No.20 You may well be right

(投稿者:エルス)



  寒気も冷気も、寒さに関係するなにもかもが吹き飛んだかのように、身体が熱くなっていた。
  熱でおかしくなりかけた頭を最低限働かせ、抱きしめっぱなしだったエルフィファーレを放してその顔を見てみると、ほんのりと赤くなっていた。
  珍しいこともあるもんだなと、熱くなりすぎて冷静になった頭で思っていると、なにかが崩れる音がした。具体的に言えば、何人もの人が倒れるような音だ。

 「こんの馬鹿野郎! 押した奴出てきやがれ! 銃床で殴り殺してやる!」
 「……今ここで素手で殴り殺してやろうか、スピアーズ。そして懐かしい歩兵たちよ」

  連隊司令部のドアから雪崩のように崩れてきた人垣の中で、大声で騒いでいるヴィクター・スピアーズとその他仲間たちを睨みつけ、拳を鳴らす。
  羞恥心で顔が燃えるように熱く、穴があったら入りたい気持だったが、それよりも、プライベートな、その瞬間を見られたのが非常に腹が立ったのだ。
  エルフィファーレはなにやら後ろできゃっきゃと嬉しがっているようだが、彼女は彼女で俺は俺だ。この盗み見軍団を許すべからず、である。

 「待て戦友! お前の抱いているその見解は誤解だ! きっとそうだ! だから落ち着け!」
 「黙ってろこの畜生め。俺が感じてるこの気持ち……お前には分からないだろう」
 「……っ! ああ分からねえよこの野郎! 羨ましすぎて分かりませんねえ! 人生充実してるか!? なら爆発しろ!!」
 「いやまて、なんで逆切れするんだ。ちょっとおかしくないか?」
 「黙れこの野郎! 軍隊がモテル時代はとうの昔に終わっていたということを知った俺に謝れ! 謝らないのなら爆発しろ!!」

  薬でもやったんじゃないかと思うくらいに興奮して……いや、単純に怒り狂っているスピアーズとその他仲間たち。
  なぜ俺が爆発しなきゃいけないんだと思う傍ら、いつから除いていやがったんだとか、四列目の眼鏡が持ってるのはカメラじゃねえのかとか、
  色々と発見し、怒りのバロメーターがどんどん上がっていく。
  何時の間にか爆発しろコールが連隊司令部周辺に響き渡り、俺が頭痛を覚え始めた時、人垣の後ろの方が道を作り始めているのが見えた。
  しばらく黙って見ていたが、なにか嫌な予感がした。その証拠に、道を開けた奴らの顔が引きつっている。
  逃げようかと悩んでいると、スピアーズが普段見せないような速度で横に退いた。
  伏せていた目を上げ、むさ苦しい男たちの人垣を突破してきた奴を見ようとした。しかし、顔面に叩き込まれたパンチの所為で、そうはできなかった。
  一瞬、重力から解放されたような感覚を覚えた後、背中から地面に叩きつけられる。殴られた額と背中と尾てい骨、それと首が痛かったが、無視して立ち上がる。

 「いきなり殴るってことは、かなり機嫌悪いんだな」
 「当たり前です。貴方、自分がなにをしたのか分かっているんですか?」

  ルルアはそういうと、ゆっくりと俺のほうに近づいてきた。目を見た瞬間に、怒っているのだと分かった。それも、かなり。

 「伝言があると聞いてみれば、エルフィファーレのことを頼むってなんなんですか? 頼むって、頼むって一体何なんですか?」
 「ルルア、落ち着いて……」

  話をしよう。そう続ける筈だったが、無理だった。そりゃ誰だって腹部に義肢のパンチを打ち込まれたら、言葉よりさきに胃液が口から出るだろう。
  身体がくの字に曲がり、口中がすっぱくなる。三歩ほど後ずさりするが、それで逃れられる訳ない。襟元を掴まれ、引き寄せられる。

 「私は十分落ち着いているつもりです。だからシリル、答えなさい。貴方は、なにを考えてるんですか?」
 「エルを、助けようと……」
 「そのためならエルフィファーレを苦しめて良いんですか? 待つ苦しみを味合わせて、良いって言うんですか?」

  視界の隅で縮みあがっている歩兵たちが見えた。俺よりもこいつと仲が長い筈のあいつらが怯えるってことは、こういうリアクションは初めてという事なのだろう。
  俺だってこんなリアクションは初めてだ。あの時のルルアは厳しかったが、暴力なんて振るわなかった。精々がデコピンってレベルだ。
  それが今は殴る殴る、そして襟元を掴んだと思えば唾を飛ばして怒声を上げ、変な事を言おうものなら殺してやると言わんばかりの殺気を放っている。
  足が震え、目が泳ぎそうになる。臆病な自分がまた顔を出し、逃げてしまえと、楽な方へと逃げるんだと囁いてくる。馬鹿野郎、そんなことできるかと、俺は自分を罵倒した。
  今まで楽しようとして成功した試しなんかないくせに、いつまでも逃げようとしてるアホな俺。そんな俺は、もういらない。

 「本当にすまなかったと思ってる。それはエルにも、お前にも、そう思ってる」
 「そう思ってるなら、最初っからやらないでくださいよ! 私は、私は貴方達に、私みたいな思いをさせたくない一心で、頑張ってきたんですよ?
  なのに……なのに、そんなの関係ないって、余計な御世話だって、行動でそう示したんですよ……貴方は」

  怒りで声が震えているのか、泣いているから声が震えているのか、泣きながら怒るルルアがどんな気持ちか、それらをぼんやりとした頭で考えていると、また胸が痛んだ。
  こいつはこいつで俺とエルフィファーレのことを心配していたのだ。それも、俺が離反して、エルフィファーレが裏切った時から、ずっとだ。
  ……馬鹿としか言いようがないじゃないか。師弟揃って馬鹿なんだって、そう言うしかない。愚直で御人好しで馬鹿真面目で、
  普通のメードなのに強がって背負いきれやしないものまで背負い込む。どこまでも優しくて、自分より他人が大事な、馬鹿なんじゃないか。

 「私は精一杯頑張ってるのに……まだ、駄目なんですか? 二人を守らなきゃって、悲しませちゃいけないって……」

  襟元を掴んでいた手から力が抜け、ルルアはぺたんとその場に座り込んでしまった。
  まるで子供のようにしゃくりを上げながら啜り泣く姿は、俺が嫌い、そして憧れた奴の姿とは思えなかった。
  どうすればいいかなんてことは考えなかった。子供をあやす時のように、そっと抱きしめてやれば良い。多分、そうするべきなのかもしれない。
  でも、それが嫌だった。俺が憧れた女の華奢さが、その細さが分かってしまうから。自分が追いかけていた目標がちっぽけなもんだったって、そう思ってしまうから。

 「………」

  エルフィファーレの時は、なんとなく抱きしめてやれば良いと思えたからすんなり抱き締めてやれたし、キスもできた。けど、ルルアの場合、確信が持てない。
  時間が一秒過ぎるごとに自信がどんどんを無くなっていき、本当にどうすればいいのか分からなくなってくる。
  とりあえず足を一歩踏み出してみるが、そこからなにをするべきか、また迷ってしまう。
  そんな俺を見かねたのか、エルフィファーレがルルアに駆けより、抱きしめて、頭を撫でながら慰め始めた。
  ぼうっと見ていたら手招きされたので、それに従い、ルルアをそっと抱きしめてやる。
  声を押し殺して啜り泣き、しゃくりをあげ、震えている。胸が痛むどころの話じゃなかった。罪悪感と自己嫌悪、義務感と正義感が入り混じり、
  互いに食い潰し合っているような感じだ。
  もしかしたら、この基地に帰ってこようとしたのは、俺がまだ甘えてるからなんじゃないだろうか。そんな発想が、不意に浮かび上がってきた。







 「……俺の聞き間違いじゃないよな。今、あんたはふざけたことを言った気がするんだが」
 「ふざけてはいない。これは何度もリスクを計算し、考え抜いた末の結果だ」

  クラーク・マクスウェルは断固とした声で言った。お前に譲歩などしないという、要塞の如きその意思が、鋭く光る碧眼と確固たる自信に満ちた声で告げている。
  俺は内心舌打ちした。こいつはいつもの不器用マクスウェルとは違う、連隊長としての顔を見せたクラーク・マクスウェル陸軍中佐だ。厄介な事に、連隊長というのは連隊一偉い。
  そしてその偉い人は、額に手を当てながら続けた。

 「身勝手な事だと理解しているつもりだ。ところで、お前は一人の女のために戦ってきた……。そうだな?」
 「まあ……そうとも言えるな。でも、それと第七課襲撃を思いとどまれ、ってのは関係ないだろ」
 「ああ、関係ないな。だがな、お前の計画は自分の死すら受け入れる……そんな計画なんだろう?」

  確かにそうだった。自分はどうなってもいいから、第七課を潰して、エルフィファーレを自由にしてやる。それだけを考えてきたから、計画も無茶と無謀で出来てるようなもんだ。
  要はトラの巣穴に突っ込んで、トラと小トラを殺した後、奇跡的に生きて帰れればいいなっていうふうに考えていたのだ。
  計画自体もプロットのように薄っぺらく大雑把な道筋だけみたいなもんで、専門家が見たら失笑すること間違いなしだ。

 「なら、私が立てた計画の方が安全だ。先に言っておくが、成功率も高いだろう。なにせ、軍の助けを得られる正規の任務として扱われるようにしたのだからな」
 「おい、それって……」

  困惑する俺を見て、マクスウェルはしてやったりといった笑みを浮かべる。その瞬間、こいつがいかに頭の切れる男なのかが分かった気がして、俺は溜息をついた。
  まったく、女には不器用で後手に回るくせに、どうして戦術戦略論になるとこうまでして優秀で完璧な男になるのだろうと内心呟きつつ、剃り忘れた髭を気にする我らが司令官を見る。

 「グリーデル王国は歴史上、良く言って緻密な、悪く言ってずるい戦いで確実に勝ってきた。それは情報と工作、それら二つが噛み合い、最大限に効果を発揮した結果とも言える。
  大陸戦争以前から存在する第七課はその手のプロだが、時として致命的なミスを犯すこともある。前回のエルフィファーレの件は女王陛下の元まで知れている。
  そして、私は女王陛下に通ずるパイプを持っている。これら幾つかの単純な要点を繋げ合わせれば、自ずと答えは出てくるだろう。まあ、唯一懸念材料だったのが、
  オーベル・シュターレン准将の女王陛下への忠誠心だったのだが、こちらの思惑通り、歯向かってくれたよ」

  自信に満ちたその笑みを浮かべつつ、マクスウェルはとりあえずと続けた。

 「女王陛下からの書簡を貰ってから動いてもらう。なにせ、あれが一番の武器になるんだからな」
 「そういうことなら納得するしかないな。それじゃ、俺は休ませてもらうぞ。もうクタクタだからな」

  どこか邪悪な笑みを浮かべるマクスウェルを見て、あんたが第七課の局長やればいいじゃないかと喉元まで出かかった台詞を飲み下し、俺は感謝の意味を込めて敬礼した。
  そして去り際に、一言だけ言ってやった。

 「ルルアを泣かせちまった。フォロー頼むわ」

  肩越しに見えたのは、目をパチクリさせてどうして私に言うんだと顔で言っている、不器用マクスウェルだった。






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最終更新:2011年05月04日 00:03
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