Chapter 3 :かけがえのない何かがそこにはあった

(投稿者:Cet)



 軍隊がまっすぐに延びた山道を進んでいた。山道は一応整えられており車両が通行できるくらいの幅があったが、左右には鬱蒼と広葉樹が生い茂っている。
 二十人くらいの歩兵はオリーブグリーンの軍服に身を包んでおり、同色の背嚢を背負っていた。手には小銃を、銃口を上にして自らの肩に立てかけるように持っていた。
 同じような服装をした彼らだが、その中には少々異色が混じる。
 背嚢を持っていない連中だ。三人は行軍する兵士達から少々遅れつつ、付いて行っている。よく見れば一人が女性であることも分かる。
 二人は歩調を合わせるのに必死になっている。
「やっぱ軍隊って足が命なんだな」
「はい、軍記モノは余り読んでませんでしたけど」
「私語は控えて下さいね」
 一様に若いのが特徴であった。
「テオドリッヒ」
「何ですか少尉」
「お前、体力あるんだね。見た目全然そんなことないのに」
 テオドリッヒと呼ばれたのは一番年若そうな男で、女もそれと同じくらいである。
「他がまともじゃないですから」
 淡々と歩みを進める。
「いや、別にそうは言わないが。今一番まともじゃないのは体力」
クナーベさん」
 女性が窘める。
「分かってるよ、でも仕事と分かっていても納得できないことは部下にぶつける」
「最悪だ」
「まさか行軍に付き合わされるとは思わなかった、最近国内任務ばかりだし」
 文句を垂れながらクナーベは歩く。とは言え彼も実際のところそう疲れている様子ではない、元々体力はある方らしい。隣を歩くのはメードのファイルヘン。彼女はそもそも人間ではないのでその辺りは大丈夫である。
 彼らが参加しているのは不穏分子の抹殺だ。そのための半個小隊である。
 またその任務に三人のような諜報員が加えられた理由としては。現在対G戦争で国外に派遣される場合が多いメード戦力を確保する為だろう。
 担当官のクナーベ、そして専らこういう任務を負わされる気質のテオドリッヒも、つまりを言えばオマケである。
「そろそろかな」
 傾斜が緩やかになり、森が開けて正面から光が差し込んでくる。
「ヤバいですよ、罠の気配がとてもします」
「ん。皆、止まってくれ」
 クナーベ少尉の呼びかけに全員が静止する。胡散臭そうに視線を投げかけるものもいる。
「テオドリッヒ、偵察」
「了解しました」
 たた、と偵察兵顔負けの俊敏さで部隊を追い越し、前方へと走り去っていった。
 数十秒としない内に、ぱららっ、と機銃の掃射音が聞こえてくる。色めきだつ歩兵達。テオドリッヒが正面から駆け戻ってくる。怪我はしていないようだ。
 クナーベが叫ぶ。
「報告」
「山道の終わりが広場になっていて、そこを敵が囲んでいます。戦力はメード一、歩兵十以上、機銃が二つにライフルがたくさん。非戦闘員は分かりません」
「メードは厄介だな、ていうかこっちと似たようなモンか。ところで所属とかは」
「分かりませんでした」
「そうだろうな、よし。後はお願いします分隊長殿」
 歩兵達の最後尾を歩いていた屈強そうな兵士が頷いた。前進しろ、と叫ぶ。
 ざざざ、と駆け去っていく兵士達を三人が背後から見送った。
「俺達も行こう」
 クナーベの呼びかけに、後の二人も頷く。
 最後尾の分隊長を追いつつ走ると、森が開ける。坂道の終着点で兵士達が重なり合うように伏せている。その前列が背嚢からグレネードライフルを取り出して、弾頭を装着。観測手と何やら話し合いながら、数秒の内に撃った。轟音が響く。
 観測手の指示に従い、合わせて五本のグレネードライフルがそれぞれ四発の弾頭を発射した。射手が振り返り、分隊長の目を見て頷いた。
 突撃っ、分隊長が叫ぶ。うおお、野獣のような声を挙げて歩兵達が走り出す。
「貴方々はここを動かないで下さい。追って指示を出します」
 分隊長が言った。それに対しクナーベが応える。
「了解しました。ところでメードに対処する方法は」
「未知数です、彼らには戦車を相手にするつもりで行けとしか」
 クナーベがファイルヘンの方を振り返る。彼女が困ったように微笑む。
「やるしかないですもんね」
「というわけで、いざとなったら彼女もヤる気です。存分に使ってやって下さい」
 そんなこんなで皆して微笑もうとしたその時、喚声というか、悲鳴の声が広場の方で上がった。
「メードです、あれは、黒旗」
 分隊長が僅かに身を乗り出してから言う。
「なるほど、テオドリッヒ。ファイルヘンを頼む」
「了解」
 二人は分隊長の目を見やる。分隊長が頷いた。
 ざざ、と腰をかがめて駆け出していく。
「貴方はどうされるんです」
「分隊長さんのとこにいますんで、私はいらない子ですよ」
 一人残ったクナーベはぼんやりと呟いた。

 研究所を思わせる真っ白な施設の正面にある広場に突如として現れたメードは、灰色を基調にした軽装鎧を身に着けており、その装備はどことなくエントリヒの守護女神ことジークフリートに似ていた。
 両手に握り締めた二本の短機関銃を手に、続々と施設内部への侵入を果たしていた歩兵達の背後に強襲をはかったのだ。
 突然背後から現れた敵に、兵士達から悲鳴が上がる。というのも彼女はもともと施設の屋上で待機しており、それが大跳躍の後広場の中心に降り立ったのだ。兵士達からすれば『湧いた』とでも言わんばかりの唐突さであっただろう。
「アイツか」
「はいっ、テオドリッヒさん」
 叫び声に反応する、メードの更に後方から二人の男女が現れる。オリーブグリーンの軍服からして間違いなく敵である。
 足を止めて、ジャギ、と機関銃をそれぞれに向けた。指先に力を込めようとした瞬間二人が正反対の方向に分かれて走る、その双方ともに、彼女が認識していた人間の動きより僅かばかりに速いもので、反応が遅れると共にトリガーを引き絞る。
 ズアァァァ、と一繋がりに射撃音が響く。しかし放たれた弾丸はあらぬ方向へ飛んでいき命中しない。
 続けて女性兵士が膝立ちにMP40を構える。メードも慌てて女性兵士に狙いを定めようとする。
 その瞬間ぱんぱん、と間抜けた銃声がメードの首を横殴りにした。鮮血を滲ませながら肢体が揺らぐ。そこへMP40の照射が加えられる。
 仮にそれが人間の放つ銃弾であれば、彼女はまろびながらも逃げ出すことができ、再び形勢を整えるだけの機会を得られただろう。しかしそれは叶わなかった。
 ぼろくずのように身体中から血を撒き散らし、メードは仰向けに倒れこんだ。機関銃を取り落とす。がらがらと地面に転がった。
「ファイルヘン、トドメだ」
「っ」
 銃声に意識がまかれる。


 暫くして作戦は完了した。非戦闘員を含めて全滅させたという。しかしそれが任務なのだから仕方がない。
 彼らはエントリヒ産の空戦メードを研究するグループであったが、実験の過程で四体のメードを廃棄に追いやり、また一体をベーエルデーに研究情報と引き換えに無断譲渡するなどを行ったので、間もなく処断の対象になったのである。
 そして更に一体が黒旗との交換材料に使われたとの報告もある。しかしその行く先がどこに定まったのかは不明である。
ペーパープレーン、アルトメリアの言葉でそれは紙飛行機だ」
 クナーベが語る。時刻は昼過ぎ、こちら側の死傷者は七人、その内死者は四人だった。
 戦闘が終了した後の広場に彼ら三人は立っていた。施設を接収するのは彼らの任務ではない。
「夢のある名前だと思うけどね」
 ファイルヘン。呼ぶと、少女は青年に駆け寄り抱きついた。
 青年は少女の背中をただあやすようにさする。
「廃棄されたメードの内二名はコア出力の不安定、そして残りの二名は演習中に失われたそうだ。一体彼らは紙飛行機を作ることが出来たんだろうか」
 ぐす、ぐす、と鼻をすする音が聞こえている。
 テオドリッヒはその様子をぼんやりと眺めている。


最終更新:2009年03月08日 00:56
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