Op.3 hold a gun to a person's head

(投稿者:エルス)



  西洋風の古い屋敷をそのまま小さくしたような建物が、多数の娼婦を抱え込む娼館だと知れば、今まで良い建物だと唸っていた輩は瞬時に鼻の下を伸ばすのだろう。
  二人の見張りは安物のスーツを身につけ、ジャケットの前を開いていた。ショルダーホルスターから拳銃を抜き易くするためだ。恐らくは金で雇われたと思われる二人は、夕方のカーチェイスで目を覚ましたのか、四方に目を光らせていた。
  しかしながら、それは自分の分担された場所を守ろうというだけのものだ。誰も他の奴が守っている所から襲撃されるなんて思ってもいない。そんなことを考えて、俺は思わず口元を緩めた。
  男と男の間隔はおおよそ10メートル前後。音を立てずに背後から忍び寄る俺とエルに気づくほどの直感の無い、そこら辺に転がってそうな雑魚が二匹。メインディッシュの前の前菜ということだろうか? まあ、どうでも良いのだが。
  そういうわけで、エルがナイフで男の喉をかき斬るのを横目に、俺は男の後頭部と顎を掴み、顎だけが外れないように口を閉じさせてから180度回転させた。音だけは小気味良かったが、大の大人の首が180度回転するというのは、目の前で起きると気味が悪かった。

 「……クリア」
 「こっちもクリアです」

  ひゅうひゅうと言う空気を吐き出す音がエルの足元辺りから聞こえてきたが、それもすぐに収まった。俺は肩のトレンチガンを手に持って、エルは両手にナイフを持って、トラップの有無を確認した後、正面玄関を蹴り開けた。
  ぽかんとした顔の女が書類らしきものを手にして突っ立っていたので、その顔目掛けてトレンチガンをぶっ放し、続いてトランクを片手にしている男の胸に銃剣を突き刺し、抜くと同時にトリガーを引いた。どちらもほぼ即死だっただろう。
  エルはエルで近場にいた三人の事務員らしき男女を音も立てずに捌き切っていて、俺が目を向ける前にナイフに付着した血まで拭き取っているという余裕を見せている。これがプロフェッショナルとアマチュアの違いかと呆れる傍ら、撃った分だけショットシェルを装填する。
  辺りを見回してみると、外見だけでなく中身も屋敷そのもので、扉正面には無駄に大きな階段があり、部屋が幾つもあることが確認できた。待ち伏せにはもってこいのシチュエーションだったが、まるで撤収前の秘密基地みたいな雰囲気に、少し拍子抜けする。

 「……撤収前、か」

  もし本当に撤収しようとしていたのなら、例のカーチェイス沙汰が起きた直後に急いで逃げ出すべきだというのに、第七課ともあろう奴らが、遅れに遅れてそれを実行しようとしたのだろうか。
  いや……それはないだろう。きっとここで死んでいる奴らは、現地で雇われた従業員だとか、そういった要員だとか、もしくは今まさに逃げ出そうとしていたところの腰抜け共なのだろう。まあ、殺した後に無関係だということが判明しても、心は全く痛まないのだが。

 「一階の制圧を続けよう。二階はスターリングに、この広間はルルアに任せる」
 「了解です。右と左、どっちから行きます?」
 「左だ。入ったら俺が右、お前が左をやる。分かったか?」
 「だ~か~ら~……ボクを信じて下さい、ね?」
 「……ああ、そうだな。無駄に時間を喰っちまった。スリーカウントだ」

  壁にぴたりと背中をつけ、ドアを挟んで左右に立つ。向かい側のドアも警戒しなければならなかったが、どちらが先に突入するか考えている内に、死体を見て顔を青くしたルルアが屋敷内に入ってきたので問題はなくなった。
  ルルアは何か声を掛けてほしそうな目で俺を見たが、今はそんなことに構っていられる状況じゃない。やはりというか、とうぜん俺が先に突入する事になり、右手でトレンチガンを握りつつ、左手の指を一秒ごとに一つ折る。
  左手が拳になった瞬間、俺はトレンチガンをドアに向け、蝶番を散弾で破壊した後、ただの開閉する木の板と成り果てたドアを蹴り開けた。テーブルで作ったバリケードが右に見えたので、俺は引金を引いたまま素早くフォアエンドを操作し、マガジンチューブに残った散弾を全て連射した。
  俺に続いて突入したエルは左側のバリケードから銃口と頭を出していた奴らを、拳銃ではなく、ナイフで黙らせた。恐ろしいのは、投げた瞬間に聞こえる筈の腕が風を切る音が一度しか聞こえなかったという事だ。
  三つの目標に三つのナイフを直撃させ、挙句の果てにそれは一度の投擲によって完遂されたというのだ。見事というしかなく、感嘆の溜息が出そうだった。実際、出たのは敵の弾丸が当たらなかった事に対する安堵の息だけだったが。

 「右、クリア。ここはこの部屋で行き止まりなのか?」
 「左もクリアです。行き止まりですよ、一度広間に戻りましょう」
 「ああ……いや、ちょっと待て」

  ドアに歩を向けたエルとは逆方向に足を踏み出し、懐からマッチモデルを引き抜き、チャンバー内に弾丸が装填されていることを確認する。そして血を流して死んでいると思われる奴らの頭に、一発づつ45口径の鉛弾を喰らわせてやった。
  俺がトレンチガンで仕留めた筈の奴らは、全員が死んでいたというわけではなかったらしく、とある男は弾丸を叩き込まれた後、二度三度と痙攣した。目障りだったので、更に二発の弾丸を叩き込むと、痙攣も治まった。

 「これで良い。次に行こうか」
 「ええ、行きましょう」

  ショットシェルを装填しながら広間に戻ると、スターリング率いる銀行強盗集団が二階に駆け昇っていくところだった。俺は反対側のドアに行く途中、一人取り残されたようにポツンと突っ立っているルルアの肩を叩いた。
  ここはお前に任せたという意思を伝えたつもりだったが、正確に伝わったのかは分からなかった。それでも確かめる気にはなれず、俺とエルはまたドアを挟んで左右に立った。ジェスチャーの会話の末、今度はもっとも安全な突入方法で行く事にした。
  今度はファイブカウントで突入するべく、俺は一と呟きながらトレンチガンで蝶番を破壊し、エルは持ってきていたミルズ型手榴弾のピンを引き抜いた。二と数えながら壁に背中をつけ、待ち伏せの銃火が煌めく中、エルが手首のスナップだけで部屋の中に手榴弾を投擲する。
  銃弾が至近を通過する音を聞きながら三と数え、四と口に出した瞬間、部屋の中でミルズ型手榴弾が爆発し、部屋中に殺傷能力のある無数の破片をばら撒いた。五と心の中で唱えながら部屋に突入し、ボロボロのバリケードとボロボロの肉雑巾が目に入った。
  スリングを使ってトレンチガンを素早く肩に掛け、微かに動いていた肉のボロ雑巾にマッチモデルの銃弾を撃ち込み、空になった弾倉を弾の入ったものに入れ替え、スライドを引いてチャンバーに弾丸を送り込んだ後、転がっている死体の首を踏み折った。
  二階からと思われる悲鳴とくぐもった銃声が聞こえてきた。順調かどうかは分からないが、あっちはあっちできちんと仕事をしているらしい。

 「ところで、隠し扉……なんてものはないだろうな、嫌だぞ、気づいたら囲まれてましたって言うのは」
 「それはボクにも分かりませんねぇ。敵を欺くにはまず味方から、とも言いますし」
 「一筋縄じゃいかないようだからな」

  呆れ気味にそう言った後、また広間に戻った。広間の真ん中できょろきょろとしているルルアの所まで歩き、声を掛ける。
  ルルアは性格上、人の死体を平然と見れるような奴じゃないし、簡単にそれを割り切ることもできない。俺以上に不器用で優しいから、俺みたいに諦めることもないから、そして何より、一番人間らしいから。
  そんなルルアが色んなものを背負いこんでいるのは知っていた。だから一応、声を掛けておこうと思ったのだ。さっきは余裕がなく、掛ける気にもなれなかったが、二つの部屋を制圧したことで、上機嫌になっているのだろう。

 「大丈夫か?」
 「ええ、大丈夫です。それより、シリルは自分のやるべきことをやってください。私は今のところ、必要なさそうですから」
 「……そういう事言うな、アンタは俺にとって必要な奴の一人だ。ここにいるだけでも、十分なんだ」
 「え、それは一体、どういう意味で……」
 「言葉通りの意味だ」

  あわあわと何故かうろたえるルルアを放置する事にして、俺とエルは装備を軽く確認した。次は階段の左右にあるドアに突入するつもりだったが、どうやらその必要は無くなったようだった。
  左右のドアを開けて出てきたのは短機関銃や拳銃で武装したエージェントらしき男たちで、腰を低くして歩きながら短機関銃を短く区切って撃ってきた。狙いの正確な凶悪な弾丸だったが、それは俺とエルに届かなかった。
  スラリと長い刀身が何時抜かれたのか、それは俺にすら分からなかったし、きっとエルにも分からなかったんじゃないだろうか。それは不自然なほど自然に抜かれ、一秒と経たないうちに飛び交う全ての銃弾に接触し、銃弾のコースを強制的に変更した。
  標的を見失っても直進を続けた銃弾は壁や床に突き刺さり、木片や石の破片をまき散らしたが、そんなことで驚くような相手ではなかった。一人がマガジンを交換する間を他の一人がカバーし、連携しあっている。
  やっとお出ましかと思いながら受付かなにかだったと思われる机の影に飛び込み、トレンチガンに銃剣を装着した。遅れて飛び込んできたエルは既に数本の投げナイフを纏めて持っており、なんだか楽しそうな表情をしていた。

 「アイツはどうしたんだ?」
 「一人で十人分の弾丸を防いじゃってます。やっぱりルルアは凄いなぁ……」
 「だからと言って、このまま俺たちが休む訳にもいかないだろう。行くぞ、エル」
 「いつでもどうぞ」

  ベッドの上で見せるような笑みを浮かべたエルに苦笑を返し、俺は床を蹴って男たちに銃口を向けた。ルルアが逸らした銃弾が当たらない事を祈りつつ、左側の武装集団目掛けて突っ走り、野球選手のようなスライディングをしながらトレンチガンを男たちに向けた。
  弾丸を逸らし続ける化け物に夢中だったのか、いきなり現れた特攻野郎にビビっているのか、男たちはフルオートで弾をばら撒いてきたが、結果は身体に掠るか床に当たるかのどっちかで、俺を殺したり動けなくするほどのダメージを与える事は出来なかった。
  至近で炸裂する9ミリ弾と銃声が鼓膜を叩き、頭の傍を過ぎる弾丸が響かせる風を切る音が心の中にある臆病な俺を震わせた。硝煙の臭いが鼻を突き、トレンチガンの反動でストックが肩に食い込むのを感じながら、俺は散弾を乱射し、男たちが鉛弾を何粒も身体に受け、血を噴き出して倒れるのを見た。
  さっと素早く立ち上がった俺は、銃弾が数十個掠った所為で血だらけだった。傷自体はジンジンと痛むが、無視できないものでも無い。血だらけで死んだ男たちの真ん中に滑り込んだので、その分傷から出た血が目立たないほど血だらけになってしまったが、今更血で汚れて嫌悪感云々など言っていられない。
  置き上がってエルの方を見てみると、丁度武装集団に突っ込むところだった。心がざわつく感覚を必死で抑えながら、俺はそれを見守ることにした。信頼するとは、そういうことじゃないかと思ったからだ。
  俺がそんな事を考えている時、エルは猫のような敏捷さで壁目掛けて駆け走り、そのまま壁を走ったかと思えば、足先で壁を蹴って空中で綺麗に一回転した。見取れていると、五人の男が床に倒れた。回転している最中に投擲されたと思われるナイフが男たちの喉元に突き刺ささっているのが見え、ゾクリと背筋が震えるのを感じる。あんな状態で投げたナイフが、脊椎まで達し、瞬時に男たちを無力化したのだ。
  残った二人の男が恐慌状態に陥って短機関銃を乱射するのを回避しながら、エルはダガーナイフを取り出した。その時、ペロリと唇を舐めるのが見えた。俺は場違いにも、可愛らしいなと思った。哀れな二人が揃って弾切れになった瞬間、豹のような素早さでエルは二人の間をすり抜け、慣れた手つきでダガーナイフを仕舞う。そして少し遅れて、二人の男の首筋から血が噴き出し始めた。

 「棘の無い薔薇は、存在しないんですよー?」

  振り向きながら、エルはどこか楽しげにそう言った。俺に対して言ったのか、はたまた床に倒れ伏している死体に対して言ったのか、それは本人にしか分からないのだろう。
  俺に向けていっていたのなら、それはそれで良い気がした。俺の勝手な愛とやらを押し付けることは、エルにとって苦痛かもしれない。もしそうなら、俺は少し孤独を楽しみ、冷静に考えを纏めてからもう一度やり直すだろうが。
  そんな口に出したら赤面必至なこと思いつつ、俺はトレンチガンにショットシェルを込め、肩で息をしているルルアに歩み寄る。馬鹿馬鹿しいまでの集中力と判断力、そして経験からの反射で構築した、銃弾を逸らすという神業を連続で使ったのだから、その疲労も当然だ。

 「大丈夫か、ルルア?」
 「誰に向かって言ってるんですか。伊達に六年も生きてませんよ。それよりシリル、貴方の方は……」
 「この血のことか。大丈夫だ、安心しろ、俺の血じゃない」
 「そうですか……なら良いんです。くれぐれも無理しないでくださいね」
 「アンタもな」

  冗談でも何でもなく真面目にそう言うと、ルルアは静かに頷いた。出来れば口でイエスかノーと言ってほしかったのだが、そこまでしつこく追及する理由が見つからず、結局俺はルルアに背を向けて、エルとハイタッチを交わした。
  派手な音を響かせると後で面倒な説教を喰らいそうだったので、音が出ないようにした軽いハイタッチだったが、それでもエルの調子の良さは十分伝わってきた。俺と同じように最高に絶好調で、どんな困難でも打ち破れそうな、そんな調子だ。
  そういうわけで俺たちは、隠し扉か何かがある可能性を考えて階段を囲むように三方向を警戒しながら、スターリングたちが二階の制圧を完了させるのを待った。そして一分か二分ほどして、スターリングが階段を下りてきた。手にはブローニグ・ハイパワーを握っていたが、発砲した形跡は無かった。

 「二階は制圧した。一階はどうだ」
 「制圧したよ、アンタらより一足早くな」
 「それは良かった。ならお前達はそのまま地下へ向かい、反抗する敵勢力を殲滅しろ。オーベル・シュターレンは、可能である場合、逮捕しろ。分かったな?」

  有無を言わせぬ威圧感を背後に漂わせ、スターリングがそう言った。要するにオーベル・シュターレンを殺すなと言っているのだ、こいつは。
  そんな事出来る訳が無いだろうと思いながら、俺は無表情のまま静かに頷いた。それはハッキリ言うと、嘘の頷きだった。俺は最初から、オーベル・シュターレンを殺すつもりだったのだから。





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最終更新:2011年06月22日 18:47
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