(投稿者:怨是 挿絵:suzukiさん thx!!)
アロイス・フュールケは通信機を眺めつつ、先ほど救援要請のあった場所へとランスロット隊を急行させる。
運よく近場でMAID――
ジークフリート、そして竜式と名乗る
白竜工業の機械兵を同行させる事に成功したのには、彼の焦燥感をなだめるのに一役買った。
二人とも、
スィルトネートが危機に瀕している事を伝えればすぐに協力してくれた。
分隊規模のMAID部隊が一挙に攻め込んでくるとなれば、これだけでも足りないかもしれない。
しかし、全身が機械――かつてこのような存在は一度とて生まれてこなかった――の竜式が盾になり、攻撃力に秀でるジークフリートが攻め込めば、あるいは。
金属の塊であれば、短機関銃程度ならしのげるかもしれないのだ。
問題は無許可でジークフリートを同行させてしまった事だった。
ジークは貴重な戦力として皇室親衛隊の中でも重宝されている。そして、それ以上に
エントリヒ帝国のシンボルとして崇められてすらいる。
一介の兵士の一存で無闇に連れまわそうものなら、更にそれによる何らかの損害が発生しようものなら、軍法会議どころでは済まされない。
最悪の場合、その場で銃殺刑という事もありうる。上手い具合に寛大な上司を見つけ、適当な口実を繕ってもらうしかないか。
「騎士姫さん、生きてるか!」
通信機からはノイズしか響かない。先ほど云いかけて途切れてしまってからそれほど時間は経っていないが、もしもの事もある。
万が一にもこの場で諦めてはならない。スィルトネートは云うなれば、帝国のシンボルMAIDの片翼である。
一方がジークフリートであり、一方が彼女だ。
竜式が金属製の腕を上げ、真っ直ぐ前方を指差す。
「兵隊さん、あれじゃないか」
呼吸が裏返りそうになる。
スィルトネートの倒れている場所のすぐ近くに、例のMAID部隊が短機関銃を構えながらうろついていたのだ。
まさに生と死が紙一重に隣り合わせ、糸の上を歩くような心地である。
少しでも力を加えればあの騎士姫は蜂の巣になり、美麗な顔も一瞬にしてただの肉体へと成り果てるだろう。
部下達も狼狽を見せており、それはジークフリートも例外ではなかった。
見れば見るほどあのMAID部隊は、ジークフリートとそっくりの服装に身を纏っているのである。
つい一週間前に離反した皇室親衛隊はジープに大量の物資を積んでは居なかったか。
損失の中には、確か登録番号X――ジークフリート量産計画の備品も含まれていた筈だ。
そこから推測するに、彼女らはその量産計画の成功品なのか。
確証は無いものの、それが正しければ無闇な進軍は死を意味する。
「竜式、やれるか」
「盾なら任せてくれ。豆鉄砲は恐くない」
そこそこの大きさを持つ竜式は、全身が鋼鉄の塊である。
これだけ目立つ的が一直線に突進してくれば、いくら相手が武装していたとて、その威圧効果は計り知れない。
故に、過去の大戦に於いて戦車は敵の歩兵の恐怖の的であった。
現代の戦車となりうるこの機械兵ならば、突破口を開く糸口になるのではあるまいか。
「俺達は迂回しよう。隙を見てスィルトネートを救出するぞ」
あたふたするジークフリートを部下が急かし、林道へと駆け込む。
銃声と、金属が銃弾を弾く音が交互に響き渡る。しめしめ、よく堪えてくれる。
戦車ほどではないにせよ、竜式の装甲はそれなりに分厚い。
Gを相手取った場合はそこまで目立たなかった、むしろ不要とまで云われていた装甲が、ここにして役に立った。
とはいえ、銃弾にどこまで耐え切れるかは未だ未知数である。カタログスペックだけなら無敵の彼も、限界というものは存在する。
「もう少しだぜ」
あと少し。
距離を詰めろ。
不意に、スィルトネートの耳の上で響いていた軍靴の音が止んだ。
それからほどなくして、銃声が鳴り響く。相手はこちらではない。
Gでもやってきたか。
――否。
スィルトネートの友軍が、駆けつけてくれたのだ。
まだ鈍痛の残る首をゆっくりと地面から離し、眼球を下へ――前へ向けると、黒い金属の塊のようなものが突進してきていた。
敵MAID部隊の9mmの銃弾は悉く装甲に弾かれ、もはやあの黒い機械兵を止める者は誰一人として存在しない。
実に痛快な光景ではないか。横合いから声が掛かる。
「立てるか? 敵が竜式に気を取られているうちに、早く」
「貴方は……」
兵士に差し伸べられた手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。
襟足にこびり付いた土埃が、はらりと土に還る。
「ランスロット隊のアロイス・フュールケ大尉だ。ジークも連れて来たぜ」
グレートウォールの守護女神のお出ましだ。
しかし、スィルトネートはそれを素直に歓迎できなかった。
肝心のジークフリートは敵を眼前に硬直していたのだ。
敵のMAID部隊もまた、いつの間にか銃撃をやめて硬直していた。
「これ、は……」
敵のMAID達は次々と銃を降ろし、ジークフリートと隣同士とを交互に見合わせながら、足を少しずつ後ろへと下げる。
攻撃できない理由があるのか。だとすれば、それは一体何なのか。
一週間前のグスタフ・グライヒヴィッツの演説では、確かにジークフリートをどこかで引き合いに出していた。
また、今まで皇室親衛隊内で消されてきたMAID達は、ジークフリートのスコアに肩を並べそうな者たちばかりであった。
黒旗にはかつての“皇帝派”が多数流入している。
敵のMAID部隊はジークフリートにひどく似通った服装を身に纏っている。
つまるところ、彼女らはジークフリートを攻撃しないように命じられているのではないか。
彼女ら、そして黒旗は、ジークフリートへの絶対的な信仰を持っているのではないか。
スィルトネートは思わず、この守護女神に声をかける。
「ジーク。前へ」
彼女はスィルトネートの声に気づき、しかし足を動かさない。
そうか。そうだった。彼女は人を殺した事など一度とて無いのだ。
彼女が見てきた人間の血は、悉くGの唾液や体液にまみれ、その鮮烈さを欠いていた。
臆しているのか。ジークフリートはこれからしようとしている行為に対し、臆しているのか。
「前へ! 進みなさい、前へ!」
叫べども、叫べども、彼女が足を進める事は無い。
痺れを切らしたランスロット隊が次々に銃を構え、射撃体勢に入ると、ようやくジークの足が動いた。
「やめて……」
「何ッ?!」
「撃たないで……彼女らを撃たないで……!」
この場に居る誰もが、ジークの突拍子も無い制止に唖然とする。
スィルトネートの感情がここにして急激に熱を発した。
こちらは命を狙われた。殺された者すら居た。それを、目の前の守護女神とやらは目に涙を浮かべて「撃つな」と云ったのだ。
気がつけばグレイプニールの刃が敵MAIDの一人を貫いていた。
彼女が止めようが止めまいが、もはや関係あるまい。背中の痛みも引いた。
ランスロット隊の面々も追従して銃弾を浴びせかける。
敵MAID部隊は一目散に木々の暗闇へと身を投じ、その灰色の輪郭を消して行く。
「ランスロット隊より作戦本部へ。敵MAID部隊が逃走した。追いかけたほうがいいか?」
《こちら作戦本部。Gの撃退を最優先しろ。我々の敵は人間ではない。
それと、ジークフリートからの定時報告が無い。貴殿は何か知らないか》
「Gとの戦闘が激しくて連絡する暇が無い。とかだと思う」
《そうか。見かけたら連絡するよう伝えてくれ。
タンカークラスが現れた》
フュールケと名乗る男が通信機で本部に嘘をつく。
ジークフリートはGと戦闘してなどいない。つい先ほどまでここで何もせずに立っていただけだ。
内容を横から聞いていたスィルトネートは、未だ収まらぬ怒りをひとまず飲み込み、他の面子に声をかける。
「含む所はありますが……戻りましょう。報告は私がしておきますので。
フュールケ大尉、ランスロット隊の皆様、ありがとうございました」
ジークには後でたっぷり話をしよう。
不満を多分に含んだ表情のまま礼を述べ、早々に立ち去る。
話はそこで終わる筈だったというに。
何という事か。
――空を飛び交う無数の刃物に気がついたときには、既に何本もの楼蘭刀が地面に刺さり、各々の行く手を阻んでいた。
「ハイそこまで。お偉方もあんな偽者連中なんか使わずに、初めから私を出せば良かったのよ」
先ほどのMAID部隊と入れ替わるように、彼女は現れた。
おそらくは楼蘭生まれであろうそのMAIDは、長い黒髪と血みどろのモスグリーンのコートをたなびかせ、品定めをするようにこちらを凝視していた。
「……上玉が二匹か。その点ではあいつらにも感謝すべきかしら。
でも、あとはブリキ人形と雑魚ばかりね……
イレーネ。お掃除は頼むわよ」
「了解。ただし、ジークフリートへの攻撃は組織の方針に違反します。ご注意を」
黒髪のMAIDを追うようにして、イレーネと呼ばれた金髪に黒いコートのMAIDが、巨大な棺桶のような得物を背負って木陰から歩み出る。
かくして、二人の黒旗MAIDが立ちふさがった。物理的な逃げ道は後ろにある筈なのに、背中を見せれば確実に殺される。
それだけの殺意を、彼女らは放っていたのだ。
スィルトネートが先陣を切って対峙する。
「貴女達も、黒旗ですか」
「そうだとしたら何だっていうの? 殺すの? 捕まえるの?」
「どちらでもありません」
鎖付き短剣、グレイプニールの切っ先が、楼蘭MAIDを目掛けて突き進む。
一本、もう一本、腰に装備している予備も飛ばしておく。
無言のうちに剣戟が飛び交い、その周囲で爆風が土煙を飛ばす。
イレーネの、あの棺桶のような武器からはロケット弾頭が射出されていた。
ランスロット隊は全速力で走って逃げ、竜式は自前の装甲で耐える。
距離を何とか離せるか。
操作系能力で鎖を操り、地面に突き刺さった相手の刀に巻きつけ、それを引き抜く。
同じ方法で計四本の刀を入手し、戦いながらその按配を確認してみる。
多少重くはなるものの、リーチが伸びるのは有難い。
あとは振り回してやればいい。
刀が空気や土を抉る。
「黒旗は……貴女は、これから何をするつもりなのですか」
「さぁ? ひとえに黒旗と云っても一杯いるし」
いつの間にか金髪のMAIDも、ランスロット隊も銃声と共に森林地帯へと遠ざかっていた。
二人きりの空間などと形容する気にもなれない。御免被る。
三、四本投げつけられた刀へ目掛けて、スィルトネートもグレイプニールで刀を投げ返す。
いくつもの刀身が空中で交差し、その度に火花が飛び散る。返しきれなかった刀はグレイプニールの刀身で弾く。
乱反射した刀が回転しながら放物線を描き、強烈な力で打撃を加えられたその刀身は、破片を撒き散らした。
「では貴女は、貴女はどう考えているのですか」
敵MAIDは空中で刀を蹴りながらこちらへ近づいてくる。
刀を放物線状に投げて片足で乗り、落ちる前に次の刀を投げてもう片方の足で乗り、こちらに攻撃の隙を与えない。
充分に距離を詰めた敵は刀を真下に構え、およそ3mの高さから急降下で縦に太刀筋を残す。
全体重を乗せた容赦なき一撃に、巨大な火花が双方の得物を焼く。次から次へと、次へと。
鍔迫り合いを経験しない者にとってはおよそ聞きたくないであろう、車のボンネットに爪を立てて引いたような音を鼓膜に焼付ける。
必死に耐えるスィルトネートとは対照的に、敵は嫌味な笑顔を浮かべていた。
「……知りたい?」
刀が耐久限界に達して弾け飛び、敵は間髪入れずにバックステップで距離を置く。
無理な体勢で耐えたのが仇となったか。背中が再び軋む。
じりじりと汗が浮かび、右瞼が濡れる。
視界を遮るそれを右手で拭えば、先ほどの灰色MAIDの一人が隊からはぐれてこちらの様子を窺っていた。
刀使いは何本かの刀を脇に抱えてそこへと向かう。
「教えてあげるわ。いらっしゃい」
灰色MAIDの首根っこがその刀使いに掴まれ、その状態で立ち止まる。
嫌な予感こそあれど、スィルトネートはそこへ進まざるを得なかった。
ただ逃げるだけでは得られない情報を、どうにかして今のうちに手にしておきたかったのだ。
一歩。スィルトネートがその一歩を踏み出した瞬間、刀使いがこちらへ距離を詰めてくる。
咄嗟の判断でグレイプニールを彼女ら目掛けて放てば、灰色MAIDから鮮血が吹き出た。
「――ッ!」
「あなたの単純なオツムで理解できるかは知らないけど……」
刀使いは灰色MAIDを盾にしたのだ。
灰色MAIDは胸から血を流しながらひくひくと痙攣し、やがて動かなくなった。
「これが私の考え方。ひとつヒントを挙げるなら、貴女の皇室親衛隊と同じ考え方よ。ご理解頂けたかしら。鎖姫さん?」
何を云われたのか理解できなかった。
しかし、それ以上にスィルトネートは何かを穢されたような気分になり、名状しがたい怒りで全身の汗が沸騰する。
くつくつと笑う目の前の敵の顔面を、嗚呼、どのように、どのようにして砕け散らせてやろうか。
「……――ッ! ぉぉぁあああああああああああああああッ!」
全ての怒りを集約し、両脚にそれを注いで相手の懐へと飛び込む。
カーテンコールは未だ、遠い。
最終更新:2009年03月01日 03:28