FRONT of MAID  Short Short Story 002

(投稿者:クラリス・アクナ)

前夜の出来事


「アホボケナスカス! あんたなんかだいっ嫌いだ!」
「こらチェルノ! 同志司令になんて口を・・・っ!」
「知らない! シレイが誰かなんて知らない! ノカロロニはアタイのトモダチだ! 誰にもあげないからっ!!」
「・・・・・」

夕方から夜に変わろうとする時刻、そんなに広くないとある会議室に怒鳴り声が響く。
そこでは我の強い子供が、必死になって声を荒げ、二人の大人を威嚇していた。
今この時を乗り切らないと、まるで自分が一人ぼっちになってしまうかのように、それを阻止しようとしているのだ。

子供は12歳ぐらいの女の子で、ノースリーブのブラウスとブリーツスカートという、この国でいえば夏服の井出立ちをしており、かなり寒そうな格好である。
かわいらしいリボンのネクタイが彼女が怒るたびに揺れ、スカートも地団駄踏むごとにめくりあげられ、少々女の子としての恥ずかしさが欠けている。と、司令と呼ばれた大人の女性は、冷ややかに思っていた。

「みんなの嘘ツキ! やっと私だけの場所が手に入ったと思ったのに・・・。みんなして私に期待して・・・最後に・・・最後に・・・」
「違う、そうじゃない。いいかチェルノ。ノカロロニは」
「違うくない!」

ドゴッ!

「いでぇ!!」

強烈な膝蹴りをもう一人の大人にかましたチェルノは、そのまま部屋を走り去っていった。

「あいつ・・・っ、とっ捕まえて説教してやる!」
「まぁ待ちたまえ主任」
「あ・・・し、失礼しました同志タリーナ司令。チェルノがとんだご迷惑を・・・」
「そうだな、とんだ迷惑だな主任」
「も、申し訳ありません。どのような処罰もおあたえ・・・」
「彼女にとっては、とんだ迷惑だろうな」
「・・・え?」

女性は主任と呼ばれる男に問いかけた。
彼は彼女の言っていることが上手く理解できなかった。

「本日0730時にノカロロニが、我がヴォストルージア社会主義共和国連邦に編入され、正式に対G連のメード部隊へと配属された」
「は・・・」
「元々は我々だけで運用するはずだったメードの部隊が、政府からの要請を受けて、公式に諸外国と共同でGの撃滅戦を行う。・・・私も初めて聞いた時はウォッカの飲みすぎかと自分の耳を疑ったさ。だが、現実は現実だったよ」
「・・・・・」

タリーナ司令はヴォ連陸軍の若き女性士官であった。
自国の対G戦線における防衛網の構築で一役有名になり、グレートウォールから伸びる特定の山道を利用した戦術で、50以上のGの進行を通常兵力だけで押さえ込んだという実力の持ち主だ。
しかし、諸外国からはヴォ連の活躍に関して全く関心を示していなかった。
それは、これまでの歴史が語るように、ヴォ連が歩んできた社会主義の思想が原因であった。
無論、それに賛同する国も多かったが、Gの到来以降、それら同盟国との連携が断たれてしまい、ある国は消滅し、ある国は自国防衛にのみ注力し、ヴォ連もまた、度重なる経済不況と治安の悪化で内部のダメージを多く抱えていた。

そんな中、メード技術というものが飛び込んできた。
技術面で一時的な遅れをとっていたヴォ連は、エターナルコアの持つエネルギー理論を詳細に解明し、それを人類の手で何とか制御できないかと考えた。
研究の間に様々な物が発明され、技術産業はヴォ連を大きく支えたのである。
そして、自国の技術だけでメードが生み出され、ついにはそのメードを使った新しい動力炉システムが完成する。

「メードを動力として扱った初の発電列車ノカロロニと、そのまさに中心となる同志チェルノ・・・。いずれ世界に向かうだろうと思ってたが、予想よりかなり早かったよ。こちらの準備も整わない内に”出発進行”だからな」
「同志、私は正直に申し上げますと、未だに分からないのです。なぜメード部隊を国外へ出すのでしょうか。我が国は・・・」
「これ以上は止した方がいいぞ同志ゲリスルト。私とて、無駄に優秀な人材を失いたくないのだ」
「はっ・・・申し訳ございません」
「しばらく祖国の土を踏めなくなる。準備を頼むぞ同志ゲリスルト」
「ダー(はい)」
(さて、次は同志チェルノか・・・)


タリーナには大体予測がついていた。
ニェッチェル第3軍車庫の11番線路にその巨体を休ませている2両の列車がある。
辺りはすでに暗闇となり、雪が残る線路にゆらゆらと警備兵が持つライトが動く。軍車庫の警備員だ。
一人の警備兵とすれ違い、敬礼を交わすとそのまま目的の車両へと歩いていく。

(そういえば私の初陣もこの車庫からだったか。今でこそ有名といえば有名だが、あれ以来はGの侵攻は散漫で、現在はほとんどグレートウォールで防ぎきれている。確かに我が国が出ることないのだろう。だが、それだけではこの冷え切った大地に温かみをもたらす事も遠い・・・)

列車砲牽引車を改造し、国内の要所へ適切な電力量を確保できるように作られた発電牽引車。
もともとはこれに列車砲をつないで自国を守る要とするはずだったが、チェルノというメードが出来て以来、ゲイリー式高熱変換機を用いた広域発電が可能になったため、発電列車になり、それから3年後。ヴォ連最大の地上戦力代表として祖国の地を離れることになった。

チェルノは何を嫌がっているのだろうか。

(子供だからか、もしくはあの事か)

大粛清以来、疲弊しきったヴォストルージアは他国の望む民主主義の考えを思考し始めていた。だが、あくまで思考である。彼女の両親はその思想を早い段階で訴えていたらしい。故に粛清され、彼女もメードになるという刑罰を与えられた。
この国でのメードになるという事は、大粛清の一部であり、国への絶対服従を確約された刑罰であり、個人の死を意味している。
チェルノは罪人なのだ。
が、それは昔の話である。

(今の同志は同志だ。彼女ほどの逸材は例を見ない。今ここで同志チェルノを開放してやらねばならん)

過去のしがらみを持っているというのは考えにくいが、持っていないとも言えない。
ヴォ連の顔となるマーチドゥシアーとチェルノのノカロロニはなければならないのだ。

<ちぇるののへや>

「・・・・・」

子供の字で書かれたプレートがやや傾いている。
おそらく乱暴に叩き閉めたのだろう。
分厚い鉄板で作られた車体だが、チェルノのパワーはそれを凹ませるほどなのが分かる。

「同志チェルノ。そのままで良いから聞いてほしい」

タリーナは少しだけ開いている車窓に向かって声を上げる。

「ひとつ誤解を招いているようだからここではっきりと言っておくよ。我々は同志ノカロロニと同志チェルノ、君達二人に力を与えたいのだ。同志ノカロロニだけではなく同志チェルノ、君に力を与えたいのだ。消して我々は同志ノカロロニを君から取り上げようとは思っていない」
「・・・・・」
「昔から一つの存在だったのだろ? 我々は君の持つ大切なものを奪いにきたわけではない。与えたいのだ」
「・・・・・」
「ずっと一人で居たからずっとここにいると同志ゲリスルトから聞いた。君がメードとして生まれて1年、誰も居ない山奥で脱走者を監視する仕事をしていたこともな」
「・・・・・」
「そのあと、委員会が作り上げた熱変換機の試験に呼ばれ、君は凍える山奥の観察員から昇格し、大変名誉な仕事をもらった。それは我等が国の電気を作り出すというすばらしいものだ。決して私のような人間が出来ることではない。すでに一人ぼっちではないのだぞ。国民のすべての命を預かっているという重大な位置に居るのだ。君一人ではない。そしてだ、同志チェルノ。今の君はさらに上を目指すことになった」
「・・・・・」
「世界だ。我等がヴォストルージア社会主義共和国連邦の地からさらに世界へと出向くときだ。そこで同志チェルノ。君はその世界ではボスとなれる」
「・・・ボス?」

今まで沈黙していた車内から小さい声が放たれた。
内心、実は車内に居ないのではないかと焦っていたところだった。

「世界にその力を示すには更なる力が必要になる。今の同志も最強の力を持っているが、世界はそれでも強大だ。だからこそ、それに台頭できるよう我々の力を授けたい。この力を受け取ってくれれば、君は我がヴォストルージア社会主義共和国連邦の、いや、世界人類のボスとなれる。強い力を持つラストボスとなれるだろう」
「・・・・・」
「頼む。皆の気持ちを無駄にはしないでくれ。これまで戦ってきたヴォストルージアの戦士達のためにも」
「・・・・・」

チェルノがこのことに少しでも前向きに考えを改めてくれればと願った。
“大物になりたい”という願望があるなら、彼女は応えるはずだと。
タリーナは完全に暗闇となった軍車庫の線路を戻り歩いた。

翌日。

早朝に軍車庫の近くにあるウケルイナ駅でタリーナは彼女を見かけた。
マーチドゥシアーとして編入が予定されている後部車両を連結するため、空けられた線路へ移動するノカロロニとチェルノの姿だった。

「ふぅ、第一関門突破といったところか」

朝焼けが、残る雪に反射してまぶしくなるこの時間。ノカロロニがマーチドゥシアーとして目覚めようとしている。母の魂が入る時だ。
















最終更新:2009年11月30日 01:13
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