No.29 It's no good being sorry now

(投稿者:エルス)



  下着と服を身につけ、腰に二つのヒップホルスターとショットガン・ベルトを付け、脇の下のショルダーホルスターにヴァルターPPK小型拳銃を収納する。
  次にアラン・ブレイズから届いた品物の一つであるナイフシースを手首とベルト、それから足首に取り付け、それぞれのサイズに合ったナイフを入れた。
  ククリ・ナイフの収納場所は、少し悩んだ結果、腰の後ろになった。それから、もう一つのショットガン・ベルトだが、これは持っていかないことにした。必要以上に弾薬を持つと、デッドウェイトにしかならない。
  腰の三つのパウチにそれぞれの拳銃のマガジンが入っていることを確認し、コートを羽織る。ズボンのポケットには、ロマ・ブルーが二箱と、ジッポーが一つ。
  その内の一つのロマ・ブルーから一本取り出して口に咥え、手早く火を点ける。オイルライター独特の臭いと、煙草本来の臭いが、鼻を突いた。
  ゆっくりと深呼吸するように吸い、そして紫煙を吐き出す。事が終った後、きっぱり止めるつもりで吸っていたが、今では止められるか分らなかった。
  エルが止めろと言ってくれれば止められるだろうが、本人が止めろと言うばかりか、気にならないと言ったので、恐らく俺は禁煙に悩む喫煙家の一人になるだろう。
  そんな訪れるかも分らない未来の事を考えながら、黙々と煙草を吸っていると、エルが腰に手を回して、後ろから抱きついてきた。
  いきなりのことだったので少しよろけたが、エルの体重がかなり軽いので、すぐに持ち直した。軽い衝撃で落っこちた灰を見ながら、俺は言った。

 「準備、終わったのか?」
 「ええ、全部バッチリ。準備完了です。ふふふっ」
 「なんだ、嬉しそうに笑って」
 「だって、嬉しいんです。シリルがボクを知ってくれて」
 「……ああ、そうか」
 「これでボクはシリルのもの。シリルはボクのものですね」
 「エルがそう言うなら、そうなんだろうな」

  きゃっと声を上げて喜んだエルの手に、自分の手を重ねる。小さく、華奢で、綺麗な手だった。
  この手だけではなく、身体全てで、エルが俺以外の男に痴態を晒していたのかと思うと、狂気で歪んだどす黒い感情が湧きあがってくる。
  その男たちの大半がもう既に死んでいるのに、俺はもう一度、そいつらの首を斬りつけて、酸欠と深い絶望の中でもがき苦しみ、死んでいくのを見たかった。
  二度と、もう二度と、俺以外の男にエルを渡してなるものかと、今は思う。俺からエルを奪おうというのなら、誰であろうと殺してやると、そう思った。

 「……エル」

  煙草を床に捨てて、振り返った俺は、エルを抱き締め、唇を重ねた。長く、激しく、最後のキスだと言わんばかりの、そんなキスだった。
  唇を離した後、俺は愛しさや恐怖、そして幸福感が入り混じった感情を整理し終えるまで、エルを抱き締め続けた。今顔を見せるのは、ちょっと不味い。
  しばらくして、腕に力が入らないように感情をセーブしながら、俺は呟く。弱音は吐きたくなかった。ただ、言っておきたかったから。

 「俺という人間が狂うほど、お前を愛してる」
 「ボクも狂っちゃうくらい、シリルを愛してますよ」
 「もう、離れたくない。一緒に来てくれ。ずっと……一緒に居てくれ」
 「馬鹿ですねぇ、シリルは。そんなこと当たり前じゃないですか。ボクをここまで愛してくれる人と、離れるわけないじゃないですか」

  胸を締め付けられるような感覚と、言葉では言い表せないほどの幸福感が俺を襲い、目頭が熱くなった。
  泣くのは不味いだろうと思っているのに視界がぼやけ、歯を食いしばって耐えているというのに、嗚咽が漏れた。

 「本当に……ありがとう……」
 「ええ、どういたしまして。それと、ありがとうございます。こんなボクを愛してくれて」

  それは俺の言う台詞だと言いたかったのに、俺は湧き上がってきた感情を抑えきれず、そのまま泣き崩れ、子供のように泣いた。
  込み上がってきた激情はあらゆる言葉を飲みこんで、口から出るのは噛み殺した嗚咽と、しゃくりだけ。
  そんな俺を見て失望することも無く、エルは優しく微笑んでくれた。それが嬉しくて、また涙が出た。胸が痛くない涙は、初めてだった。

 「大丈夫ですよ、ボクはどこにも行きませんから。ずっとずっと、シリルの傍に居ますから。どんな時も、信じてますから」
 「俺も、もうどこにも行かない。ずっとお前の傍に居る。どんなになっても、お前を信じてる。なにがあっても、お前を守ってみせる。だから……」

  両手をエルの肩に置き、涙でくしゃくしゃになった顔のまま、エルを見つめる。

 「だから……死なないでくれ。俺も絶対に、生きて帰るから、だからお前も、生きて帰るって約束してくれ」
 「それはボクがシリルに約束してほしいですね。ボクを守るために、シリルが死んじゃったら、ボクも後を追うって言うこと、理解してます?」
 「なにを言ってるんだ。それは駄目だ。絶対に駄目だ。俺は、俺はどうなっても構わない。例え世界が敵になっても構わない。そうなったとしても、俺はお前を守り切って……」
 「それは分かってますよ。けどボクだって、シリルが世界中を敵にまわしても構わないのと同じぐらいに、シリルの為なら世界中を敵に回しても構わない、って思ってるんですよ?」
 「…………」
 「だから、安心してください。それでも安心できないのなら、ボクを好きに使ってください」

  にっこりと笑ってそう言ったエルを、俺はもう一度、強く抱きしめ、すぐに放した。そしてまだ汚れてないタオルで顔を何度か拭いた後、深呼吸をして、自分を落ち着ける。
  その後にロマ・ブルーを取り出し、一本口に咥えて、ジッポーで火を点け、深呼吸と同じように吸って、紫煙を吐きだした。それを落ち着くまで繰り返し、俺の足元に煙草一本分の灰が落ちた。
  最後の仕上げとして目を瞑りながらもう一度だけ深呼吸をして、ゆっくりと目を開ける。トレンチガンのスリングを肩に掛け、フィンガーレス・グローブを両手に嵌める。
  机の上にある小さな手鏡を見てみると、泣き腫らした目元が赤くなっていたが、雪が降り出すほどの外の気温を考えれば、すぐに冷却されて腫れは引くだろう。

 「落ち着きましたか?」
 「ああ、大分楽になった。惨めなとこを見せて、すまなかったな」
 「いえいえ、ボクだから見せてくれたのでしょう? 別に気にしてませんよ」
 「なら、良かった。それじゃ、行こうか」
 「ええ、行きましょう」

  花のような笑顔で答えたエルにニヤリと笑い、俺はドアノブを回し、ドアを開けた。
  肩に掛かるトレンチガンの重みと、体の至る所に隠し持った拳銃と弾薬の重みが、不思議と俺の自信をより強固なものにしていた。





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最終更新:2011年06月16日 16:51
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