Chapter 3 :白と黒

(投稿者:Cet)



「第二次報告を開始。庁舎の接収に向かった部隊の損耗は八十パーセントを越え、部隊は撤退」
 ブリーフィングルームに座っていた誰もが、渋面を浮かべた。
「追撃部隊は間に合わず、対象は逃走に成功、以降、彼らの所在は不明です」
 パタン、と手に持った報告書類を綴じたファイルを閉じる。グリッドが印刷されたホワイトボードの前から、その士官は退散した。
「どうするんだ、一体」
 別の士官が、座ったままの状態で声を上げる。
 誰からの返答もない。
「どうするつもりなんだ、面目は丸つぶれだぞ。
 死傷者十八名、内死者十一名。
 これは我らが特務部隊の無能を証明する結果に他ならないではないか」
「そもそも、リークされた情報が私たちを誘導する為のフェイクだったのではないかという報告がされています」
 報告? 返答に対して士官は声を荒げた。
「問題はその報告を受けた後、どうするかだ。まずそれを考えないことには話にもならん」
「とりあえずシメちまえばいいんじゃ?」
 若い隊員の放った呟きに対し、部屋にいる十名程の士官の視線が集中する。
 そして再び、最初に報告を行った士官へと視線が集まる。
「……内部から叛乱の情報を告発したのは、リオール・アイヒマン曹長です、そしてその情報を受理して、実際に報告を行ったのは特務部隊員ユーリー・アンドレーヴィチ准尉」
「そいつらの所在は」
「アイヒマン曹長については元より、アンドレーヴィチ准尉に関しては作戦が行われるきっかけとなった報告以降所在不明です」
 くそっ、机に拳を叩き付ける音が響く。
「そいつらを探し出す。早急にだ」
 その士官が立ち上がると、三人の士官が別に立ち上がった。彼らは足早にブリーフィングルームを後にした。
 その後の場は沈黙で満たされる。
「どうしたものかな」
 ぼそり、と老齢の士官は呟いた。
「報告を待つしかないでしょう、彼らが何らかの騒ぎを起こすとは私には思えませんが」
「その通りだな。彼らの言う通り、我々は無能だ」
 ハインツ・ヘルメスベルガー中尉は淡々と吐き捨てた。

 情報戦略課とは、1939年当時大尉であったジェームス・ヴァン・フォッカーの請願に基づいて設立された諜報課である。
 設立当初、僅かに五人であったメンバーで、彼らは主に国外での諜報活動に従事していた。その当時の彼らの主な役割は、情報収集、またはヴォ連やその他の国で活動するゲリラに対しての支援工作などであった。
 彼らの行動について特筆するべきは、仕事の数に対するミスの少なさである。
 何やら独自のアテでもあるのか、事前にしろ事後にしろ、何らかの必要とされる情報を確実に得ることが可能であったのだ。
 諜報部隊としての彼らは、最低限、あるいは最高の働きを果たしており、結局、彼らについて言えるのは、諜報部隊として極めて優秀であった、というだけである。
 しかし彼らはここ二年程の間、国外での活動をほとんど行っておらず、国内での反体制勢力の排除などに携わっていた。
 そこにおいても順調に成果を重ねた課は、規模増強の一環として、構成員としてのメードの獲得に成功する。その後も構成員を増やし、今回の叛乱へと至ったのである。
 総じて、彼らから漂う『きな臭さ』のようなものは、前々から伝わっていたのだ。
 そして今回における情報のリークがきっかけになって接収に踏み出せはしたものの、結局はフェイクであった。見事に失態を演じる羽目となったのだ。
 後で確認してみれば、この情報提供者であるアンドレーヴィチ准尉にしろ、前々から情報戦略課に対して、メードの供与など、支援者の一人として大きく関わりを持っていたのである。
 ならば、彼が『抱きこまれていた』という可能性について、誰かが思い当たったとしても、不思議はなかったはずだ。
 終わったことについて述懐しても仕方はないが、きな臭い味方に付けていた番犬が更に叛乱へと加わったとなっては、対処するのも難しいというものだ。そうまとめることができるだろう。
「全く、度し難い連中だ、この外部に敵を抱えている状態で味方を貶めるなど」
 何を考えているか分からん--嘆きを包み隠すことなく吐き出しながら、ハインツ・ヘルメスベルガー中尉はずらりと扉の並んだ営舎の廊下を歩く。
 そして、一つの扉の前で立ち止まると、荒々しさが透けて見える二つのノックを、ほとんど同時に放った。
 途端に、ドアで隔てられた室内で、騒然と物音がし始める。
 はい、はい、と慌てた声色で返事をしながら、その部屋の主がパタパタとドアまでやってくるのが聞き取れた。
 部屋の主は鍵を開け、ついでノブを捻って扉を開けた。
「……はい、何でしょう、ハインツさん」
「残念だが休暇は終了だ、上から任務を仰せつかったのでな」
「あの、ハインツさん、お言葉ですが私は休暇を頂いていたわけではなく」
 分かっている、彼はそう表情に出してはみるものの、彼女といえば分かっていないようで、私はただ任務の間の待機を命じられていただけで--、と、真顔で弁解を続けている。
 彼はその言葉の羅列を思考の端に追いやりながら、伝達された任務の内容を脳裏に反復していた。
 作戦開始時刻は今晩十一時前後、場所はルインベルグ大公国との国境地帯、動員人数はメード二体を含む二十名、及び親衛隊からの支援部隊二十名程度。
 特命は対象十二名の抹殺であった。



 路地の暗がりに、一人の男が立っていた。
 ドブのねめつくような臭いが漂う中、長身の男は平静を保っていた。
 そしてそこに、中肉の男がもう一人現れる。暗がりから暗がりへとやってきた男の頭部を、一瞬、建造物の間から漏れ出た光が照らした。
 黒い髪に、黒い瞳。それはどことなく異国の風情を感じさせる風貌であった。
 長身の男が口を開いた。
「いやあ、こんな形で仕事納めができるとは思わなかったよ」
「それは俺もだ」
 黒髪の男が返す。
 長身の男は、くつくつと笑ってみせた。
「まあ何にしたって、この終わり方は俺らしい、そしてお前もお前で、らしいじゃないか。
 流されるままにしておくのが一番賢い。だろう?」
「そうだな、その通りだ」
 黒髪の男は平坦な口調で返した。長身の男が怪訝そうな表情をする。
「でも、それも今日で終わりにする」
 言うと同時に、銃声が響いた。
 長身の男が、マズルフラッシュの灯りを身に受けて、酷く動揺した面持ちが暗闇の中に焼き付いた。
 ついで、再び降り立った暗闇の中で、どさりと人の倒れる音がする。
「でも、結局同じなんだ、そうだろ、フォッカー」
 男は呟いた。
 暫く経って、男がその場を後にする音が響いた。


最終更新:2009年11月06日 22:42
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。