悪魔の呼び声

(投稿者:神父)


アデーレの故郷であるエッケブルクは、グレートウォール山脈の麓にある小さな街だ。
Gの侵攻を絶え間なく受けており、市内には瘴気が溜まっている場所も少なくない。
地勢上ヴォストルージアからの工作員が入り込みやすいという事もあって、政情は不安定もいいところだった。
……彼女がこの街に帰ってくるのは、実に三年ぶりの事である。



「死んだ……?」
「そうだよ、知らなかったのかい……軍の連中はこういう事を疎かにするんだなあ」

アデーレが帰ってきてみると、リット家のあった場所は瓦礫と雑草があるばかりだった。
その隣に住んでいるゲルノート・ヴェーバーはアデーレに代用コーヒーを勧めながら嘆息した。

「このあたりは一度全壊しちまったんだよ。アデーレ、覚えてるかい? ルイーゼとヴィクトーリアを」
「奥さんと娘さんでしょう?」

と、そこまで言ってから彼女は家の中が静かな事に気がついた。
反射的に暖炉の上を振り返ると、そこにあるべき彼の家族の写真がなくなっていた。

「二人は……」
「そうだよ。妻も娘も死んじまった。嬢ちゃんのご両親も……」
「……戦意が鈍ると考えて、わざと教えなかったのよ」
「ひどいとこだね、軍隊ってのは……」
「……」

暗澹と黙して黒い液体をすすっていると、玄関のチャイムが鳴った。
ゲルノートは「またか」と呟いてカップを置き、大儀そうに腰を上げて応対に出た。
アデーレが耳を澄ましていると、「うちはあんた方ににらまれるような事はしちゃいない」だの、
「こんなとこで道草食ってる暇があったら害虫どもを駆除しに行ったらどうなんだ」だのと口汚く罵る声が聞こえてきた。
女性と思しき相手はあくまで淡々と何事かを伝え、「では失礼」と言う声が聞こえたかと思うとドアの閉まる音がした。

「悪いね、この辺は最近治安が悪くてさ……何かにつけてSSの連中が押しかけてくる」
「SS? 今の声は若い女の子みたいだったけど」

SS―――皇室親衛隊に所属できるのは身長175cm以上の壮健なエントリヒ人男性と決まっている。帝国の威厳を保つためだ。
若い娘がSSに所属しているなどという事があるだろうか。

「嬢ちゃんだって若い女の子じゃないか」
「私は空軍の志願兵だからいいのよ。SSに女の子なんて―――」と言いかけて、彼女は最後の任務での事を思い出した。
「―――MAID?」
「その通り。でっかい銃を背中に背負ってたよ。かわいい顔して、中身はフランケンシュタインの怪物さ」

アデーレは、最後の任務で出会ったMAIDを思い出していた。
「かわいそうに」と言った時の、捨て犬を見るようなあの目。
哀れみのつもりだったのだろうか。いや、あれは明らかに侮蔑の視線だった。
彼女はいつの間にか歯を食いしばっていた。

「どうした? 代用コーヒーじゃあまずかったかな。まったくこいつと来たら苦いだけで香りも何も……」
「い、いえ、なんでもないわ。代用コーヒーは慣れてるの」
「そうかい? それならいいが……ああそうだ、フランケンシュタインで思い出したが、MAIDについて妙な噂を聞いた事があったよ」
「噂?」
「ああ、MAIDは生きた人間を使って作るとかなんとかいう噂だよ。軍だってそんな事するわけないだろうになあ」
「それ、本当かしら」
「まさか! 世界中でそんなひどい事をやってるなんて、そんな馬鹿な事はありえないさ」

だが軍にいた彼女には思い当たる節がいくつかあった。
鳥を真似た結果がジュラルミンの飛行機に、魚を真似た結果が鋼鉄の潜水艦になるような技術で、どうやって人間をまともに模倣できると言うのか。
第一、人間サイズの兵器にあれだけの戦闘力を持たせられるならば、戦闘機や戦艦にその技術を転用すればいいのだ。
それができないという事は、人間型でなければならない理由があるという事だ。
そして彼女は、軍の中で流れる皇帝に関する奇妙な噂を聞いた事があった。皇帝はオカルトに傾倒していると言うのだ。
この科学と技術の世にあってオカルトとは! だが、あのMAIDという代物は確かにオカルトじみている。

「……そうね、そんなはずないわよね」
「だろう? だからあれは人間じゃない何かなのさ。そういうわけで俺としてはあまりお近づきになりたくない」
「あら、私は興味があるわ」
「いやはや、怖いもの見たさかい? パイロットだけあって勇敢だねえ」と言って、ゲルノートは明らかに辟易した顔をした。

怖いもの見たさではなかった。
彼女は翼を欲していた。そしてそのための手段はあった。

「確かMAIDが所属しているのって、SSだけなのよね?」


あとは、悪魔を呼んで魂を売りつけるだけだ。



最終更新:2008年09月14日 21:50
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