(投稿者:怨是)
「教官……お膳立てはそこまでですよ。アタシゃ目立つのが嫌いなんだ」
相変わらず、銀世界となった草原の辺りでは散発的な害虫駆除が行われている。
マーヴのいる空中でも、寒空に弱ったフライ級のGを、
ベーエルデー連邦の空戦MAID達が追い掛け回していた。
普段通りの戦闘だと、マーヴは胸中で毒づいた。
眼下で
ジークフリートが
ヨロイモグラ級Gの群れを叩き伏せ、周囲に轟音が響き渡る様子を見下ろせた。
周囲の兵士はその一部始終の見物に徹し、軍属のカメラマンがジークフリートだけを映すアングルで、それを写真に収めるというものだ。
まずジークフリートがヨロイモグラの頭部に一閃し、そこにフラッシュが焚かれる。
間髪入れずにジークフリートはその大剣を次のヨロイモグラへと突き立て、胴体を前後に分断する。
カメラマンはその瞬間をも写真に収める。効率的なやり方は他に幾らでもあるが、見栄えが良いからああいう戦い方をするのだろう。
「世界のアイドル、ジークフリート様が大活躍なんですから。大体の事はあいつに任せておけばいいでしょう」
《不貞腐れるな。じきにクロッセル連合空軍によるMAID増産計画も始動する。
その時はお前が先輩格として主導するんだ。光栄な事だとは思わんか》
「誰がそんな面倒ごとを好き好んで」
糞の山でもコーンの粒が混ざっているだけ価値がある。そう云っても過言ではない戦いだと、不謹慎ながらマーヴは評価した。
最小限に抑えられた犠牲で、消化試合とも呼べるその作業を各々がこなして行く。
ミスは許されないが、逆に云ってしまえばミスさえ無ければ負傷者が一人も出ないという結果すら出せる。
そのような戦いでエースだのと、腹のよじれる話と云ったらなかった。
グレートウォールの守護女神ことジークフリートの実力は一級とされているが、マーヴにはいまいち実感が湧かない。
そもそもあのヨロイモグラとて、その巨体を支える脚部さえ破壊してしまえば、あとは空挺部隊が爆弾投下を行うなどして対処できる筈だ。
連合王国では当たり前のように行われているヨロイモグラ駆除を、帝国はジークフリートに任せ切りだった。
二体目のヨロイモグラの頭部が、彼女の剣戟で真っ二つに割れた。
実に面白くない。嫉妬は微塵も湧かないが、とにかく面白くない。様式美ばかりで、戦いの本質というものが感じられないのだ。
マーヴは手持ちのレールガンを、一匹のヨロイモグラに向けて構えてみる。
「どうせ山ほど狩ってるんだ。一匹ぐらい分けておくれよ」
照準良し。コアエネルギー充填開始。
銃口に光が集まり、銃身がスパークを起こす。
それから程なくして、膨大な熱量を伴った鉄塊が稲妻のように飛び出した。
撃ち出された弾丸は眼下のヨロイモグラの胴体を貫き、出来上がった弾痕からは煙が上がる。
ヨロイモグラが足をバタつかせているすぐ近くでは、ジークフリートらがこちらを見上げていた。
遠目からではその表情を覗き見る事はかなわないが、どうせこちらに同じく浮かばない表情をしているのだろう。
雪景色には湿気た面持ちが似合いだ。季節の現実を思い知れ。
付近の空域から飛び去り、山を目指す。
後ろからのジークフリートの視線は感じられない。彼女がそういう精神構造なのもマーヴは知っていた。
「そうとも。周りはどうあれ、アンタ自身は面子を潰されても怒らない」
――気高いからね。
そう、言外に付け足す。
「それにしても……」
手袋越しに、レールガンの熱が伝わってくる。
この武装は中々に使い勝手が悪く、飛行状態を維持しながら莫大なコアエネルギーを武器に注ぎ込まねばならない。
支給されたばかりの頃はよく翼が消えかけ、墜落事故を起こす寸前になる事も多かった。
「こんなもん、ばかすか撃てるようなもんじゃないねぇ」
肩に掛けた通信機がピープ音を発した。
付近の部隊からの通信である事を示す、緑色のランプが点滅している。
ボタンを押せば、いつも共同任務に当たる事の多い王立飛行隊の隊員の声がこちらに語りかけた。
《こちら赤の12だ。マーヴは応答できるか》
「あぁ……下らない話だったらアタシゃ切るよ」
《邪険にしないでくれよ、すぐに本題に移るから。俺の上司が、
EARTHのレイ・ヘンラインって人から手紙を預かってるらしいんだ》
丁度一ヶ月前辺りに空港ですれ違った事があったか。確か主任などと呼ばれていたから、それなりの地位はあるのだろう。
だとすれば何故、一介の空戦MAID――国の威信を賭けた計画の産物とはいえ――に手紙など寄越すのか。
「デートのお誘いかい」
《内容は俺も知らん。まぁ、検閲もちゃんとパスしたから、やましい話じゃないと思うぜ》
「戦時中だってのに、暢気な話だねェ……」
この戦争に於いて、敵は巨大害虫“G”である。人ではない。
それでも心の底からの恋沙汰などといった酔狂をやらかしてのける人種を、マーヴは理解こそすれど共感しようとは思えなかった。
通信機の向こうの赤の12も相槌を打つ。
《全くだ。気持ちは解らんでもないがね。俺もこの歳になって童貞だなんて、兵役終えたら親に何て言い訳すりゃいいのか》
「安くしとくよ。210レアでどうだい」
マーヴは通信機を片手に戦場を眺めながら、自らの身体を値踏みした。
一時の欲求に身を委ね、人肌を擦りあって夜を過ごすのも悪くはない選択ではある。
いつ死ぬかどうか解らないのは敵が誰であろうと同じであるし、ついこの前まで
エントリヒ帝国は黒旗がどうのといった組織と戦っていた。
人間が敵となる日も遠からずやってくるならば、炎の糸を絡めるのは身体だけで充分だ。
心を火傷してまで戦場に臨もうなどと、この世の生けとし生ける者たちの誰にそのような強靭な精神が宿っていようものか。
《……よせやい。お前さんとこのエヴァンス中尉が黙っちゃいないぜ》
彼も人の子か。赤の12は少しの間を置いてからマーヴの担当官の名を挙げる。
その逡巡の中に、淫らな妄想が無いと断言できなかった。
通信機のノイズに紛れて彼が固唾を呑む音を、マーヴは聞き漏らさなかったのだ。
マーヴは自尊心の均衡などとうに失っている。あの口煩い教育担当官の傀儡となるくらいなら、馬の骨に股を開くほうが楽しい。
何時だったか、ジラルドが顔色を絶望に染めた時があった。彼は純潔を求めていたが、マーヴは他の男と寝たことで体内の“隔壁”を破ったのだ。
ある種の男共は自らの“娘”に神聖さ、純粋さの類を求めるらしい。マーヴにとってみれば、そのようなものは迷信以上の何物でも無い。
とにかく、あれから既に両手で数え切れぬ程の“火遊び”を経験した彼女は、今回も若い燕の羽を散らしてやろうと思った。
誰に見せるでもなく舌なめずりをしてみるが、まずは手紙の件を優先する。
「そんなの関係ない事さね。で、そちらのお上さんの階級は?」
《おいおい、ちゃんと覚えといてくれよ。お前さん先週も同じ事訊いてたろ。鳥頭じゃないんだからさ》
「悪いね」
《まァいいや、ちょっと忙しくなったから後でな。さァ、行くか!》
咎められるも、どうしても思い出せない。大佐だったか中佐だったか。
どうせ今回も予定調和で幸せに全員生還であろうし、後で訊けば良いと彼女は考えるも、脳髄に小骨が引っかかって取れないのは心地の良くないものだった。
「あいよ。アタシの取り分まで持って行くんじゃないよ」
《解ってるさ。上がうるさいからな》
王国航空師団もなかなかのとばっちりを受けたものだ。
怠け者は「早く動け」とけしかけられ、働き者は「やりすぎだ」と頭を抑えられる。
付近の戦場を見渡しても殆どGが居ない上に、居たとしても殆どが他国のMAIDに現在進行で狩られている状況で、各自どのように立ち回れるものだろうか。
横取りしようとも思ったが、生憎とこの近くではどこの狩場も近接タイプのMAIDばかりだった。
無闇に横取りしては、流れ弾が味方に命中してしまう。お偉方の名誉が傷つくのは良いとしても、味方殺しに手を染めては明日の命が危ういというものだ。
「っと……あすこはハエが集ってるね」
好都合な事に、麓の付近の空で黒い塊が蠢きながら墜落しているのが見えた。
これはつまり少なくとも一名以上の死者が出たことを示している。
手頃な餌にフライ級が群がり、昼食もとい最後の晩餐を楽しんでいるのだ。
「手頃な場所に隠れるかねぇ」
木陰から手元の武器と空とを、交互に視線を移す。
レールガンの残弾数は7発。およそ2、3発ほど打ち込めば、あの群れを一掃出来る。
群れの中身も無事では済まされないだろうが、ああなってしまってはどのようにしても復帰は絶望的である。
他の空戦MAIDや戦闘機が新たな餌として突撃しに往ってしまう前に、片付けてしまおうか。
「じゃ、どこの誰かは知らないけれど、あんたの犠牲は無駄にゃしないよ」
あれだけの数ならスコアも大幅に稼げ、どこぞの野郎のありがた迷惑なお小言を賜らずに済む。
そして死に体ならば味方殺しもへったくれもない。どう事を運ぼうと相手は既に死んでいるのだ。
狙いを定め、歯を食いしばる。
されどもその刹那。
「――!?」
黒雲のような蝿の群れは次々と内部から崩壊し、体液が空中で花火のように飛散する。
マーヴは今、何が起こったのか判らなかった。
蝿たちの破片が次々と剥がれて地上へと降り注ぎ、最後に残った一匹と共に、餌候補だった者らしき人影が舞い降りる。
黒々とした装束を身に纏ったその人物は、鴉を思わせる尖った仮面を森の奥へと向け、次なる戦場を求めて足を進めた。
「どういう事だい……」
全速力で翼を奮わせ、黒装束の後を追う。
なるべく気取られぬよう、普段とは逆に空中から。
こうすれば気休め程度ではあるが、こちらの接近を相手に感じさせずに済む。
なにぶん、相手は全く知らない相手だ。任務を遂行するにあたって面子の説明を受けたりする事もあったが、あのような兵士は見たことが無い。
極東の伝説に出てくる天狗という怪物のような兵士など。少なくともあれだけ特徴的な容姿のMAID、MALEが居たら覚えている筈だ。
黒装束は意外と近くに居た。
ワモン級のGを次々と斬り捨てている。
デスクワークをこなす事務員が書類に判を押す様子によく似た雰囲気を醸し出していた。
通信機のボタンを押し、作戦本部へと繋げる。
不審者を見かけたらすぐに報告するようにと、あの黒旗動乱以降全ての兵士達へと通達されていた。
「マーヴより作戦本部へ。見覚えの無い黒装束が刀を振り回してる。ありゃあ誰なんだい?」
《こちら作戦本部。その黒装束は無視してくれて構わない。貴重な戦力の一人だ。報告は以上か?》
「あぁ、特に無いよ」
《了解、通信を終了する。良き闘争を》
通信機は再び沈黙し、再び地上に目をやれば黒装束は周辺に屍の山を築いていた。
黒装束はひどく退屈そうな仕草で刀を鞘に納め、そこに立ち尽くす。
「貴重な戦力って……確かに強そうではあるけど、ねぇ……」
それでも、わざわざ周囲に存在を秘密にしておく必要があるのか甚だ疑問である。
味方である事には変わりは無い――と信じたい――が、何らかの説明が必要ではないか。
ふと空を見上げると、先程まで青々としていた空は、いつの間にか灰色の雲に覆われていた。
害虫の体液に汚れた雪を、また銀色で上塗りするのだろう。そうして、年々草木は禍々しい瘴気を吸いながら春を迎える。
こういう時に自分がどういった表情になってしまうか、マーヴは知っている。
湿気た面持ちになってしまうのだ。
最終更新:2009年09月08日 17:01