マクロスFRONTIERでエロパロ まとめwiki

6-006

最終更新:

匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
5 :名無しさん@ピンキー : 2009/02/07(土) 19:57:15 ID:wwW/LKBA
カプはアルト×シェリルです
以前3スレ目に投下した『キミノミライの後の話になります
あいかわらずエロに行き着くまで長いですがよろしければお付き合い願います
設定もいつもの如くテキトーなのでどうかツッコミは勘弁してください

自ブログにも乗っけてありますが間違いなく本人が投下してますので
ご了承ください

それでは、投下



6 :『ヤサシイコトバ』(アルト×シェリル): 2009/02/07(土) 19:58:11 ID:wwW/LKBA

呼吸と、タイミング。

ずらし、すり合わせ、同化する。それはほんの一瞬、しかし永劫の時間である。
己に内在する7つの人格を観客に悟らせてはならない。
お染は舞台の上に“常に存在しなければならない”のだから。
その気配を殺さず、尚且つ自分の中から排除する方法は「呼吸」。
短く吸い、一気に吐き出す。
刹那、吹き替えとすれ違うその時に魂を置き、新たな命を得て――。
客席に向ける顔、その「タイミング」は奇跡と呼ぶに相応しい。

つまり、中々に受け取り難い神からの贈り物の如き代物なのであった。

鏡に映る自身の姿を見て、早乙女アルトは嘆息しごろりと床に転がる。
「お染の乗り移った久松だな、これじゃ……」
身のこなしも、顎の引き具合もほぼ完成している。肉体的には瞬時に久松と
成れるのに、何処かお染が抜け切れない。やはり、この役は難しい。
アルトは頭を持ち上げ両腕をその下に敷いた。そして瞼を閉じる。
(だが、どうしても手に入れたい。何としても――)
公演まで一月を切った。であるから、彼の顔に焦りの色が浮かぶのも道理で
あろう。しかし、この男がここまで必死になっているのには他に理由がある。


演目が『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』と決まったのは
四ヶ月程前。七役に指名されたアルトは正直戸惑った。芸の道に戻って三年、
幼少時より鍛錬を積んだ身とは言え一度は家を捨てた事実がある。
空白の期間を持った自分がこのような大役を任されても良いのだろうか、
しかもこんなに早く――?

宗家に頭を下げ復帰を願い出た折、条件は一から修行をやり直すことであった。
無論、アルトとてそのつもりでいた。そうでなければ他の弟子たちに示しが
つかないし、何より始めから芝居を勉強したいという希望もあった。
今の自分の目で、過去に見ることの出来なかったものを見たかったのである。
よって彼は宗家の御曹司という立場に甘えず下積みを再度重ねた。すでに名題
であったにも関わらず(もちろん復帰後しばらくは看板に名を載せることは
無かった)、下回りの役も務めた。最近では赤姫(お姫様役のこと)を務める
ようにもなっていたが、しかしいきなり七役とは彼が驚くのも無理は無かろう。

『於染久松色読販』の七役とは、その名の通り主要人物七人を一人でこなす
大儀な役どころである。一座のトップに位置する立女形が務めるべきこの
役に指名されることは大変な名誉であり喜ぶ気持ちも確かにあるが、たった
三年で花形の冠を被っても良いものかとアルトは思案した。
彼は前に座る嵐蔵の顔を覗った。その本意を知りたかった。
しかしその瞳は静かに微笑うのみであった。
この時アルトは「しっかり果たせよ」という父の激励を受け取ったように
思う。だから彼は力強く頷き、覚悟を決めたのである。
二度と再び、父の顔に泥を塗るような真似をすまい、と。

そして、もう一つの理由は――。


アルトは寝転がったまま伸びをして、その身体を持ち上げた。そろそろ昼食の
支度をしなくてはと視線をダイニングの方に向ける。と、彼の顔がみるみる
青ざめた。
それもそのはず、窓から差し込む光は既に赤みがかっており、昼食ではなく
最早夕餉の準備をするに相応しい時間であることを告げていたのだから。
そして先程まで椅子に腰掛け此方をぼんやりと眺めていた人物の姿が見当たら
ないこともアルトをひどく慌てさせる。
「シェリル!」
呼びかけるも応えは無かった。念の為寝室やバスルームも覗いてみたが、
どうやら彼女は外出してしまったようである。
参ったなと彼は額に手を遣りながらリビングに戻った。と、ダイニング・テー
ブルの上に小さなメモ書きが置かれているのを彼は発見する。

“実家に帰らせていただきます   Jぇりる”

「マジかよ……」
オレの実家だろ、というツッコミを置いて、アルトは頭を抱えた。
この文面は恐らく義兄の矢三郎が教えたものであろうが、しかし笑えない。
何しろ自分は、ツアーから帰ってきたばかりの彼女を少し待っててくれと
放置して稽古に没頭し、結果、意図的にでは無いにしろ昼飯を作って一緒に
食べるという約束を反故にしたのである。
これはかなり怒っているだろうなと書置きを手に彼は溜息をついた。ここで
機嫌を損ねればせっかくの己の決意も無駄になりかねない。それにはシェリル
の了承が絶対不可欠であるのだから。
とにかく直ぐに謝らなくてはと携帯を繋ぐも、聞こえてくるのは延々と続く
コールの音だけであった。諦めて、アルトは緩んだ帯を締め直し羽織を掴んで
外に出る。その足は真っ直ぐ早乙女の家へと向かった。


「成る程、それは確かに非道いな」
嵐蔵は苦笑った。己にも覚えがあるだけに彼女の言い分は耳に痛い。
道すがらシェリルの話を聞いていた彼は頷きながらも少々息子に肩入れしたい
気分になり、「しかし……」と隣を歩く彼女に視線を向けて足を止めた。
「役に没頭すればそういうこともある。私としては、そろそろ許してやって
 欲しいところだがね」
あら、と如何にも心外とばかりの丸い眼を見せるシェリルは春らしい浅緑の
小紋に身を包んでいる。むじな菊の模様が入ったそれは一見地味であるが、
一重太鼓に結ばれた常盤緑の帯に咲く大輪の白椿が鮮やかで、実にモダンな
着こなしであった。レースの伊達襟もアクセントとなっている。鶸色の半襟と
帯揚げが若草の色目を際立たせ、夕陽によってその陰影は濃く浮かび上がった。
「私は別に怒っているわけじゃ……」
言いかけて、シェリルは人差し指を口元に当て思案顔になる。その眉は心持
顰められ、眉間に小さな皴が寄った。


長期のツアーを終え、恋人の待つ部屋に急ぎ帰り着いたのは今朝のことである。
そう、「待っていてくれている」と思っていたのだ。少なくとも自分は指折り
数えて久しぶりに顔を合わせる今日という日を本当に楽しみにしていた。
アルトも同じ気持ちでいてくれるだろうと無邪気にも思っていたところ、それ
は見事に空振りであったと言うべきだろうか。


そわそわとしながらリビングのドアを開ければ鏡の前で稽古をする彼の姿が
見えた。そっと近づき「ただいま」と声を掛ければ「ああ、おかえり」と
何とも素っ気ない。期待はずれの反応に気を悪くするも、仕事に夢中になり
相手が見えなくなるのはお互い様なのでシェリルは静かに待つことにした。
しかし、待てど暮らせど一向に彼が此方を向くことはなかった。だから彼女は
邪魔をしたくないと思いながらもつい言葉を投げ掛けたのである。
「ずいぶん熱心ね。今度はどんな役なの?」
「……ああ」
「しばらくのんびりできるから、私も見に行きたいわ」
「……ああ」
「聞いてないわね……。適当に返事してるでしょ?」
「……ああ」
「こういうのを倦怠期っていうのかしら」
「……ああ」
シェリルは呆れて肩を竦め、気の抜けた様子でテーブルに突っ伏した。
別に感動の対面などを期待していたわけではない。一緒に暮らし始めてもう
五年になるし、仕事柄家を空けることもしばしばである。その都度熱い抱擁
や優しい言葉を彼に求めるのは性格上無理があるのかもしれないとも思う。
けれども今まではそれなりの雰囲気で出迎えてくれていたのにとシェリルは
少々むくれながら机の上を爪で引っ掻いた。
これはちょっと哀しすぎるかもしれない。
「なぁ、シェリル」
不意に名を呼ばれて、彼女はぱっと顔を上げた。ようやく此方を見てくれたの
かと喜んでみれば、アルトは未だ鏡に映る自分と向き合ったままであった。
「……何よ?」
「悪いがもう少し待っててくれ。昼飯は一緒に食おう」
「……ん」
こくりと頷いたものの、彼の稽古する様子をぼんやりと見ているうちに
恐らくこれは無理だろうとシェリルは予想した。だから一時間ほど経過した頃
彼女はいつか矢三郎に教わった文句を紙に書き、家を出たのである。


あれはあんまりだったわよねと思い出しつつ彼女の眉はピクリと引き攣った。
「まぁ、ちょっとは腹を立ててますけど」
ついと視線をあさっての方向へ泳がせながらシェリルはこほんと咳払いをする。
帯に挿した手鞠の根付がちりりと揺れた。
「それだけで家出なんてしないわ」
「これは、家出なのかな?」
クッと笑う嵐蔵に、笑うなんて酷いと彼女は頬を染めて非難の声を上げた。
「とにかく、真剣に稽古してるアルトの邪魔をしたくなかったんです」
傍にいれば構って欲しくなるからと呟くように言うシェリルを、嵐蔵は
微笑ましく見つめた。もう二十歳を過ぎたのに時折このようにして見せる
少女の如き顔を可愛らしく思う。
「だが、君が居なくなったことに気付けば、アレは直ぐに迎えに来るのでは
 ないか?」
「それは……、計算の内ね」
計算? 嵐蔵は首を傾げて疑問の目を向ける。シェリルは答えずにただ
ふふっと笑った。
「それにしても――」
彼女は話題を変えて、隣を歩く男に訊ねた。
「あそこまで切実に役作りする彼を初めて見たわ。今度の芝居は、そんなに
 難しいものなんですか?」
ふむ、と嵐蔵は顎に手を遣り空を見上げた。日はかなり傾き始めている。
「通称『お染の七役』と言ってな。有人はその七役を務めるんだが……」
「まあ、七人も!」
「演じるという点でどの役が易いとか難いとかは無いだろう。早替わりは
 大変と云えば大変だし、確かに大役ではあるけれどね」
ふうん、とシェリルは小首を傾げながら頷く。一人で七役も演じるのは
単純に考えれば充分難しそうに聞こえた。想像するのも困難である。


「それじゃあ、嵐蔵さんも特別稽古に力を入れたことってあるのかしら?」
「そうだなぁ……」
しばし考え込んで、もちろんどの芝居も全力で挑むものだがと前置きしてから
彼は答えた。
「名題披露の時や、初めて大役を任された時はやはり意気込んだものだな。
 それから――」
付け加えようとした言葉にはっとして、嵐蔵は口を噤み彼女をまじまじと
見つめた。もしかしたら、否、きっとそういうことだろうと彼は一人頷く。
「それから、何です?」
「いや、それは……」
催促するシェリルに困ったような笑みを見せつつ、嵐蔵は言葉を濁した。

何とか誤魔化そうとしているところに、近所に住む顔見知りの老婦人が
通りかかり二人に声を掛ける。正に渡りに船であった。
「こんばんは、先生」
「ああ、どうも」
ニコニコと朗らかに挨拶をする女性に、彼はほっとした表情で軽く会釈する。
「こちらの若い方、お嫁さんですわね。一緒にお散歩ですか?」
「いえ、その私は……」
老婦人の言葉にシェリルは頬を染めた。嫁という単語が妙に気恥ずかしく
また、どう返答して良いものか判らず隣の男に助けを求める。
「ご存知の通り不肖な息子でしてね。今のところは茶飲み友達といったところ
 かな?」
「まぁ、私てっきり……。噂で素敵なお嫁さんがいらっしゃっると聞いていた
 ものですから」
どんな噂だろうとシェリルは少々複雑な顔をした。しかし素敵と言われて悪い
気はしない。緩む口元に手を当ててそっと俯く。
「ははっ。まあ近々そういうことになりそうですがね」
そんな彼女の様子に嵐蔵は豪快に笑い声を上げ、後の言葉はシェリルに
聞こえないよう老婦人に向かってこっそりと告げた。
「あら、何ですか?」
「いや、何でも……。お、噂をすれば――」
彼の視線を辿って見れば、少し先の門の前で此方を見ている若い男の姿がある。
ようやくのお出ましねとシェリルは肩を竦めつつ、それでも嬉しそうに
アルトの元へ駆けていった。
「遅いわよ、バカアルト!」
ぱたぱたと草履の小気味良い音が辺りに響く。何やら懸命に謝罪している
様子の息子の影が見えて苦笑する嵐蔵に、老婦人もつられて微笑った。
「可愛らしい方ですわね。……先生も楽しみでしょう?」
「ええ、まあ。アレには少々勿体無い気もしますが……」
あらまあと声を立てて笑う婦人に、親馬鹿ならぬ嫁馬鹿の体を晒したことに
気付いた嵐蔵は照れたように頭を掻いた。


夕暮れの、春めいた爽やかな風が一陣、路地を吹き抜けていった。


少し寄っていけと座敷に通され三人で茶を啜っていると、襖の向こうから
声が掛かり女中の環が顔を出した。
「あの、夕食はいかがなさいますか?」
確かにそんな時刻である。いえこれでお暇しますと言いかけるアルトの裾を
ひっぱり、シェリルは笑顔を環に向けた。
「お手間をお掛けしますがご一緒させてください。私も手伝いますから」
おいおいと嗜めるアルトに偶にはいいじゃないとすました顔をする。
「しかし、オレは帰って稽古の続きを――」
「あら、稽古場はここにあるでしょう?」
ね、と小首を傾げて此方を見るシェリルに、嵐蔵は彼女の言った“計算”と
いう言葉の意味を理解しふっと微笑った。
「ああ、構わんよ。私も夕餉の支度が調うまで付き合おう」
己の願いを汲み取ってくれた嵐蔵に最上級の感謝と礼を込めた眼差しを向け、
シェリルは微かに頷いた。そして環と共に部屋を後にする。
残されたアルトは躊躇いを見せ、未だ足を崩さずにいた。
「どうした?」
「いえ、ただ――」
「偶には良いではないか」
シェリルの言葉を真似て、嵐蔵は肩を揺らした。
「お前の芝居に口を出すいい口実が出来たというものだ」
そう言って笑う父の姿に、アルトは昔を思い出し少々複雑な顔をした。
それにしても変わるものだなと彼は思う。数年前の自分は、こうした穏やかな
父子関係を目の前にいる男と築くことが出来るなどとは思ってもいなかったの
だから。
厳格で甘えを許さず、芝居に全てを賭け家庭を顧みなかった父親。
それらがまったくの幻だったとは思わない。しかし、幼い自分が見えなかった、
見ようとしなかった部分が確かにある。
「では、見せてもらおうか」
「はい。お願いします」
二人は静かに、その足を稽古場へと向けた。


今日は休みの日で、稽古場には誰もいない。
嵐蔵の名を襲名し十九代目宗家となった矢三郎も、後援会の集まりで家を
空けていた。
しんと静まり返った広い板張りの部屋に足を踏み入れると、床の軋む音が
響く。上座に構え鋭い視線を向ける父に一礼し、アルトは瞼を閉じて深く息を
吸った。こんなに緊張するのは久しぶりかも知れない。

人類が惑星フロンティアに降り立ち二年の月日が経った頃、矢三郎の襲名披露
が行われた。予定よりもずいぶん遅れたのはそれだけ人々の生活が安定するに
時間が掛かったということもある。が、その他に本人がそれを渋ったという
事実がそこにはあった。
一度は了承した筈の矢三郎が何故自ら取り下げようとしたのか。
それはもちろん、アルトが復帰を願い出たことに起因する。彼はアルトの才能
に惚れ込んでおり、嫡子であるアルトが戻ったのであれば自分が跡目を継ぐ
理由はどこにも無いと言い切った。
しかし嵐蔵は己の決めたことを覆そうとはせず、またアルトにもそのつもりが
無かった。結局二人の説得に押され、矢三郎は頷かざるを得なかったのである。
そして嵐蔵は一線を退いた。まだ早いとその引退を惜しむ声も聞かれたが、
彼は自分の限界を悟っていた。病から回復し、今は小康状態を保っている
ものの、万全の状態で芝居が出来ぬのなら潔く退くべきとの考えだった。
現在でもその発言は多大な影響力があるが、主に裏方に回り若手の指導に
当たっている。


久しぶりに指導者としての立場で息子の演技を見た嵐蔵は、その技量に内心
感嘆の声を上げた。よくぞここまで、との思いが込み上げる。
もとよりその才能は見抜いていた。故に年端もゆかぬ頃より厳しく接していた
のである。そして、甘えとも見える迷いや疑問にその芸の曇ることが許せず
手を上げることも少なくなかった。しかし……。
(これが天賦の才と云うものか)
嵐蔵は静かに溜息をつく。それは父親としてではなく、芸に身を置く一人の
人間としての純粋な感動であった。

但し、彼も天才役者と謳われた人物である。アルトの演技が一瞬鈍り、その
表情が翳る刹那を見逃さなかった。
成る程、と嵐蔵は理解する。アルトが違和感を感じているそれは、正に
気付く者など殆どいないだろう極めて些細なものであった。
一つの場面が終わり、アルトは中央まで進んで正座し一礼した。その顔は
納得のいかない様子で視線をやや下に落としている。
しばらく無言で腕を組んでいた嵐蔵であったが、ふうと息を吐いた後
有人、と声を掛けた。
「記号に囚われ過ぎているのではないか?」
「……は?」
よく意味が飲み込めず、彼は顔を上げ十八代目宗家を覗うように見る。
「消えて尚更に増す存在感、というものもある。無は何も為さないと考えては
 想像の余地を狭める。そこから生まれるものもあろう」
アルトははっとした。自分は“常にお染は存在しなければならない”と
思っていた。だからこそその気配を断ち切ることに苦労していたのだ。
けれどもそれは観る人を侮るに等しい行為なのかも知れない。己がお染である
ときにその魂を印象付ければ、たとえ舞台の上からお染が消えても
“観客の心にお染は存在し続ける”だろう。
アルトは霧が晴れていくのを感じた。

「有難う御座いました」
深々と礼をするアルトにうむと頷き、ところでと嵐蔵は父親の顔になった。
「芸に打ち込むのは結構だが、大事にせねばならんぞ」
所帯を持つ覚悟をしたのだろうと事実を衝かれ、アルトは面食らう。
「ななな、なんで知って――?」
「確信したのは今だがな。しかし、そうか……」
ふっと笑うと細めた目をそのままに、彼は諭すような口調で続けた。
「あの娘は以前私に、お前を『生涯支え続ける』と言ってくれた」
「……シェリル、が?」
「人は、一人では生きられない。手を重ねる相手がいることは幸福だな」
それはいつか聞いた母の言葉だった。美与の姿をそこに見ているかの如く
優しい眼差しを天へ向ける嵐蔵に、アルトは少なからず驚く。
「後悔などない。だが、……引退した今、隣にいてくれたならと思う」
「親父……」
“消えて尚更に増す存在感”か――。
アルトは静かな微笑を湛えた父の顔をただ、見つめた。

こんなところにも、新たな発見がある。
自分がかけがえの無い存在を得て、初めて見えてくるもの。
父は父なりに、母を深く愛していたのだということを。


帰り道、二人は手を繋いで歩いていた。
日が落ちて少し冷たい風の吹く中、身体を寄せて互いの体温を感じ合う。
そういえば、とアルトは思い出して隣を歩く彼女に訊ねた。
「あの書置き、兄さんから教わったんだろ?」
「そうだけど」
それがどうかしたのかという顔に、彼はやっぱりなと苦笑った。
「お前、あの文句の意味わかってないな」
「知ってるわよ! 家出するときの決まり文句なんでしょ?」
むきになって返すシェリルの頬に手を添えて、アルトは顔を近付けた。
「間違ってはないが、……もうあんな言葉を使うなよ」
あれは結構堪えるんだ。そう囁いて、優しくキスする。
そっと唇を離すと、シェリルは軽く睨みつけてきた。
「使わせたのはアルトじゃない。だいたい――」
「ああ、そうだな。済まない、二度と使わせないから」
先程門の前で散々絞られたアルトは彼女を遮って、しかしニヤリと笑う。
「でも、早乙女の家に行ったのはオレの為だろ?」
「……ちょっと自意識過剰じゃない?」
頬を染めつつぷいと視線をそらすシェリルを、彼は腕の中に閉じ込めた。
「ありがとう、シェリル」
優しい抱擁にふっと溜息をつき、彼女は違うのよと首を振る。
「あなたの為だけじゃないわ。私の為でもあるもの」
そう言って少し身体を離し、シェリルは彼を見上げた。
「早くこうして私だけを見て欲しかったのよ。やっと会えたんだから」
アルトはもう一度彼女に口付けた。より深く、愛おしいと思う心のままに。

六通に染められた白椿がパラリと床に散った。
背後からシェリルの腕を持ち上げて自分の首へ絡ませ、そのまま唇を合わせ
つつ身八つ(脇下にある身ごろの開き口)から手を差し入れる。長襦袢の上
から丸い膨らみを撫で上げると重ねた唇から艶っぽい吐息が漏れた。
アルトはしばらくその柔らかさを楽しんだ後、手のひらを下へずらし襟の
中程に留められたベルトのクリップを傾ける。するとパチンという音が部屋に
響き胸元の生地が緩んだ。同様に襦袢のそれも外し、腰に回した左手で最後の
留め具を解く。端折りが落ちて前が開き、中からレースの肌襦袢が覗いた。
存分に舌で味わってから唇を離すと、細い糸がつつと引いた。頬を上気させ
潤んだ瞳で見上げるシェリルに微笑みかけ、彼はその肩を抱きくるりと此方を
向かせる。このまま一気に脱がせることも可能であったのだが、アルトは
襟元から肩口にかけて撫でる様に手を動かし、着物を一枚だけ落とした。
シュッという絹擦れの音が耳に心地良く、彼は晒された首筋を軽く吸う。
肌蹴た長襦袢の薄緑に染められた市松模様が薄明かりに照らされて浮かび
上がっていた。

「……どうしたの?」
「何が?」
「なんだか、焦らされてるみた……っい」
レースの上から胸の突起を咥えられ、シェリルは息を呑んだ。痺れにも似た
感覚から彼女は仰け反り、アルトの頭を掻き抱く。その動きに煽られて、彼は
より貪欲にシェリルの感じやすい箇所を攻めた。
「焦らしてるのかも、な」
「バ……カ、あぁっ!」
「でも、そうじゃなくて……。ただ、ゆっくり見ていたいだけだ」
若草の中から現れる、薄いピンクに染まった白磁のような肌が咲き乱れるのを。
アルトは露になった太ももをラインに沿って撫で上げ、肌襦袢の腰紐を素早く
引いた。そして愛撫により硬く隆起した先端を舌で直に捏ねた。
「っはぁ、それを、焦らしてる……って言うの、よ……」
シェリルは堪らず声を上げ、しがみつく様に背中へと回していた手で彼の帯の
結び目を解く。そしてその逞しい胸板に頬を寄せ、催促するように両腕を
緩やかに垂れた。


それを合図に、アルトは左腕で彼女の腰をしっかりと支え、少々乱暴に奥襟を
引いた。シェリルの身を包んでいた衣がするりと滑り落ち、足元に波を作る。
額と瞼に口付けながら豊かな髪を纏める簪をそっと引き抜くと、ストロベリー
ブロンドが剥き出しの肩に広がった。
「ほら、ここに萌え出づる春の景色がある」
「ふふっ。じゃあアルトはその中に立って草花を愛でる姫君かしら?」
「違うな。眺めるだけじゃ満足出来ない、欲深いただの男だ」
彼は自身の着物を脱ぎ捨てて、恋人の身体を抱き上げそっとベッドに横たえた。

アルトは再び弾力のある双丘に顔を埋め、左手を下腹部からさらに下へ
這わせる。布越しに触れても判るほどそこは濡れていた。指で軽く擦り上げれ
ばシェリルの口から悲鳴にも似た声が上がった。
「あ、ああっ――!!」
潜らせた手で下着を剥ぎ取り、足を抱えてその奥を舌で突く。襞をなぞり強く
吸うと彼女の喘ぎはやがて高らかな叫びとなった。
「やっ! だめ、あぁぁっ!!」
全身をひくひくと痙攣させ、肌の上に幾つもの汗が浮かぶ。
軽く達してしまったらしい彼女を一旦快楽の波から解放し、アルトは身体を
ずらして目線の高さを彼女のそれと合わせた。顔に掛かる乱れた髪を手櫛で
梳くと、シェリルはとろりとした瞳で彼を見つめた。
と、いきなり彼が中に入ってきた。息つく間も無く彼女の背は弓なりに反り、
その唇は大きく開かれる。力なくシーツの海に沈んでいた両手は、アルトの
肩にその爪を立てた。
「はぁっ、んぁっ、ね……ぇ、たび――っ!!」
「っ……何?」
穿つ振動と乱れる息で途切れるシェリルの訴えに、彼はその動きを少し緩める。
「足袋が、そのままっ……んっ! 恥ずかし……から、あんっ!!」
ああこれか、とアルトは持ち上げた彼女の足の先を包んだままの足袋に
チラリと視線を走らせた。
「別に、気にすることもないだろ」
「私は、気にす……のよ……っ」
「オレは、そそられるけど――なっ!」
再び速度を上げると、彼女の抗議は最早言葉にならなかった。要望どおりに
アルトがすらりとしたふくらはぎから唇を這わせ、こはぜを口で一つずつ
外していく様子も、シェリルの瞳には映らない。その恥辱が彼女の中の火を
より猛く燃え上がらせていることは、アルトをきつい程に締め付けている
彼女自身が証明していた。
「あ、ああぁっ! ア……ルト、アルト――っ!!」
「ふっ、……っく!」
頭の中で火花が散り、やがて辺りは白い世界となった。二人は互いの早打つ
鼓動をたゆたう恍惚の中で聞いた。


「今度の舞台、観に行けるといいな……」
腕の中で囁くように言う彼女の額に自分のそれをコツリと当てて、アルトは
少し強めの口調で念を押した。
「絶対来いよ。来てくれないと困るんだ」
「あら珍しいわね。いつもは来なくていいとか言うクセに」
「……まぁその、いろいろあるんだよ」
「何それ?」
ふっと笑って上目遣いに見つめる青い瞳に、彼はついと視線を逸らした。
「いいわよ。心細いなら仕方ない。傍に付いててあげる」
クスクスと楽しそうに笑い声を上げるシェリルに、もしかしたら彼女は全て
お見通しなのかもしれないとアルトは思った。
「楽しみ、ね……」
そう呟いてやがて眠りに落ちていった彼女をそっと抱きしめ、優しくキスを
する。

もし気付いていたとしても、別にいい。
どちらでも、お前はきっと喜んでくれると思うから。
「どうしても言いたい言葉があるんだよ」

その時のシェリルの笑顔を想像しながら、アルトもまた眠りについた。


END
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