No.6 ill breeding

(投稿者:エルス)



  女の持っていた財布の中身を使い、バスで目的の番地まで移動する。
  バスに揺られ、眠りたくなるのを必死で堪え、瞼が自然と下がってくるのに対抗し、眠らないように思考錯誤を繰り返していたら、何時の間にか目的の番地に到着していた。
  料金を払ってバスを降りる。マクスウェルから貰った情報と俺が見ている石畳の大通りとそれに付随する店舗群を照合し、目的の人物が何処にいるのか大凡の予想をつける。
  武器密売業者のアラン・ブレイズは予想通りのところにいた。彼は花屋とレストランに挟まれたオープン・カフェで、堂々とエスプレッソを啜っている。
  簡素だが洒落たデザインの折り畳み椅子に座るアランはがっしりとした体格で、身長は軽く6フィートはあった。頭は海兵隊の兵士のようなクルーカットだった。
  シャルル・ド・クロムのグレイスーツを着込み、黒ネクタイをきっちりと締めて、スパーダ・アズールのサングラスと品の良い銀の腕時計を嵌めている。
  靴は黒のローファーで、表面が鏡のようになるまで磨かれていた。
  俺は気だるげに通りを歩き、何気なくアランの向かいの席に座り、ウェイターを呼んでカフェ・アロンジェと注文した。エスプレッソではなく、普通のコーヒーが飲みたかったからだ。
  すると、とうぜんのことだが、アランは敵意をむき出しにした目で睨んできた。

 「小僧、いったい何の真似だ? 答えによってはケツの穴から内蔵を捻りだしてやるぞ」
 「そりゃ酷いジョークだな。クラーク・マクスウェルの紹介で来た。素直に商売をしてくれれば俺は万歳あんたは安泰ってわけなんだが、どうかな?」
 「その前に言っておくが小僧。名前を名乗るのが礼儀というものだ。特に品物を要求しているのであれば当然だ。
  例えお前が国際指名手配犯であろうと、俺は商売をするが、名前だけは名乗ってもらう。分かったか小僧」

  完全に俺を小僧と見下している。慣れた事だが、こうして大男に言われると無性にムカついてくる。一発殴ってやろうかと思ったが、流石にそれはまずいので止めておいた。

 「イエス・サー。マクスウェルの知り合いのシリル。名字は無い。まあ、察してくれ」
 「アラン・ブレイズ。シリル、悪いが今はコーヒータイム中だ。商談なら後で頼む。……あの忌々しい糞マクスウェルめ、偉くなってもすることは変わらんのか」

  アランは吐き捨てるように言うと、最後にぼそっと呟いた。どうやらこの大男とマクスウェルは遠い昔からの友人か何かであったらしい。
  こういう会話の中で交渉を問題なく進めるためには相手の考える事と、こちらが考えている事が限りなく近いと思わせる事だ。
  そうすることで相手―――この場合はアランはこちらが理解できる人間であると思う。そして俺はその隙にアランの心に付け込む。
  問題は最初から最後まで自分を偽らなければいけないと言う事だが、エルフィファーレの偽り続けた日数を考えると、出来ない方がおかしい気がしてきた。
  こうして俺は俺に暗示をかけ、何もしなければ地に堕ちる自信を何とか立て直し、言った。

 「イエス・サー。どうにも喰えない上官であり、もっとも頼りになる人物であり、不器用な男、それがマクスウェル。……そうでしょ?」
 「ほうほう、どうやら糞生意気な小僧と侮っていたらしい。中々、人を見る目があるようだな。君は」
 「こう見えて悪人から善人まで広く見て回って来たんでね。二日も見て話してれば、大体分かるんですよ」

  にやりと得意げに笑ってみせるとアランは興味深そうに唸った。
  運ばれてきたカフェ・アロンジェ―――普通のコーヒーを飲む。
  すると驚いたことに、この店のコーヒーは一級品の味を持っていた。
  昔のエテルネ人の政治家が言うに「よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」そうだが、そんな味がするかはともかく、
  程良い苦みと体の芯を温め直してくれる熱さ、そして仄かに甘みを感じる後味が絶妙なのは確かだった。
  あまりコーヒーに拘りは無かったが、暇な時は大体にしてコーヒーを飲んでいたため、上手いか不味いかの違いは分かる。
  その無駄に肥えた舌のお陰で、この味がまさに衝撃的で、素晴らしいものだと感じることが出来た。
  じいっと白いカップに入った黒くて熱い液体を眺めていると、アランがにやりと表情を崩した。

 「なるほど、コーヒーの味まで分かるのか。ふむ、マクスウェルの部下にしておくには勿体無い男だな。エスプレッソは好きか? ここのは結構いけるぞ?」
 「俺はビターチョコレートを入れたりパウダーをかけたりと色々と工夫して飲むから、時間が掛かる。だからエスプレッソはまたの機会に」

  にこりと営業スマイルを浮かべ、コーヒーを飲む。アランは納得したらしく「それもそうだな」と言って自分のエスプレッソをちびちび飲み、ふうと息を吐きだした。
  実はエスプレッソにビターを入れたりパウダーをかけたりというのは知識に物を言わせたフェイクだったのだが、
  人によって飲み方も好みも違うコーヒー系の飲み物は相手に「凝っている」と思わせればうまく誤魔化せるのだ。
  それから俺とアランは夕方の心休まる一時をたっぷりと堪能して、大通りから離れたところにある何の変哲もない家のリビングで、
  俺とアランはソファに座り、商談をすることになった。細身のエテルネ人と小柄なリスチア人がいたが、どうやらアランの仲間らしい。

 「それでなんだが、俺は実を言うと軍に顔を出せなくなったんだ。武器は没収されたが、でも俺はまともな武器が欲しい。しかも今すぐに」
 「今すぐにだと? おい小僧、お前は商売をしようと言ったな? だがこれは商売じゃない。商売でも何でもないぞ、ただの売買だ」
 「どうでも良いから武器をくれ」
 「まず予定にない武器を売るほどの価値があるものを寄こしな。話はそれからだ」
 「ああ、そうか」

  コートの内ポケットに突っこんでいた特殊消音拳銃をテーブルに置くと、アランの表情ががらりと変わった。
  それもそうだろう。この銃について知っている者ならこの銃の価値がどれほど高く、また希少であるかも知っているのだから。

 「グリーデル製の特殊作戦用消音拳銃。その顔ならこいつの価値が分かると思うが?」
 「ああ分かるとも、分かるともさ。小僧、お前はこれをどこで……」
 「シイーーー。……その事については言及できない。一度説明してしまえば、あんたらは『関係者』になってしまう。一人闇の中、ひっそりと消されるのは嫌だろ?」
 「……そうだな。よし、注文を言え。出来る限り答えてやろう」

  俺はゆっくりと必要のある銃器や刃物を説明する。
  コルトンの45口径大型拳銃、サブの小型拳銃、種類は何でも良いから大型のナイフ、ワイヤーカッター、などなど。
  弾丸についても指定して、45口径弾はホローポイント、サブは通常弾。
  出来ればプラスPかホットロードを頼みたかったが、贅沢は言っていられない。
  注文を聞いたアランは流暢なリスチア語で細身のエテルネ人と小柄なリスチア人にあれこれ指示を出し、煙草を咥えた。

 「注文通りとはいかないが、出来るだけのことはする。料金を貰ったんだ。その分の仕事はするのが俺の流儀だ」
 「ありがたい。もし駄目だったらどうしようかと考えていたが、必要無かったな」
 「満足してもらえたなら商売人としてこれ以上は無い。まあ、死の商人と呼ばれる我々がそういうのはおかしいかもしれんが」

  自嘲気味に笑うアランは煙草に火を点け、紫煙を吐きだした。

 「……俺にもくれないか?」
 「ああ良いとも。ロマ・ブルーで良いならな」
 「構わないさ」

  そういうわけで、俺はアランから一本の煙草を貰い、火を点けてもらった。
  口に咥えて吸ってみると、むせると言う事は無く、今まで一本も吸ったことの無い煙草の味を楽しめた。
  煙草を一本吸い終わる頃には、俺の注文した品々がテーブルの上にずらりと並んだ。
  コルトンの45口径、FH社の25口径、マチェットナイフ、ワイヤーだけでなく鎖まで切断できる、ごついハサミみたいな形をしてるボルトカッター。
  特にコルトンの45口径は上物で、ナショナルマッチモデルの刻印が押されており、手作業でブルーイングがされたため癖のある青みがかった色合いがあるだけでなく、
  フロントサイトとリアサイトが通常のものに比べてずっと大きかった。
  これはつまり、ここにあるフォーティーファイブはただの拳銃ではなく、特別に精度の高い銃身が組み込まれ、組立て精度が特別に高い代物で、
  即座に狙いが付けやすいように改造されている、とびっきりの上物だと言う事を示していた。
  その手の知識を豊富に持つ友人から延々と聞かされた結果、身についた知識が役に立ったのはこれが初めてだったが、その知識があったからこそこの一品の良さが分かった。
  スライドを引いて状態を確認し、引金を引いて発砲する時のどれくらい力を込めれば良いのかを確かめる。
  競技用と銘打つだけあって、ガク引きしにくい丁度良い重さに調整されていた。
  更にグリップが握りやすくなるように前面に7本の溝が彫られており、よく見ると銃身もフルサイズの5インチより長く、重量はノーマルモデルに比べずっしりと重かった。

 「……すごいな、これは」
 「それの良さが分かる奴で安心した。そいつはコルトン社のナショナルマッチモデルを改造した、とある強盗が作ったカスタムモデルだ。
  強盗は警官隊と銃撃戦を繰り広げた末に撃ち殺されたが、銃の改造は射撃に精通した者ならでは。サイトの溶接だけが少し甘かったが、着眼点はまさに一級だった。
  コルトンはその犯罪者の銃を商品として扱おうとしたんだが、苦情がきて取りやめになった。しかしラインに乗ってた数百丁は裏ルートで流出した。
  その内の一丁が最近コルトンの倉庫で見つかって軍が購入すると言う話だったんだが、おじゃんになって買い手がいなくなった。そこを俺が買い取って、今はお前の手の中にある」
 「なるほど、そんな貴重なものを……ありがとう」
 「そちらが希少なものを出したんだ。こちらも何か出すのが正義の武器商人だ」

  アランは紫煙を燻らせながらにこりと笑うと、しきりに頷いた。
  人殺しの武器を売る武器商人に悪も正義もあったものではないだろうが、これが彼のやり方なのだろう。
  俺はその御蔭ですばらしい拳銃を自分のものにすることが出来た。

 「ところで、グリップのメダリオンなんだが」
 「それがどうかしたのか、小僧? ただ単にエイギア文字でアルファと入っているだけじゃないか」
 「珍しくはないか? 普通はコルトンのメダリオンか、自作のもんを入れる筈だろ? どうしてアルファなんだ?」
 「さあな。俺には分からん」

  肩を竦めてアランは言った。肺を煙で満たすかのようにゆっくりと煙草を吸い、多量の紫煙を吐き出す。
  ふと思いついたのか、唐突に彼は言った。

  「もしかしたら正しいこいつの持ち主はエイギア文字の『Α』が関係するとこの奴かもしれんな?」



関連項目
シリル
アラン・ブレイズ
細身のエテルネ人
小柄なリスチア人

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最終更新:2011年03月11日 00:54
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