騎士姫と二振りの誓い

(投稿者:フェイ)

*


「――――以上、前件の報告を終了いたします」
「ご苦労」
「…はい」

ギーレン・ジ・エントリヒ宰相の執務室。
ギーレンは、報告を終えて深々と礼をしたスィルトネートに労いの言葉をかけ、暗に下がってよい、と伝える。
しかし、一度顔を上げたスィルトネートは再び顔を俯かせ、その場を動かない。

「………」
「…どうした」
「いえ、今回の件…敵の捕虜になり醜態を晒した挙句、あまつさえギーレン様のお手を煩わせ…本当に…」

声が震え、視界がぼやけた。
叱りの言葉を恐れているわけではなく、単純に自らのふがいなさに対する悔しさに、涙がこぼれそうになる。
刀を持つMAIDにも破れた。
シュヴェルテに打ちのめされ、捕虜とされた。
共にメディシスに助けられ今こうしてここにいるが、自分の実力は明らかに足りていない。
こんな自分が、ギーレンの騎士でいて――ギーレンの隣に居て、良いのであろうか。
またあのような事があった場合、自分は自らが護ると誓ったものを護れるのか。
自分自身すら―――。

「…私………私、は………」
「スィルトネート」

声をかけられ、嫌な方向へ流れかけていた思考が止まる。
かけてからしばらく、何かを考えるように間をあけた後、ギーレンは再び口を開く。

「……身体の、調子は…どうだ?」
「…え……」
「…抑制装置を長時間つけていた場合、悪影響が残ると聞く。…問題は、ないか?」
「…………は、はい…」

あっけに取られたように頷くスィルトネートに、ギーレンは僅かに表情を緩めた。

「……ならば、よい。お前は我々の計画の中枢を担うものだ。まずは自らを第一に考えよ」
「…! ……はい」
「では、下がれ」
「はい…失礼します。…ギーレン様、ありがとうございます」

スィルトネートが一礼をし顔をあげれば、既にギーレンは背を剥け、書類へと目を通していた。
寸前までの暖かさは微塵もなく、しかしいつもどおりのギーレンにどこかほっとしながら、スィルトネートは執務室を出た。
その心遣いに感謝し、しかし心に強い決意を秘めると、宮殿の廊下を歩いていく。

――自らを第一に考えよ。

その通りだ、と、少し前までの自分を笑い飛ばす。
自分自身をどうにかできなくてどうする――命を投げ捨てて護り、その後はどうするというのだ。
自らの命を捨てず、期待に応え、その上で護るべきものを護る。

「…それに」

――もう一つ、理由は、ある。
しかし今は首を振り、その思考を外へと追い出した。
強くなる――理由は心の奥底で覚えておけばいい――今は只、強くなること。

「その為には…」

ようやく辿りついた、滅多に来ない一室の前で軽く深呼吸。
やや緊張しながらも、落ち着いてノックをする。

「ん? 誰だ?」
「スィルトネートです。やはり、この時間ならいらっしゃるようで、安心しました。…少し、よろしいですか?」
「ああ…珍しいな」

一歩引くと、ドアが開きその部屋の主が姿を現した。

「お休みのところ、申し訳ありません。…少し、訓練を付けていただきたくて」
「ほう。だが、私が教えられるのは…」
「わかっています。その『技術』が、今の私には必要なのです。――お願いします、シャルティ
「ふ…いいだろう」

そのまま部屋から出てこようとしたシャルティを、スィルトネートは一度丁寧に部屋の中へ押し戻す。

「…? なんだ、今からでは都合が悪いのか?」
「いいえ、今すぐにでもお願いしたいぐらいです。…が」

スィルトネートは一歩下がり、シャルティの格好を上から下まで眺めてからため息を一つ。

「コートは羽織ってきてください、といつも言ってる筈です…」







場所をメード待機場の横に併設されている訓練場に移した二人は、訓練用の武器を手に取る。
何十種類と飾られた武器の中から、シャルティは自らのレーヴァティンに似た、鞘のついた片手剣を。
スィルトネートもまた、武器を手に取る。

「…? スィルト、それは…」
「…ええ、私が教えていただきたいものは、これです」

二振りの長剣。
長さは普段スィルトネートが使っているグレイプニールの短剣より長く、シャルティの持つ片手剣と変わらない。
それを両手に一本ずつ持ち、シャルティの前に立つスィルトネートの目は、真っ直ぐ。
シャルティは軽くため息を吐いてから。

「スィルトネート。長剣は本来一つを扱うものだ。いくら短剣で経験があるとはいえ、両手の長剣をそれぞれ自由に扱えるようになるには…」
「長い時間と鍛錬が必要だというのは承知しています」
「では何故だ」
「近距離での戦い方を教えて欲しいのです。慣れているとはいえ短剣では、間合いをとり直すのに向きません…」
「……それで長剣か」
「はい。…それに、力も速さもない私が、技術を盗むには…貴女からしかありませんから」

自嘲げな笑みを浮かべるスィルトネートに、シャルティは苦笑を一つ。
やや力を抜きながら鞘から模擬剣を抜く。

「なら先ずは構え方からだな。短剣や私のように鞘ならよいが、その剣を逆手持ちするわけにもいかないだろう」
「はい、お願いします」
「まず、片手を防御、もう片方を攻撃に回せ。通常なら利き手に攻撃用、逆手に防御用を持つべきだな」
「こう…ですか」

スィルトネートが右手にもった剣を前へ、左手の剣を後ろに回したところで、シャルティが鞘の方を前に出し、構える。

「防御側は動かさなくていい、只、打って見ろ。まず型を見てから、直すべき所を伝えていった方が早い」
「わかりました。では…いきます!」

スィルトネートは一歩目を踏み込み、突き出すように剣を前へ。
踏み込まれた分を一歩下がったシャルティは、鞘をかざすまでもなく身を仰け反らせてかわす。
即座に手首を返し、突きから切り上げへと移行した剣を、しかしかいくぐる様に避け、スィルトネートの後ろへと回り込む。

「っ…!」

振り返りながら剣を背後へつき出すが、その前に首筋に突きつけられる感触。
冷静にスィルトネートの首筋を狙ったシャルティは、剣を元の位置に戻して間合いを取り直す。

「…なるほど。まだ硬いな。もう少し柔らかく扱わないと、切り返しは遅くなるし打ち合うようなことがあれば手首を痛めるぞ」
「は、はい」
「それと、長剣のリーチを活かすのに突きは良いが、短剣より重い分隙も大きくなる。柔軟に動けるようになるまでは控えることだ」
「…わかりました」
「……ふむ。では、私からも行くぞ。左腕の剣も前へ。受け止め、打って来い」

鞘を引き、剣を前へ、シャルティが構えを直す。
スィルトネートは、軽く息を吐くと、同じように構えを取り。

「……行きます!」







「そうですか――いえ、ご多忙なところお邪魔いたしましたわね。失礼致します」

一礼すると、メディシスは丁寧に戸を閉じた。
部屋の中にいるギーレンに聞こえぬよう、軽くため息をつき。

「…折角会いに来ましたのに、部屋にいないとはどういう…」

ぶつぶつと今ここにいない相手に文句を言うように呟きながら、廊下を歩いていく。

「全く、あれほど大事をとれと…病み上がりで特訓とか何を考えてるのやら、困った子ですわ」

靴が床を叩く音だけが廊下に響きわたる。
その静けさがまたメディシスの苛立を助長する。

「そもそも何故シャルティを。…い、いえ、別に私を呼べとかそういうつもりでは…」

一瞬頬を赤くし、誰に言い訳するでもなく首を振る。
そんな自分の姿を省み、慌てて周囲を見渡し誰にも見られてないことを確認してから、今一度深くため息。

「……それもこれも、スィルトが部屋にいないのがいけないんですわ」

とりあえず全責任をスィルトネートに転嫁して自己完結。
気を取り直してスィルトネートとシャルティが向かったと言う訓練場を目指す。
しばらく歩いた後、ようやくたどり着いた訓練場からは剣撃の音が外まで響きわたっていた。

「…さ、て――」
「――何故そこまでして力に急ぐ? 超えたいものでもあるのか?」
「…っ目標ぐらい、はっ…!!」
「ほう…目標…?」
「はい……とある人のために」

ギン、とぶつかり合う音が響き、メディシスの手が止まる。
剣を弾き合い、間合いをとったのか、二人の声がやや遠くなる。
戸に手をかけた状態で思わず止まってしまったメディシスは、自然とその手を離す。

(…こ、これでは盗み聞きをしているように…ま、全く、何をしていますの私は!? そもそも、スィルトの大事な人といったらギーレン閣下に決まって…)
「ほう…やはり、ギーレン宰相閣下か?」
「ええ、無論―――ですが、もう一人。………真に友と呼びたい人が…いるのです」
「…真に?」
「…はい」

一呼吸――やや長く思われた沈黙の後、スィルトネートが口を開いた。

「…彼女には、幾度も助けられました。私は、彼女がいなければ、既にここにはいないでしょう」
「…それが、嫌なのか? 悔しくて、鍛えようと?」
「……悔しい、というのは当たりです。借りばかり作ってしまっていますから」
「……」
「嫌、というのは…違います。助けられたのは、とても感謝しています…彼女を友に持ったことを、誇りに思うほど」
「では…」


「…誇りに思うからこそ…助けられるだけの関係ではなく。助け合い、並び立てる強さを、持ちたいのです…。大事な…大事な、親友ですから」







「……」

力強い意思を込めたスィルトネートの言葉。
シャルティは穏やかに微笑み、そして何かに気づいたように視線を向けると、模擬剣を鞘に収める。

「シャルティ…?」
「お前の意思は十分伝わった」

近づき、そっとスィルトネートの頭を撫で、その手から二本の長剣を取り上げる。

「あ…」
「だが、根の詰めすぎは逆効果だ。それに来客もある。また今度付き合ってやろう」
「はい…来客、ですか?」
「片付けはしておいてやる。早く行ってやれ」
「わ、わかりました」

ややつかれた身体を起き上がらせ、一礼すると出入口へのドアへ手をかけ、開く。

「…?」

ドアの外には誰も居らず。
軽く見渡してから、その長い髪の後ろ姿へと気がついた。

「メディ? 来ていたのですか…」
「…え、ええ。全く、病み上がりの身体でそんな事をして。少しでも心配した私が馬鹿だったみたいですわね」
「あ…す、すみません。……あの、メディ?」

こちらを振り返ろうとしないメディシスに、恐る恐る声をかける。
メディシスは一度びくり、と身を震わせたあと、ややわざとらしく聞こえるような咳払いを一つ。

「貴女は折角の来客に、そのような姿で、迎えますの?」

言われ、スィルトネートは慌てて自らの姿を確認する。
先程まで行っていた模擬戦のため、スカートはやや捲れ上がり、袖はよれよれ。
そもそも戦闘用の服装である。

「ご、ごめんなさいっ。すぐ着替えてきますので…!」

せめて、とスカートだけでも直し、走り去っていくスィルトネート。
残されたメディシスは、気付かれないようにそっと安堵の吐息を漏らして。
小さく、つぶやいた。

「…もう。あ、あんなこと言われて。……顔が戻らないじゃありませんのっ…」









「メディシス、一緒に行ったんじゃなかったのか?」

「な、ちょ…シャルティ!? 見ましたわね!?」






シャルティの協力を取り付け、帝国皇室剣術を習い始めた。
短剣とは勝手も違うが、あのような醜態を再び晒す前に、やれる事はやっておかねばならない。
自分のため、ギーレン様のため、そして――。

そういえば、メディシスと会うのもあの事件以来だった。
久しぶりの割にはどこか余所余所しいというか、どこかふわふわしている様子だったが。
理由を聞こうとすると怒られたので、とりあえず聞かないことにした。

ともあれ、会いに来てくれたのは嬉しかった。
願わくば、シャルティも、そしてメディも。
こういった関係が長く続きますように。






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最終更新:2009年12月26日 02:39
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