読切:腐討相固敬美

(投稿者:怨是)
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「……はァ、今日の売り上げだらしねぇな」

 アルトメリア連邦はイーグルランド州、とあるダウンタウンの大通りの一角に、溜め息が浸透する。
 三つ編みの赤毛をひとしきり弄り回した後、そばかすだらけの頬を両手で挟む。
 シートの上に山積みになった本を、また持ち帰らねばならない。

 ――このオロヴェには、夢がある。このオロヴェには、自分の世界がある。
 自分の世界を、そしてロマンを人々に広め、そして巨大害虫に怯える日々を過ごす淑女達に明日への活力を与えるのが何よりもの夢だった。
 ただしここで彼女の云う所の“淑女”とは……

「男同士の恋愛に抵抗感の無い人って、中々居ないのかな」

 男同士で行為、その中からありとあらゆる魂の繋がりを見出す事のできる女性を指していたのだ。彼女は。
 生物に性別が与えられて以来、異性間の恋愛というものはありふれた物となって久しいが、行き着く先には生殖行為の末の子孫繁栄に“愛”だの何だのという服を着せただけだ。
 だがそこに敢えて同性での恋愛を論じる場合はどうか。

 子孫を残すという目的に帰結しないし、そも、男に男が情熱を抱くという考え方自体が広く知られていない。
 云わばフロンティアだった。まだ見ぬ恋愛の地平線から“真実の愛”を見出すのである。
 その中であれば、性別など瑣末な壁に過ぎない。

 世の中に溢れ返った“だらしねぇ恋”に喝を入れ、人々に真実の愛を説き、そして“歪みねぇ愛”へと導くのはいったいいつの日になるのだろうか。
 MAID特有のこの服装――とはいえ自分の服は作業MAID用なのか、かなり地味な部類だが――のせいだろうか。通りがかった人々の多くは「何だ、出稼ぎか?」と哀れみつつも訝しむ表情を向けてきた。
 一部の男は、こちらが女であるというだけで声をかけてきたし、よしんば本に目を通したとしてもその内容に顔をしかめて立ち去ってしまう。
 そして女は色々忙しいのか、こちらを一瞥するだけで、やはり立ち止まって本を読もうなどという者は居なかった。
 嗚呼、我らが主よ。救いは無いのですか。


「……嘆いても仕方ないね」

 溜め息の主は平たい本を何十冊もまとめあげ、バイクのサイドカーへと積み込んだ。
 あと五年の時が経ったらまたここに来よう。そうしたらきっと、ナウい淑女の皆様が手に取ってくれる。

 ふと、夕日が人影に遮られた。

「おたく、本を売ってるの?」

 おやおや何とも珍しい。人影の主もまた、MAIDの服装に身を包んでいるではないか。
 深めのモスグリーンの地味なワンピースに、くすんだベージュのエプロン。あぁ、そういえば何たらスターズっていうMAID部隊が新設されたという話をどこかで聞いたな。彼女も作業用だろうか。
 度の強そうな黒縁の眼鏡は、彼女が読書家である事を雄弁に語っている。
 が、発しているオーラから推し量るに、彼女は残念ながら“ノーマル”だろう。
 同性愛から哲学を見出し人々に聖書を書き与える“ネクスト”でもなければ、お耽美に軽く触れて求道に目覚めた“ハイエンド”でもない。
 ――救いは無いんですか!

「えぇっと、まぁ……ちょっとした“哲学”の本をですね……」

「一冊立ち読みさせてよ。同じMAIDのよしみって事でさ」

「えッ……」

 心臓が跳ね上がる。嗚呼、強くなりたい。いっそ蟹になりたい。
 語る口を持つ事も無く、鋏を振り回し、やがては陸揚げされて茹で上げられるあの蟹に。
 断じて違うんだ諸君。
 女の子のオタクにも“そうでない奴”は確実に居るんだよ。
 ノーマルカップリング中心で、むしろ同性の絡み合いとか拒否反応が出ちゃう純真無垢な乙女だって普通に居るんだ。
 蟹になりたい、蟹になりたい蟹になりたい蟹になって、クラゲにもてたい……

「その……読んでも多分、意味解らないと思うから、えと……」

「大丈夫。読書慣れしてるし、人一倍の理解力はあるつもりだから」

 モスグリーン――仮称。とりあえずそう呼ぶ事にする――の眉が少し上がる。
 どうやらプライドを傷つけられたと思っているようだ。
 ああ、居ますよねよく居るわかるわかる。こういう類のヒトっていうのはたいてい負けず嫌いだから、ちょっとでも自分の能力にケチつけられたと思えるような発言を聞くと、カチーンと来ちゃうもんなんだ。
 だって語気が荒いよ? 大丈夫って断言しちゃったよ?

「では、どうぞお楽しみください……」

 フヒヒ……言外に自嘲を飾りつけ、サイドカーから一冊を取り出して手渡す。
 やれやれまったく、即売会でならもう少しまともに話せたろうに。または副業のガラクタ売りなら、もう少し後ろめたさも薄れたろうに。
 全てはチャンスとは云うが、巡り会わせが悪いとダメージが大きい。

 眼鏡の奥で、彼女の双眸が往復する。
 眉間の皺が一往復ごとに深まって行く。
 だから云ったのに! ほらイワンこっちゃない!
 社会主義と資本主義が相容れないのと同じで、異性愛の星に生まれた者がそう簡単に解読できるものか。

 本の内容を至極簡潔に説明すると、バオ・リーというMALEと担当官モーリス・M・レッドフォードによる濃厚なラヴ・ストーリー(笑)である。
 アルトメリアの海で毎日暴れまわるバオ・リー。そして、それを心配そうに眺めるモーリス。
 いつしか、バオ・リーはモーリスの視線に気付き、訊ねる。
 「毎日こうしてちゃんと帰ってくる……それだけで、私は幸せだよ」と答えるモーリスに、バオは心打たれ……
 とりあえずここまでで説明は打ち切ろうと思う。本人達には無許可で書いたのは云うまでもないし、口外されると色々死ねる。
 もしかしたら軍部から「出て行け!」と叫ばれて翌日には蟹にでもなっているかもしれない。


「ど……(どう)弟子(でし)(たか)……」

「ふーん……いや、知り合いにそういう人が居るって事は前々から知ってたんだけど、実際にそういう本を読んだのは初めてで、何か新鮮というか」

「フヒヒ……世界中の女性の一割くらいかはそういう感じの本を書いてるんですよ。1945年現在……」





 ――あれから数ヶ月の時を経て、あのモスグリーンもといミザリーと、こうしてハンバーガーを片手に語り合っている。
 出会いとは実に恐ろしいものであった。吸収力に優れる彼女は、既に数回の即売会に足を運んで本を買い込んでいたのだ。
 感情に訴えかけるような情熱的な内容よりも、コーヒーを片手に読めるような軽いノリのほうが好きらしい。
 その中から僅かな感情のぶれを見出し、機微から登場人物の心情をより深々と味わう。彼女の好きなジャンルはそういうものだという。

「やっぱりウチ的にルーリエは“受け”だねぇ」

 ミザリーの発言に、口に含んでいたコーラを噴出しそうになる。一瞬、両側の頬が膨張したような気がしたが、おそらく見られていない。
 やめろ! 若い子を“受け”に廻すと大抵の場合は受けが女っぽい絵柄になって色々ヒドくなる!
 ちなみに清く正しき皆様の為に説明する。
 某業界における“受け”とは“攻め”の反対であり、行為に及んだ際に……嗚呼やめよう。ここから先はR指定である。
 とにかくミザリーの発言は、オロヴェにとって受け入れ難いものだった。即座に反撃の構えに移る。

「受けのツンデレか……まぁ支持はあるし流行ってるケド、私ゃそれはチョットなぁ」

「なんで?」

「だってホラ、受けだと“Gめ!”って積極的に噛み付いたりする場面はどこに入れればいいわけ?」

「そんなの、冒頭部分に入れて、で後から攻受交替(リバ)しちゃえばいい」

 “淑女”の会話において、こういうカップリング論争はしばしば起きる。
 そして大半が「誰と誰のカップリングがいい」や「どちらが攻めでどちらが受けか」という、趣向の違いによるものが原因であるとされている。
 毎日のように繰り広げられるその論争の、ひとつの解決案として提示されたのが“リバーシブル”なのかもしれない。
 だがこの“リバ”は中々の難物であり、逆方向のカップリングを一緒くたにされる事を嫌がる者も居る。
 そのため、無闇に使うと今までの固定ファンが離れていってしまうというリスクも孕んでいるのだ。予め伝えておくが「孕む」という単語で、腹を膨らませた男を想像できるのなら、立派な“ソッチの筋”である。
 また“ソッチ”と“筋”で……否、これはR指定だ。
 さておき、オロヴェの絶望が頭痛の竜巻を呼び込み、サラウンド・オブ・涙の様相を呈する。

「くぁぁぁぁ、違うんだ! 違うんだよチミ! 何でもかんでもリバすればいい訳じゃないんだよォォォ!」

「でも確固たる実力差があったりしたら、そうせざるを得ないんじゃないの?」

「通常戦闘と寝室特殊格闘では土俵が違うんだと何度云えば」

 そう。現実――原作とも云う――では為しえなかった夢を、リビドーのままに書き綴る事ができるのも同人の醍醐味である。
 普段は戦場を駆け抜け、盛大な戦果を挙げてみせる強者であろうとも。ベッドの上では縮こまり、震える夜を過ごしているかもしれないではないか。
 この“かもしれない”こそが、最大の活力にして、ご飯のおかずなのである。

「いやいやいやいや、例えばカ・ガノ・ヴィヂと寝るとするよ?」

「うほッ、いい……チョイス……あの顎鬚とさぁ、両目見えないっていう所が何かこう、そそるんだよねぇ」

 一般に広く知られているカ・ガノ・ヴィヂの強さは多くの人間の記憶に、鮮烈な爪痕を深々と刻み込んだ。
 だが、ベッドの上でだとしたら? まして、音の篭りやすいシーツの中では、無闇に抵抗する事もできないのではないだろうか。
 よーしよしよしよしよくやったミザリー。十字勲章をあげよう。

「そーそ。しかもコトが済んだ後、ベッドの上で寂しげに煙草を“フゥー”って」

「ヤッバいよねぇ! グ・ローズ・ヌイの事を思い出したりとかしてさ!」

「ねー。で、続き話していい?」

「あぁゴメン、腰折っちゃった。何だったっけ?」


 南無三。話の内容が大幅に脱線、否、大幅に航路をずれてしまった。
 云わば遭難状態であり、ここから再び正規の航路に軌道修正するのには多大な労力を要する事が多い。
 そして、そのまま沈黙状態になる事をよしとしない人種は、そのまま斜め上方向へと突き進み、水平線の果ての財宝を手にする。
 ただミザリーの場合は妙なところで真面目なところがある為、そこは修正せねばなるまい。
 空気を読み、ケースバイケースで対応を変えられる事は紳士の務めであり、云うなればノ腐゛レス・オ腐゛リージュである。

「だから、かくかくのしかじか」

「ほぅほぅ」

「で、かくがしかじかの、地上デジタル放送でー」

「意味不明デスね」

「“山”も“オチ”も“意味”も無いよ。人生にそれらを色付けるのが、理性を持って生まれてしまった霊長類の仕事だね」

「哲学デスね」

「仕方ないね」

「うんうん、仕方な……違うよアホ。で、腕力に差があるからどうしてもソコはリアルに考えてしまうと、カ・ガノ優勢でしょ」

 ダメだ。カガ×ルリは! ルリ×カガじゃないと生理的に受け付けん!
 だって端正な顔立ちのルーリエが、そげな事をされるんですよ?
 何故なら、オロヴェはそばかす一つ無いあの顔立ちに、若干のコンプレックスを抱いていたのだ。
 そして何よりオッサン受けが好みなのである。


「淑女の世界には“襲い受け”なるものがございましてですね……」

「知ってる」

「じゃーなんでそっちの考え方ができないのさ!」

 ――前述の通り、ルーリエはGを極度に嫌悪している。
 ならば、プロトファスマ――MAIDごとエターナルコアを取り込んで変異し、人型に擬態できるようになった者たちの総称――であるカ・ガノ・ヴィヂは仇敵だ。
 憎むべき敵を前にして、ルーリエは冷静ではいられない。飛び掛り、噛み付かんとするだろう。
 そのカ・ガノの実力を前にして、腕力の弱いルーリエではおそらく勝てないだろう。“普通の戦場”で対峙した場合は。
 だが、我々淑女には、自分の世界がある。
 ベッドの上で煙草を吹かし「さぁ、やってみろよ」と余裕を見せるカ・ガノ。
 そこに飛び込み「人の姿を真似るな! 害虫は害虫らしく触角を動かしていろ!」と拳を振り上げるルーリエ。
 くんずほぐれつ阿鼻叫喚、あれやそれやと拳を交わしているうちに、二人は汗ばむ。
 肩を上下させ、息を荒げ、両者はにらみ合う。
 長々と沈黙がその場を支配した後、カ・ガノが口を開く。
 あの笑みを浮かべつつ「人の形だから遠慮してるのか? はッ、しゃぶれよ」と。
 ルーリエの怒りは頂点に達しつつも、彼の心の中には迷いが生まれていた。
 そして「……何故だ、何故……憎いはずなのに! お前は汗を流し、息を荒げる……人間と、MAIDと、同じように……!」
 彼の疑問に答えるカ・ガノ。「何故かって? 俺が“かつて、そうだったから”さ」
 ルーリエの心に稲妻が走る。「お前は……! そうだった、のか……!」
 両者は徐々に顔を近づけ、そしてカ・ガノは微笑むのだ。「そうさ。明日はまた戦場で合うかもしれねぇが、今夜だけは楽しめよ」と肩に手を置きつつ。
 で、二人は血と汗の入り混じる唾液を口移しで交換し合い、やがt

「――だって有り得なくない? 折角獲物にむしゃぶりつけるのに、敢えて余裕を見せたってさ。結局ルーリエの性格だとそういう手は通用しないと思うんだよね。それなら初めからガッツリ攻め込んで最初から最後までクライマックス侵攻で征服し続けてしまえば、ルーリエもさすがに諦めが付くというか“俺は勝てないのか”ってなって青菜に塩状態になるというか。そしたらどうよ。カ・ガノも“流石にやりすぎたな”ってなってだね」

「アッー! 人がせっかく妄想してたのにッ! でも、何かそっちもいい気がする! く、悔しいっ!」

「でしょう? だから云ったじゃん」

 どちらの要素も実際には棄てがたいし、それぞれ需要もある。
 嗚呼、人は何故相容れない。MAIDだけど。
 ――いや、待てよ? それならいっそ……

「勝負だミザリー。どちらが“そそる”かは、売れ行きで決めよう」

「……え? 正直勝つと解ってる勝負を敢えてやるのは気が進まないよ?」

 いちいち癪に障るぜ! Fxxk!

「いいから。とりあえず50部刷って、より多く売れた方が勝ちで」






 ――後日“闇市”にて繰り広げられた激闘の末、それぞれ同じ部数の本を持ち帰る二人のMAIDの姿があったのは云うまでもない。
 なお、R指定部分の内容は多くの清純な皆様の為に伏せておく。


「……あばよ\(^o^)/」



最終更新:2009年05月17日 05:12
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