米軍サイド - 魔法少女を集めてバトロワするスレ@ ウィキ

　苦手な分野だ、とテリー・Ｊ・パワーズは思った。
　巌のような大男である。既に齢六十を超えているに関わらず、その体躯は筋肉でみっしりと鍛え上げられている。
　若い頃にテロリストとの戦闘で負った銃創が顔面に走っており、手には火傷の痕も残る。
　百戦錬磨の軍人であり、かつ出世を重ねられるだけの器用さと家柄を持っていた男。
　あらゆる任務を難なく達成し、あらゆる役割を十全にこなし上げ、あらゆる問題を解決してきた男。
　元海軍中将、現アメリカ国防長官。
　そんなテリーは、腕を組み、渋面を浮かべていた。

　テリーにも、苦手なことがあった。
　娘のことだ。
　男社会で育ち認められてきたテリーにとって『少女』とは未知の存在であった。
　自分の培った常識が一切通じない相手。
　今でこそその娘も三児の母となったが、未だに顔を合わせる度に口論になり、最終的にやりこめられてしまう。
　一度も任務を失敗しなかったテリーが、娘には全戦全敗だ。
　どうやら自分にも苦手分野があったらしい、と結婚して初めてテリーは実感した。

　だが、それが仕事に関わることはない。
　少女の非行も勿論問題だが、アメリカ国防長官であるテリーの仕事には含まれない。

　国防の場には、大人しか居ない。
　故に、テリーの得意なフィールドであったはずなのだが。

「あにまん市で、複数の魔法少女を巻き込んだ大規模な儀式が行われています」

　切れ者と噂されるFBI副長官の口から、そんな荒唐無稽な言葉が飛び出す。

「ジャスティスファイアは何と言っているのですか」

　外務大臣、リサ・バートンの問いかけに、副長官は

「今はまだ何も話せない、と。だが、日本のあにまん市で一般人を巻き込んだ魔法少女の抗争が行われていることは確かです」

（俺は、ジャパニーズアニメーションでも観ているのか？）

　そう、自問する。
　魔法少女なる者が存在していることは知っている。
　目の前で魔法を披露されたこともある。それ以来金曜のミサに参加するようになった。科学では証明できない、目に見えないものでも実在するのだと理解したからだ。

　だが、実際にそれが国防の場に出てくると、面食らう。
　何故、副長官や外務大臣は素面で話せるのかとさえ思う。

　魔法少女が儀式をしているという。
　テリーの脳内では、ハロウィンの魔女のコスプレをした少女が、大釜にヤモリを投げ込むシーンが展開する。
　魔法少女が抗争をしているという。
　テリーの脳内では、魔女っ娘たちが、杖から火花を出し合って戦うシーンが展開する。

　可愛らしい、微笑ましい絵面ばかりが思い浮かぶ。

　屈強で、銃火器を持った男たちではない。

　フリフリのドレスを纏い、キラキラ光るステッキを振り回す、少女たち。

　もし、そんな少女たちが暴れているとして、それを叱りつけるのは米国の軍事力ではなく、親御さんのはずだ。

（違う、魔法少女は、そんな生易しい存在ではない……）

　知識として、知ってはいるのだ。
　殴りつけるだけで人体を容易く損壊させ、拳銃程度では有効打にならず、火炎放射も、雷撃を、他種多様の殺傷武器を扱う少女たち。
　詰まることは、人間兵器。それが魔法少女。

　老いてもなお若い兵士を叩きのめせるテリーでも、まるで歯が立たないであろう怪物たち。

「現状、把握している範囲ですが、被害を簡単に報告します。
　市内の廃病院に、無数の死体が発見されています。死亡日時は昨夜、殺されて数時間も経っていないと検死の結果が出ています。
　地下鉄の一部で爆発が発生。死傷者一名。——若い女性であることしか現状分かっていません。
　市内の高校でも爆発があり、校舎の一部が損壊。重傷者一名。名前は犬上沙美。……９歳です。何故、そんな年齢の子どもが深夜のハイスクールに居たのかは不明ですが」

　つらつらと語る副長官の言葉に、テリーは眩暈を覚えた。
　明らかに、戦闘が行われている。
　若い女性の死傷者、及び９歳の重傷者は——敗北した魔法少女か。

「……魔法少女の大規模な抗争、という割には、意外と……」

「はい、思ったより被害は抑えられている、とさえ言えます」

　外務大臣の言葉に、副長官は頷く。
　どこが抑えられているのだ、とテリーは声を荒げそうになり、自制した。
　その通りだと、理解はしているのだ。
　テリーの知る魔法少女、ジャスティスファイアあるいはブレイズドラゴンが、人目を気にせず民草の命を気にせず戦えば、もっと人は死ぬ。
　魔法少女は、そういう存在だ。

「ですが、パニックは予想以上に広がっています。流言飛語が飛び交い、甚大な二次被害が懸念されています」

「例えば、どんな噂が語られているのかしら？」

「はい。一例を挙げると
　・ビルから騎士が飛び出してきて光る剣を振りまわしていた
　・氷塊が落下するのを見た
　・チェーンソーを持った集団が練り歩いていた
　などですね。
　他にも、モンスターを見た、建物が壊れるのを見た、奇妙な格好の少女を見たなど、枚挙に暇がありません」

「元々治安の悪い街だったのが災いしたのか、一部のエリアでは警官が出動する程の暴動が起きています。
　このまま騒動が広がれば——一市内の問題に留まらないかと」

「奇妙、ねぇ……」

　リサは、頬に手を当てる。

「魔法の国は何をしているのかしら。このまま行けば、魔法少女の存在が世間にバレることは分かり切っているでしょうに。そういった秘匿工作をずっとやってきた国なのでしょう？」

「はい。ですが今回は、魔法の国が動いている様子はありません。我々だけでなく、魔法の国に住む魔法少女たちもそう証言しています」

「何故か今回の件は、一切秘匿をしていない、と」

　それって、とリサが呟く。

　ああ、とテリーは頷いた。
　魔法少女は門外漢だ。だが、相手が一国となると、もうテリーの苦手分野では無くなる。

「どう考えても儀式とやらに、魔法の国が絡んでいるな」

　だとすれば、ただの魔法少女犯罪の範疇を超える。
　国と国の問題——国防の問題になる。

「だが、妙だ」

「ええ、妙ね」

「妙ですね」

　三人の言葉が重なる。

「——何故、秘匿しない？」

　仮に、アメリカ合衆国が何らかの陰謀を働かせるとしたら、徹底的に自国が黒幕である痕跡は消す。
　事件そのものの解決までも合衆国で行い、自作自演で処理するはずだ。

　だが、魔法の国は動かない。今まで行ってきたことを、今回だけサボタージュしている。
　まるで自分たちが黒幕だとアピールしているようだ。

　謎の儀式を行っていますよ。危険な魔法少女の戦いで、街がパニックですよ。このままいけば、騒動は市内を超え、国を超え、合衆国にも被害をもたらしますよ。

　——さぁ、介入してみなさい。

「……誘ってるのか？」

　米国が介入することを見越して、否、米国が、人間界が介入することまで、儀式の範疇なのか。
　読めない。
　黒幕の心理が、テリーには分からない。

「…………儀式を止めるとして、どうするの？　まさか空爆するわけには行かないでしょ」

「当たり前です。同盟国の地方都市でパニックが起こったから空爆しました、なんてことをすればアメリカ合衆国の信用は地に堕ちます。
　かといって、捜査員を派遣したところで、効果は薄いでしょう。既にあにまん市に潜入させていた私の部下が一人、殉職しています」

「ならば、どうする？」

　テリーの問いかけに、副長官は答える。

「魔法少女には、魔法少女をぶつけます。
　合衆国政府所属の魔法少女。そして協力関係にある外部魔法少女。彼女たちで部隊を結成し、合衆国のバックアップのもと、儀式の調査・殲滅に当たらせましょう」

「ふむ……ならば——ブレイズドラゴンの出番というわけか」

　傭兵兼魔法少女。今まで何度も合衆国からの依頼をこなしてきた、テリーの知る限り、最強の魔法少女。

「彼女ならば、単騎でも安心かもしれないな。すぐに連絡を取ってくれ」

「それが……既に協力を要請したのですが、断られました」

「何だって……？」

　今までブレイズドラゴンが合衆国からの依頼を断ったことはなかった。
　お主らの用意する戦場は楽しいのでの、と豪快な笑みを見せた絶世の美女。
　彼女が、依頼を断る……？

「それほどまでに、この儀式は危険だと、彼女は知っていたのか……？」

「あー、いえ、そうではなく……」

　切れ者、優秀と評判の副長官の歯切れは悪かった。

「既にブレイズドラゴンはあにまん市に居るらしく……」

「何と、前もって動いていたのか」

　やはり彼女は優秀な傭兵だ、とテリーは元軍人として彼女を再評価し。

「『殺し合いで忙しいから無理じゃ！　すまんのう！』とのことでした……」

「…………ジーザス」

　思わず、額に手を当てた。
　そう言えば、ブレイズドラゴンは少女でこそないが、娘より年下だった。そんな存在が、思惑通りに動くはずが無かったかと、一種差別的なことさえ考えながらも、テリーは溜息をつく。

「殺し合い……？」

　と、リサは疑問の声を上げる。

「彼女は、確かにそう言ったの？」

「はい。そのように」

「それ、重要なヒントじゃないかしら……？」

　顎に手を当て、考え込むリサに。

「いや、ただ今のあにまん市の状況を表した言葉に過ぎないだろう。
　何らかの儀式を遂行している者が居て、それを止めようとしている者が居る。
　二つの勢力がぶつかり合って、殺し合いが発生している」

「あるいは、儀式を行おうとしている集団が複数存在し、三国志のように潰し合いをしている、という推理も出来ます。
　未だ儀式の全貌は明らかになってきませんね」

「……前者よりは後者の方が在り得そうね。
　儀式を止める勢力が外部に助けを求めない理由が分からないもの。
　複数の勢力のぶつかり合い。どこかの勢力がブレイズドラゴンを雇い入れた」

「で、あるならばやはり早急に合衆国で魔法少女チームを結成し、送り込むべきだ。
　……ブレイズドラゴンに対抗できる魔法少女が居るのかは不明だが」

「…………それも狙い、なのでしょうか」

　どういうことだ、とテリーは副長官を促す。

「今、我々は合衆国の魔法少女チームを組織、派遣しようとしています。
　一切の秘匿をしていない以上、我々だけではない。他国も魔法少女チームをあにまん市に派遣しようとするでしょう。
　各国政府だけではない。反政府組織、マフィア、魔法少女と繋がりがある勢力は、必ず魔法少女を派遣したがるはず。
　結果として、あにまん市に多くの精鋭魔法少女が集まることになるでしょう」

「それが、狙いだと……？」

「はい、魔法少女を集めることこそ、儀式の真の狙い……」

「……あ、もしかして、そういうこと？」

　唐突にリサが口を開いた。

「どうした、外務大臣」

「儀式を行おうとしている複数の勢力……その割には散発的で小規模な被害……たぶん儀式の内容って……」

　——それが、リサ・バートンが発した、最後の人間らしい言葉だった。

「ぁ、あ、あ、ああああああああああああああああああっ！」

　突如、リサ・バードンが椅子から転げ落ちた。
　そして悲鳴を上げながらのたうち回る。

　部屋の外に待機させていた警備が飛び込んでくる。
　テリーは即座にリサに駆け寄った。

　副長官は周囲を注意深く見まわし、付けている腕時計に向かって小声で何かを呟いた。

「リサ、しっかりしろ、リサ……！」

　テリーはリサを抱え、懸命に声をかける。
　だが、リサは苦悶の表情で虚空を掻きむしり——そのまま息絶えた。

「何だ、何だこれは……！」

「恐らく、魔法によるものでしょう……」

　副長官は苦々し気に答える。

「ジャスティスファイアの忠告の意味が……ようやく分かりました。
　この儀式は——関わってはいけないものだ」

「だが、だがそれは敗北宣言だろ！？
　我々の仲間が殺されたのだぞ！？」

「外務大臣は何かに気づいた。
　だから死んだ。
　……気づかせることが、黒幕の狙いなんです。その秘密に気づくことがトリガーとなって、魔法が発動する」

　あにまん市の魔法少女の抗争は、疑似餌に過ぎない、と副長官は断言する。

「我々はずっと勘違いしていた。
　魔法の国が関与している？
　魔法の国が黒幕？
　何て、お花畑な発想だったんだ。
　これはもしや、魔法の国からの宣戦布告なのかとも、私は今まで思っていました。
　——違う、もうそんな次元の話ではない」

　これは攻撃なんですよ、国防長官。
　副長官は顔を蒼白にして言った。

「これこそが、儀式なんです……！
　『儀式の内容を知った者を死なせること』……もしその秘密を各国政府の首脳部が知れば……いや、万が一、世界中に拡散したら……」

「ま、まさか、魔法の国の狙いは……」

「……既に、戦争が始まっているんです。
　これは、人間界に放たれた、魔法の国の『攻撃』だったんです……！」

　ああ、もしそうであるならば。

「……既に、我々の、否、人類の生殺与奪は、黒幕に握られている……」

「ええ、こちらが下手に干渉すれば、向こうは『秘密』を全世界に公開してしまえる。始まるのは人類の絶滅です……」

「か、考えることすら危険ということか……」

「ええ、外務大臣は、その秘密に気づいたから、死亡した。
　同じように、我々も脳裏にでも気づいてしまえば、死亡するでしょうね」

「ど、どうしようもないのか……。
　我々はこのまま何も出来ないまま……」

「……今は、静観するしかないでしょう。
　解決に動き、情報を集めれば集める程、死ぬリスクが上っていくのですから」

　おお、神よ……とテリーは祈った。
　宗教過激派のテロとも戦った歴戦の勇者が、本気で祈りを捧げた。

「……まだ、ジャスティスファイアがあにまん市に居ます。
　どうやら、彼女は秘密を知り、かつ生存している様子でした。恐らく、儀式の参加者は例外なのでしょう。
　……彼女の活躍に賭けるしかありません」

　かくして、米軍は介入する術を失った。
　一発も銃弾を発射することなく、一度も号令を下すことなく、大多数のアメリカ市民はまったく何も知らないまま。
　最初から、彼らは敗北していた。
　戦うことすら許されなかった。

　大人は、少女たちの遊戯に混ざれない。

　残酷な事実が、其処には在った。