(投稿者:Cet)
私用車を自ら操り木漏れ日の道路を駆ける五十代半ばの紳士。
彼は一人の少女に恋をしていた。名は
マリア。彼女は郊外の屋敷で一人の使用人もなく孤独に暮らしている。
身寄りの無い彼女を救ってやれるのは自分だけだと考えていた。一つの決意を胸に。
「やあマリア、調子はどうかな」
少女は椅子に腰掛けて、大きな格子窓から庭を見下ろしていた。
酷く広大な土地、静かな時間。少女の為だけにある全て。男は光の中に包まれて消えようとしていく少女に、かなしくなる。
少女の笑みを確認すると、花束を手に歩み寄る。
今まで男が彼女の声を聞いたことが無いにしろ、魅力はいささか失われない。それどころか一層深く感じられる。
「私の狼藉を許しておくれ」
その傍らに跪き、彼女の手をとる。
「私の娘にならないか」
「そこまでだ」
真後ろからの声に見向きもしないで、少女の瞳を見る。彼女は笑っている。
「ごめんなさい」
「そういうことだ、お前の抱いた幻想は」
男は困ったように微笑むと、後ろを振り返る。
「どういうことだ」
「アンタの身辺は調べさせてもらった、逃げようとしてるんだってな」
「違う、少し金が必要になっただけだ」
「所得逃れは重罪だよおじさん」
男の後ろに立つ青年は、そう言いながら少女に向かってアタッシュケースを放る。人一人が入るくらいの。
「すいません、痛くはしませんから」
「痛みなど、感じるまでもないさ」
「貴方のこと好きでしたよ」
「こちらこそ、良い夢だった」
パチン、と小気味よく響いた。
大きなアタッシュケースを手にした少女と青年の二人組が木漏れ日の道を歩く。車のキーが差しっぱなしであるのを確認して乗り込むと、アタッシュケースを膝上に乗せる。
「まあ一件落着ということで」
「何ででしょう」
意味ありげに呟く少女に、視線を遣る。
「何だか整理のつかないことばかりです」
「まあ一見落着というところ」
上手いことを言った。
「そういうもんだよ、ていうか序の口だ」
「
クナーベはどこまで?」
「外務官の付き人とかはやったなあ」
多くは語るまいとする。
「秘書さんはどこまで語ってくれましたか?」
「そういうのはナシにしよう」
「分かってます」
「嘘もよくないな」
はあ、と溜息の出るような快晴。乾いた空気に距離感を麻痺させられ、切なくなる。
「まあ疑問だけじゃ、やってけないのさ」
「それはそうですね」
互いに前を見つめて、並木道路をひた走る。
「二人ともご苦労、さがってくれ」
「了解しました」
青年が敬礼をして踵を返すのに、少女は立ちすくんでいる。
「どうした
ファイルヘン」
青年が呼ぶ声にも反応しない。
「あの人はどうなるんですか?」
「適当に脅す」
視線の先の男が答えた。窓のない書斎の執務机に座り視線を手元のみに集中させている。
「適当さ、多分聞き分けがいいからそんな酷いことはしない」
それで少女はぺこり、と頭を下げると踵を返す。
「いきましょうクナーベさん」
「元からそのつもりだって」
全く、と少々呆れつつその場を後にした。
そして彼は肩を抱く。
そして彼女は身を寄せる。
最終更新:2009年02月28日 00:22