(投稿者:エルス)
連隊司令部を出ると、覗き見大好き部隊と二人はもういなかった。盗撮野郎達は将校に絞められてりゃ良いとして、二人の行方は気になった。
恐らく女性用の兵舎に戻って
エルフィファーレが
ルルアを子供をあやすように慰めてくれているのだろうが、ルルアのあの怒りようからして、
俺を殴ってしまった罪悪感と自己嫌悪で、酷く落ち込んでいることは間違いない。
平常心に戻るまで暫く掛かるだろう。ならそっとしておいてやろうじゃないかと思い、ポケットからロマ・ブルーの箱を取り出し、一本口に咥え、談話室のある建物に向かう。
我らがマクスウェルを司令官とするロイヤル・インディファティガブルガーズ独立混成連隊の常駐するこの基地は、広いようで狭い。
確かに外周はそこそこあるが、建物が密集しているため、そんなに歩くことなく移動が出来る。
今回もジッポーで煙草に火を点け、三分の一程度を灰にしたところでその建物に着いた。ドアを開け、廊下を渡って談話室に入ると、誰もいなかった。
誰かがいたら面倒だと思っていたから、これは好都合だった。
机の上に置いてある灰皿を持って暖炉前のソファに座り込み、灰皿に灰を落とす。そしてまた煙草を咥えて、紫煙を吐きだす。そんな繰り返しを何度か行い、頭の中を空っぽにする。
考えることはマクスウェルに任せ、俺は来るべき時を待って、やるべきことをやればいいだけだと考えると、気持ちが楽になる。
重荷が一つ減ったと言うか、なんというか、頼れる仲間がいて少し安心したのかもしれない。
やっぱり冷血に振舞おうとしても、所詮演技は演技なのだと思わざるおえない。エルフィファーレのようなプロに、アマチュアの俺が叶うわけがないと言うことか。
俺は微かな敗北感を心の中で弄びながら、暖炉の炎に煙を吹きかけた。
不意に訪れた強烈な睡魔を、このまま受け入れてしまおうか。
体と頭を休めるには適当な手段だとぼんやりとした意識の中で納得し、三分の一程度の煙草を灰皿に置いて、俺はゆっくりと瞼を閉じ、意識を睡魔に預けた。
極最近で一番深い眠りだったのか、夢は見なかった。
寝惚けたまま目を覚ますと、体に毛布が掛けられていた。ふんわりと柔らかい毛布は軍の官給品ではなく、誰かの私物のようだったが、誰の物かは分からない。
毛布を掛けた相手に感謝の念を覚えるより先に、誰かに寝顔を見られたのだと思い、気恥ずかしさを紛らわすために頭を掻き、憂さ晴らしに手がポケットに伸びた。
そこでようやく、ソファが俺とは別の重みで沈んでいることを感知し、咄嗟に横を見ると、にこにこと笑顔で俺を見つめるエルフィファーレがいた。
ドキリとする前に、寝顔を見られたどころかずっと観察されていたのかという発想が浮かび、気恥ずかしさとは違う本物の恥ずかしさに、顔が火照るのが分かった。
「おはようございます。ぐっすり眠った
シリル、可愛かったですよ」
「いつからここにいる」
「時計がないので何とも言えませんけど、そうですねぇ……一時間くらいだと思います」
一時間も俺の隣でなにをやっていたんだと問い詰めようと思ったが、笑顔を崩さずに俺を見続けるエルフィファーレを見たら、一気に萎えた。
きっと俺が寝てるのを発見して毛布を持ち運び、俺が起きないようにそっと掛けて、その後で寝顔の観察でもしてたんだろう。
それ以外のパターンがあるとは思えず、まあそうだろうなと自分でも納得したからだ。なにをやっていたんだと問うても、どうせ彼女は笑顔で答えるのだろうし。
「お前って奴は、まったく……。眠くないか?」
「少しだけ眠いですけど、大丈夫です」
「そうか。なら、別に良いんだけどさ」
ロマ・ブルーを咥えてジッポで火を点ける。エルフィファーレに吸って良いかと聞くのを忘れたと思った時には、紫煙を吐きだし終えていた。
しくじったなと思ったが、火を点けたばかりの煙草を揉み消すのもなんだか勿体無い気がしたので、ちょっと気が引けた。
そういえば、女の人は服に煙草の臭いがつくのを嫌うんだよな……とか思い出したが、それでも煙草が勿体無いと思ったので、吸い続ける。
「似合ってないですねぇ」
「……ほっとけ」
「それじゃあほっときます。ところで、葉巻にはしないんです?」
「葉巻は臭いがきついからな。店によっちゃ、紙巻きは良くても葉巻は駄目ってとこもあるんだ」
「ん~……そういうものですか」
そういえば、エルフィファーレの前教育担当官だったガラン・ハード大佐……いや、少将は、好んで葉巻を吸っていた。
噂では右ポケットにはシガーカッター、左ポケットにはマッチ箱、内ポケットにシガーケースが入っていると言われていたあの人と、エルフィファーレ。
ハード少将は葉巻を吸っていいかとエルフィファーレに聞くだろうし、エルフィファーレはそれを了承するだろう。なるほど、煙草の臭いに慣れているのも当然か。
「保管方法も面倒臭いらしいし、紙巻きと吸い方も違うって聞いたこともある。なにより、下っ端には手に入りにくいってのがあるな」
「あ、そういえばそんな話をきいたことがあります。ガランさんは特注品を吸ってたようですけど」
特注品ということは、もしかしてもしなくても俺が見たら驚くようなお値段なんだろうなぁ……と思いつつ、それに比べたら安物としか言いようのないロマ・ブルーを灰皿に置く。
「だろ? それに、ジッポで火を点けると香りが楽しめないとかなんとか……まあ、とにかくだ。俺は安い紙巻きで良いんだよ」
「ふむふむ……けど、結構ニコチンって臭うんですよね。潜入とかするときは気をつけてくださいね?」
「ああ、そうだな。とある狙撃兵に、煙草の臭いで隠蔽が失敗することもあるって言われたし」
そのとある狙撃兵と言うのは、アルトメリア陸軍と海兵隊の中で二位の実力を持つ
パーシー・ブラッドリーその人だったが、それは言う必要のない情報だ。
とりあえず、これから先の行動に支障が出ると遠回しに指摘されたような気がした俺は、煙草を灰皿で押しつぶし、溜息をついた。なんというか、自分の行動が粗すぎると思ったからだ。
「ふふ……そういえばあの人、って判りませんよね。オーベルさんは煙草吸わない人だったなぁ」
「そりゃ、吸わない方が有利だからな……うん、有利だもんな」
「それだけじゃないんですよ? ボクの知ってる限りでは、お酒も、女性も……こと、快楽とか享楽とか、そういった嗜好とかないのですよ」
なんだか悪魔に魂を売って欲望まで無くした男しか想像できず、俺は寒気を覚え、心持ち暖炉に身を寄せた。
「聞いてる限りだと、シュターレンが人間じゃない別のナニカのような気がしてきたんだが……」
「機械……ですよね。それだからこそ、あんなことができちゃうんでしょうけど」
どんなことだ? と、喉元まで出かかった台詞を咳をすることで吹き飛ばし、なにか気の利いた言葉はないかと模索する。
長い沈黙がじりじりと心を削っていくような気がして、俺はろくに考えもせず、思った事を口に出した。
「……お前は違うぞ」
「?」
「その、なんつーか……お前は機械でも、駒でもない。シュターレンの手元にいたけど、でも、お前はシュターレンとは違う。絶対に」
なにが言いたいのかはっきりとしない、ぐだぐだとした台詞に、俺は後悔の念に襲われ、それを紛らわすために頭を掻いた。
結局お前はなにが言いたかったんだと自分自身に問い詰めてみるが、焦って空っぽになった頭で吐きだした台詞だ。問い詰めるべきは己の無意識か。
失敗したなと呟きたくなるのを堪えて、エルフィファーレをちらりと見ると、にっこりと笑っていた。思わず、視線を逸らす。
「……ふふ、ありがとうございます」
「ああ、どういたしまして」
「そうそう……ドロッセルのことを知っておくべきかもしれませんね」
「ドロッセル?」
オウム返しに俺が聞くと、エルフィファーレは真剣な顔で「第七課に所属している対人メードです」と言った。
ルルアがそれらしい話をしていたことを思い出し、対G兵器のメードが対人戦闘に最適化されたということの馬鹿馬鹿しさに呆れる。
だが一方で
クリスティアというプロや、
マークスマンといった濡れ仕事担当といったメードもいたのだと思い出し、
現実的脅威として情報を頭に入れようと、エルフィファーレにばれない程度に深呼吸する。
「対人メード、か……その道のプロってやつだな」
「暗器使いで、隠し武器を身体の至る所に装備してます。無論、白兵戦や軍隊格闘術、それから柔術の類も熟知してるので、かなりの強敵です」
「じゃあ、頭を吹き飛ばして胸を打ち抜くまで、油断はできないな」
「あはは……そのぐらいの意気込みがいりますね。それから、冷静な判断力と集中力も」
「大丈夫だ。今の俺なら、なんとかなるさ。それに……今回は負けられないからな、絶対に」
「ボクもどこまでサポートできるか、わかりませんしね」
強敵の存在を語った後だというのに、エルフィファーレは何時もと変わらぬ綺麗な笑顔で言った。
俺はその顔がもう二度と見られなくなる可能性を危惧している。だから今まで、この件は俺
一人で片づけるつもりだったのだ。
生存性を無視した絶望的な戦いであっても、ある程度の損害を与えられれば、あとはルルアとマクスウェルがなんとかしてくれる。
そう思ってきたのに、ここにきてエルフィファーレは一緒にくると言い、俺はその言葉を受け入れてしまった。
だが、もう一度だけ言ってみる価値はあるだろうと思い、俺は彼女を見て、乾燥し始めた口を開いた。
「できれば、お前を危ない目に合わせたくねえんだけどな……」
「駄目ですよ。一人で行くとか。もしやったら、ボク怒りますからね」
「でも、お前が死んだら、俺は……」
その先は言えなかった。言ってしまうと、本当にそれが起こってしまうような気がして、恐怖で声帯が凍りついた。
流れる沈黙から目を逸らし、暖炉の炎と向き合った俺は、エルフィファーレの言葉を待った。
「こっちこそ、シリルが死んじゃったら……って思っちゃいます」
「……そうか」
「だから、一人で行くのは駄目です。ボクと一緒か、ルルアとボクとシリルを合わせた三人で行くかのどっちかです」
「そこまで言うか……。ああ、分かったよ、エル」
「本当に分かってくれたなら良いんですけどねぇ……」
前科のある人間を見るような目で見られると、予想以上に心が揺れるんだなとか、どうでもいいことを考えつつ、結局説得できなかったと溜息をつきたくなった。
さてどうしたものかと冷静に考え、そういえば二人とも死ぬ可能性もあるのだと、後ろ向きな発想が浮かぶ。片方だけではなく、どっちも死ぬ。ないとは言えない、最悪のシナリオだ。
急に落ち込み始めた気持ちの中、言うべき事を言ってしまおうかと思い立つ。部屋を見渡し、誰もいない事を確認して、深呼吸。高鳴る鼓動を無視して、俺は口を動かした。
「それと、もしもって時があるかもしれないから、お前に言っときたい事があるんだ」
「なんでしょうか?」
「えっと、その……だな……」
「ふふ……なんです?」
悪戯っぽい笑みを浮かべたエルフィファーレを見つめ、胸が高鳴り、身体が火照った。
今までふと思ってきたこと、ずっと思ってきたこと、どう思ってきたのかを、全部伝えられるとは思えない。
だけど、シンプルで良いから言おうと、シンプル・イズ・ベストという言葉もあるじゃないかと、覚悟を決める。
「エルフィファーレ……お前が好きだ」
「……ぇ?」
「だから、お前が好きなんだって。二度も言わせんな、ったく……」
水蒸気をもくもくと上げる百度近い熱湯を、三リットルくらい頭から被ったような気持ちだった。
なにをどうしてどれをこうしてなにをどうしてこうなってああなるのかどうしてどうなったこれはどうでどうして……と、頭の中で意味不明な言葉が乱れ飛ぶ。
「……本当に、本当です?」
「本当に、本当だ」
神を睨みつける勢いでエルフィファーレを見つめ、はっきりとそう言い切る。
言いたい事は幾らでもあるが、話し出せば切りがない。そんな長話をするつもりはないし、最終的に行きつくのはどっちにしろ好きという言葉だ。
ならシンプルに行って、当たって砕けちまった方が……いや、砕けちゃ駄目だが、ともかく、まあ、そういうことなのだ。
はいかいいえか、YESかNOか。どっちでも良いとは言わない。でも、偽りのない、本当の答えが返ってくるのなら、俺はそれで良い。
じっと言葉だけを待っていたからだろうか。胸に飛び込んできたエルフィファーレを、きちんと受け止める事が出来なかったのは。
「……っ!」
「ど、どうした?」
ぎゅっと抱きついてきたエルフィファーレの顔は胸にうずめられ、よく見えなかった。
どうして抱きしめられたのか、答えは、どうなるのか、どんな顔をすればいいのか。
オーバーヒートしかけた頭を辛うじて働かせながら、俺はなにもすることもできず、ただただ立ちつくした。
「嬉しい……」
「え……?」
「嬉しい。好きって、言ってくれて……」
顔を上げ、濡れた瞳で見上げたエルフィファーレは、そう言ってくれた。
身体に収まりきらない喜びが湧き上がり、歓喜の歌を歌いだして走り回りたい気分に駆られた。
でも、その気分もエルフィファーレの頬を濡らしたものを見たら、一気に鎮火した。
ぐらぐらと揺らぐ気持ちを、俺はなんとか支え、彼女の華奢な身体を抱きしめ返した。
「……そう、か。その……俺なんかで、良いのか?」
「シリルじゃなきゃ駄目ですっ!」
じんと胸が熱くなるのを感じ、同時に目頭が熱くなり、視界が歪みだす。
泣くな! 男だろうがと自分を鼓舞するが、嬉しいものは嬉しいんだ。もう、泣いたって笑ったって良いじゃないか。
頬を伝う熱いものを自覚しながらも、俺はしっかりと彼女を抱きしめ、もう二度と離すまいと思った。
「ボクも、シリルのことが好き……ちょっと間が抜けてて、不器用で……けど、優しいから」
「俺は、そんな俺でも好きになってくれたお前が大好きだ。強いエルも、弱いエルも、笑顔のエルも、泣いてるエルも、全部大好きだ」
「でもボクは嘘つきですよ?」
「嘘つきじゃない人間が、この世のどこにいるんだよ。誰だって嘘はつくだろうが」
「人を騙して、殺しちゃったりしたんですよ? たくさん……大事だと思った人も……」
「だからなんだってんだよ。俺だって人を騙して、殺してきた。そういう組織にいて、そういうことをやってた。たった、たったそれだけのことだろうが」
「仕事だからって、他の人に抱かれたりしてるんですよ? それでも、僕のことが好きって、言ってくれますか?」
「関係ないね。俺はエルが好きだ。大好きだ。大好きだから、第七課をぶっ潰して、きちんと本心で笑って生きていけるようにって考えたんだ。
全部、お前の為にやってたんだ。今まで黙っててごめんな、気絶させてごめんな。謝ること、一杯あるよな。本当に、ごめんな」
「……大好き」
鼻腔をくすぐる薔薇の香りがした。さらりとした赤髪が俺の頬を撫で、乾いた唇に濡れた唇が押し付けられるのを感じ、口中に舌が差し込まれたのが分かった。
恥ずかしさなどかなぐり捨て、俺は力強く、思い切り彼女を抱きしめ、舌を絡め合い、深い口づけを交わし、お互いの頬に残る涙の後を見た。
「んっ……はぁ」
彼女が唇を離し、混ざり合った唾液が糸を引いた。身体が火照っているのが分かったし、鼓動も高鳴っていた。
潤いを取り戻した唇とまだ不思議な感覚の残る口中は、理性を外して放っておけば、なにをするか分かったものではない。
落ち着け、冷静になれと胸中唱え、今回はイランイランのせいにはできないぞと妄想に止めを刺す。
「シリル……その、少し痛いです」
「あ、ああ、ごめん」
ハッと我に帰り、腕の力を緩め、力加減を忘れて抱きしめていた自分の愚かさを呪った。
嬉しさのあまり彼女を潰す気かと、心の一部分が怒り狂っている。その通りだと、俺は心中頷くしかなかった。
そして幾分か落ち着いたあたりで、俺はエルフィファーレの表情が暗い事に気がついた。
やっぱり俺なんかじゃ駄目だったのかと弱い自分が顔を出すが、そんなものは蹴り飛ばして殺してやる。
「……あぁ、どうしたらいいのでしょうね。こういったときの表情」
エルフィファーレがそう呟いた。対する俺は、反射的に答えていた。
「俺もそういうの、よく分からねえし……でも、笑えば良いんじゃないか? 俺はそう思う」
「そうなんです……よね」
「どうか、したのか?」
「ボクは仮面を被って、笑うことはできるんですけどね……」
「なら、仮面を外せばいいじゃないか。俺はそれが笑顔じゃなくても良い。本物のお前が見たいんだ。そして、何か言ってくれ……馬鹿シリルでも、何でも良いからさ」
ふっと表情を緩め、俺がそう言うと、エルフィファーレはボロボロと涙を流し始めた。
さっきの涙とは比較にならないほどの涙に、少しだけ驚いたが、すぐに受け入れようという気になった。
驚いて突っ立ってるだけじゃ駄目なんだ。彼女を抱きしめ、支えてやる。やっと、やっと見れたんだ。彼女の本当の顔が。仮面なんか、もう二度と付けさせるものか。
「おかしいですね。嬉しいはずなのに……本当に、すっごく嬉しいのに……」
「……おかしくなんかない。それで良いんだよ、エル」
「ふぇ、ぅぅ………」
「ああ、それで良いんだ。もう一人で苦しむ必要なんかない。一人で背負いこむ必要もない。頼って良いんだよ。泣いて良いんだよ。お前は、なにをしたって、心があるんだから」
それは自分自身に向けても言っているのだろうと、俺はそう思った。
一人で苦しんで、一人で背負いこんで、誰にも頼ろうとせず、泣きもせず、命令されるがままに人を殺して……。
これは俺とエルフィファーレ、その両方に言った言葉なのだろう。
お前には仲間がいる。本心を話せる、大切な友がいる。
それを忘れるな、お前は一人じゃないんだから。
人は重荷を背負うようには出来ていないのだから。
「うぅ、ぅっ……シリルじゃない、ですね……きっと、シリルの格好をした偽者なんですっ……」
「いや、俺はシリルさ。少し変わったけど、俺はシリルで、これから先もずっとそうだ。もう変わる事は無いし、その必要もない。
お前はエルフィファーレだろ? 偽物なんかじゃない、本物の」
背中をさすってやり、優しく問いかける。
小さくて、華奢で、泣いているエルフィファーレ。
今までなにもかも背負ってきたその身体を、優しく抱きしめ続ける。
「えぅ、うぅっ……なんだかすごく、悔しい……けど、かっこいいです」
かっこいいと言われて、なんだか、急に恥ずかしくなる。
俺はそんなにかっこいいわけじゃない。全然、かっこ悪い……。
「……ああ、そうか」
「?」
「……俺はカッコ良くなんかない。ただひたすらに、前だけしか見えてない、ブレーキの利かない暴走列車みたいに、がむしゃらだっただけだ」
「それがカッコいいんですよ」
「そう、なのか……」
「ん……少なくとも、ボクはそう思いますよ」
赤く腫れた目で笑うエルフィファーレがそう言った後、俺はその口を唇で塞いだ。
最終更新:2011年05月04日 00:12