(投稿者:Cet)
シュワルベは二人ほどの部下に訓練を施していた。
エントリヒからの提供物だという。青の部隊で活動することになった二人だ。
片方の名前は『フレイア』、真っ赤な髪が特徴だった。だけど気質は大人しかった。
片方の名前は『ネルウァ』、青い髪が特徴だった。寡黙なようで寂しがりだった。彼女には機械の翼がついていて、ひどく俊敏に飛んでみせた。
「お前たちには」
シュワルベは一つ間を置く。
「戦闘訓練を受けてもらう、覚悟はできているな?」
「「はっ」」
二人はきびきびと喋った。三人はここのところ一緒に行動することが多かった。言葉を交わすことは少なめだったが、しかし訓練の時となると張り切りだした。
「まあ初めての訓練で酷なことを言うつもりは、ありません」
シュワルベはそう言った。
「「は」」
「これが君たちの銃」
そうして三本の、ライフル銃を背負っていた彼女が、それぞれの部下に手渡した。
「君達は死なないようにさえすればいい」
彼女の言葉に、二人は返事なく頷く。
私が提案するのはこうだ。
できるだけ敵との距離を離す。
大丈夫、敵に戦法なんて上等なもんは、そうない。
強いて言うなら、運かな。
とにかく、死にたくなければ距離を取ろう。
そしてそいつを落ち着いて、撃っていけば、気が付いたら戦闘なんて終わってるから。
ルフトバッフェも今はフル稼働だから、おちおち怪我もしてられないんだよ。
「「はっ」」
シュワルベが気だるそうに言うのに、二人はとても元気だった。
「君たちは元気がいいね」
「「は」」
「良い事だよ」
「「はっ」」
まあ何とかなるさ。
シュワルベは独白する。
死ななければ良いんだと思う。
そりゃ今まで死んでいった人は偉いさ。だけどその人たちは死にたかったわけじゃない。
私だって、あくまで死にたがりではないのだから。
冗談みたいな指令を聞いた。何でも
グレートウォール戦線における一大反抗作戦らしい。人類が本気になった証拠だとか、何とか。
そこで立てられたのが『夜明け作戦』とかいうコードの作戦。
詩的だよね。
「アレですね、何だか凄く肌が粟立つ」
フレイアが身震いをした。武者震いらしい。
ネルウァは一人、別の方向を見ていた。疲れきっているのだろう。どうも一人だけ翼の構造が違うせいか、その制御に手間を取っているらしい。
三人は訓練を繰り返していた。主に実地訓練である。今日も戦闘があって、隊員が一人やられた。幸い青の部隊の隊員ではなかったものの、それでもメード一人分の損害は甚大である。
夜明け作戦とやらに向けて、クロッセル連合国内のあらゆる戦力が前線の手前に集結し、陣容を整えていた。
Gの方にも情報がいっているらしく、前線を確保する部隊には猛攻が仕掛けられている。そして二人は今日も生き残っていた。シュワルベも生き残っていた。
髪ばかりが長く伸びていた。そろそろ切れればいいのだけど、軍規とかはどうなってるんだろう。シュワルベはそんなことを考えていた。
明日の朝戦端が開くらしい。遠くから戦の音が聞こえてくるような気がした、耳を澄ませば確かに聞こえた。時々破裂音が薄らこだました。
ベースキャンプにいて、彼らは他の青の部隊の隊員と、あまり会話を交わさなかった。
三人でいた。
「生き残れ」
「「はっ」」
シュワルベは少しだけ笑った。言ってみたかったんだよね、と呟いた。
「トリアー、シュワルベはー?」
サフィーの問いに、窓から空を見上げていた
トリアは振り向いた。時刻は夕闇だ。
「知らない、です……」
「あいつめー、作戦の前だっていうのにチームワーク乱れちゃうじゃない」
まったくもう、彼女はらしくない怒りを露わにしていた。トリアも自然と笑みを浮かべている。
きっと、シュワルベさんにはシュワルベさんなりの理由があるんですよ、彼女は心の中だけで思った。エントリヒの出身の人たちが寂しくないようにしているのかもしれないし、シュワルベさん本人が懐かしいのかも。
そんな風に思って、空を見上げた。今日も今日とて出撃があって、彼女は本当に疲れていた。思うに最近はずっとそうだ。陣地防御、守れるか守りきれないか判別の付かない熾烈な攻防が続いている。何とか薄命を繋いでいる状態だ。といっても薄命の意味は不幸とか短命という意味合いなのでこの場合おかしいんだけど。
「トリア、そろそろ寝よう。明日は三時集合だって。前線維持部隊の帰還と入れ替わりに作戦開始」
「はい」
今頃前線は地獄だろうな。
そう思うと胸が痛んだ。サフィーが電気を消す。
野営の明かりが、まだたくさん残っていた。
夜になっても陣地の中は騒がしいままだった。だけど昼間の戦闘で疲れていた兵士はぐっすりと眠った。時々悲痛な声がこだまする、ころしてくれ。
足がないんだよぉ、たすけてくれ。
シュワルベはそんな声に安眠を妨げられた訳でもなく、ゆっくりと目を覚ました。時刻は二時を回ったところだ。もう十分もすればネルウァとフレイアを起こさなければならなくなる。
その前に、と思って彼女は兵営を抜け出した。外は騒がしく、前線から送られてきた負傷兵で溢れかえっていた。邪魔にならないように、陣地を歩いていく。今夜は、この暁は一人だけのものじゃないな、と彼女は思った。
一人ならば空も飛べたろうにと。
ふと、珍しくも足を止めて煙草を吹かしている士官を見つけた。少尉の階級章をぶら下げている。そして、その男がこちらに気付いた。視線を放ってくる。彼女の眼は人間の何倍も色々優れていたので、彼の左目にある傷跡にすぐ気付いた。彼女は何となしに、その傍らへ寄ってみた。
男は何も言わない。
いつの間にか外していた視線を、今は東の方へと向けている。やがて煙草を一本吸いつくして、その辺に投げ遣った。
「よう」
「もうここに来て大分経ちますよ」
「お前ルフトバッフェだろ」
どうも話がかみ合わない男だった。彼女は首肯して意を表す。
「なるほど、俺は
空戦メードがだいきらいなんだよ」
「それは失礼しましたね」
彼女が立ちあがる。
すると男はその場から立ち去って行こうとした。
暫く歩いていって、一度振り返ると言った。
「生き残れよ」
「貴方も」
男は片手を上げると、去っていった。
シュワルベも去っていった。
最終更新:2009年05月22日 21:21