契約条項

(投稿者:神父)


療養期間を終えたアデーレは、所属の基地ではなくSSの本部へと向かった。
それとなく話の内容をほのめかし、SSの技術士官との面会の約束も取り付けてある。

目的は、言うまでもない。



部屋に通されたアデーレを認めると、黒い制服の上に白衣を羽織った長身のSS士官が片手を上げた。

「ジークハイル」
「ジークハイル。……空軍第十三戦闘航空団所属、アデーレ・リット飛曹長です」
「ブルクハルト・マイネッケSS技術大尉だ。かけたまえ、用件を聞こう」

SS士官にあてがわれた部屋は、この戦時にあってなお豪華なものだった。
アデーレが我知らず部屋を見回していると、ブルクハルトが苦笑して言った。

「飛曹長、椅子を汚すかも知れんから立っていようなどと言い出すなよ。私だってこの部屋は落ち着かんのだ」
「え? あ、いえ、その、このような雰囲気には慣れていないものですから」
「皇室の威厳を保つためなどと言って、大層な金が投じられているからな。戸惑うのも無理はない。……早くかけたまえ」
「失礼しました」

磨き上げられた革の椅子に腰掛け、アデーレはいかに話を切り出そうかと呼吸を整えつつ考えた。
ブルクハルトはそんな彼女を面白そうに観察している。
しばし黙考した後、彼女は前置き抜きに話す事に決めた。

「大尉、私をMAIDにしていただきたい」

ブルクハルトは「ほう」と言って、パイプに火をつけた。

「MAIDは人間とは違うと言っても、納得しないかね?」
「しません。この一ヶ月で信じるに足るだけの証拠を見てきました」
「大した行動力だ、お嬢さん」
「それで、私をMAIDにするのですか、しないのですか?」
「そう急かすものじゃない」と、ブルクハルトは天井を見上げてパイプを吹かした。
「MAIDが生きた人間を使って作られるという事実は機密事項だ。それを君は誰かに教えたかね?」
「いいえ。教えたところで、役に立つとは思えません」
「役に立つとは、誰にとってのかね?」
「祖国と、私の怒りにとって」

長い間があった。ブルクハルトは今にも部屋の外にいるSS兵士を呼んで彼女を射殺させるかもしれない。
彼女は身を固くして次の言葉を待った。

「よろしい。素体は常に不足している。君を歓迎しよう」
「ありがとうございます。……殺されるかと思いましたが」
「まあ、機密はどうあがいても漏れるものだ。パイロットなら、機密はエンジンオイルみたいなものだと言えばわかるだろう」
「組織が動いていれば、あるいは時間が経てば漏れてくると?」
「その通り。だから時々は点検しなければならないし、漏れた分は拭き取らなければならない」
「要は、その拭き取り方にあると」
「なかなか聡明だな、飛曹長。技術部に推薦したいくらいだ」
「技術部では前線に出られないのでしょう?」
「それはそうだ。……ともかく、MAIDの機密を知った人間の行動は主に二つに分けられる」

ブルクハルトはパイプを持っていない方の手で二本の指を立てた。

「一つ。君のように自分をMAIDあるいはMALEにしてくれとやってくる自殺志願者」と、指を折る。
「二つ。こちらがずっと多いのだが、この事実を世に公表して正義漢ぶろうとする愚か者」と、指を鳴らす。
「正義漢気取りの方は大事にならないうちに処分せねばならない。いくら機密が守れないものだと言っても、世に公表するのとはわけが違う」
「私のようにMAIDの素体として自分の身体を提供した人間がいたのですか?」
「いなかったら今日のMAID部隊は存在すらしていなかっただろうな。戦災孤児や未亡人、傷痍軍人に力の存在をほのめかしてやるとすぐに……」

ブルクハルトは肩をすくめ、その先は言わずともわかるだろうという顔をした。

「私もその餌に釣られたという事でしょうか?」
「いや、君もマークはされていたがこちらよりも早く行動した。療養期間が終わってから接触しようと思っていたのだがね」
「民間の噂で知ったものですから」
「MAIDも噂になっているのか。なんと言っていた?」
「MAIDはフランケンシュタインの怪物だと。ただ、人間が素体だというのは冗談の類だと思われているようです」
「ほう、我々もなかなか信頼されてるじゃないか」

ブルクハルトは「これもあの皇帝のおかげだな」と言って、パイプを灰皿の上で叩いた。
そしてアデーレの目を真正面から見据えた。

「ところで、MAIDになりたいという事は、君は死ぬ覚悟ができているんだろうな?」
「言うまでもありません」と、アデーレは冷ややかに応じた。
「我々のやっている事は悪魔の所業だが、私はまだ人間だ。本人の同意なしにこんな事はできん」
「ただ、条件があります」

ブルクハルトが眉を持ち上げた。

「言ってみたまえ」

アデーレは部屋の壁に貼られたいくつかの設計スケッチのうち、一枚を指差した。

「私に、翼をください」



最終更新:2008年09月14日 21:50
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