(投稿者:店長)
-
私は黒という言葉が嫌いだ。
むしろ、黒という言葉が連想される全てが嫌いだ。
黒い色が嫌いだ。
他の色を許容できずに塗りつぶすから。
あの瘴気が嫌いだ。
大地を汚し腐らせているかのようなあの重々しい霞が。
黒旗が嫌いだ。何が通常兵器至上主義だ。
通常兵器でどーにもならないから人は力を欲したのだろう。
そもそも少ないメードをもっと減らすような真似をして何が楽しいか。
そして何より……私が嫌いだ。
全身黒尽くめで、瞳から髪も、何もかもが黒い。
そして黒に関わる己の力が……憎憎しい。
「まあ仕事はしますけど……ね」
頭の天辺から足先まで、黒と暗が付く色で構成されたメード服らしきものを纏った彼女はそう呟くとやはり黒い手袋で包まれた手を虚空へと広げるのだ。
黒が嫌い、それがメード・アズワドがいつも口癖のように呟いている言葉。
彼女の掌に、黒い瘴気が集まる。
それらがゆっくりと何かに吸い込まれていくように集い、ほんのりと紫がかった黒い水晶が成長していく。
その輝きは魅惑的で、瘴気で出来ていると言われなければ宝石として売れるのかもしれない。
これが彼女自身が嫌っている己の希少能力。
瘴気を安全で安定した瘴黒晶と呼ばれる物質へと還元することで土地を浄化する能力だ。
凡そ地球の持つ自浄能力より遥かに高性能なこの能力によって、穢れた大地を浄化することが彼女の一番の仕事といえた。
眼前の黒い霧のように澱んでた大気が、次第に本来あるべき清らかなものに変換されていく。
あとは植林などすれば、この大地に嘗ての自然に近いものが蘇ることだろう。
デウスが好き──むしろ愛している──と公私に関わらず公言している彼女にとって、何もかも白いデウスの存在が心のオアシスであった。
彼女のそばに座っているだけでも心が和むのを自覚できる。
身長といった身体的な特徴に加えて、性格と自分にはないものを持っていることに対する代償行為なのかもしれない。
それでも、
アズワドはデウスが好きである。
──こうなったらさっさと終わらせてデウスに会いに行こう。
そうと決まればうかうかしていられない。
本日のノルマであるこの地域の浄化を済ませてしまおうと気合を入れなおしたアズワドは瘴気を集積する一方で自分の体にも瘴黒晶を鎧の形として自身の体に薄く纏う。
切削時において飛び散る破片によって、体が損傷するのを防ぐためだ。
ダイヤ並みの硬さの破片が飛び散るのだ。念入りに防御しておかなければ不測の事態もおきえる。
大きく成長した瘴黒晶は人が幾人か入れそうなぐらいで、比較的小柄なアズワドからみれば壁のようにそそり立っている。
ここら一帯の瘴気をかき集めた結果だ。
それでもまだまだ汚染されている地区の広さと濃度を考えれば、これでも少ないほうであろう。
背中に吊るされていた、自分の身長とほぼ同じぐらいという大きな物体を取り出す。
眼前の瘴黒晶と同じ物体で出来ている刃を持った、チェーンソーを大剣にしたようなモノだ。
ミストルテインと呼ばれるソレに対し、力を篭めることで息吹を吹き込む。
この装備はメードの持つコアエネルギーを注ぎ込むことで動力が稼動する仕組みであった。
獣が唸るような重低音を轟かせて、ミストルテインは高らかな切断音を立てて目の前の黒紫色の水晶を解体していく。
☆
今日はデウスがメンテナンスの為に本部に帰ってくる日だ。
普段忙しくあっちこっちに飛び回っては試験を行なうデウスとアズワドが仕事場で一緒になることは少ないほうだ。
他のメードも多忙だったりするため。所属する数は多いものの、今現在本部にいるメードの数は少ない。
朝から怪しげな発光するコーラなるものを美味そうに飲んでいた
パークを尻目に食堂でカフェオレを頼んでいた。
眠気を覚ますという意味ではブラックコーヒーがいいのだろうが、味覚的にともかく色が駄目だった。
たっぷりと牛乳が注がれて白とこげ茶色の中間の色になったそれを普段見せる近寄りがたい雰囲気を解いて見せて、外見年齢相応な表情を浮かべる。
──カフェオレみたいに、なりたいなぁ。
白くて甘い牛乳がデウスとするならば、自分は苦いコーヒーだろうか。
カフェオレとして混ざった時は互いがいい具合に混ざっているではないか。しかも混ざればなかなか分離しない。
残念なことはぐっちゃぐっちゃに混ざる機会が少なすぎるということだが。
なかなか叶わない己の願望に対してため息を一つ吐いてみせるアズワド。
「ふむ、アズワドか」
「何か用? パーク」
「ああ、折角だから飲まないか?」
「生憎、すでにカフェオレを頼んでいる……というより私にそんな怪しげなコーラ飲ませようと思わないで欲しい」
パークが病みつきになる味だといっているが、見るからに危険な物質が入ってそうだ。
そもそも発光する食品はおろか、食材にすらお目にかかったことが彼女は無い。
天然とは程遠い青い液体の色からして明らかに有害そうな物質が投入されている雰囲気をかもし出していた。
残念だ。と呟いた彼は残ってた怪しげなコーラ──怪光ーラと、アズワドは脳内で命名しているが、正式名は知らないし知る気にもしない──を一気飲みすると、隣の席に立てかけていたコートを手に取ると食堂の出口へと赴いていく。
このままアルトメリアの方に向かうのであろう。
Gとの殺し合いをしている昨今、メードとて露に消えることも少なくは無い。
しかし何故か彼が死ぬというヴィジョンを思い描けそうになかった。
「いってらっしゃい」
「ああ、いってくる」
よく知っている知人。
それがパークとアズワドの関係である。
他にも所属していたメードがいるのだが、いろんな意味で変人奇人が多すぎるのが彼女の言い分。
無論アズワドも周囲から見ればその奇人変人の仲間なのであるが。
ティウンというメールは気弱で軟弱で引っ込み思案でお近づきになりたくないし、Seven Cardinal Sinsの連中はいろんな意味で出会うことは少ない。最も前者は兎角後者は命令されない限りは顔も見たくないのだが。
とっくに書類上では抹消されているんじゃないだろうか。
組織にとっては問題児を通りこして害悪ではないか。
──あの人たちの事は関わりあいたくない。
性格云々もそうであるが、何をしたいのかよく分からないからだ。
黒旗と戦う一方でプロファスマという希少種と戦いにいく、とおもったら別のことをしている……という。
情報を伝えてこない──そのために派遣された監視員を殺しているらしい──ので今何をしているのかさっぱりわからない。
監視員を殺害といっても誰かが言っていたことをアズワドは記憶しているにすぎない。それもたまたま耳に入ったからだ。
──怨み妬み、まあ分からなくは無いけど。
メードとて感情があることは認める。自分がデウスを愛することもまた感情のなせることだ。
ただ、彼女ら──男性より女性の方が多い故に──は暴走といっても過言じゃないだろう。
過剰に反応するから締め付けが強くなることを知らないのだろうか。いや、むしろ知っててやっているのだろうか。
それでもアズワドは口を出したりするつもりは更々なかった。
基本的にこちらからは干渉しない──あくまで対岸の火事である限りは──主義を貫いているアズワドである。
巻き込まないのであれば例え世界制服を企んでいようが何かしらの命令が無い限りは手を上げるつもりもない。
ただ、例外があるとするならば……本格的に
EARTHに歯向かう──先ず無いだろうと思ってはいるが──または、
「デウスに危害が加わるようなら……」
──私があいつらの腸(ハラワタ)をぶちまけてやる。
デウスが絡むと普段眠っている狂気が浮き上がる。
おそらくはアズワドの原型となった体の遠い記憶が為せることだと、彼女自身はそう結論付けている。
体中の血液が沸騰したかのように熱くなって、気が付いたら暴れた後だと言うことが僅かだが経験がある。
大事なものを奪われた時、ないしは傷付けられた時には。
この獣じみた殺意が狂気と伴って下手人に襲い掛かるだろう。
その対象が元仲間だろうが、黒旗だろうが、プロファスマだろうが……いるか知らないが神様だろうが──逆鱗に触れたなら殺して見せよう。
自然と、黒い笑みが浮かんだ。
「──おっと、デウスが帰ってくる時間だ」
頭をもたげた衝動が即座に引っ込む。
今はデウスのことだけを考えよう……そう、アズワドはカードをひっくり返したように表情から思考まで切り替える。
さて、今日はデウスと何をしようか……。
☆
カラカラ、と音が廊下から聞こえてくる。
大きな車椅子がその音を立ててる犯人であり、その大きな車椅子に座っているのは白い衣装に身を包んだデウスである。
「お帰り。デウス」
「……うん」
相変わらず表情に出てこないデウスだが、そんなことはアズワドにとっては些細なこと。
白い彼女の言葉を聴けることが重要なのだ。
その構図はどちらかといえば物言わぬ飼い主に尻尾を振る黒い小犬といった様子だ。
車椅子に人形のように──にしては大きすぎるが──座っている彼女を押しているのは、EARTHの所属を示す制服を着た女性の方だ。金髪にうっすらと茶色の入った色眼鏡をつけているこの人の名前は確か……。
「ホロウさん、でしたっけ?」
「ええ、合っているわ。……ふふ、ここでバトンタッチね」
彼女は乱れたブロンドの髪を手で梳きながら、車椅子を押す役をアズワドと交代する。
施設内ではデウスの世話を一手に受けたがる彼女の猛烈な交渉攻勢によって得た勝利の結果である。
嬉々としてデウスの車椅子のハンドルを握る。
「何処まで行く? デウス」
「部屋まで」
「りょーかい♪」
アズワドは始まるこの至高の時に胸が躍らせる。
日々の労働はこの日の為にあるといわんばかりだ。
二人のメードらが廊下の曲がり角を越して消えるのを見計らうと、ホロウと呼ばれた女性は周囲を伺って他の人がいないことを確認する。
「──ふぅ。相変わらずだねぇアズワドは」
ため息を吐きながら、そのブロンドの髪を握って勢いよく引っ張る。
ブロンドの髪はそのまま掴まれた手に捕らえられたまま、頭から外れた──カツラだ。
金の下から出てきたのは病的に色素の抜けた白い髪。色の入った眼鏡をずらせば、瞳孔の赤い瞳が露になった。
本当の彼女には名前は無い……彼女もまた知られざるEARTHのメードの一人。
ホロウというのはいくつか存在する変装のヴァリエーションの一つの役の偽名だ。
設定はEARTHの構成員の一人。デウスを派遣先から回収してきたりするのが主な仕事。
他にも地域や場所によって使い分けている。場合によってはサラシを巻いたり詰め物をして胸部のサイズを意図的に変えもする。
「ま、仲良きことはよき事かな……さって、別の仕事しなきゃねーっと」
次の変装はどうしようか、人がやってくる前に”ホロウ”に戻った彼女は次の仕事の内容を思い出しながらホロウとして確保された自室に向かっていった。
☆
部屋に入ったアズワドは、デウスを車椅子から中央に見える腰掛椅子へと移すのを手伝う。
普段自分から動くことが難しいデウスの巨体を乗せかえるのは小柄な彼女には厳しいものがあるが、それでも喜んで彼女を抱えてやるのである。
「ありがとう」
「どういたしまして」
デウスと一緒にいる間は、デウスがしたいことを補助する。
役割とかそういったのはないが、自ら進んでやる。
アズワドにとってデウスのお願い事は今現在において最上級なのだ。
白く大きな彼女が以前編みかけだったものを思い出して、アズワドにとってもらう。
今日は編み物の日になりそうだった。
「Solve vincla reis Profer lumen caecis Mala nostra pelle Bona cuncta posce……♪」
”Ave, Maris Stella ”それが今デウスが口ずさむ詩の名前だ。
デウスは気分がいいときにはこうして歌う。
口数が少なくてあんまり表情を伺えさせない彼女の機嫌を知る一種のバロメーターの役割を果たしていた。
デウスに宛がわれた、広くて白いちょっとばかり私物の少ない部屋。
その真ん中あたりにある特注サイズの腰掛椅子に座りながら、足元にある毛糸玉から糸を取り出して編み物をする。
真横でアズワドはもう一つの編み針をデウスから借りて、彼女がしているように見よう見まねで頑張っていた。
椅子が揺れるのにあわせて紡がれる詩を聞いているだけで、アズワドはとても幸せな気分になれる。
未来永劫、この時間が続くのならどんなに良いだろうかと思ったことは両手の指では数え切れないほどだ。
──しかしうまくいかない……。
料理の時には活躍してくれるこの手は、編み物という戦線では役に立たないようだ。
しかしいらいらするという気持は自然と沸いてこない。
おそらく湧き上がる黒い感情が、そばにいる幸せ発生器である──おそらくアズワド専用であろうが──デウスのお陰で即座に解消されるからだろう。
油断すればこの体が夏場の氷みたいに蕩けてしまうだろうぐらいの幸せが満ち溢れている。
歩けないのなら、支えよう。
料理ができないのなら、代わりにその手を振るおう。
普段は自分では歩けない、大きな体を持った白い人。
私にはないモノを持った、私と同じ日に生まれた愛しい人。
大丈夫。もし世界が貴女の敵になったとしても、私は貴女の味方であり続ける。
──だって、私のお嫁さんなんだから。
関連
最終更新:2009年03月24日 23:00