喪失~白銀の翼~

(投稿者:あくあらいと)



鋼の軌跡の導きに、物言わぬ塊となるワモン型
己が運命に逆らうために羽を広げるワモン型を、無情に刈り取る鋼の舞
時に苛烈に、時に優雅に
振り下ろし、薙ぎ、廻り、自在に踊る
鋼とともに舞うは白銀の髪を翻す少女
小さな体で命をかけて舞う死の円舞曲
踊れよ、踊れ
その意志の輝きが尽きるまで…



大地に並ぶ戦いの残骸。
十数のワモン型に対して、一個小隊以上の人間。
戦力差から考えれば十分な戦果ではあるが、生き残りの表情は暗い。
後方で命令する人間とは違い、彼らは仲間であり、かけがえのない戦友であったのだ。尊い犠牲として割り切れるはずもない。
負傷者の対応や武器の確認に走り回る兵士たちから少し離れた場所に、白銀の髪の少女が地べたに座り込んでいた。
両手で剣を握りしめ、荒い息を繰り返す。
疲労困憊の様子な少女に声をかける兵士はいない。
それもそのはず、彼女は兵士たちの味方ではあったが友ではなかった。

否、人ですらない。
エターナルコアというオーバーテクノロジーで作られた生体兵器「メード」である。

少女はしばらくすると息を整え立ち上がった。
無言のまま握りしめた剣に視線を落としたのち、それを鞘に納めず廃品箱の中に投げ入れる。
自分の武器に対してはあまりにも容赦ない態度だが、半ばからへしおれたものを見ればだれもが納得するだろう。
とりあえず目的は達成したが、丸腰のままで移動するわけにもいかない。
無言のまま少女は予備武器を格納しているトラックを目指す。
「忙しいところをすまない」
帳簿をめくりつつ銃弾を数えている若い兵士を呼びとめる。
彼は迷惑そうな表情で振り返ったが、少女を見て硬直した。
「なんで、こんなところに女の子が?」
ルフトバッフェ所属、アリシア。先の戦闘で武器を失ったので、一つ分けていただきたい」
兵士の言葉に遠回りに答えを返す。しかし兵士がその疑問を持つのは当然であった。
アリシアの外見年齢は12歳程度。
世間一般的に見ても間違いなく子供にしか見えない。
深い瑠璃の瞳で見つめられた兵士は、少し顔を赤らめながらも仕事として割り切ったようだ。帳簿をめくりつつ上目遣いでアリシアの表情をのぞく。
「で、何が入用だ?」
「剣を。特異な形をしてなければ、何でも構わん」
アリシアの言葉に首をひねりながら、武器を漁る。
「剣ねぇ。なまくらぐらいしかないと思うがいいのか?」
「構わぬ」
「んー。確かどこぞの物好きが骨董商から巻き上げたとか、何とか…」
何か物騒な言葉が漏れたが、黙殺する。やがて、一振りの剣を取り出すと適当に埃を払う。
「こんなのしかないが、いいのか?」
「……」
鞘から引き抜いた刀身を見て、少し眉をひそめる。
装飾過剰な刀身は間違いなく儀礼用。強度や斬れ味より見た目を重視した実用品とはとても言えないものであった。
しかし背に腹は代えられない。
見えないように小さくため息をついたアリシアは、再び備品整理に入った兵士の背中に代金の請求先を伝える。
「ああ、そんなものいらんよ」
「持ち主に悪くないのか?」
「死んだら、使えないだろ?」
まるでちょっとした失敗のように淡々と言葉を放った兵士の背中を思わず凝視する。
これの持ち主は先の戦いで命を落としたのか。
言葉に詰まったアリシアに気付いているのかいないのか、兵士は作業を続けながら淡々と語る。
「遺品は認識票があれば十分だし、他のは捨てるか使いまわすか。哀愁に浸っていても生き残れるわけでもないしな」
その言葉とは裏腹に悲しみがわずかに伝わってくる。
仲間が死んで悲しくないはずもないだろう。
「だから、生き残れよ。何があっても。死んだら、何も伝えられないだろうしな…」
わずかに涙声になってきた兵士の背中に向けて、深々と頭を下げる。
「感謝する」
無言のまま行けとばかり手を振る兵士に背を向ける。
「誰も言わないと思うから、俺は言っておくよ。援護助かった」
アリシアの背中に投げかけられる感謝の言葉。
様々な要因があったとはいえ、戦闘開始のタイミングに遅れ犠牲が出たのにだ。
「さあ、行けよ。待っている仲間がいるんだろう?」
大きなため息とともに吐き出された言葉に背を押されて、アリシアは再び歩みを進める。
「武運を」
「そっちもな」
アリシアの背に白銀の翼が展開する。
小さな音とともに空に消えたアリシアを視線の片隅で見送り、兵士はため息をついた。
「畜生……俺って弱いよな」
罵倒を用意していた自分が情けない。
あんなに必死になって戦って、それでも認められずすぐに立ち去るだけ。
感謝もされずに。
「あーあ、青いよなぁ」
空に流れる雲は少なく、ただただ青だけが広がっていた。



剣を携え空を滑るように飛翔する。
高高度を取った方が速度は出るが、限定された飛翔時間ではあまり高度を稼ぐと移動距離が落ちてしまう。
「そろそろか」
以前は自分の性質を理解しきれず墜ちることも多かったが、今ではそんなことはめったにない。
高度を下げ地に足をつける。
幻のように消える翼。
呼吸を整えカウントを始める。
(1、2、3…)

アリシアは「ルフトバッフェ」に所属する空戦メードの中でも、ダントツに地上戦が多い。
それはアリシアの飛翔能力が原因である。
アリシアは10分以上飛ぶことができない。
原因は不明だが、生成した翼と飛翔能力だけが10分間しか持たないのだ。
そして一度翼が消えると、30秒以上時間がたたなければ生成することができない。
大空を飛びまわり、コンマ秒の戦いを行う空戦には致命的に近い問題点である。
それでも、その30秒間を仲間がフォローすることによって、アリシアは未だ空戦メードとして闘うことができていたのだ。

(29、30)
再び生成した白銀の翼がアリシアを空へと導く。
彼女が急ぐ理由は一つ。
数ヶ月前に行方不明になった友の情報が入っているかもしれないこと。
そして数日前に友を失った。
だから今いる友の無事を一刻も早く確認するため。
「ふっ」
小さく呼気を吐き、翼に力を込める。
白銀の翼は輝きを増し、速度をさらに上げる。
シーア、セーラ、ミシャ、スタトナ…」
口の中で呟きをかみしめながら、家路を急ぐ。
今回はジェフティは非番のはず。
シフトを思い浮かべて、そして今度は自分の心理状態を思い浮かべ、ついでに苦笑も浮かべる。
「最初はどうでもよかったのにな…」
メードして生を受け、翼を得て空を翔け、紅き翼とともに舞い…
触れ合うことが面倒で剣ばかり振るおうと思っていたのが…
ルフトバッフェで過ごした記憶は、いつ振り返っても多くの笑いと喜びと驚きに満ちていた。
だからこの場所は失いたくない。
生まれて初めてできた目標。
それを守りたい。
「だから…」
空に願う。
友を守るきるまで、この翼の輝きを奪わないようにと。



「む?」
いつも以上に騒ぎが大きい。
見慣れた場所の違和感が胸騒ぎを生み出す。
普段はゆっくり降下しているのだが、突風が起こることを承知で急降下をかける。
地上すれすれで制動をかけ乱暴に着地するとあわただしく動く一人を捕まえた。
「どうした?」
「あ…」
気まずそうに視線をそらす様子に、胸騒ぎが大きくなる。
「くっ」
自分の目で確かめるしかない。
瞬時に判断したアリシアはとりあえず救護室に向かう。
誰かが墜とされでもしたのだろうか。

廊下を走り、角を曲がり、扉を蹴破るように開けた先の光景は…

「な…」

赤く染まった二人だったものと、赤く染まりながらも二人に抱きしめ涙を流すセーラ。

思考は止まらず光景に対する答えを明確に導き出す。

また…
友を失ったのだと

倒れそうになる体を壁に預け、深呼吸を繰り返す。
一呼吸ごとに肺に吸い込まれる濃厚な血臭が、否応にも感情を高ぶらせる。
「アリシア……」
セーラの声が耳にはいるが感情が思考の邪魔をする。

正しい判断ができない。
力の制御がうまくできない。
立っていることもつらいのに、すべてを壊してしまいたい衝動。

力を込めすぎた拳の中で、ずっと持っていた剣の鞘が抗議の音をたてた。
そのわずかな音が赤く染まる感情に一粒のしずくを投げかける。
思い浮かんだのは、この剣を渡してくれた兵士の背中。

「誰も言わないと思うから、俺は言っておくよ。援護助かった」

友を失いながらも、原因の一端であるはずの自分に向けられた言葉を思い出す。

そうだ。
彼のように一時の感情に身を任せてはいけない。
だって、みんな大切な仲間なのだから。

焦点の合わない視点と聴覚が急に正常になる。
目の前には赤く染まる二人と、涙を流しながら謝り続けるセーラ。
体中に充満した感情を吐き出すように、大きく息をついてセーラの頬に手を伸ばす。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「セーラ」
できるだけ優しい声を作ろうとする。普段からやっていないことをするのはなかなか難しい。
「よく戻ってきてくれた。よく連れて帰ってくれた。感謝する」
セーラの大きく見開いた瞳から、再び涙が流れ落ちる。
「う……くぅ……」
声を抑えて必死に嗚咽を堪えるセーラの脇を通り、ミシャ、スタトナに優しく触れる。
「お帰り」
そのまま踵を返して、戸口の陰でずっと立っていたジェフティに小さく囁く。
「セーラを頼む」
「どこへ?」
もともと感情の起伏がアリシア以上に少ない彼女は、かけられた言葉の意味を正確にとらえている。
「シーアを迎えに」
「危険です。私も行きます」
相変わらず、論理的で正論な意見を冷静に下す彼女がうらやましい。
「危険なぞない。中庭までだ」
背中越しに手を振る。疑うような視線を感じるが、本当に中庭以上に行く気はない。
「……さてシーアが帰るまでに頭は冷えるかな……」
僅かに聞こえたアリシアのつぶやきに対して、ジェフティが小さく口を動かした。
「十分冷静とおもいますが」



その後に執り行われた二人の葬儀にアリシアの姿は無かった。
緊急で入った出撃命令に従って前線へ向かったからだ。

その手に握られているのは無骨な大剣。
友を守るために敵に振り下ろされる慈悲なき鋼。
鋼砕け散ろうとも、意志は砕けず。
守るべきものを想いながら、少女は踊り続ける。
その意志の輝きが、失われるまで。
最終更新:2009年04月13日 00:08
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