Chapter 4 :あの夏へ

(投稿者:Cet)



「姉ちゃん」
 少年は青空の下、なだらかな丘陵の上で呼びかける。
「どこに行くんだよ」
「バレたか」
「バレたか、じゃないよ、一言もいわないでさ」
 はっきりと非難を受けて、少女は流石に忍びない表情をする。
ジャック、あの入道雲が見えるか?」
「見える、見えるけどさ、それがどうしたんだよ」
「アレはな、失われた少年の心なんだよ」
 突然の話に少年はついていけなくなる。
「妙なこと言って誤魔化そうったって無駄だからな」
「いやいや、誤魔化そうとなんかしちゃいないよ、後学の為さ」
 納得できないまま、少年は黙った。少女は笑う。
「それでいい、あのな、あそこにいる少年はずっと夏の中を過ごしてるんだ」
「そうなんだ、今みたいな夏なのかな」
 少年は適当に受け答えをした。
「全くもってそうだ。何でかっていうと、女の子に告白し損ねたから」
 少年が固まる。
「だから、ずっとあそこで同じ時を繰り返してるんだ、ああ、何で言えなかったんだろう。ってね、どうだい私ときたら詩的じゃないか」
 はは、とあっけらかんと笑うが、少年の表情は晴れない。
「さ、夏はもう終わりだ、だから私もこっから出て行く」
「どういうことだよ」
「言葉のままの意味さ」
「分からないよ」
「それはお前が自分自身で知ることさ」
 少女は笑う。少年は走り出した。
 でもその距離がどうやっても埋まらないのに、気付いて、それが夢なんだと、気付いた。


「アズ」
「何だジャック」
 無精髭を剃らないままに十日が経っている。手鏡を元に今の自分の顔を見返して、やっぱり剃らないでいいやと結論付けた。
「お前、今の状況分かってるな」
「ああ、俺が生まれる前に実験に使われたメードが二体死んで、俺が生まれた後に俺の演習に付き合わされた国産の空戦メードが二体死んで、俺は今殺されそうになっている」
「その通りだ」
 ジャックは鏡を投げ捨てた。狭い部屋の片隅に落ちるが、本など雑多な物が積み上がっていたせいで割れなかった。
「俺の命令は覚えてるな」
「ああ、西へ向かって飛ぶ」
「以上」
「以上ね」
 了解、と付け加えて、飯まだ? などとのたまってみせる。
「もうそろそろ出来上がる頃だろ、俺に言うな」
「いや答えを期待してる訳じゃないんだけどね」


「アズよ」
「何?」
「速さとは何ぞや」
 研究所の裏の丘に立って、二人は空を見上げている。
「相手の予想を超えること」
「その通りだ、お前、戦闘機が速いのを見て、あらためて速いとは思わんだろう」
「まあね、『何』を超えれば速いって、相手の『予測』を上回るのさ」
「そういうこと、いや戦闘機も速いけどさ」
 空を一羽の燕が横切っていく。


「あいつらは幸せに死んだかな」
「ええ、死ぬ前に一度も飛べなかったのは残念、と言ってはいましたが」
「笑顔だった」
 はい、と長髪で眼鏡をかけた壮年の男性はジャックに言った。背が高くひょろひょろとしている。
「きっとアズの翼には彼らの意思や魂がまた篭っているのです」
「そうかもな」
「彼の命が短かろうと、そのことの意義は薄れません」
「そうかもな」


「いいか、西だ、西に飛ぶんだ」
「分かったよ」
「後は何をしてもいいぞ、そうだな、できたら戦ってみてくれ」
「分かってるよ」
「分かってるのか」
 ジャックは驚いたように言った。
「分かってるさ、その為に生まれてきたような気さえする」
「親の心子知らずと言ってな。お前の翼は夢なんだよ、私達の」
「知らんよ」
 吐き捨てるように呟く青年の背中には機械の翼が生えている。
「あ」
 突然声を漏らしたのはジャックである。
「どうした」
「思い出した」
 ジャックは惚けたように言った。
「忘れたんじゃなくてか」
「ああ、何でお前を作ったのか思い出した」
「何でさ」
「俺には好きな女の子がいたんだ、年上のな」
「ん?」
「だから俺はその女の子にいつか告白したかったんだよ」
「それと俺に何の関係が」
「紙飛行機」
 何を言ったか分からない、といった調子で青年が問いを返す。
「何だって」
ペーパープレーンだよ、その為にここをつくった」
「そのことを皆は知ってるのか」
「無論知らない」

「さて、時間だ」
 研究員が一堂に会している。実験室のような体裁だ。青年の姿はない。
「彼らが耐え切ってくれることを祈ろうじゃないか」
「はい、あいつらは結局何でも良いんじゃないでしょうか、空戦メードがどうのやら」
「まあそういうな、機械だからよかったんだとさ」
 さいですか、と研究者の一人が呟く。



……

歩き続ける声が
胸の中に閉じこめた哀しみ叫ぶ
忘れたフリをしているだけで
いつも背を向け
皮肉っぽく笑うだけ

そんなんじゃない
冷たく凍った鉄の皮を
破ってくれたのは誰?

溶け出した涙が
青く燃える
はかないチリ
カケラが宙に舞い
忘れかけてた
大切な人
微笑みかける

とまった時間は
振り子細工のウィンク投げかけ
動き出した歯車の音で僕は
青空の下へと駆け出していく

少年になって僕は
大切な人に手紙を送るよ
真っ白なびんせんしわくちゃにして
お姉さんになった君でも
ちゃんと分かるよね


最終更新:2009年03月08日 02:49
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