冬の終わりのあがき

(投稿者:エアロ)

返事が帰ってきた後、ブリクトロフの表情は色めきたったに違いない。
彼は手はずどおりに戦闘に耐えうる旅団員3500人、戦車を含む戦闘車両200台と共に駐屯地を後にした。
行き先は幹部以外には告げられていない。


会議から数日後の1月23日、
グレゴール率いる第5陸戦大隊と親衛隊公安部陸戦隊はエメリンスキー旅団幹部確保のため、
帝都から南西20kmの地点に位置するエメリンスキー旅団駐屯地に進駐したのだが・・・



「なんだこれは、もぬけの殻じゃないか」
グレゴールは落胆の色を隠さない。
エメリンスキー旅団の駐屯地は、3000人近くの軍人がいたとは思えないような静けさに支配されていた。
生活道具などは転がっているものの、武器弾薬の類は綺麗さっぱりなくなっていたのだ。

「閣下、いかがしますか」
「内部を捜索する。まだ誰かいるかもしれないし、営倉の明かりがついているのも不自然だ」
グレゴールの言うように、営倉が固まっている区画からは明かりが見える。
おそらく怪我や病気のものは残されているのだろう。
「ようし、総員かかれ! 残留者が武器を取って反撃してくる場合も考えられる、警戒を怠るな!」
指示が飛ぶや否や、副官フェルデベルト大佐の指揮の元、200人の精兵がまず内部へと侵入した。

駐屯地はまるで墓場のように静まっている。
鍔つきヘルメットに暗緑色の制服を着た陸軍兵士達はKar91小銃やMp40短機関銃、StG45自動小銃を携え内部を探る。

《こちら第1小隊、A(アー)地点クリア、キャタピラ痕はまだ新しいですね、2,3日前だ》
《第2小隊、D(デー)地点クリア、通信機は丸ごとなくなってます。アンテナもありません》
《第3小隊、G(ゲー)地点クリア、食堂のコンロまでなくなってやがる》
無線から飛んでくるのは同じような通信ばかりだ。
通信機や書類なども綺麗さっぱり持ち去られ、弾薬庫にいたっては新居同然のからっぽだったのだ。
グレゴールが眉をひそめたのは営倉を捜索していた第6小隊からの報告だった。

《こちら第6小隊、閣下、なんといっていいのか分かりませんが、営倉の内部はひどい有様です》
「どうしたというのだ。けが人でも出たか?」
《さした抵抗もなくわが隊は無事です。しかし、中の兵士がひどい有様です、直ちに衛生兵を》
小隊長の声が精彩を書くものであることを気取ったグレゴールは護衛兵と衛生兵を連れ営倉区画へと向かった。


「これは・・・言葉に出来んな・・・」

グレゴールは今度は顔をしかめた。
営倉の内部はけが人や病気の兵士であふれかえっていたからだ。
しかもろくな治療も受けず、暖房も不十分な営倉に放り込まれていたのである。

凍傷を起こしてうずくまっている者。
風邪から肺炎をこじらせベッドで動かなくなっている者。
顔が痣だらけの若者。
絶望して首を吊った老兵。

兵士達からは驚愕のささやきがちらほら聞こえる。
軍人であるならば上官からのしごきや先輩兵からのいびりなどは多少経験しているものだ。
しかし、エメリンスキー旅団のこの兵士達はしごきやいびりの度を越した暴行を受けていたのだ!
しかも、その理由が「上官に対して反抗的だ」、「故郷に帰りたいなどと軟弱な」という冗談のようなものだと。

もちろん反抗的という理由で見せしめの意味でいびるのは軍隊ではよくある事例なのだが、
彼らの行為はその度をはるかに越していた。
しかも、病人も兆候が見られても上記の理由で悪化するまでほっておかれ、訓練や労働に従事させられていたのだ!

「・・・やつら・・・わが帝国の軍機をなんと心得ているんだ!」
グレゴールは怒りの呟きを口にした。
「全くです、閣下。いくら彼らが他国からの兵とはいえ、兵をないがしろにすることは我がエントリヒ帝国軍の名誉を汚すも同然です!」
フェルデベルト大佐も同意の口ぶりだ。

「フェルデベルト、衛生兵に息のある兵を収容させ、治療せよ。決して粗相のないように。
 遺体を収容し、共同墓地へ葬る手続きも取ってくれ。」

-彼らは充実した生を送れず、軍人として死すべき時、ふさわしい場所で死ねなかった。
 さぞや無念であろう・・・大神オーディンよ、彼らの御霊が等しくヴァルハラへ導かれんことを・・・-

グレゴールは軍帽を取って胸に当て、天に向けて祈った。
無念の思いで死んだ兵士達の来世での幸せを願って・・・


一方その暴行を先導した張本人はというと。
「ここか・・・かつて俺の爺さんも大陸戦争で義勇兵としてこの要塞で戦ったものさ。
 だが、巡りめぐって俺がここに入るとはな。運命ってヤツは皮肉だぜ」
ブリクトロフは自嘲気味につぶやく。
エメリンスキー旅団の残存兵力3,500人、車両200台が入った場所は


ゼヴァーナブルク。


かつてルージア大陸戦争時代、エントリヒ帝国の絶対防衛線としてガリア、ベーエルデーなどのクロッセル諸国に対しての防衛線となった要塞。
その堅牢さは同規模の要塞であるエテルネのヴェルダビナ要塞と対を成すといわれた。
G出現以降、主戦場がグレートウォールへ移ったこともありこの要塞は半ば放置されている状態だった。
いずれ解体再編されるはずであったが、それが今、ならず者旅団の手に落ちたのだ。

旅団兵士達は急いで対空砲やロケット砲などの据え付けを行っている。
「しかし兄貴・・・いや旅団長代理。俺たちが持ってきた兵器だけじゃ、四隅の城壁のうちの2つしか埋まんないぜ」
ツェゲショフが不安げに聞く。

「心配すんな。間もなく『スポンサー様』の代理人が来るはずだ、お土産しこたま担いでな」
「准将ー!あっちから大勢の輸送部隊が来ますぜ!」
見張り台の兵士がよび、ブリクトロフも見張り台に上り確認する。
トラックの幌に記されたマークは・・・

黒いエントリヒ国旗。

「間違いねぇ、グライヒヴィッツの狸親父・・・もとい、総統閣下の配達隊のようだ」
ブリクトロフが双眼鏡で確認する。
やがてトラックの列はいったん門の前で停止し、1台のジープが中へ入ってきた。

「『偉大なるスポンサー様の不肖なる売り子』さんってのはここかい?」
中から降りてきたのは黄色いコートに大きなサングラスを掛けたアルトメリア人らしき女性。
「ああそうだよ、『配達屋』さん。代金はアイツから受け取ってくれ、古札で番号不ぞろいの3千万マクス、きっちり用意したぜ」
ブリクトロフの隣にいる男はそういわれるとトランクの中身を開ける。
「たしかにあるね、間違いなく。 じゃあ総統様によろしく言ってくよ、じゃあね。」
黄色いコートの女はそういうとジープに飛び乗り、要塞を後にした。
そして続いていたトラックの列が要塞へと入っていく。
「ふ、ふふふ・・・はははは!  こいっつぁいいぜ! 勝てるかも知れねぇ!」
ブリクトロフは狂気の笑いを浮かべるのだった。




「あー、もしもし偉大なる総統閣下、手はずどおり奴らに荷物わたしました。
 今回はアタシの役目はこれで終わりですかい? ええ、ええ、はいはい、後は任せろと。
 わかりました、さっさと退散しましょう」
電話を置くと彼女はため息をつきながらさっきのトラックの列を眺める。



「馬鹿な奴ら、いくら兵器があったって篭城策じゃいつか行き詰るじゃない。
 まぁ、これだけ現ナマもらったし、文句なしか。」


そうつぶやくと彼女、武器商人メードのマーシャはジープを走らせその場を後にしたのだった。





最終更新:2009年03月06日 17:30
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