(投稿者:店長)
「これに……願い事を書いた紙をくくりつけるのです?」
「んっ! アスちーもスィルトも書くっ!」
「楼蘭の風習でしたわね……たしか、タナバタとか」
前回の怪談に続き、ベルゼリアは宮廷に前線の楼蘭の人物らから聞いた夏の風物詩なるものを持ってきた。
ベルゼリアの身長の凡そ二倍程度の高さの青々とした笹──楼蘭の人から貰ってきたものらしい──が揺れている。
エントリヒ国内ではまず見られない種の植物からは、普段知る植物の香りとは異なったものを発していた。
「七月七日にするんだって」
「あら、丁度アースの……そうですわね、皆でタナバタをしましょうか」
「わぁ……すっごく、楽しみですっ!」
偶然の一致か、己の誕生日に催されるお祭りに目を文字通り輝かせて期待を膨らませていく
アースラウグ。
ベルゼリアも楽しいことが大好きなので、吊られるようにテンションが上がっていく。
「んー。皆呼んでくるっ」
一番近くにいたアースラウグに笹を手渡すと、とてとてと可愛らしい足取りで宮廷の中を走っていく。
「ああ、……ふぅ、そういえばメディも一旦戻ってくるのでしたわね」
「メディねー様もですか?」
「ふふ、 ああ、そういえば……」
「?」
「タナバタには、ヒコボシとオリヒメというお話があるのでしたわね」
続きを促す小さな金髪の娘に、同じ金髪の年上である
スィルトネートは覚えている範囲で話す。
天の川という川を隔てて暮らす、男と女のお話。
七夕の日だけ、神様が二人を再会させてあげるのだという。
「ロマンチックですね」
「そうですわね」
☆
宮廷内にあるメード達の待機場。
殆どの場合はメード同士が雑談をしたりする憩いの場であり、宮廷が戦場となるといったような緊急時においてはメードらがいつでも臨戦態勢をして待つ場所でもある。
以前はここで夏の風物詩である怪談を行なったのは丁度……アースラウグが皆の前に紹介される前日のことだ。
もう、一年近くが経過しようとしていた。
そんな様子を、スィルトネートは感慨深く眺めていた。
「んっしょ……できたっ!」
「はいはい、つけてあげましてよ」
ベルゼリアが短冊に願い事を書き終える。
子供らしく端に兎の絵を描いた短冊には、大きな文字で”お友達たくさん作りたい!”と記されている。
完成した短冊を、隣で見ていた
メディシスが受け取り、長身を生かして高い場所へとくくりつけていく。
「……スィルトネート、は……?」
「秘密……ほどではありませんけども」
先ほど書いた短冊を
ジークフリートに見せる。
ベルゼリアとは違って、すっきりと丁寧な文字で”皆と共に、いつまでも”と書かれている。
──職務上、皆と本当の意味で仲良くはできませんもの……我が王が最優先ですから。
遠い未来、同胞に対して刃を向けざるをえないスィルトネート。
そんな彼女であるが、可能ならそのようなことをしたくは無い……口下手だが誠実なジークフリートに、なにかと縁のあるメディシス……。
皇室親衛隊の同胞と、末永く良き関係でありつづけたい。
そんな願いが叶うようにと思いを抱きながら書き記したのだ。
「そう……」
「というジークは?」
「……会話、上手になること……かな」
「……まあ、らしいといえばらしいですわね」
「う……」
そういえばメディシスはなんと書いているのだろうか? ちょっとした興味がスィルトネートに宿った。
「アスちーは?」
「私です?……えへへ」
気恥ずかしそうにみせた短冊にはこう書かれている。
『
ブリュンヒルデかあ様みたいな早く立派なメードになって、ジークねー様の手助けをしたいです』
そんな、まっすぐな願い。
☆
その後多くのメードがアースラウグの誕生日祝いと七夕の短冊書きというイベントに参加した。
普段顔を会わせないメードとの会話は、アースラウグにとってはとても有意義な時間であった。
その分時間の経過は思ったよりも早く、就寝の時間が目前に迫っている。
湯浴みをし終えて汚れを落としたアースラウグは、いつも通りジークフリートと同じベットで眠る。
「……今日は、……楽しかったか?」
「はいっ!凄く楽しかったですねー様」
「よかった……そろそろ、寝よう」
「はい、お休みなさいねー様」
照明を落として暫くすると、はしゃいでいた分の疲れが来たのだろうか。
瞬く間に彼女は眠みに沈んでいく。
☆
ぽかぽかと暖かな光に、アースラウグは目を覚ます。
周囲は真っ赤な絨毯……のように広がる薔薇の園が広がっている。
その風景は、普段見慣れている……薔薇園の昼間の姿だ。
「あれ……?」
何時の間にここに来たのだろうか?
アースラウグが寝てからのことを思い出そうとする。
悪意があってつれてこられたわけではないようだが、それでもどこか不安があった。
「ここは、どこでしょうか…って、薔薇園ですよね?」
不安を紛らわせるべく、独り言を呟いてみる。
熱すぎず、かといって寒すぎもしないほどよい気温。
穏やかな陽気は、アースラウグの心を次第に落ち着かせていく。
「ええと……あれ?」
ふと周囲を見渡すと、記憶上ではすっかり蔦だらけになってたはずのテラスが綺麗になっていることに気づいた。
嘗てはそこで皇帝──じぃじ、と呼べといわれたときは驚いたものだ──や……。
「かー様が使ってたのでしたっけ……」
好奇心や興味が、彼女の足をそのテラスへと動かしていく。
テラスのある屋根つきの小さな小屋は、元々は宮廷付の庭師の夫婦が暮らしていた。
その夫婦が年を理由に引退したとき、放置された小屋を存在を知ったブリュンヒルデが休日を過ごすときの場所として利用してたのだという。
「いい眺めです……」
テラスのテーブルの椅子に腰掛ける。ここからは宮廷の白に薔薇の赤と葉の緑……他、様々な色が調和した風景が一望できた。
ここで紅茶を飲んだり……談話したり……。
「いい風景だと……思いませんか?」
「え……?」
突然の声に、横をみていたアースラウグは咄嗟にテーブルの向かい側へと振り向く。
その目の前にいたのは予想だにしなかった人物であった。
自身とおなじ、けど長さが圧倒的に長い金髪に目が覚めるような碧眼。黒っぽい侍女服。
白黒写真と伝聞でしか聞いたことがない、その人物の特徴に非常に合致していた。
だがそれ故に……信じられなかった。
「ブリュンヒルデ……かー様?」
眼前の女性は、その問いに微笑みで答えた。
☆
今日は七夕、星の空では一年の一度だけ……会いたい人同士が出会う日。
最終更新:2009年07月07日 00:08