騎士姫と女神の一夜

(投稿者:フェイ)

*


降り積もる白い雪。
フロレンツの総領事館にある自室の窓からそれを眺めるメディシスは、扉の開く音に振り向く。

「…どうでしたの?」

部屋へと入ってきたスィルトネートはその質問に一度ため息をついてから首を横にふる。

「駄目です…やはり、輸送機は飛ばせそうにないと」
「輸送列車も豪雪のため運転見合わせ…最終も厳しそうですわね」
「と、なると…」

不安そうな顔をするスィルトネートに、かわいそうだとは思いながらも頷いて。

「本日中にニーベルンゲに戻るのは、厳しい、ということですわ」
「そんな…」






スィルトネートがたまの休暇をフロレンツの親友と過ごそうと思い至り、フロレンツにやってきたのが数時間前。
ギーレンに許可を取り、明日までには帰ると言う予定で列車に乗りフロレンツに通じるトンネルをぬけ。
雪の降る冬景色のフロレンツにたどり着いたまでは、まぁよかったのだろう。
到着した時点では穏やかだった雪も休暇を楽しむ上で障害にはならなかった。

しかし日が暮れるにつれ降雪量がましていき、日が沈んだ現在、フロレンツは記録的な豪雪に襲われていた。

過去に無い豪雪の影響でフロレンツの交通機関が麻痺。
スィルトネートが乗ってきた列車は線路の上の雪によって運休停止状態。
輸送機もまた、滑走路の雪によって離陸不可能――流石に休日の我侭でVTOLを飛ばしてもらうわけにもいかない。

結果、スィルトネートは見事なまでにフロレンツでの足止めを受けることとなった。







「……はい、申し訳ありません。……はい。…はい、今晩は総領事館の方に。…はい。………」

電話をしながらしきりに頭を下げるスィルトネートを眺めながら、メディシスは苦笑をこらえる。
頭を下げながらも、どこか親しげな声色なのは、相手がギーレン宰相だからだろう、と判断する。

「……はい、はい。……え? …あ、ありがとうございます…。はい。……はい、では、失礼いたします」

そっと受話器を置いて、小さくため息をつくとスィルトネートが戻ってくる。

「…ため息なんかついて。怒られましたの?」
「いえ…その、ギーレン様のお側にいないということが今までなかったもので、どうしたものかわからなくて…」
「……はぁ? ………そんな子供みたいなこと言って、全く」
「なっ…」
「ほら、早く来なさいな」

声を上げかけたスィルトネートを軽く無視しながら先に歩き促す。
言葉を封じられ、仕方なくスィルトネートはその後に続く。

「……部屋はどうするんですか?」
「一応要人用のが空いていますわ。それなりに設備も整っていますから」
「…そうですか」
「まあ、寝るまではわたくしの部屋でくつろぎなさいな。休暇が伸びたと思って満喫した方が良いですわよ」
「わかりました…では、お言葉に甘えることにします」
「素直でよろしい」

たどり着いた部屋の扉をあけ、メディシスの自室へと入る。
無論、部屋は綺麗に整頓されておりベッドメイクも完璧、見せたところで恥ずかしいところはなにもない。
入ってきたスィルトネートが少し感心したように部屋を見渡しているのを見て、やや誇らしげな気分になる。

「すごく綺麗に整っているのですね。流石メディ」
「レディとして当然の嗜みですわ。大体貴女の部屋だって」
「私の部屋は、そもそも物があまり有りませんから」
「……それも、レディの部屋としてどうかと思いますけど。少しぐらい趣味をもったらいかがですの?」
「とはいえ、殆ど帰って寝るだけの部屋ですし…」
「……それで折角こちらに来たというのに買い物もしませんのね…」

窓際の椅子をスィルトネートに勧め、メディシス自らも椅子に腰掛ける。

「次くるときは、連れ回しますわ。覚悟なさいな」
「あはは…お手柔らかにお願いします」
「お断りしますわ。…化粧道具ぐらいこだわりなさいな。今日だって折角休日で遠出だというのになんですのそのメイク」
「そ、そういわれても…」
「いくらなんでもそのまま過ぎますわ。それとも、化粧など必要ないほどスッピンに自信がありますの?」
「そういうわけではありませんが…やり方をよく知らないもので、下手にやってしまっても逆効果かと…」
「なら、相談なさいな」

身を乗り出してスィルトネートの頬をむに、とひっぱる。
慌てるスィルトネートを楽しげに見やりながら、僅かに微笑んで見せて。

「その為の友人でしょう?」
「メディ……。……………ありがとう」
「礼には及びませんわ。これもまた当然のこと。…そうですわね、とりあえずナチュラルメイクをもっとしっかりしていきましょうか」
「はぁ……」
「普段の政策や態度、それにスィルトの下着などを鑑みても、ギーレン宰相閣下は厚化粧や過度な装飾は好まないでしょうし」
「な、あ、え!?」
「あら、違いますの? ギーレン閣下に気に入られたいのでは?」
「い、いえそんな……あ、いや、気に入られたくないと言うことではないのですが…!」
「ふむ…どうせ話を聞いてるのも私ぐらいのものなのですから、正直にぶっちゃけてしまえばよろしいのに」
「そ、そういう問題では…」
「……では、ぶっちゃけやすくしてさしあげましょう?」

メディシスは立ち上がると、グラスを二つ、そして一本の瓶を取り出してくる。
椅子に腰掛け直し、手際よく開けると、葡萄のよい香りが漂う。

「ワイン…ですか?」
「ええ…フロレンツでもそれなりに有名な年代物の赤ですわ。たーっぷりと、お付き合いいただきますわよスィルト?」

スィルトネート、メディシスそれぞれの前へ置かれたグラスへとワインが注がれていく。
熟成されていることを示すような深みのある褐色に近い赤が透明なグラスを満たしていく。

「骨の髄まではかせてさしあげますわ…」
「あう…」







―――そして数時間後。

「………あー…う……も、飲めませんよう…」

上半身をテーブルに突っ伏しながら、真っ赤な顔でつぶやくスィルトネート。
テーブルの上には、既に空っぽとなったビンが数本置かれており、互いのグラスからもようやくワインがなくなったところである。

「そうですわねぇ…まぁ、この辺りで勘弁して差し上げますわ。ちょうど空になりましたし…」
「そ、そり…は………どうもぉ…」
「ほら、しっかりなさいな。…立てますの?」
「…………」

数秒の沈黙。
メディシスはため息を付いて椅子から立ち上がり、スィルトネートの耳をちょい、と引っ張る。

「……スィルト、そのまま寝てはいけませんわよ?」
「っ! ね、寝て、ませんよ……」
「全く…」
「い、いま、立ちます………」

身体を起こし、椅子から腰をあげてなんとか立ち上がろうとするスィルトネートだが、次の瞬間には足がもつれバランスが崩れる。
二歩、三歩、と千鳥足を踏んだ後、バランスをとろうと掴まった椅子の背もたれの導かれるように椅子へと戻る。

「あ、あれ……」
「なにしてますの?」
「い、いや、ちょっと……ん、しょ…!」

再び立ち上がろうとするものの、やはり足元はおぼつかない。
今度は椅子の背もたれにもつかまれず、しばらくふらついた後にメディシスに支えられる。

「っ……ご、ごめんなさい、メディ」
「…部屋まで戻れそうにありませんわね?」
「う………」
「……まぁ、ここまで飲ませた私にも責任はありますわ。この部屋のベッドをお使いなさい。私は別室で寝ますから。…ほら、つかまって」
「……あ、はい…」

メディシスはスィルトネートを支えたまま、ベッドの方へと歩いていく。
大人しく運ばれ、ベッドまでたどり着くと、スィルトネートはベッドに座り込む。

「さ、て…ゆっくり休みなさいな。私は別の部屋に―――。……スィルト?」

部屋をでようとしたメディシスの動きが止まる。いや、止められる。
ベッドに座ったスィルトネートの手がメディシスのスカートの裾をきゅ、と握っているためだ。
うつむいたままのスィルトネートに、その表情を伺おうとしたメディシスが下から覗き込む。

「どうしましたの?」
「いえ、その………。………元々、メディのベッドなんですから……メディも、ここで寝れば良いのでは…」

「……ここで……って…」














「……………」
「……………」

二人の考えていることはものの見事にシンクロしていた。

―――どうしてこうなった。

顔を赤く火照らせたスィルトネートを下から抱きしめるようにメディシスが包む。
共にベッドに入ってからしばらくの間、やりどころがないようになっていたメディシスの手が、今では手持ち無沙汰にスィルトネートの髪をいじる。
下になったメディシスの豊満な胸に頭を預けたスィルトネートは、その顔を胸へと埋めるような形だ。

「…………スィルト、早く寝なさいな」
「………はい」

眠ろうとし、楽な体制をとろうと自然に伸ばした手がメディシスの胸へと触れる。
んっ…、と吐息のような声がメディシスの口元から漏れ、スィルトネートの手が胸へと沈み込んでいく。

「………羨ましい」
「ちょ、ちょっと……」

柔らかい感触を楽しむように指を立て、胸へと沈み込ませる。
二度、三度、指が沈んではその弾力に押し返される。
制止しようにも、どこか酔ったような――ワインとは別の意味で――スィルトネートの瞳が潤んでいるのを見てしまう。

「………ん」
「……安心、しますの?」
「…それは、まぁ………。……えい」
「んんっ、こら…つつかない。………仕方の無い、甘えん坊ですわね…」
「いいじゃないですか…たまに、少しぐらい」
「………全く、わかりましたわ」

髪を撫でていた手が、頭へと移る。
スィルトネートが見上げれば、不機嫌そうにしながらも頬を赤らめるメディシスの顔。
その、いつも通りながらの態度に安心したのか、スィルトネートはゆっくりと目を閉じる。

「……ありがとう、メディ」
「…別に、礼には及びませんわ。……早く寝なさいな」
「………はい」



…おやすみなさい。

……ええ、おやすみなさい。

















ついブッとなってやった。
後悔はしていない。
百合好きで本当によかったと思う。

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最終更新:2010年02月14日 02:21
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