夫々のバレンタインV4師団編

(投稿者:店長)


世界の暦がもう数時間後に2月14日を示す。
世間一般ではバレンタイン・デーと呼ばれる日だ。
V4師団でもやっぱりバレンタインはやってくる。

V4師団の数ある秘密基地の一つの厨房で、一人の少女然としたウェーブのかかった白い髪の持ち主が大量のチョコ

を油紙の敷いた鉄板の上に形を整えつつ流し込んでいた。
しかも格好は軍服の上に何故かデフォルメされた熊のイラストの描かれたエプロンに、白い三角巾を頭にしていると

いうなかなか本格的な料理ルックなのが注目するべきところであろうか。
それにチョコの形も小さなハート型と妙に凝っているあたり彼女らしい……と、ソイリンはおもった。

クリスティア、何してる?」
「ん?……ああ、ソイリンか」

そんな遊撃隊の隊長の変わった一面を垣間見た赤毛の女性兵士ソイリンは、
ずらっと並べられたチョコの量に圧倒されつつも尋ねる。
軽く見ただけで100個は超えていた……。

「見てのとおりチョコだが?」
「それは、知ってる……」
「何のために、か……」

口数の足りないソイリンの言わんとしていることを察したクリスティアは一息入れながら説明をする。
つまりバレンタインだ、ではバレンタインとは何か?という質問がくる。
定義としてのバレンタイン……その課題に少しだけ白髪の歴戦の勇は考えた。

「日頃の感謝や友愛を込めて、相手にチョコをはじめとする甘いものを送るという行事……となるか」
「感謝……」

何か思う事があるのか、ソイリンは顎に手を添えて眉間に皺を寄せていた。
こういう状態になったソイリンは頑張ろうとするが何をしていいのか判らない……という状態だろうとクリスティア

は推測する。

「なんだ、ソイリンも誰かに渡すのか?」
「……うん」
「そうか、ではいっしょに作るか?」
「いいの?」
「いいとも……その前に」
「?」
「料理をするときは必ずエプロンに三角巾だ……ほら、私のスペアを貸してやる」

クリスティアから桃色にこれまたデフォルメされた白兎の描かれたエプロンに三角巾を手渡され、キチンと石鹸で手

洗いをさせられたソイリンは戦場で銃を構える以上に緊張をしはじめる。
若干早まったか?と赤毛の狙撃兵は声に出さずに思っていたが、今更やめますとはいえなかった。

「どうした?」
「大丈夫、なんでもない」
「そうか。……まあやる事は単純だ」

先ほどまで出していた鉄板を邪魔にならない場所に置き、取り出したのは大きさの異なるボウル2つに大きなチョコ

の塊。
始めてみる巨大なチョコ──業務用のチョコで、お菓子作りをする人が購入するモノ──を見て驚く。
その仕草に苦笑しながら、クリスティアは包丁で細かく切るようにと指示を出した。

「くれぐれも手を切るなよ?」
「大丈夫……刃物は、使える」
「そうか」

切った後は小さいほうのボウルに入れるようにと指示を出す。
やるべきことをはっきりと示されていれば、ソイリンはその軍人としての気質できっちりとこなせる。
料理をしようとするソイリンのことを良く知り、正しい指示を出す……戦場でも指揮官として有能である彼女は、
厨房においても優秀であった。

「ソイリン、包丁は銃剣や短刀と違うぞ。そう持つんじゃない……こうだ」
「こう?」
「そうだ。切るときはこうして沿える手をかるく握ってだな……」

最初に包丁の持ち方と切り方に少しばかし指示が飛んだ以外は順調に作業をこなしていく。
その間大きなボウルに少し温かい程度のお湯を注いだり、かき混ぜる用途に用いる調理器具のヘラを準備をする。
妙に手馴れて、機敏な動作を見せる彼女は軍人というよりは料理好きの少女にみえた。

無事に細かく刻み終わったチョコの断片らを小さなボウルに入れ、温かい湯の入ったボウルへと静かに入れる。
チョコが温かい温度で溶ける、こうしてどろどろにしてから形を変えるのだと説明しながら、ソイリンにヘラを持た

せてやらせる。

「丁寧にしっかりと混ぜるんだぞ?」
「わかった……しっかり混ぜる」

最初すばやくかつ荒々しくかき混ぜようとするソイリンにそうじゃない、ゆっくりと混ぜるんだと叱咤が飛ぶ。
ちょっとびっくりしながらも出されたオーダーに沿い、ヘラを動かしていく。
荒々しい粒だったチョコがしっとりとした液体へと変貌を遂げていく。この際湯が熱すぎると冷えたときに白い油分

がでてしまうので適度に温度を調整してやるのだが、そこまで細かいところはソイリンには難しいだろうということ

で先にクリスティアがちょうどいい温度にしてあった。

「溶けた」
「よし、では絞りに入れるぞ」

袋のようなものを取り出したクリスティアに興味深げにみる。
溶かしたチョコをこの袋にいれるのを手伝ってやった。……この時様子をこっそり覗き見してたジョナサンはまるで

姉妹だなと感慨深げに呟いていたのは二人が知らない。

絞りにいれられたチョコを持ったクリスティアは見ていろ……と、軽やかな仕草で新たに用意した油紙の敷いた鉄板

の上にチョコを落としていく。
ただ落とすだけではなかった……その手の動きによってチョコはウサギを模した形に整えられたのだ。
手品を見た子供のように感動を覚えたソイリンはますます尊敬する眼でクリスティアを見る。

「ここまで凝ったのは作らなくていい……好きな形にしてみろ」
「わかった。がんばる」
「あ、おい……………おそかったか」
「……」

絞るときはゆっくりとと言い忘れてたクリスティアはそれを言おうとする前に、気持ちだけから回りしてたソイリン

は思わず力加減を間違えた。
そうなると勢いよく出すぎたチョコは大量にぶちまけられ、鉄板の数割に茶色の溜まりを生み出してしまった。
先ほど隣の少女が作ったウサギのも、その怒涛に飲み込まれてしまった。
ギギギ、とさび付いたブリキの玩具みたいに軋ませながら顔を向ける彼女の顔は今に泣きそうだった。

「クリスティア……ごめんなさい」
「ああもう、いい。怒っていない……私が言い忘れてただけだ」
「……けど」
「それにこれはこれでいい。あとで切り分けたりすればな……味が変化したりはしない」

気を落とすソイリンに励ましの言葉をかけながら、今度は絞りを持つソイリンの手に自分の手を添えて、力加減を教

える。クリスティアにこうして教えられるソイリンはソイリンでまんざらではないといった様子であった。
まずは無難なハートにしようか、と提案を受け入れたソイリンは一人で絞りを絞ってチョコを形作る。
先ほど落としたチョコの隣に無難なハート型を製作することに成功した。……にしてはやや歪んでいたが。
それでもソイリンが一生懸命に作ったのはクリスティアは知ってる。
このチョコをもらえる奴は果報者だなと、そっと笑みを浮かべながらみていた。



そして迎えた14日の昼間。
主要な幹部と同僚のメード……と、バイパーにチョコを渡し終えたクリスティアは自分の遊撃隊の面子が屯する区画

へと大きな包みを抱えて移動する。
小柄な彼女と比べて、その袋はやや大きかった。

クリスティアが遊撃隊員に丁寧にチョコを配ることは隊員なら誰しも知っていた。
それ故に袋を抱えた彼女の姿を見た男連中は飛び出しそうになるのを自制していた。

「諸君、待たせたな……安心しろ、全員の分はできている。ほら、並べ」

に、とやや凛々しい笑みを浮かべると、去年も一昨年もしたように列を作らせる。
この場合早い者勝ちだが、列を乱す者は容赦なく他の隊員にフルボッコにされる。
それ故に皆は静かに、だが素早く並んだ……普段の隊列を組む以上に。
まったく男共はこれだからな……とクリスティアは苦笑を隠せない。
だが一方で彼らが浮かべる笑顔に気をよくする自分を再確認するのである。
漸く中隊全員にチョコを行き渡らせ終えたクリスティアのところに、ソイリンがやってきた。

「クリスティア」
「……ソイリンか」
「これ……」
「ん?」

クリスティアはその手にあった雑なラッピングにソイリンらしいな、と思った。
どうやらこれを渡したいらしい。
受け取ったクリスティアはあけていいか?と断りをいれてから梱包を解いていく……そして思わぬ再会を果たしたの

だ。
そう、ソイリンが一生懸命作った歪なハートの形をしたチョコが中に入っていた。

「……ありがとう」

どうやら果報者なのは私らしいな、と。
初めて受け取る立場になった白髪の幼げな司令官は、赤毛の狙撃兵に赤面した笑みを浮かべるのであった。


登場人物

最終更新:2010年02月14日 23:43
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