No.24 Dead man's hand

(投稿者:エルス)



  ポーカーというのは、簡単に言ってしまえばどっちのハンドが強いかというゲームだ。
  そしてもう少し難しく言うと、ブラフに代表される心理戦が非常に重要な役割を握る、頭を使うゲームなのだ。
  連隊内で暇をしていた連中がぞくぞくと集まり、どちらが勝つかで賭けを始めるのを尻目に、俺とスピアーズは山札を手慣れた様子でシャッフルするエルに見入っていた。

 「……お前、どこかでディーラーやったことあるのか?」
 「そこは女の子の ひ・み・つ です」
 「答えられない、ってことか」
 「違いますよ。女の子は一つや二つ、秘密があった方が魅力的なんです」

  ついうっかり、お前は今でも十分魅力的だと言ってしまいそうになったが、咳でそれを誤魔化す。
  今のは危なかった。百人以上はいる連隊の男たちに、ついうっかりでエルのことをカミングアウトするところだった。
  どっと吹き出る冷汗を拭い、それぞれ配られた二枚のカードを手に取った。
  なんの冗談か、スペードのエースとクローバーの8だった。嫌な予感しかしない。
  ちらりとスピアーズを見ると、なにやらにやにやと笑っている。
  ちなみにこのポーカー勝負、フォールドしたら即負けという訳の分からないルールがあるため、完全に運任せである。
  しいて抜け道を探すとすれば、どちらかがイカサマをするか、ディーラーであるエルがなにか仕組むかの二つしかない。
  エルが仕組んでた場合でも、俺は負けるかもしれないんだよなと、悲しい事を思いつつ、机の上の共有カードを見る。
  五枚の共有カードの内、三枚が表向きにされている。その三つのカードは、クローバーのエース、ダイヤの3、ハートのクイーン。
  とりあえずワンペアできてるということにホッとしつつ、フォールドしないなら最初から全部公開すりゃ良いだろという考えが浮かんできたが、
  今ここでそれを言っても取り合ってくれないだろう。

 「フォールドするなら今のうちだぜ?」
 「馬鹿かお前。フォールドしたら即敗北って言ったのはお前だろうが」
 「だから、言ったんだよ。ふひひ」

  なんにせよ意味がないから言う意味ないだろうと、俺は言おうかと思ったが、言った所で不毛な言い合いになるだけだ。
  裏向きにされているあと二つのカードが俺に味方してくれることを祈りつつ、俺はちらっとエルを見た。
  楽しそうに笑っているのは結構だが、その笑みはもしかして、俺の女装時に着る服を考えているんじゃないだろうか?

 「フォールド無し。賭け金もないので、四枚目捲りますよー」
 「お、おう」
 「よしこい。ほらこい」

  パラっと捲られた四枚目のカードは、ダイヤのクイーン。
  スピアーズの顔が微かに歪んだのを、俺は見逃さなかった。

 「俺は降りないぜ、スピアーズ」
 「俺だって降りねえよ、このクソ野郎」

  口元に笑みを浮かべるが、その笑みすら引きつっている。
  ……もしかしてこいつ、感情が表情に出やすいタイプなのか? 
  いや、ちょっとまて、それじゃあ、なんでポーカーなんて選んだんだ? もしかして、ポーカがかっこいいと思ったからとか、そんな理由だったりするのか……?

 「それじゃあ、最後のカード、オープンです♪」
 「……むぅ」
 「……ゴクリ」

  満面の笑顔で、エルが五枚目のカードを捲った。もしかしたら、こいつが仕組んでいるという可能性もあったが、もうそれはどうでもよかった。
  勝つか負けるか。その二つしかないのだ。そして、これは馬鹿馬鹿しいと思えたとしても心理戦であり、強運の求められる戦いであったことは、事実だ。
  ぱたんと、最後のカードが晒される。ざわと食堂の空気が揺れ、スピアーズの刺すような視線が俺を射抜く。

 「……スリーカウントでお互いのハンドを晒す。それで良いか?」
 「ああ、良いぜ。やったろうじゃん」

  一度深呼吸してから、エルにカウントを頼み、手札と共有カードを見比べる。
  なんてことはない。ただの偶然だと思いつつも、口端が吊り上がるのが分かった。

 「カウントしますよ。……スリー……ツー……ワン……はい!」

  俺はテーブルに手札を投げ捨てるように放り、スピアーズは叩きつけるようにして、ハンドを開示した。
  ………クローバーの2、ハートの6、スペードの7。予想を遥かに下回った攻撃に、俺は唖然として、目をパチクリさせた。

 「ブタだ! ノーペアだ! ブラフだよコン畜生!!」

  天は俺を見捨てやがったと言い捨てた挙句、スピアーズの勝利に賭けていた集団が突如暴徒と化し、まだ二十歳にも満たない青年の両肩を抑え、どこかへ連行して行った。
  スピアーズを罵る声に混じって、助けを求める悲鳴のような声が混じっていたが……恐らく気のせいだろう。事実であっても、俺は助けに行く気はないが。

 「んー……惜しかったですねぇ、シリルの女装が久しぶりに見れると期待したんですけど」
 「変な期待をするな。それよりも、お前、仕組んだわけじゃないよな?」
 「ん? なんでボクが仕組んだりするんです? どっちが勝っても、ボクは得をするのに」
 「……ああ、すまん。その、なんだ。ハンドがな……ちょっと、な」
 「どれどれ……黒のスートで、エースと8のツーペアですか。たしかこれって……」
 「デッドマンズ・ハンドだ。ガンマン、ワイルド・ビル・ヒコックは、このハンドを持ったまま背中から撃たれて、そのまま死んだ」

  そうだ。名無しはそう言った。お前はワイルド・ビル・ヒコックだと。
  これは偶然なのだろうか、それとも、なにか嫌な事が起きる前兆のようなものだろうか……。
  俺だけが理解できる不安を感じ取ったのか、エルは俺に寄り添って、猫のように顔を擦りつけてきた。
  なんでこいつは、俺が迷ったり、不安になったりする時、それを感じ取れるんだろうと不思議に思いながら、俺はエルの頭を撫でてやった。



  俺の部屋と言っても、普通の部屋のほとんどがそうであるように、机とタンス、ベッドと窓とカーテンなど、変わり映えしない家具があるだけだ。
  普通とは違うなにかを上げるとするのなら、それは銃の整備用具であったり、裁縫用具であったり、前に使っていたサーベルだったりする。
  だがそれも、普通のメードの部屋と言い変えるだけで、誰もが納得するようなラインナップだということに変わりはない。
  特殊能力など持ってないから、部屋も特殊なんかじゃない、全然普通の部屋なんだと、心の底で燻ぶる劣等感を認識しながら、俺はふと思った。

 「……どうかしたんです?」

  ベッドの上でシーツを被ったエルが、静かに言った。今が深夜の何時かは分からなかったが、確かに声を潜めるべき時間だというのは理解できた。
  椅子の背もたれに体重を預け、手に持ったM1917散弾銃、トレンチガンの重さと、手触りを確認する。悪者の為に在るような銃。そして時には、人を内側から爆破したような銃痕を残す、凶悪な銃。
  俺にうってつけの銃だと、自嘲気味に思う。俺は正義のヒーローなんかじゃない。むしろ、悪役なのだ。自分のやりたいようにやって、邪魔する者は徹底的にぶちのめす……そんなのは、悪役以外にありえない。

 「……シリル?」 
 「ん、ああ。どうもしないよ、エル。ただ少し、目が覚めてるだけだ」
 「なら良いんですけど……ちゃんと返事してくださいね。一人ぼっちになった気がして、寂しい気持ちになっちゃうので」
 「ああ、分かったよ」

  絶対ですよと釘を打つように言われ、俺は素直に頷いた。こんな俺でも、エルは必要としてくれているのだと、束の間の幸福感に浸る。
  だがその幸福感は、麻薬のようなものだ。幸福でありたいと願うばかりでは、なんにもならない。幸福でありたいと願い、行動する。そうしなければ、願望に意味はない。
  トレンチガンに革製スリングと銃剣を装着し、ショットシェルが五発嵌め込めるストック・シェル・ホルダーをバット・ストックに取りつけ、ショットガン・ベルトを腰に巻きつける。
  今の内に、この状態に慣れておかねばならないだろう。もう、それほど時間は残されていないのだ。先延ばしにすることも、無期限延期することも出来ない。何故なら、殺らなければ殺られるからだ。

 「……んぅ」

  ベッドの上で、エルが寝返りを打ったようだった。そういえば、俺はエルの寝顔と言うものをよく見たことが無かったなと思い出す。
  あれはきっと、誰かが近づいてくる感覚を察知した時に目覚めるように訓練されていたからだろうかと、行き過ぎと思われる推測をする。
  ただ、事実がどうであれ、俺の前で気持ち良さそうに寝息を立てているエルを見るのは、悪くない。黒く荒んでいく心が、彼女の前では、唯一平静でいられる。
  日に日に増す暴力衝動と復讐心、そして、人間の思考とは思えない残虐な殺人方法を、冷静に考えている自分……いや、それは自分ではないと、そう思いたい。
  自分の中からミシェルがいなくなったことで、心のバランスが崩れてしまったのだろうか。そんな事ばかりを考えている。結局、結論は出ないというのに。

 「……少し、外に出てくる」
 「ん……」

  気分が悪かった。吐き気ではなく、このままエルの近くにいたら、なにかいけないような気がして、俺は部屋のドアを後ろ手に閉めた。




関連項目
シリルエルフィファーレ
ヴィクター・スピアーズ
周りの兵士たち

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最終更新:2011年06月08日 23:10
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