Op.1 This means war!

(投稿者:エルス)



  エントリヒ帝国のサイドカーであるNMW社製R120のハンドルを握り、重いエンジン音を聞きながら、俺はエテルネ公国のよくある田園風景を尻目に、先導するトラックの後ろを走っていた。
  排気量1196ccのエンジンには物足りない速度で基地から走り続けてまだ十五分ほどだったが、この緩慢な速度から一気に加速してトラックを追いぬいてやりたい欲求が溜まり、右手が疼いた。
  軍事正常化委員会に居た時にとあるメードがあまりにもしつこく勧めてきたので、前線で放置されていたNMW R120の整備を仕事の合間を縫って共同でやり、二週間かけて稼働状態まで戻したのが大凡一年前。
  それ以来、斥候や偵察に駆り出されるようになったり、わざわざ移動手段をR120にしろと指定されたりした。こっちとしても、サイドカーでの移動は楽しかったので、文句は無かった。
  以前までは側車に重りを積んでいたが、今ではそこにエルとMG42が乗っていた。MG42は見た目が威圧的なので、今は防水カバーで覆われているが、50発のリンクベルトはエルの足元の弾薬箱に入っている。
  エテルネ国内で銃撃戦なんて国際問題になること間違いなしなので、あまりやりたくはないが、俺にとって国際問題なんて言うものは聡明で高名なインテリ共が頭を悩ませる程度の事柄なので、もし向こうが撃ってきたら躊躇いなどせず、撃ち返して殲滅するつもりだった。

 「しかし、どうして第七課の本部がエテルネにあるんだ? 普通はグリーデルにある筈だろう?」
 「本部と言うより……あの人がいつもいるところが、エテルネの娼館の地下なんです」
 「ルルアと中佐が乗り込んだっていう、あの娼館か?」
 「そうです。もともとは、大陸戦争中に作られた慰安施設の一つだったようで、色々と充実してるんですよ♪」
 「……なにが充実してるのかは聞かないからな、俺は」

  ふふふ、と何やら楽しそうに笑うエルに、目で「運転に集中できない。変な話を持ち出すな。迷惑だ」と無言で語ったが、余所見運転を長時間続けると事故を起こすので、すぐに前を向かなければならないので、伝わっているかどうかは微妙な所だった。
  出発前、アルトメリア連邦から供給してもらったM1ヘルメットが大きすぎてまともに被れず、それじゃあ何も被らないで良いじゃないかという意見を、髪がぐちゃぐちゃになるからという理由で断固拒否したエルは、今は仕方なくスピアーズがどこからかちょろまかしてきた航空帽とゴーグルを付けている。
  俺はもともと使っていた耳垂れと唾の付いた帽子とゴーグル、それから皮製の手袋やマフラーとネックウォーマーなどがあったので、装備に問題は無かったが、他にも問題と言うのはあるものだ。

 「……寒いだろう?」
 「寒いですねぇ」

  俺の貸したマフラーと手袋があっても、コートの下がいつものあの恰好のエルは、この速度でも寒い筈だ。車の右前輪を取っ払って吹きさらしにしたような乗り物であるサイドカーは、風を防いでくれるものなど皆無で、防寒はそれぞれ個人が着込むしかない。
  側車は、完全に吹きっ晒しのドライバーよりは風に当たらないが、それでも吹きつける風は体を冷やすのに十分な冷気と勢いを持っている。前に側車に隠れて乗った時は、側車の中にすっぽり入っていたので問題なかったのだろうが、弾薬箱が積み込まれている今回はそうはいかない。
  なんで俺はちゃんと指摘してやらなかったんだろうかと、今更溜息を吐くが、その溜息すら白く染まる有り様だ。流石に不味いと思ったが、スリングを斜めに掛けてトレンチガンを背負っているこの状態で、コートを脱いで渡すという芸当は色々と無理がある。
  なにか良い案はないかと考えていた俺は、そういえばプレゼントされたコートを着る前に少しだけ着たエテルネ軍のモーターサイクルコートを側車の奥に詰め込んでいたんだったと、ふと思い出した。

 「エル、側車の中を覗いてみろ。コートがないか?」
 「えぇっと……ちょっと待ってくださいねー」
 「ああ」

  出来るだけガタつかせないような所を走行しながら、エルが側車の奥から丸まったモーターサイクルコートを取り出し、それを広げて、コートの上に羽織った。
  男として細身な方な俺でも、小柄で華奢なエルよりは大きい。難無く袖を通して腰紐を結び終えたエルをちらりと見た後、トラックと少し離されていたので、スロットルを捻って加速する。
  トラックさえいなければ、ギアをチェンジして思いっきり加速してやるのにと、またしても右手が疼いたが、今突然加速したら確実にトラックのかまを掘ることになるので、生き残ったら好きなだけやればいいと自分に言い聞かせた。
  スロットルを戻して減速し、トラックと速度を合わせる。曲がり道も無い田舎道が続く事は知っていたので、前半分右半分といった比率でエルを見ると、顔の半分をマフラーとコートに埋めて、なにやら嬉しそうにしていた。

 「……なにやってるんだ?」
 「んー? シリルの匂いを嗅いでるんですよ」
 「俺の、匂い……?」
 「煙草と、こっそり付けてたシトラスの香水と、汗と体臭の混じった匂いです」
 「そんな詳しく言われてもなぁ」

  苦笑しながらそう言うと、エルはまた笑った。トラックの荷台に乗っているルルアは瞑想とやらをしているので、じっと動かなかったが、その前に座っているスターリング大佐の部下が不思議そうな顔をしながら、こっちを見ていた。
  黒いブーツに黒い野戦服と黒いマスクといった恰好の部下の手には、サイレンサーが取り付けられたステン短機関銃が握られており、その銃にしても光を反射しない黒塗りだった。ホルスターは抜き易い形に改造されており、そこにはやはり黒塗りのブローニグ・ハイパワーが収まっている。
  見方を変えれば手慣れた銀行強盗グループと言ったところだが、これでもグリーデルきっての精鋭なのだから、おもしろいものだ。ちなみに隊長であるスターリング大佐であるが、マクスウェル同様、相当食えない奴だ。
  政治家連中にも良い顔をしなければならないため、にやついた顔をしていたが、作戦となると目の色が変わり、表情が消え去り、独特なユーモアを交えながら作戦内容を説明し、最後に俺を指差して、こんな細いもやし野郎に負けることがないようにと、部下たちに言って締めくくった。
  その時に十数人の銀行強盗犯の視線が一斉に俺に集中したので、目の逃げ場を探して隣に立っているエルを見たのだが、にっこりと笑っていた。笑っていたが、背後に強大な威圧感を携えていたので、さすがに俺も冷汗が出た。少しイラっとして怒るのは分かるが、そこまで怒ることだったのだろうか。
  そこで俺がそこまで怒ることかと聞いていれば、エルはきっとそこまで怒ることなんですと答えただろうと、当の本人が隣に居るというのに、独りで勝手に想像する。それがなんだか嬉しくて、ついつい頬を緩めてしまう。

 「ところでシリル、聞くまいとしてきたんですが、我慢できないので幾つか質問します」
 「ああ、なんだ」
 「シリルの匂いに混じって、別の匂いがするんですけど……もしかしてボク以外の女を……」
 「抱いてはいない。少し助けてもらっただけだ。基地に戻ってこれたのも、その女のお陰だ」
 「それじゃあ、この深緑色の髪の毛と、白髪は?」
 「どっちも、俺を助けてくれた女のだろう。もっとも、片方には殺されかけたが……」
 「へぇ……ボクのシリルを殺そうと……?」
 「……いや、落ち着け、エル。頼むから、落ち着いてくれ」
 「ボクは落ち着いてますよー? それよりシリル、役割分担しましょうよ。今の内に決めておいた方が良いでしょう?」
 「あ、ああ、そうだな」

  落ち着いていると言いながら、例の魔王か魔女か、もしくは暗黒界そのもののオーラを纏っていたのは、きっと気のせいではないのだろう……。
  俺より小さい体に秘められた表現しようのない恐ろしさに少しだけ戦慄しながらも、ミラーで後方を確認し、目視で前方の180度に怪しい物や人がいないかを確かめる。
  暇な時に読んだミリタリー雑誌に、もし攻撃が順調なら、君は待ち伏せされている、というような事が書いてあったが、これがそうなんじゃないかと思ったからだ。
  連絡もなにも無しに強襲するというのなら、こんな心配はしなくてすんだのだが、たっぷりとお役所間で議論があった上、女王陛下からの命令があるのだ。これほど事が大事になってしまったのだから、情報はどこからでも流れる。
  それに、誰が裏切り者か見当がつかないという今の状況だ。誰が情報をリークしているのか、誰が俺たちを監視しているのか、一切の前提を破棄して、全てを疑わなくてはならない。
  例外など無い。アイツもスピアーズも、マクスウェルもスターリングも、そしてその部下たちも疑わなくてはならない。場合によっては、完全に殺さなければならない。今更覚悟云々と言うつもりはないが、軽く深呼吸をした。

 「大丈夫ですよ、シリル」

  なにかを察したのか、エルが俺の肩に手を置き、そう言った。俺はネックウォーマーの下で笑みを浮かべ、左手をその手に重ね、大丈夫だと言う意思表示として、ポンポンと二度叩いた。
  エルがニッコリと笑って手を引いたので、俺も左手をハンドルに戻す。今信頼できるのは自分と、エルだけだ。もしエルが裏切り者で、エルに殺されるとしたらなんて、考えてもいない。
  今はただ、敵がやってきた時にどうするかを考え、トラックから離されないようにサイドカーを運転する。その二つをこなして、襲撃されたらされたで最善の方法で対処する。それが今、俺に出来ることだった。
  そう思いながら、もう一度ミラーを確認し、田舎道と熊手を持った農夫しかいないのを確認した後、そのミラーが根元から弾け飛んだ。飛散するガラス片がゴーグルに当たり、カチンと音を立てた。
  頭が狙撃だと怒鳴り上げる前に、俺はギアをチェンジして、一気に加速し、トラックの横につけ、運転する中年の曹長に怒声を浴びせる。

 「狙撃だ! 速度を上げるんだ、曹長!」

  遅れて響いた発砲音が信じられなかったのか、それとも単に聞こえなかったのか。ぽかんと口を開けた曹長は、一瞬間を置いた後、すぐにトラックを加速させ、道の先にある都市へと巨体を走らせた。
  俺も遅れまいとスロットルを捻り、エルになにかに掴まれと怒鳴った。二発目の弾丸はトラックのフロントガラスを貫通し、助手席のシートのすぐ横に突き刺さったが、助手席に乗っていたスターリング大佐は眉一つ動かさなかった。
  伊達に精鋭部隊の指揮官をやってる訳じゃないということかと感心する一方、最早ただの移動ではなく、襲撃部隊を撃退しつつの移動と言う、立派な戦闘行為に発展したことに、溜息をつかざるおえなかった。
  情報戦に精通しているだけでなく、ある程度の戦力を有する敵を相手にすることが、どれほど面倒であるか。まあ、だからこそ、叩き潰す価値というのが生まれるのだろうが、それでも面倒な事に変わりはない。

 「……左斜め前方か」

  ミラーが弾け飛んだ時と、フロントガラスを貫通した際に出来た穴から、大凡であるが狙撃手の位置を推測し、そのままトラックの右側に付ける。
  側車の車輪が道から落ちそうなほど幅に余裕が無いが、狙撃手に対抗できる武装がなにもないどころか、完全に吹きさらしであるサイドカーで狙撃手の前に出るのは自殺行為だ。
  咄嗟に右ハンドルなんか取ってくれるなよと思いながらアクセルとハンドルを操作していると、スターリング大佐が助手席から尻を上げ、窓から身を乗り出した。
  馬鹿野郎という罵声を上げそうになったが、上級将校に馬鹿野郎は無いだろうと、妙に冷静な自分が言葉を押しとどめてくれた。そんな無言の努力も知らず、スターリングは声を張り上げた。

 「このままでは荷台の部隊が全員やられる。お前たちが先に行って、狙撃手の注意を引き付けろ!」
 「そんなの自殺行為だ。俺たちを殺す気か?」
 「危険を冒す者だけが勝利するのだ。たった一人の臆病者の所為で、いったい何人殺すつもりだ? さあ行け! 行かなければ荷台の部隊も、お前たちも死ぬぞ!」
 「……この畜生が」
 「畜生で構わん! さあ行け、この糞餓鬼が!」
 「このど畜生がっ!! イエス・サー!!」

  思いっきり皮肉ったつもりでスロットルを全開にして、体を後ろに持って行かれそうになりながらも急加速し、速度を一気にトップスピードまで持って行く
  このサイズの乗り物には過剰とも言える34馬力の空冷エンジンが唸りを上げ、待ってましたと言わんばかりにエンジン音を轟かせる。
  エルになにか注意を呼び掛けた方が良いかと思っても、耳元で弾丸が風を引き裂く音が聞こえれば、そんな余裕はないのだというのが分かった。
  速度計を見る間もなく、蛇行せずに道の先にある都市目掛けて直進し、狙撃手の腕が下手糞で、弾丸が強風でありえないほど曲がって、弾が当たらない事を願った。
  そんな願いを知ってか知らずか、弾丸が風を切る金切り声が鼓膜を震わせた。その音が響く度に生から遠ざかっていき、今と言う場所が現実から乖離しているようにも感じられた。

 「…………っ!」

  一瞬の小さな痛みと共に髪の毛が弾丸に持ちさらわれる。構わずスロットルを握る手に力を込め、残り数百メートルまで迫った都市の軒並みを視界に入れ、予想以上のきつい右カーブがあることが分かったが、今更速度を落とせる訳がなかった。
  主要な各部に防弾が成されているR120の車体に容赦なくライフル弾が食い込み、装甲をへし曲げるが、貫通には至らず、爆音を発しながら軍用サイドカーは都市へと突っ込んだ。ハンドルを思い切り捻り、身体を右側に傾け、タイヤが滑る音を聞く。
  速度やらなにやらを改めて計算してみるが、やはりこの速度じゃ曲がり切れないと思った刹那、エルが側車に溶接した取っ手を握り、側車に足だけを残して体を側車から出した。予想もしなかったことなので、曲がりきった後、ハンドルを戻すのが少し遅れた。
  ややふら付きながらも速度を一定に維持し、追撃に備えたが、銃弾の一発どころか石ころ一つ飛んでこなかったので、俺はエルを怒鳴りつけたくなる衝動を抑えながら言った。

 「体重移動をするならすると言ってくれ! 心臓に悪いだろう!?」
 「でも、ボクがああしなかったら、曲がりきれませんでしたよね?」
 「……ああ、そうだ。そうだが、こっちの身にもなってくれ。いきなりあんなことされたら、こっちだって驚く。分かるか? 心配なんだよ、お前が」
 「そうやって置いていかれたボクの痛みを存分に知るが良いのです」

  にっこりとした笑顔でそう言い放ったエルに返す言葉も無く、俺は閉口した。言うなればそれは俺の落ち目だ。そこを突かれると、俺はなにも言い返せず、ただ無言を返すか、謝罪するかのどちらかしか出来なくなる。
  自業自得だとせせら笑う自分が一人、心の中で笑っていたが、なんの変哲もないタクシーがいきなり急発進して追いかけてくるのをミラーで見た瞬間、笑い声は何処か遠くへすっ飛び、異常なまでに冷静な自分が現れた。

 「MGの防水カバーを外すんだ!」
 「もうやってますよー」

  またもやアクセルを捻って急加速したが、今度はあまりにも急過ぎて二秒ほどウィリー状態で走った。がたんと言う衝撃共に前輪が地面に付いた時には、プレス加工が多用された無骨なフォルムを鉄色に輝かせたMG-42が側車の上に鎮座していた。
  一発でも十分な威力のある7.92mm弾を凄まじい勢いで吐き出す殺戮兵器は、残念ながら銃座に取付られているため可動範囲が限られているが、前方に出た瞬間、この悪魔の兵器は火を吹きながら咆哮し、敵を蜂の巣にする。
  問題はそうそう前に出てくる敵がいるかということだったが、すぐに使えるようにしておいて損は無い。さっきよりも身体を深く左側に傾け、上体を低くして左カーブを曲がり、適当な直線道路に出たのだと認識する。
  頭を下げて右肩に掛かったスリングを左手で握り、そのままぐっと左側に持って行き、俺は握ったスリングに一緒にくっ付いているトレンチガンをエルに差し出した。

 「……使えるか?」
 「舐めてもらっちゃ困りますね」

  悪戯っぽい笑みを浮かべてトレンチガンを受け取って、手慣れた様子でフォアエンドを操作し、射撃体勢に入ったエルを尻目に、俺は俺でコートのボタンを幾つか外し、ホルスターから銃が取りやすいようにした。
  ふと辺りの状況を確認すると、平日の昼下がりに軍用サイドカーとタクシーが暴走しているという、あまりにも非現実的な光景を目にした民間人たちが、呆然とした顔で突っ立ったまま、ぼけっと立ちつくしていた。
  俺はそんな奴らはどうでも良かった。しかし、一応道徳的にエルに誤射はするなと言おうと思っのだたが、妙に手慣れた様子でトレンチガンを扱っていた事もあり、言わなくても大丈夫だと結論を打ち出す。エルのことだから、全部分かっている筈だ。
  口角を吊り上げて笑みを浮かべた俺を見て、エルもにこりと笑った。そしてその表情のまま、小さな身体に不釣り合いな凶悪な外見をしたトレンチガンを苦も無く扱い、驀進するタクシー目掛けて引金を引いた。
  瞬間、てんとう虫に似た車体に幾つかの小さな凹みが刻まれ、フロントガラスの一部が割れ、更に一部が血で染まった。応射の姿勢を見せた助手席の男は、続く第二射でハンサムな顔をぐしゃぐしゃにされ、拳銃を握ったまま事切れる。
  第一射で重傷を負った運転手の男は、助手席の男の死に驚き、戦慄の表情を此方に見せた瞬間、容赦無き第三射を顔面から胸部に掛けての範囲に受け、血の花を咲かせた。あまりの手際の良さに、俺は少し驚いた。
  タクシーが主を失って蛇行運転した後、オープンカフェに突っ込んだのをミラーで確認しつつ、俺はエルに大事なことを言った。

 「ショットシェルは腰のベルトにある」
 「りょーかいです」

  ブレーキを掛けて速度を落としながらも、俺は警戒を緩めることなく、民間人から路地の出口など、至る所に目を走らせ、何時でも即座に対応できるように左手の力を少し抜く。
  そんな俺を尻目にエルは俺の腰に巻き付けたショットガン・ベルトからショットシェルを三つ取り出して、レシーバーの下面にある装填孔からマガジンチューブに装填する。つっかえさせる事無く、スムーズに装填作業を終えたエルに尊敬の念を抱きながら、俺はハンドルを切ってT字の交差点を右に曲がり、それなりの長さを持つ直線道路に出た。
  流石に銃声を聞きとったのか、ほとんどの民間人は走って逃げ回っていたが、興味本位の野次馬が何人か、まだ残っている。他には職務に忠実な警官が拳銃を構えていたが、ブルンッ、とエンジンを吹かすと腰を抜かしてその場に尻もちをつく有り様だ。
  覚悟がないなら出しゃばるなと言うのも億劫で、いっそのこと撃ち殺してしまおうかとも思ったが、素人に撃つ弾は生憎なかった。

 「エル、第七課の連中は、この都市にいったい何人入り込んでるんだ?」
 「どんなに多くても数十人程度です。そんなに目立つことができるというわけでも……シリル、また来ましたよ」
 「……勘弁してくれよ」

  さあ出番だと言った具合に、勢いよくカーブを曲がってきたエテルネ製のボンネットが鼻みたいに長い前輪駆動車を認め、俺は溜息を吐きだしながら、骨董品のM1911をホルスターから抜き取った。
  銃身の長いマッチモデルはホルスターに戻す際に手間取る可能性があったからだ。だが、前日までの射撃訓練でマッチモデルばかり撃っていたため、やはり旧型のグリップは握り心地が悪いと心底そう思う。
  それと同時に、名無しの顔がふと浮かんだが、俺は自信たっぷりに笑みを浮かべ、EARTHの変態技術者がどんな改造を施そうが、俺は驚いたりするものかと、心の中で言ってやった。
  右手でハンドルを支えながら、半身になってアイアンサイトを車のフロントガラスに重ねる。ちらっと、エルが射撃体勢を解いてハンドルを握るのが見えたが、射撃にそんな情報は必要ない。
  あらゆる異常事態を想定して、引金を引く。瞬間、異常とも言える速度で7発の銃弾が吐き出され、反動で銃口が完全に真上を向いた。

 「わーぉ、すごいや」

  エルがぽつりと零したのを聞いて、俺は反射的に骨董品をホルスターに戻し、抜きたくなかったマッチモデルで運転手の頭を吹き飛ばす。
  意識が消える直前に銃口から逃れようとハンドルを切ったのか、車は直線道路で右折を試み、肉屋と思われる建物に突っ込んで停止した。悲鳴と絶叫が聞こえてきたが、それより銃だ。
  俺はエルに礼を言って、少し速度を落とした。ホルスターにマッチモデルを戻し、スピアーズからうんざりするほど聞かされた銃の知識をフル活用して、結論を弾き出す。

 「……そんな馬鹿な。ああ、畜生、あの馬鹿ども、ディスコネクターを無くしやがったな」

  拳銃は通常、ディスコネクターと呼ばれる部分が連続発射を止めているのだ。これによって、引金を引きっぱなしでも、一発しか撃つことが出来ない。
  それを無くせばどうなるか……答えは今さっき、俺が証明した通りだ。ポケットサイズの短機関銃が出来あがるが、その反動を受け止めきれずに、弾丸の殆どは明後日の方向に飛んでいってしまう。
  素人目で見れば、なら反動を受け止めれば云々と馬鹿な発想をし出すだろうが、たった7発の短機関銃が、どれほど実用性に乏しいものか。こんなものを使いたがる奴は、この世にはいないだろう。
  行き場のない怒りと落胆が混ざり合った複雑な心境の中、あれには流石に驚いたエルが口を開いた。

 「シリル、何処でそんな奇想天外銃を?」
 「……EARTHで、ちょっとな」
 「あぁ~……なんとなく理解できました」
 「とにかく、そういうことだ。くそ、畜生め、あのお遊び集団め」
 「ボクも今度から気をつけなきゃ」
 「ああ、十分に気を付けろ。奴ら、本当になにをするか分からないからな」
 「了解しました。ところでシリル……」
 「ああ、分かってる。頼んだぞ、エル」

  緩やかな左カーブを曲がり、後ろから追撃してきた二台のジープと一定の距離を取るべく、スロットルをまた捻った。股から背筋までエンジンの鼓動が響き渡り、心地よいエンジン音が鼓膜を震わせる。
  微かに露出した肌が感じる風と他の追随を許さない解放感を味わいながら、俺は更にサイドカーを加速させる。短機関銃のばら撒く拳銃弾が道路に突き刺さり、細かい石の破片を辺りにばら撒く。
  そんな中を疾走しながら、俺はカーブの存在をエルに伝え、ギリギリまで敵を迎撃し続けた後、猫のようなしなやかさで重要なバラスト役を務めた後、腰のショットガンベルトからショットシェルを抜き取って、再度迎撃する。
  アルトメリアからの援助の品だろうジープの耐久性は凄まじく、また、それに乗り込んだ奴らもさっきの二台とは比較にならないレベルだ。身体を低く屈め、ふらふらと蛇行運転をすることで散弾の威力を最低限に抑えようとしている。
  一方、エルもそこら辺のメードとは比較にならないレベルの、プロフェッショナルだ。最低限に押さえようとしている敵の行動を読み取り、未来位置に向けてトレンチガンを発砲し、敵の肉を削げ取っていく。
  だがそれも、敵が完全に仕留められないと判断するまでのことだ。トレンチガンのスリングを肩に掛け、自分のショルダーホルスターからヴァトラーPPKを取り出して撃った。何時狙いを付けたのか分からないほど、その動作は卓越していた。
  それぞれ前輪を撃ち抜かれ、大幅に機動力を削ぎ落とされた二台のジープは、次のカーブを曲がると見えなくなった。

 「これで終わりだと良いんだがな」
 「同感ですよ。ボクもここまでするとは思ってませんでした」
 「たかが情報部、されど情報部……か。面倒だな、本当に」
 「ええ、面倒ですよ、本当に」

  クスクスと笑いながら側車に座ったエルに、俺は苦笑を返した。今の今まで、エルが面倒などと言った事があっただろうか? 真面目で努力を苦にしないエルが、そんな言葉を言った事があっただろうか?
  少なくとも、俺の記憶には無かった。それがなんだか嬉しくて、最後には俺もクスクスと笑っていた。
  そんな時だった。重々しい排気音と黒々とした排気ガスを吐きだしながら、軍用トラックがミラーに滑り込み、荷台から軽機関銃を持った男がバイポッドを展開した。
  瞬時に笑みが消え失せ、スロットルを捻ると同時に、ハンドルを左に曲げて体重移動をしながら加速する。そして一秒も掛からないうちにハンドルを右に曲げ、体重移動をする。
  突然の加速と蛇行運転に、貫くべき目標を貫けなかった軽機関銃の弾丸が次々に地面に着弾するのをチラリと見て、その瞬間火力にひやりとする。あんなもの、いつまで避け続けられるか分かったものではない。
  射撃体勢に移ったエルの頭を押さえ込み、側車に座らせ、蛇行運転をしながら深呼吸する。本当に、面倒な奴らだ。まったく……。

 「掴まってろ。少しの間、構ってやれないが、我慢してくれ。良いな?」
 「その分の見返りがあるなら、ボクは構いませんよ」
 「考えとくよ」

  弾丸が金切り声を上げて至近を通過するのに肝を冷やしながら、俺は更に加速する。壁に激突しそうな勢いでカーブを曲がり、狙いを付けさせないように蛇行しながら、化け物エンジンに鞭を打つ。
  無機質な相棒と呼んでも、間違いは無いだろう、R120の防弾性能と乗物としての性能を信じ、俺は思い切りスロットルを捻り、エンジンが故障しないことをただひたすらに祈った。太股から感じるエンジンの鼓動は、まだ正常だったが、何時限界を迎えるかは予測不能だ。
  何時頃から放置されていたのかも分からないR120を直し、ここまでこき使ってきたが、今までこんなに鞭を打ったことはなかったなと、軽機関銃の唸り声とエンジン音を聞きながら、そんなどうでも良い事を思い出し、何となく笑った。
  笑うしかなかった。右左とカーブを曲がり、死が弾丸と言う形を成して頭を掠め飛んでいく中で、馬鹿真面目な顔をしていられるほど、俺は出来た人間じゃない。死ぬのは怖いし、エルが死ぬのはもっと怖い。その恐怖に押しつぶされないように、笑う。それだけだった。
  そして笑いながら、俺は最善の方法を絶えず考え、片っ端からそれをシミュレートし、生き残るための道を模索している。こんなところで死ねるかと、雑魚相手に死ねるものかと、心の内でそう叫びながら、俺は考え、そしてそれを見つけ出した。

 「エル、後輪脇のトランクの中に、でかい手榴弾が入ってる。それを使え」
 「信管は何秒です? まさか、着発式なんてことはありませんよね?」
 「まさかのまさかだよ。対車両用の大型手榴弾だ」
 「……なんでそんな危険なもの積んでるんです?」
 「片方に工具、もう片方になにを入れようか悩んでた時、余剰品のそれを貰って来たんだ。黒旗時代のものだから、きちんと爆発するかは分からない……が、試してみる価値はあるだろ?」

  俺が冷汗を浮かべながら不敵に笑うと、エルは珍しくぽかんとした顔をして、すぐに持ち直し、トランクから大型の柄付き手榴弾といった外見の対車両用手榴弾、M47柄付手榴弾を取り出した。 
  メード用のStiS39手榴散弾に形状は良く似ているが、こちらの弾頭は完全な円筒形で、小さなドラム管が木製の柄にくっ付いているだけにも見えなくはない。それでも、内蔵された混合爆薬の量は馬鹿にならないものがある。
  もっとも、手榴弾なのに着発式信管を採用し、更には3キロ弱ある重量もあり、後に他の手榴弾と同じような信管に取りかえられたという、使えない兵器の一つであるこの手榴弾に命運を託すというのは、どこか気が引けたが。

 「それじゃ、いきますよー」
 「少しの間だけ直線で走る。弾に当たるなよ」
 「ボクを信じてくださいよ」

  そう言いながらエルは安全ピンを引き抜き、投擲体勢に入った。そして運悪く、軽機関銃が吠えた。クソったれと怒鳴りながら、俺はショルダーホルスターからヴァトラーPPKを抜き、ミラーを頼りにしながら乱射した。
  一瞬だけだったが、軽機関銃を持った敵が怯んだ。その瞬間、エルが思い切りM47を放り投げた。上から投げるオーバースローではなく、バットを振るようにして投げつけられたM47は、半回転した後、トラックのボンネットに直撃した。
  投げ終わった後の体勢で立ちあがっていたエルの頭を反射的に押さえつけ、無駄と分かっていてもスロットルを捻る。瞬間、鉄と鉄がぶつかる音を掻き消す轟音が耳を馬鹿にした。
  TNT爆薬を上回る破壊力を持つ新型混合爆薬が生み出したエネルギーによって、トラックのボンネットは原型を留めないどころの話ではなく、エンジンやシャフトも含めて潰れて無くなり、人が乗るべきスペースは押しつぶした箱のようになった。
  発生した衝撃波は道路に溜まっていた砂を根こそぎ吹き飛ばし、飛散した鉄片は銃弾並みの威力を持って道路に並んだ店のガラスを貫通し、一番厚い壁にめり込んだ。通常の破片手榴弾と違って、その数は少ない筈だが、正直あまり変わりがあるとは思えない。
  加速し過ぎて壁に突っ込みそうになったが、急ブレーキと体重移動でなんとか停車する。耳鳴りで何も聞こえず、身体の節々が痛んだが、とりあえず生きていた。

 「エル!」
 「生きてます!」

  ほっとしたのも束の間、左脇腹に激痛を感じ、エルに悟られないように指先で確かめてみると、ぬめりとした液体でしっとりと濡れていた。
  耐えきれないほどの痛みでも、隠しきれないほどの傷でもない。ただ、エルに貰ったコートに穴があいて、俺の血で汚れてしまったということが、少しだけ悲しかった。
  痛みも悲しみも一緒くたにした深い溜息を吐きだした後、スロットルを軽く捻る。ブルンと無機質な相棒が答えたので、俺はエンジンタンクに穴が開いていないことを確かめる。
  こっちの相棒は大丈夫そうだと内心呟きながら、今度はエルの方に視線を投げる。目と目があったが、今更そういう事が気になる間柄でもない。二つのコートの前を素早く開けて、傷は無いか確認した。
  流石に驚いたのか、これにはエルも目をパチクリさせていた。俺自身はそんなに驚くことだろうかと、そう思っているのだが。

 「あ、あの……シリル?」
 「傷も無い。本当に大丈夫みたいだな」
 「もう、ボクを信頼して下さいって、さっき言ったばっかりなのに」
 「……すまない。でも、本当に大丈夫かどうか、それを確認したかっただけなんだ」
 「分かってますよ。それにしても驚いたなぁ、ボクはてっきりこんなところで抱いてくれるのかと……」
 「誰がするか。こんなところで」

  言い切る前に言い返し、俺はスロットルを捻り、サイドカーを走らせた。鋼鉄の相棒に、お前は防弾されてるから良いよなと内心愚痴りながら、エルの案内に従って第七課の施設へ向かう。
  じわじわと広がっていく左脇腹の出血や、段々とぼんやりと輪郭を失っていく痛みを感じながら、それでも俺が怪我をしていることだけは隠し通す。今の状況で、エルに無駄な心配をさせる訳にはいかないのだ。




関連項目
シリルエルフィファーレ
SAS

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最終更新:2011年06月22日 18:36
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