寒い赤い国のメードのお話

(投稿者:エアロ)

寒いツンドラの大地。
丈の短い草しか茂らない、やせた野原。
ここはヴォ連東部、トルクーツクの近郊にある第5独立メード大隊の基地。
キセノン・ラサドキン大佐を長とする兵士やメードたちが今日も訓練に励む。
ヴォ連は国際的立場を強化すべく、エントリヒ帝国やクロッセル連合とともに、
ザハーラやグレートウォールへ兵員を派遣している。
しかし、寒冷地での戦闘に慣れた兵士やメードにとってはザハーラは行きづらく、
グレートウォールはすでにGの進攻は緩やかになりつつあるという。
そういうわけで彼らは今日も訓練を行い腕を落とさないよう勤めている。
北国であるヴォ連にはGの進攻はなく、安全であるためそもそも訓練など必要がないような気もするが、
彼らが気を許しておけないのはNKVD、内務人民委員会の存在である。
政治機関であるNKVDはヴォ連国内を締める役割を持ち、軍を監視する名目で各部隊に政治将校を送っている。
メード部隊とて例外ではなく、日々ベルジージュの小言に悩まされる日々を送っている。

「・・・狙って、狙点を定めて、撃つ!」
銃声の後、はるか遠くの的が砕ける。
硝煙の立つライフルを下ろしたのは金色の髪の少女であった。
ヴォ連の軍服・軍帽をつけているが、歳は16というところだろうか。
「同志グラーチュ、訓練は順調のようだな」
そこへ近づいてきたのは小柄な少女だが、彼女の制服には特徴的なマークがついている。
ヴォ連兵士ならば誰もが知る、NKVDの腕章。
彼女が政治将校メード、ベルジージュだ。
「はいっ、同志ベルジージュ。今日はここまで試射50発中48発命中いたしました!」
「いい傾向だ。しかし狙撃という任務を請け負う以上、全弾命中なくしては党および国家には貢献できぬ。
 今後も精進を重ねよ。偉大なる指導者同志スタリーナもそう望んでおいでだ」
「了解であります、同志ベルジージュ 党と祖国に栄光あれ!」
少女がそういうと、ベルジージュは立ち去っていった。

「・・・ふぅ、ベルの気を和らげるのも仕事かな・・・」
ほっと安堵のため息をつく少女の名はグラーチュ、狙撃メードである。
42年にロールアウトし、以来3年従軍している。
まだまだ新人と本人は言うが、狙撃スキルはかなり高いほうだろう。
「グラーチュ、調子はどう」
「うがっ」
そういいながらそばに来たのはフードを目深にかぶって長い対戦車ライフルを抱えた小柄なメードと、
背丈より大きいハンマーのようなものを抱えた赤毛の大柄なメード。
「同志ククーシュカ先輩に同志レゲンダ、そちらも訓練一段落ですか」
「ええ、これから食堂へ行くところ もうすぐ夕飯だし」
グラーチュの先輩に当たる、狙撃メードのククーシュカと攻撃メードのレゲンダだ。
この基地に配属されてからというもの、この気さくな仲間たちに囲まれ、グラーチュの日常は結構楽しいものである。
「今日は48発ですよ、2発は早朝のときにはずしちゃいまして」
「まぁ 今日は冷えたから・・・新しい本、入ったけど、読む?」
訓練を終え基地に戻る道すがら、ククーシュカはグラーチュへこっそりと話しかける。
ククーシュカのいう「本」は「ヴォストラビア革命記」だの、「同志スタリーナの日記」などの党推薦書ではない。
コミッシャと呼ばれる、アルトメリアやクロッセルから取り寄せた本を売り買いする闇市から買ってきたものだ。
当然取引される本は党禁制の本ばかりである。
「先輩、またあそこへいったんですか?ベルに目をつけられたら・・・」
「大丈夫 私は相棒がカモフラージュだから」
グラーチュはククーシュカの、むっつりしていて実は深い読みの上に成立している行動に感心させられるばかりだ。
たまに連帯で怒られるとはいえ、目立つ問題を起こすのは大概おばかなレゲンダであり、
まさかベルジージュもククーシュカがそんなことをしているなど気づいてもいないだろう。
グラーチュもこっそり読ませてもらい、西側のまだ見ぬ国々、そして西側のメードについて感心を抱いているのだ。

食堂も夕飯時で、すきっ腹を抱えた兵士たちが割り当てられた飯をかき込んでいる。
ヴォ連でもこの辺はこの季節かなり冷える。
温かい料理は必然である。
ことわざでも「シチとカーシャがあれば満ち足りた食事」といわれるほど、ヴォ連の冬は冷えるのだから。
グラーチュもトレーを取り、シチにカーシャ、そしてピロシキに紅茶をよそってもらい席に着く。
と、今日の厨房からはなんだか甲高い笑い声が響いている。
「またあの人・・・」グラーチュは冷や汗たらたらだ。
声の主はメードの一人、チカチルである。
巨大なメスを使い、Gを解剖するように斬るメードだが、
彼女は改造以前は医者志望の殺人鬼という噂があり、戦場に出てからいつも狂ったように笑っているのだ。
そんな彼女も料理が得意だというので、厨房にたまに立つのだという。
グラーチュは一目見たときから近寄りがたい空気を感じ、極力会うのを避けているのだ。

適当なテーブルに座り、グラーチュは夕食をとり始めた。
隣のテーブルではレゲンダとククーシュカが向かい合わせで座っている。
そして夕食が出来たのか、チカチルが料理の盛られた皿を持って来た。
「あはっ!誰だか知らないけど、隣に座っていいかしら!あはははは!」
何と彼女の向かいに座ると言うのだ!
特に断る理由も無くグラーチュは席を勧めたのだった。

(・・・どうしようどうしよう、彼女と何か話さないと~)
グラーチュは冷や汗を出しつつも勤めて冷静に話そうとした。
「あ、あの、同志チカチル・・・このシチ・・・なかなかいけます・・・ね・・・」
しかし動揺は口調に出てしまい語尾が途切れ途切れになってしまう。
「あはは、そうね 同志グラちゃん!このボルシチはじまんよ、いっぱいたべてね!」
と、チカチルは笑いながら話す。

(やっぱり話しづらいなぁ・・・)
と、グラーチュが困った表情をしつつ夕食を平らげたところに、一人の将校がやってきた。
彼女の担当官・ソコロフ大尉だ。
「グラーチュ、食事中悪いがラサドキン大佐がお呼びだ、執務室まで出頭せよとのことだ。」
彼は真面目一辺倒の模範的軍人だけに口調もそっけない。
「はいっ、わかりました、大尉。」
グラーチュは食器をそのままにして執務室へと向かう。

ラサドキン大佐はこのヴォ連のメード開発を管轄する責任者であり、レゲンダの担当官でもある。
革命からのたたき上げとは思えない上品な雰囲気と普段の飄々とした言動からは想像もつかないが、
その智謀は「一個大隊を指揮するに足る」とまで言わしめられている。
「グラーチュ上等兵曹、ただいま出頭いたしました!」
グラーチュは部屋に入ると一歩机へと近づく。
「ああ、グラーチュ、きたようだな。君は真面目を絵に描いたような子だな、もそっと近くに来たまえ」
ラサドキン大佐は普段どおりの狐のように細めた目をしながらグラーチュを見つめている。

「さて、君を呼び出した用件はほかでもない。君は実に優秀なメードであり、革命の申し子だ。 
だがそんな君にも弱点がある・・・」
グラーチュはラサドキンの発言の意味を少々反芻したが結論はわからない。
「大佐、いったいどういうことでしょうか、確かにわたしは狙撃手であり、近接戦闘が得意ではなく・・・」
と言うのを遮るかのようにラサドキンは続ける。
「ああちがうちがう。確かに君は自分の弱点を把握している、それはまさしく優れた特性だ・・・
 だが、君はこの国から出たことはないだろう?大華の偉人も言っている。
 -敵を知り 己を知れば 百戦 危うからず-
 かわいい子には旅をさせろとも言う。 わかるかね?」
グラーチュはラサドキンの発言を即座に理解した。
「祖国から外へ行けという事なのですね、大佐!」
グラーチュの言葉からは喜びがあふれている。
「うむ。一週間後、私とソコロフと共に、装甲列車マーチ・ドゥシアーでグレートウォールへ行ってもらう。
心配しなくともよい、ククーシュカ達も同行する。他国のメードと交流し、広い目でこの世界を知ることだ」

このような決定が出されること自体異例なことだった。
ヴォ連は対G戦線から遠く離れていることもあり国内にGの影響はほとんどなく、メードだけ先鋭化ということもなかった。
むしろ共産主義国家として他国から警戒すらされている国なのだ。
(特にレクランド・カレバランドをはさんで接するエントリヒ帝国からよく思われていないのは明白だった。
しかし、スタリーナ書記長はじめ指導部は兵力を貸すことでヴォ連の国際発言力の強化が図れるというメリットを見つけた。
となれば協力しないわけには行かない。
そういうわけで、ラサドキンはG・GHQに図り、傘下のメード小隊及び歩兵一個連隊、車両2個中隊、
そして列車砲一体型移動式装甲列車要塞「マーチ・ドゥシアー」を含めた増援部隊派遣を取り付けたのである。

「最初の目的地はセントグラール、グリーデル王国首都にして連合王国首都でもある、
 君をG・GHQのお歴々に紹介せねばならんからな、ヴォ連メードにふさわしい振る舞いを期待しているぞ、同志グラーチュ」
グラーチュは力強くうなずき、承諾の意を示した。
「大佐と共にいけるなど光栄です!祖国ヴォ連を汚さぬよう、精一杯がんばります!」
ラサドキンの部屋から退出したあと、グラーチュは食堂までスキップしていったのだった。

        • 本日はこのくらいで。
続きはまたいつか・・・ダビスターニャ、タワーリシチ。
最終更新:2009年10月09日 13:03
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。