Chapter 7-2 : 伝奇小説

(投稿者:怨是)




 同時刻、換気の為に窓を開けていたライオス・シュミット少佐の個室にノックが響く。
 部下からの報告内容の書類をまとめると、ドアを開けて相手の用件を窺う。

「これは技術部広報顧問殿。ヴォルケン中将のところでは飽き足らず、私にも宣伝するつもりか」

「貴殿の為を思っての宣伝です。私どもの実績にもうすこし焦点を当てていただければと思いますがね。
 MAIDの力さえあれば、仕事はよりスムーズに進むはずですが」

 この広報顧問は何を考えているのか。片腹痛いとはまさにこの事だった。
 シュミットが所属している公安部隊においては、敵はGではなく人間である。
 明らかに過剰な戦力をそこに投入するべきではないという考えの下、シュミットは幾度もMAID配備を断ってきた。

「人を裁くのは人だけで充分だ。それとも何か。相手がGを引き連れているとでもお考えかな?」

「そこまでとは申しませんが、それでも現状においてどの調査活動も捗っていないのは確かではありませんか」

「力押しで捗るものなら、とうの昔に解決している。広報顧問殿とて、その程度の理屈も解せぬ馬鹿ではあるまい」

 戦闘が銃弾や刀身のぶつかり合いだけで行われる時代は、太古の昔に幕を閉じていた。
 人間が頭脳を持ち、そして何らかの心理的活動を行う以上、情報の戦いは不可避のものとなる。
 その暗雲の中にシュミットは身を置いている。今この瞬間にもあらゆる戦いが繰り広げられているのだ。
 おそらく部下達は今夜のうちに様々な情報を仕入れる。

 懸念事項となるMAIDも、エメリンスキー旅団が所持しているという情報は無い。
 過去に数週間ほど所持していたが、その後は消息を絶ったという。
 なればこそ、旅団規模の彼らの莫大な嫌疑を、明日の日の出と共に文字通り白日の下に晒してやろうと考えていた。

「ですからね。日々の情報戦を闘い抜いている貴殿の為に、必要な能力をこちらで開発させていただこうというのです」

「具体的には」

「ええ。段階的に何名かのMAIDを生み出し、徐々にそちらの希望する能力に近づけて行くという形で」

「完成形になるまでに生み出されたMAIDはどうなる。よもや捨てるなどという蛮行には及ぶまいと信じてはいるが」

 シュミットの問いに「待ってました」と云わんばかりの笑顔を浮かべ、宣伝顧問が胸を張る。
 次に出てくる言葉はポジティヴかつ欺瞞に満ち溢れた、セールスマンが終始挟み込む売り文句やらの類である。
 展開は既に読めたようなものだ。どう反論しても宣伝に持ち込むというものだろう。

「当然でしょう。私どもはその点に関しては親馬鹿を自称できるほどですからね」

 なるほど、これは頼もしい。
 乱暴な言葉遣いの者に今の発言に対するコメントを求めるのならば、おそらくは「そいつぁすげぇや!」の一言に帰結する。
 親馬鹿だけでやっていける戦争なら苦労はしないと毒の一つでも吐いてやりたかったところを、百歩譲ってそれを飲み込む。

「能力開発の途中で生み出されたMAIDらは、しかるべき担当官の皆様に引き取っていただき、大切に育てていただこうと思います」

「ふと疑問に思ったが、特殊技能の開発は任意で行えるものなのか? あれは偶発的に発生するものだと知らされているが」

「そして独り身の軍人達を癒す、精霊達のようなMAID……そして我ら技術部は海を渡り、丘を登――」

「――すまんが自己陶酔は墓の中で頼む」

「ぁ、はいはい。任意で能力を発生させられるようにする研究も兼ねてです」

 二人分の二酸化炭素排出により気温が上がってきたのか、技術者は白衣の襟元を何度か開閉し、汗の粒子を空気中に霧散させていた。
 任意で能力を発生させられるような研究といえば、瘴炉の開発などがあっただろうか。
 おそらくはこの男はそういったものには難色を示す手合いだろうから、別の方法でも取るつもりか。 
 そうなると、次の懸念事項は数である。

「数の見積もりは? 完成形に至るまで何体生み出すつもりだ」

「完成形も含め、六体ほどの予定です」

「多いな」

 未だ三桁台に留まるMAID戦力。つまるところ、それは開発に難航しているという事を如実に示している。
 そのご時勢で、この男にそこまで頻繁に生み出せるほどの技術力があるとは思えなかった。

「MAIDは貴重な戦力であり、そして我々にとって大切な家族とも云える存在です。
 生み出されてきたMAIDはすべてきちんと実戦で運用可能な状態にいたしますので、どうかご心配なさらず」

「そうか。では現実的にそれらを運用するとしてどれほどの費用がかかる」

「彼女らは心を持っていますからね。手間要らずですよ。云い方は乱暴ですが、銃をはじめとする様々な武装と同等か、それ以下の手間です」

 夏の夜風ですら凍らせるシュミットの一言に、流石の技術者も汗が引いたか。
 的外れな単語が次々に現れ、そのたびに失笑が挟み込まれる。

「銃の整備の手間など、シャワーを浴びるのと変わらん。しかしMAIDはどうか。教育し、維持し、時により援護もせねばならない。
 剣の一振りで敵をなぎ倒す力を持つのなら話は別だが、特殊能力や奇妙な技術を搭載した手合いは?」

 数ヶ月間の教育を要するほどのMAIDを何体も濫造すれば、それだけ時間の犠牲は多くなる。
 情報との戦いは、同時に時間との戦いの要素も多分に含んでいる。それだけに、いたずらに戦力を教育に割く事など以ての外だった。
 かといって他の組織に教育させてからシュミットの部隊に組み込んだところで、すり合わせに時間がかかってしまう。
 能力の不発により作戦失敗に至った事例も、彼は目の当たりにしてきていた。

「周囲に必要とする労力に対し、彼らの寿命はあまりに短く、力の確実性も低い。その上、周辺国とのいざこざの原因となった事例すらある。
 我々に求められるのは純粋かつ恒久的な力だ。その場しのぎの虚飾にまみれた力など、所詮はまやかしに過ぎん」

 絶対零度の視線で氷の壁を築き上げ、技術者を拒絶する。
 こういった手合いは氷の視線と炎の熱弁の組み合わせをぶつければ、むきになって反抗するか、もしくはおとなしく引き下がる。
 流石に相手も大人なのか、黙って言葉を呑んでいた。

「好意の押し付けほど厚かましいものは無いという事を心得つつ、他を当たるといい。少なくとも我が隊には不要だ。
 そも、それ以前に我々を取り巻く様々な膿を叩き出せてもいないのだ。MAIDに軍事裁判の係官が務まる筈もあるまい?
 これ以上問題を増やされれば手に余る。技術部の手でエメリンスキー旅団を撲滅したならば、宣伝も受け付けよう」

 とどめとばかりにまくし立てると、とうとう技術部宣伝顧問は黙り込んでしまった。
 決定打を叩き込んだような手応えに、シュミットは内心ほくそ笑む。

「……ご理解頂けた所で、そろそろ退室願おうか。長居をされると換気に時間がかかるのでね」



 黙って引き下がる宣伝顧問を見送り、ドアを閉める。
 壁越しに「ちくしょう」という叫び声が聞こえ、シュミットは勝利の実感に小さく歓喜した。
 残念だったな宣伝屋。貴様の負けだ。

「宣伝する暇があるなら、人間用の対G兵器でも開発していろ」

 そう毒づくと、再び報告書に目を通す。エメリンスキー旅団は現在、目立った動きを見せていない。
 公安部隊とマイスターシャーレ――ライサ・バルバラ・ベルンハルト少将の双方に嗅ぎ回られ、警戒しているのか。

 他にも嫌疑をかけられている部隊は様々だが、ベルンハルト少将もそのうちの一つだった。
 彼女らの調査活動の内容は極めて不透明であり、ややもすればエメリンスキー旅団と結託していないかという見方もできる。
 以前にも一度、こちらの調査を妨害するという形で彼女らに先行を許してしまうという事態に陥った。
 一体何の為にここまで躍起になるのか。越権行為も甚だしい。

 シュミットの目的は一つ。不正を働くならず者集団の排除である。
 エメリンスキー旅団が確固たる証拠を残さねば、シュミットとしても実力行使に踏み込む事ができなかった。
 それ以外の何があるのか。考えるとしたら何らかの利益、不利益を鑑みた上で動いている筈である。

 考えてみれば、瘴炉も立派な不正である。あの技術を用いたMAIDは今もどこかで実戦テストを重ねている。
 Gに大きく依存した兵器など、いくらMAIDが元来非人道的であった事をさしひいても、彼にとっては許されざる行為だった。
 発展させればGのみならず人類にまでも害を及ぼす、凶悪な破壊兵器でもある。

「……エメリンスキー旅団を解体したら、次の目標は彼奴らか」

 先が長い。一つの問題を解決しようと奮闘しているうちに、次から次へと問題は巻き起こる。
 一つが解決する頃には、一ダース単位の問題の数々がこちらに立ち塞がってくるのだ。
 全てを一挙に解決する方法は無いものか。

 報告書をデスクに仕舞いこみ、窓の外に耳を傾ける。
 MAID達のパーティはそろそろ佳境に差し掛かったところだろうか。
 スピーチが聞こえてきていた。

「どれ、本の続きでも読むか」

 ここ最近は報告書に目を通してばかりで、すっかり放置していた。
 ふと“全ての掃き溜めの国”の続きを読みたい気分になったのだ。

 あの宣伝顧問が特殊能力の開発がどうのとのたまっていたのが原因だろうか。
 彼の言葉にもし、何割かの嘘が混じっていたとしたら。実験に失敗したMAIDをどこかに売りつけるという事もありうる。

 素体はどうだろうか。最近は国民の死亡率も低く、回収班も仕事に生き甲斐を見出せないとぼやいていたか。そうすると難民を素体にしはじめる手合いが現れる。
 本日訪問してきた技術者でなくとも、おそらくは別の技術者がやらかす。整然たる生涯を送る事など夢のまた夢ではないか。
 掃き溜めの中に投げ込まれたような感覚に、両腕が痒みを帯びる。

「まさか……“全ての掃き溜め”の国ではなく、全ての“掃き溜めの国”という事か」

 ――馬鹿な。冷笑しつつ、ページをめくる。
 パーティの喧騒に耳を貸す事無く、シュミットは本の中身を眺める。



最終更新:2009年02月15日 21:28
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