とある侍女の昔ばなし

(投稿者:LINE)                 登録タグ一覧 【 LINE ルインベルグ 単発作品





 アタシらがGの大群勢に飲み込まれたアルトメリア連邦軍の基地から脱出して17日目。
 アタシらはよーやく、よーーーやく、ルインベルグまで戻ってこられた。
 なんでこんなに時間がかかったかといえば、それはもう聞くも涙、語るも涙。

 まずはアルトメリアのお偉いさん方に、今回の事件のあらましを説明しなくちゃいけなかったわけであって、これがまた実にキツかった。
 分かっちゃいたんだけども、敵前逃亡がどうとかケチ付けられるわ、あろうことか基地壊滅の容疑者扱いされるわで、そりゃーもう散々な目にあった。
 最終的には、基地から出されていた救援要請の無線記録や、生き残った兵士達がGの襲撃を受けたって証言してくれたんで、アタシらの疑いは晴れたわけなんだけども……こんなのはもう、こりごり。
 まぁ、矢面に立ってくれたのは全部ガーベラだったから、アタシらは別にな~んにもしてないんだけどね。きゃは☆
 クロッセルに戻ってきた後も、国際対G連合統合司令部(G-GHQ)やら、国際研究機関「EARTH」やらから呼び出しくらって色々あったんだけども……ま、それはおいとこう。

 だからこうやって、今あいつが浮かれちゃってるのは、お勤めご苦労様でしたっつーか、まぁ、ご褒美ってことで、アタシらは黙認しているわけで。

「それじゃあ行ってくるわね」

 そう言い残して扉の向こうに消えていったガーベラの足取りは、とんでもなく軽やかだった。要するに浮かれているってこと。
 見た目上は平静を装っていたし、事実、ルインベルグに帰ってきたあとも、ガーベラはいつも通りに淡々と事務手続きやらなにやらを進めてくれていた。いや、むしろいつも以上に手早かった気がする。
 そうやって、さっさと面倒ごとを片付けたから、今のこの時間に至ったというわけ。

 全ては陛下に会うために。

 普段の生真面目な性格と、一分の隙もみせない態度とはうってかわって、こと陛下に関してとなると、実に分かりやすいヤツである。
 一途というか向こう見ずというか―――友人として、そこだけは少しばかり心配だ。
 たぶん、他のメンツも同じようなことを思ってるんだろう。
 サフランは「頑張ってねー!」なんて、ただの報告(、、、、、)に行ってくる人間には、明らかに言わないであろう声援をガーベラの背中に浴びせてるし、横に立ってるリリーは、その意味が分かっているのか、今にも吹き出しそうな笑いを押し殺そうとして、必死になって口元を押さえてる。
 タンジーはいつも通りの無表情……いや、口の端っこがほんの少し吊り上ってる。にやけてる。ほんの少し……不気味だ。

「恋する乙女まっしぐらって感じだね~」

 扉が閉じて暫くしてから、にししし、と悪戯っぽい笑みを浮かべるリリー
 誰の目にも明らかな感想だったから、誰からもツッコミは入らない。あたしも同意見だし。

「昔はあんなじゃなかったのに……ガーベラちゃんも、すっかり丸くなったね」

 どこか遠くを見るような目で、懐かしそうにサフランが呟いた。アルトメリアの基地で負った怪我の後遺症とかは特に残ってない。さすがは長女、治りが早い。
 サフランの発言にあたしは、うんうんと頷いていたが、このなにげない一言にがばっと食い付いてきたやつらがいた。
 リリーと、それにタンジーだ。

「昔? 昔ってなにさ?」

 ああそうか……この二人は知らないんだ、とあたしは納得した。
 サフランはしまったという顔をしているけれども……時間つぶしには丁度いいかもしれない。ガーベラが戻ってくるまで、どうせ暇だし。
 少し、昔話をしようか。



「あなたはなぜニンゲンに従うことができるのかしら?」

 ここに来たばかりのころ、初めて会ったガーベラに対する印象は、ひとことで言えば最悪だった。
 あたしだってお世辞にも真面目とは言えやしないし、倉庫から勝手に頂戴した酒をかっ喰らって大目玉を食らったことも1度や2度じゃない。
 不真面目を絵に描いたようなMAIDだったし、さぞや周囲に迷惑をかけているだろうと自覚もしていたのだけれど……あの頃のあいつは、そんな自分から見ても、さらに輪をかけてひどい問題児だったと思う。

「疑問に思ったことは……なさそうね。 あなた、単純そうだもの」

 あいつはいつも不機嫌そのものの態度で、そこに居る人間全てを睨み殺せるんじゃないかっていう眼力で、溢れるような敵意を余すことなく振り撒いていたんだ。
 とんがってるとか、つっぱってるとか、そんなかわいいもんじゃない。
 あたしの素行不良が、生来の(?)おちゃめさからくる可愛いイタズラだとすれば、あいつの場合は本気と書いてマジというやつだった。

「あんな脆弱で、野蛮で、愚かしい生き物のどこがいいのかしら……。 私を従えるには分不相応もいいところ」

 あいつは人間と自分たちMAIDをはっきりと区別したうえで、人間たちを毛嫌いしていた。
 いや、敵視していたといっても間違いではない。
 しかも、MAIDである自分と人間を比較してではなくて、もっと違う別のなにか。
 自分の奥底深くで渦巻くなにか(、、、、、、、、、、、、、、)に突き動かされるようにして人間を見下しているような、そんな印象を受けた。

 あの憎しみにも近い嫌悪はどこからきているものなのか。
 多分あいつは―――あいつの中には、いまの自分とは違うなにかが。
 うまく言葉で言い表すことができないくらい曖昧で、うつろで……はっきりと認識することができないなにかが。
 それでいてもなお強く、強く、心を揺さぶってくるものが、奥底深くで渦巻いていたんじゃないかと―――あたしはそんな感想を持っていた。

 かく言うあたしもそうだったのだ。
 ふと、自分の内側に、自分とは違うなにか(、、、、、、、、、)を感じるときがあった。
 でもそれがなにかと言われると、答えることができない。説明のしようがない。
 考えようとしても、頭の中にモヤがかかってしまって……そのうちに、その認識ごと、霧が晴れるように薄れて、やがて消えていってしまうからだ。
 あの頃のガーベラの様子を見るに、強弱の個人差こそあるみたいだけれども、この奇妙な感覚は、MAIDなら誰もが一度は触れるものじゃないのかと、あたしは推測していた。
 そして決まって、精神的に不安定になる。
 自分が自分であるということに自信が持てない。屋台骨が揺らいでしまうのだから。

 いまにして思えば、一番気の毒だったのはサフランだったかもしれない。
 なにせあんなナリでもあたしらの先輩なのだから。先輩としてあたしら後輩を指導していかなくちゃいけないし、周りもそこらへんを期待していただろうに。
 けれども後輩2人は完全無欠な素行不良の問題児。態度最悪。言うことなんてぜんぜん聞きやしない。
 ガーベラは完全に無視してたし、実際あたしだって、ちんちくりんの言うことなんか知らんと思って聞く耳もたなかったしね。サフランごめん。

 そんなこんなで天上天下唯我独尊を地でいってたもんだから、ああいうことになるのは、ある意味で必然だったんだと思う。



「つまり、君は自分より劣っている人間に従うのが気に入らないと。 そう言いたいわけだな?」

 それは練兵場での訓練が始まったばかりのある日、組手の手ほどきを受けていたガーベラが、訓練開始早々に担当官をハッ倒してしまったのがことのはじまりだった。
 人間とMAIDで地力の差があるということを差し引いても、やり過ぎなのは誰の目にも明らかだった。
 そこにタイミング良くっていうか、悪くっていうか……ともかく、顔を出してきた人がいた。ルインベルグ大公国の君主であるアルベルト・フォン・グランデューク・ルインベルグその人である。
 なんでこんな場所に……とその当事は思ったもんだけども、その後の彼の行動から鑑みるに、ただ単にふらふらと出歩いてただけみたいだった。
 あとで世話係だったっていう執事の爺さんに聞いた話なんだけど、このオッサン放浪癖があるらしくて、一昔前までは気ままな諸国漫遊を繰り返していたらしい。前の大公もそんな放蕩息子に頭を悩ませていたとかなんとか。
 ま、それは横においといてだ。

「私を従えたいのなら、それに見合うだけの力を示すべきよ。 どう? シンプルでしょう?」

 不敵にも時の最高権力者に対して吠えたガーベラは、さらに嘲るようにして付け加えた。

「ま、所詮ニンゲンごときには無理な話でしょうけれど」

 けれども、そう言ってせせら笑うガーベラを大公は咎めることもなく、さらにとんでもないことを言ってのけた。

「よし、それならばガーベラ。 余はそなたに決闘を申し込む!」

 面食らったように固まったのはガーベラだけじゃない。
 にわかに殺気だってた周りの連中や、あたしだってそうだった。

「君は力を示せばよいと言ったな。 ならば、これが一番手っ取り早いではないか」

 そう得意げに言い放った大公は、いたずらに成功した少年をおもわせる笑顔をみせていた。 

「―――手加減できるか自信がないわ。 怪我だけじゃ済まないかもしれないわよ?」
「余は一向にかまわんぞ」

 大公があくまで余裕の構えを崩さなかったぶん、ガーベラのいらつきが加速していたように見えた。
 そんなこんなで、あたしはこのトンでもない果たし合いに立ち会うことになってしまったのだった……



「なぁ、やっぱりまずいって。 やめとけよぉ」

 ばかでかい金色の槍―――グングニールというMAID専用武装らしい―――を手に取ったガーベラに、あたしはとりなすように声を掛けていた。
 やっぱりこの事態はどう考えてみてもよろしくない。
 もしも……もしも大公に怪我なんかさせてみろよ?
 ガーベラはもちろんだけど、同じ素行不良ってことで、あたしも巻き添えくらって一緒に処分を食らいかねない。
 今まではまだ、貴重な自前のMAID戦力だからって大目に見られてきた部分もあるけれど……今回ばかりは流石にシャレじゃすまされないだろう、これ。

「あなたの言いたいことは分かっているわ。 当然、手加減はするつもりよ」

 その言葉であたしがほっとしたのも束の間。

「―――ただ、ね。 どうしようもない現実ってヤツがあることを、思い上がってるあの男に叩き込んであげるつもりなだけよ」

 涼しい顔してこんなコト言ってるし!
 だいたい、MAID相手に決闘を挑む大公も頭がどうかしてるし、受けるガーベラもどうかしてる。
 こいつら、揃いも揃って大バカだ!

「さて、準備はいいかな」

 って、もう来ちゃったよこのオッサン!
 もう少し空気読んでよ! ちょっと逃げられないじゃんあたし! あああぁぁぁ~~~!!



 ネメシアが苦悶にのたうち回っているとき。

「陛下ぁ……」

 サフランがシャツの裾を引っ張って、アルベルトの顔を心配そうにを見上げていた。
 アルベルトは自分に寄り添う少女の頭に、ポンと手のひらを置いてぐしゃぐしゃと撫でまわすと、少女はちょっと安心したように顔をほころばせる。

「それはなんのつもりかしら?」

 ガーベラがその美しい柳眉を逆立てながらたずねたのは、アルベルトが手にしていた武器についてだ。
 彼の武器はガーベラのグングニールとほとんどかたちも大きさも変わらない長大な騎兵槍だった。
 強いて違っている点をあげるとすれば、ガーベラの槍が金色であるのに対して、アルベルトの槍は金属色そのものの銀色をしているということだろうか。

「なんのつもりもなにも……これが余の武器だが?」

 まるで心外だとでもいうようにとぼけてみせる大公に、ガーベラは静かにまなじりをさいた。

「見栄の張り方だけは一人前ね。 さすが王さま。 女より小さい武器では、戦うわけにもいかないってわけかしら」

 ただのニンゲンに使いこなせるものではないでしょうに、とガーベラは吐き捨てた。大公はなにも答えない。
 MAID専用と銘打たれたグングニールを担ぐガーベラには、この超重量の槍を扱うことが、人間にとってどれほど難儀なことか身をもって知っていた。
 いかにこの大公が齢の割に若々しくて体格にも恵まれているからといって、こと身体能力に関していえば人間の域を出ているとは思えない。
 それなのにこんなにも重い武器を使って、ただのニンゲンが一対一で自分と張り合おうだなんて、本気で思っているのか。
 誇大妄想も度が過ぎる。ばかばかしい。

「すぐに、終わらせるわ」

 金色の瞳が凛然と煌めく。ガーベラが構えの姿勢をとると、大公もそれに応じて槍を腰だめの位置に落とす。
 審判役が慌てて駆け寄り、試合開始を告げるために2人の間に立つ。
 ガーベラは考えていた。
 闘いがはじまれば、まずは適当に攻撃をいながら時間をのばして、そのあとで大公の武器を叩き落とすなりなんなりして、事実上の戦闘不能に追い込んでしまおうと。
 そうすれば、ある程度は相手のメンツも立つだろうし、同時にどうしようもない実力の差を思い知らせることができる。
 初めから全力で叩き潰してやるのは簡単だが、それでは相手のメンツが立たないだろうし、ネメシアの言うとおり、こちらにとっても都合が悪い。
 ここに至るまで散々こき下ろしておいてなにを今さら……な感もあるのだが。
 ガーベラは心の命ずるままに傍若無人に振る舞いつつも、彼女なりに限界線を設けて、その範囲内で立ち回り続けていたのだ。
 自らに課したルールともいうべき限界線。それを越えればどうなるのかは、彼女が今ここにいるという現実が教えている(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。たとえその記憶が白い霧の向こうに隠れていて視ることが適わないとしても。
 ……ともかく、強がってみせてはいても、個人には抗いがたいものがこの世には存在するということを、ガーベラは身をもって知っているのだ。

「はじめぇ!」

 決闘がはじまった。
 しかしだ。決闘とはいえ、審判を立てた試合形式に則ったものであり、なんでもあり(バーリートゥードゥー)ではない。
 審判が止めと言えばそこで終わるし、ましてや命が奪われる事態などまず無いといっていい。
 大公自身が持ちかけた勝負とはいえ、周りを油断なく取りかこむ兵たちや、珍しく真剣なまなざしで成り行きを見守るサフラン。それにネメシアも。彼らはみな、この決闘が度の過ぎた結末(、、、、、、、)をもたらすことを許しはしないだろう。
 あくまでも安全が保証された戦い。はたしてこれを決闘と呼ぶことができるのだろうか?
 眼前の大公が雄々しく吼えていた。腰だめに構えた槍で一直線に突進してくる。
 その動きは想像していたよりもずっと素早く、またその足取りは自信に満ちているようにみえた。自身の周りには幾重にもセーフティーが張り巡らされているという現実がもたらす安心感が背景にあるのか。
 だとしたら……。
 いらだちがまた一段と激しさを増した。

 迫る槍の穂先は僅かな黒点として認識できるのみ
 地面と平行に構えられた槍。肩を上下させない静の動作で、相手の目に映る体の揺れを最小限度に抑えることで、接近のタイミングを掴ませようとしない。
 この男、戦いというものに多少なりとも心得はあるようだが……そんなもので私の目をごまかせると思ったら大違いだ。
 初めから攻勢に出てくれるのは正直なところありがたい。良い勝負を演出するために、その積極性はもってこいの材料だ。
 あとは最初に立てたプラン通りにことを運べばいい。攻撃を受け流して、最後に反撃に転じて―――



 ―――え?

「勝負あり、だな」

 なんで…… わたし?

「君の負けだ」

 負け……。
 その単語が頭の中で銅鑼のように反芻し、その意味を理解するに至ったとき、ようやく自分がおかれている状況を理解した。
 衝撃に痛む身体。朦朧としている意識。
 反転する視界は、自分が地面に仰向けになって臥せっている証左に他ならない。

「私は力を示したぞ」

 男はなおも語りかける。

「ガーベラ」

 その男。ルインベルグ大公国が君主、アルベルト・フォン・グルンデューク・ルインベルグは、肩で息を切らしながらも倒れ臥すガーベラの眼前に立ち尽くしていた。
 ようく見れば、その顔は勝利の誇らしさと、苦悶に歪む表情が入り混じったものだった。
 右手はかろうじて銀色の槍の柄を握っているが、その肩は力なく半身ごと垂れ下がっていた。どうやら右の肩が抜けているようだ。
 ふと鼻をついた纏わり付くような重い臭気。幾つもの化合物が入り混じった火薬の香り……。
 目に映る情景は情報として、次々と頭の中に入り込んでくる。
 ただ、それでも、理解ができないのは、

「なぜ、わたしが……」

 負けたのか。

「ただの人間相手と侮ったな」

 アルベルトが一歩近付く。 

「自らの力を過信したのが敗因だ」

 駆け寄ろうと身を乗り出した臣下たちを無事な左掌で制し、アルベルトは言葉を続ける。

「すぐに気付いたはずだ。 この槍は君のグングニールとは別モノだということに」

 ああ……

「もう一度言うが、君は侮ったのだ。 人間であるこの私をな」

 そうか……そうなのか。

「ゆえに観察はしても、それに基づく対処を怠った」

 霞がかっていた記憶が、徐々に鮮明な映像としてよみがえってくる。

「慢心が敗北を招いたのだ」

 あのとき―――大公の初撃を受け止めたその瞬間、既に勝敗は決していたのだ。
 圧しかかる銀の槍の重圧を押し退けようと力を込める間もなしに、私の身体は宙に投げ出され、後ろの石壁にしたたかに打ち付けられて、そのまま気を失ってしまった。
 あの瞬間……確かに耳にした爆音と、爆発的な衝撃力。少なくとも人力で成せる技じゃない。
 恐らくあの銀色の槍に仕込まれたギミックが作動したのだろう。火薬を用いた撃発系の格闘武器……といったところか。
 それならば大公の肩が外れているのも説明が付く。あれほどの衝撃を生じさせる武器だ。使用者にかかる反動は相当なものなのだろう。
 私は外観が似ているからといって、人間にはMAID専用の武装は使いこなせないだろうと高を括って、全て思い込みのままに、自ら可能性を見逃して、脅威ではないと断じてしまっていた。
 その結果がこれだ。不様に地べたに寝転がる私だ。勝敗はただの一撃で決したのだ。

 そして私はニンゲンに敗北した。

「君は言ったな。 従わせるなら、力を示せと」

 私はようやく上半身を起こして彼と正対する。

「余は力を示したぞ。どうだ?」
「異論はないわ……」

 そう口にしながらも睨み付けるようにして声を絞り出した。
 ……に二言はない。

 ん? ……てなんだろう?

 まぁ、いいか。

「そうか、ならば」

 大公は私の目の前まで近付いて膝を突くと、左手をそっと伸ばした。
 そして、

「俺の女になれ」

 その大きな手で華奢なガーベラの顎先を軽く持ち上げて引き寄せると、短く、だがこのうえないほどに力強く言い放ったのだった。




 大きく目を見開いてネメシアのお話に聞き入る2人の金髪少女―――タンジーとリリーはふんふんと興奮も露わに頷いて、それからそれから? と、ネメシアに話の続きを促す。

「―――てなわけでぇ、そんな風に迫られちゃったもんだから、ガーベラのやつコロッと参っちゃってさ」
「「あ……」」

 軽妙な語り口で話に没頭していたネメシアに代わって、真っ先に彼女の背後にたたずむそれに気が付いたのはタンジーとリリーだった。
 2人とも絶句して、口を開いたまま固まっている。
 ネメシアが彼女たちの異変に気付いた次の瞬間、

 スパーーーン!

 ネメシアの後頭部は、なにかスリッパ的な物で引っ叩かれて、小気味よい音をホール中に響かせたのだった……。



「ネ、ネネ、ネ、ネメシア! ああ、ぁ、あ、ぁなたは2人に、なな、なななな、なにを吹き込んでいるんですか!」

 真っ赤なトマトのように顔を茹であがらせたガーベラが、激しく動揺しながらも悪鬼羅刹のごとき形相で、後頭部を押さえながらうずくまっているネメシアを怒鳴りつけていた。
 一方で、タンジーとリリーは……。
 普段まったくと言っていいほど見ることのない取り乱したガーベラの姿に若干の興味を惹かれつつも、それ以上に怖い彼女の形相に恐れをなして、隅っこの方で2人抱き合って縮こまっていた。

「だいたいあなたはいっつも」
「まぁ―――」

 怒鳴り続けるガーベラの声を遮るように、男の声が重なった。

「多少脚色されているような気はするが……概ね事実だな」
「へ、陛下ぁ!?」
「やぁ、みんな」

 いつの間にか居なくなっていたサフランに連れられてやってきたルインベルグ大公アルベルトは、実に気さくな感じで4人に声をかけていた。
 しかし、今のガーベラにそれに応える余裕はまったくもってない。

「へ、へへ、陛下までなにご冗談を仰ってるんですか!」
「冗談……? はて、私は冗談など言ったつもりはないんだが……なあネメシア?」
「はひ? ……あ~、はいはい! ですよね~! 冗談なんかじゃないっすよねー」

 声を裏返しながらも再び調子づくネメシア。
 そんな様子に硬直を解いたタンジーとリリーが加わり。

「やっぱりそうなんだ。 へ~」

 にやにやとにやつく悪乗りリリー。

「……過激」

 ぼそっと一言、口に出してから真っ白い頬をほんのり赤らめるタンジー。

「な、な、な、な、なぁぁぁ―――!」

 もはや口から出る音はなんらの意味もなさないモールス信号と成り果てている。
 燃えさかるような髪色に負けないくらい、真っ赤に顔を茹であがらせたガーベラは、遂に羞恥に耐えきれなくなり―――

 ばたん!

 ―――卒倒した。

「いかん、からかいすぎたか!?」
「ガーベラちゃん!? ガーベラちゃーん!!」

 ホールにサフランと仲間たちの悲痛な叫びがこだまするのでった……。




診断結果 :
 極度の疲労&緊張などからくるストレス

処   方 :
 必要十分と認められるだけの心と身体の休養

結   論 :
 やりすぎには注意しましょう






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最終更新:2010年08月13日 01:21
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