれを予期するのは容易かった。
急成長したとはいえ腕のリーチが明らかに届かない位置から拳撃を繰り出してきたとならば、狙いが近距離でなく、中距離でも届き得る技巧が飛んでくると予想は可能だろう。
光剣を真っ直ぐ上から振り下ろして衝撃波を引き裂き、距離を詰めつつ彼女の頭部目掛け突きを放つ。
「あの一瞬で判断するとは……しかし、甘い」
突きを動体視力を駆使してギリギリまで引き付け、紙一重で回避する。
髪の毛が数本、焼けて千切れる音がした。
ぞっとしないものを感じつつ、覇王流の少女――アインハルトの痛烈な打撃がアンチョビの顔面をカウンターで捉える。
ぐらりと揺れる視界。繰り出される追撃の膝を胸に受け、思わずよろめくアンチョビ。
ダメージは相当なものだ。
――“本来なら”、後々まで響いてくるような。
「はぁ――!!」
打ち出すのは二度目の覇王空破断。
先程と異なり、間合いは零距離だ。
拳撃に乗せられた衝撃波と、打撃そのもののダメージがアンチョビの意識をあわや暗転させそうになる。
しかし。ギリギリのところで堪えて、彼は自身の伝家の宝刀を躊躇なく抜き放った。
「甘いのは、お前の方だ……
――――“ 完 全 再 生 ”ッ!!」
頭の皮を鷲掴みにして、そのままベリベリと引き剥がす。
その様子はまさに脱皮。
負った傷を一切合切消失させ、一瞬にして文字通り完全再生を果たすアンチョビ自慢の能力だ。
「な……!」
「今度は、こっちの番だ……!!」
口角を吊り上げ、笑いながら驚愕を浮かべるアインハルトの隙を突く。
動きながら、彼は事の外彼女が厄介な相手だと気付いていた。
あちらの使ってくるのは体術だ。
奇を衒った能力ではなく、ただ純粋に強い。
完全再生を発動して回復する前に意識を刈り取られれば当然それまでだし、皮を剥がす隙を突かれても辛い。
予期せぬ強敵だった。
光剣を生み出し、放つ。
莫大なエネルギーを内包したそれを、アインハルトは一度真っ向から受けるべきか迷い、やはり無理だと判断した。
覇王流の技がひとつ、旋衝波。
相手が放つ射撃や投擲をそのまま受け止め、投げ返す絶技――その応用を働かせ、どうにか返せないかと逡巡したのだ。
が、あまりに威力が高すぎる。
ここは殺し合い、故に
ルールや最低限の安全システムさえも保障されない。
バリアジャケットがあるとはいえ、あれを受ければどうなるか。
……よしんば返せたとしても、その代償に背負う傷が成果に見合うかは至極疑わしい。
「ッ、づ―――!」
「チッ、ちょこまかと! なら、今度こそ直接だ!!」
「は、ッ……貴方は、何故っ、このような殺し合いなどに……!」
「帰らなきゃならない、生き延びなきゃならない理由があるんだよ、俺にはなァッ!!」
アインハルト・ストラトスは遠い古代の記憶を保持している。
古代ベルカの戦火や、哀しい別れの記憶もしかと残っているが……あくまでもそれは、記憶の中だけの話。
彼女自身に、命を賭した殺し合いの経験はない。
強さを求めてストリートで彷徨っていたこともあったし、つい最近では次元世界最強の十代女子を決定する競技大会へも出た。
それでも、やはり実戦と試合では幾らか感覚に差異が生じるのは不可避の道理だ。
一撃受ければその時点で、やり直しの機会すら与えられない。
その現実は彼女にとっても少なからずプレッシャーとして作用していた。
プレッシャーに潰れ、焦燥に駆られるあまり下手なミスを冒していないあたりは流石の一言に尽きたが。
「そんな戦いの果てに、意味はありません―――」
精神を集中させる。
敵の魔法(ちから)、“完全再生”は実に厄介極まる能力だ。
与えた傷を一瞬で癒されてしまっては立つ瀬がない。
付け入る隙があるとすれば、やはり自らの独壇場へと持ち込んでしまうことか。
格闘の分野においてなら、目の前の少年に遅れを取るとは思えなかった。
そう、取る訳がない。
覇王流――否。チーム・ナカジマの一員として、こんなところで敗北するなど認められない。
両の瞳は、完全再生能力を有す哀れな少年を見据え。
ただ、拳を構える。
光剣の袈裟斬りが放たれ、僅かにアンチョビのバランスが崩れたその瞬間。
「は、はぁ!?」
今度驚愕したのは、彼の方だった。
アインハルトが突如、自身の身体を仰向けに倒し始めたのだ。
ターゲットが後ろどころか下方にまでズレてしまった以上、剣のダメージは期待できない。
虚を突かれたのは認めるが、苦し紛れの回避ならばそのまま殺してやるまで。
「……砕牙!」
両手の力だけで、アインハルトは飛び起きる。
既に剣を下ろしてしまった状態のアンチョビへ強烈な蹴りが打ち込まれ、動揺とダメージで彼の思考は一瞬混迷を極めた。
そしてその一瞬は、覇王流(カイザーアーツ)の少女を相手取る上では致命的な間隙となる。
バランスを取り直す間すら与えはしない。
左からのフックで顎を揺さぶり、ストレートで腹を打つ。
肺の空気が逆流する。
胃液を吐き出しそうになるのを堪えながら、完全再生を使用せんとするが、手を頭までやる暇さえ与えてはくれない。
鮮やかな連撃に、アンチョビは成す術がない。
一際強烈な回し蹴りが脇を薙ぎ払い、地面へ転がり、それでやっと開放される。
「はあ……はあ……ッッ、やって、くれたな…………!」
「もう一度だけ、忠告します。貴方の望みが何かは知りませんが、全て殺して願いを叶えたところで……貴方はきっと、貴方の望んだ結末へは辿り着けない……!」
アインハルトは、古代からの縁で繋がったとある少女と出会ってから沢山のことを学んだ。
これも、その一つ。
あの優しい人達と過ごした時間が、かつては強さを極めるしか脳裏になかった彼女をも変革させた。
そんなアインハルトだからこそ、分かる……この彼はきっと、きっと後悔すると。
ダメージに荒い呼気を吐き出しながら、アンチョビはアインハルトとの間合いを見計る。
そして、会心の笑みを浮かべた。
この距離ならば、届かない筈だ。
完全再生を発動し、また回復して、意地でもこの女を殺してやる。
「バーカ……俺にはまだ、“完全再生(これ)”があるッ!」
最強の能力。
アインハルトに完全再生を破る手立てがあるとは思えない。
馬鹿げたレベルの格闘術、それさえ注意していれば勝てない相手じゃないんだ。
自分に言い聞かせながら、次こそは、と頭へ手を伸ばす。
彼女の言葉など、耳に入ってはいなかった。
或いは、聞こえないようにしていたのかもしれない。
いざ、再び能力を行使しようとした――まさにその瞬間。
「破城槌…………!」
足元から走った衝撃が、動作を強制的に遮った。
アインハルトが行ったのは、地面へ打ち込む打撃。
これもまた覇王流の奥義……打撃による衝撃を伝達させ、相手へ攻撃するという技巧だ。
能力は発動させない。
される前に、彼を倒す。
アインハルト・ストラトスの全速力での疾走が、アンチョビとの距離を一気に肉薄させる。
彼女の運動神経は「大人モード」となり底上げされている。
――彼にもう一度力を使う間を与えず、確実に倒しにかかるのには十分すぎる速度。
「お、まえェ――ッ!!」
「覇王――、」
足より練った力を、拳の直打としてアンチョビへ叩きつける。
「――断空拳!!」
アンチョビの意識は、その痛烈な一撃で完全に刈り取られた。
意識が消える最後の一瞬に思ったのは、最愛の兄の姿。
彼の為に戦わねばならないというのに、自分はなんと無力なのか。
敗北の味はあまりにも苦い。
全身を苛む鈍痛よりも、ずっと心が痛かった。
(兄さん……俺は……!)
ひしひしと現実を噛み締め、打ちのめされながら――アンチョビは、意識を闇へと沈めた。
【G-5/深夜】
【アンチョビ@コロッケ!】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、無力感、気絶
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3(武器はない)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いに乗る
1:俺は……
アンチョビを沈めたアインハルト・ストラトスは、一人歩き出していた。
消耗はあったが、致命的なほどではない。
尤も、最初の奇襲を読んで一撃を叩き込めたことで主導権を握れたのも大きかったのだが。
アインハルトは気絶したアンチョビを岩肌の陰へと隠し、それから立ち去るのを選んだ。
彼には彼なりの戦う理由がある。
なら、そこから抜け出せるか囚われたままで終わるかも、彼次第ということになろう。
また敵として立ち塞がるなら、また倒す。
けれど、もしも仲間として戦えるなら――それに越したことはない。
「……ポーキー・ミンチ……!」
オッドアイの双眸は、強い怒りに燃えていた。
その矛先は、五人の子供を虐殺し、自分たちへ殺し合いを強要したあの老人へ向いている。
許せないと感じた。身勝手に他人の日常を破壊し、挙句殺戮するなど……思い出すだけでも虫唾が走るのを禁じ得ない。
必ず打倒せねばと、激しく心を燃やす。
覇王流の伝承者として、チーム・ナカジマの一員として。
この下らない殺し合いを打破し、ポーキーを倒して償わせてやる。
その為にもまずは同じ思想を持つ者達で結託して、乗ってしまった参加者へ対処するのが重要となろう。
「ヴィヴィオさん……」
名簿に刻まれていた、親友の名前を心配そうに呟くアインハルト。
彼女も強い。心なら、自分よりも上かもしれない。
けれど心配なことに変わりはなかった。彼女は自分を変えてくれた、
大切な人だ。
失いたくない。絶対に守りたい……拳を強く握って、彼女は決意を更に硬く強くした。
会場の面子を見た限り、どうもこの殺し合いに招かれたのは子供ばかりらしい。
卑劣な所業に心から嫌悪を覚えながらも、冷静に状況の深刻さを分析する。
ヴィヴィオの母、なのはやその同僚たちが居たならば、事態を収束させるのもそう難しくはなかったろう。
が、ここに管理局の局員はいない。
自分たちの手のみで、あの外道を倒さなければならないのだ。
「……それでも、私達が、やるしかない」
殺し合いはもう始まっている。
のんびりしている時間はない――事は一刻を争う。
アインハルトは地図を広げ、手始めに最も近くにある建物……柳洞寺を目指し、歩を進めた。
【アインハルト・ストラトス@魔法少女リリカルなのはシリーズ】
[状態]:疲労(小)、強い決意
[装備]:アスティオン@魔法少女リリカルなのはシリーズ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを打破し、ポーキー・ミンチに罪を償わせる
1:柳洞寺へ向かう。
2:ヴィヴィオさんを捜しつつ、同じ志の仲間と結託したい
※無限書庫編開始直後からの参戦です
最終更新:2014年03月11日 16:05