Behind 7-5 : 眩暈

(投稿者:怨是)


 追放されることも許されない。
 今や誰もが私を疎んじている。
 “あいつら”が私の口を塞ごうとしているのに、黙ることも許されない。
 ここから居なくなれと望まれながら、私はこの場所に縛り付けられている。
 私の作り上げた一切が、一日とたたずに誰かに壊される。
 その度に私が陰で涙を流しているのを知っている?
 私はいっそ、自分の手で私を壊してしまいたいのに。
 それさえも許されない。そうだ、破片をばらまく旅に出たい。

(獄中日記と思われる記述。筆者不明)



 1945年9月11日の昼下がり。ハーネルシュタインの執務室にて。
 アドレーゼはこの部屋にて独り、焦っていた。失態に次ぐ失態を、何度も繰り返している。その中でもアースラウグの保護義務は、最重要項目の一つである。彼女に人の死ぬ様子を見せてはならない。教育上、問題が発生する危険性を孕んでいる為だ。しかし、その禁忌を何度も破ってしまった。アースラウグの命を守ろうとするあまり、彼女の目の前で何度も人を斬り殺している。暴力的手段は時として最速の問題解決方法になり得るが、決して最善ではない。

『あれだけ繰り返してしまえば最早、手遅れよ。別の手段を講じる他あるまいて』

 ハーネルシュタインは頭を抱えてそう云っていた。その時アドレーゼは反論せずに、ただ俯いて反省するばかりであった。
 問題はこれのみではない。プロミナの件もそうだ。管理不足の結果プロミナは暴走し、テオドリクスを暫く動かせない状態にしてしまった。本来、尋問は身体機能の損傷を避ける程度に加減する事を前提としていた。が、騒ぎを聞いて駆け付けた時には既にテオドリクスの皮膚の一部が焦げており、またコア出力抑制装置のせいで回復が追い付いて居らず、復帰までにおよそ三ヶ月の期間を要する状態にまで追い込まれていたのだ。
 ここから如何にして汚名を返上するべきか。これだけの失態を演じたのだ。起死回生の挽回をせねば、見捨てられてしまう。願わくば一度、罰を。この身を踏み付け、罵詈雑言で(なじ)ってはくれないものか。罪に穢れたこの魂に、煮えたぎった熱湯を掛けてはくれないものか。アドレーゼは己の肩を抱き、断罪される自分自身について、そして断罪してくれる者に対して思いを馳せた。腹部が熱を帯びる。

「はぁ……」

 身体中が僅かに震え、快感から思わず溜め息が漏れた。おとぎ話に出て来る白馬の王子様は、自分の前に現れるとすれば、きっと縄を持っているに違いない。アースラウグがそうなのか、それともジークフリートなのか。嗚呼、早く訪れてはくれないものか!

「あの方々に蔑まれ、踏まれれば、わたくしの心は安らぐというのに」

 ――痛みは罰。それを以て我が罪は清算される。
 この信念が既に病んでいた心の、その歪みを加速させ、蝕む毒である事は知っている。だが、偏執狂が如く愛国心を燃やす事をやめたくはない。犬であってこそ、自分は生きられる。実際、まだハーネルシュタインやニルフレートにも見せていないが、アドレーゼは襟の中に首輪を嵌めている。程良い締め付けが、意識を覚醒させてくれるのだ。
 アドレーゼは書類を何枚かめくる。向こう半年分のレンフェルクの活動の予定を記した計画書だ。年内には黒旗はまだ生かしておくといった内容が目に付く。今回の更新で新たに追加されたものだ。政治の駆け引きに於いて、Gだけでは敵としてはやや不足があるというのがハーネルシュタインの見解である。アドレーゼはそれについて、まさしくその通りだと考えている。最早、黒旗は親衛隊にとっての脅威では無く、宰相派との交渉――そして、己の忠誠を示す為に用いるカードでしかない。彼らから撃ち込まれる銃弾の全てが、アドレーゼを撫でる慈雨となる。

「アースラウグ様……」

 恍惚とした表情で、アドレーゼは唾液の溢れそうな口に指を入れた。少しはこの、焦心と偏愛の入り交じった気分が紛れるかもしれないと信じて。



 同時刻、特設会議室にて。ハーネルシュタインは国防三軍の頭首達――アルブレヒト・フレガー陸軍元帥、エルンスト・ダルトマイエル海軍元帥、ライナー・ランガーリッヒ空軍元帥の計三名――と会談していた。

「ドッペルバウアー大将の急逝は痛手であったな」

「歩み寄る死の気配には、誰も勝てますまい。グライヒヴィッツの裏切りで心を痛め、身体を病み、それからは目に見えて弱っておりましたからな」

「黒旗こそ病理、死を運ぶ疫病そのものよ……」

 ドッペルバウアーは士官学校時代からの友人だった。それをじわじわと影から追い詰め、遂には衰弱死に追い遣った黒旗をハーネルシュタインは許せる筈も無かった。許されざる裏切りの引き金は、宰相派が引いた。彼らの度し難き軍事計画を阻止すべく奔走したハーネルシュタインの努力も空しく、1944年のあの日、マクシムム・ジ・エントリヒ皇帝は周囲を取り巻く不穏な空気を怒り、それに対して逆上した一部の兵士達はグライヒヴィッツの言葉巧みな演説によって道を誤った。正義の対価はあまりに重すぎた。彼らの穴を埋めるべく、今まで禁忌とされ、慎ましくせざるを得なかった行為に伴う約束事を、ハーネルシュタインは敢えて破壊した。

「さて、友を偲ぶ時間は此処までにしておこう。如何か、わしがそれぞれ手配したMAIDの調子は」

 本来、MAIDが所属できるのは皇室親衛隊だけだ。その原則を崩した原因の一端であるハーネルシュタインは、不公平な戦力バランスでは絆など生まれないと考えたのだ。今や国防三軍全てにMAIDが配備されている。その数に偏りはあるものの、全く配備されないよりは幾らか兵士達の感情も良くなる。既に、大量配備の約束も取り付けてある。ルージア大陸戦争以前より苦楽を共にしてきた国防軍なのだ。蔑ろにして良い理由が何処にあるというのか。
 更にハーネルシュタインは国防三軍からの『統率者にも象徴となるMAIDが欲しい』という要請にも、迅速に応じた。眼前に座る三名全員に、それぞれ手配して見せたのだ。生産が追い付かないと嘆いたMAID技師に、名が売れると鼓舞した時のあの技師の表情はなかなか忘れられるものではない。

「フレガー陸軍元帥、まずは貴公から答えよ」

 フレガー陸軍元帥はミネラルウォーターから口を離し、静かに語る。

「頂いたMAID、ラズラルーシャでしたら万全ですよ。言葉遣いが荒すぎるのは玉に瑕ですが、そこにさえ目を瞑れば、あの戦闘能力は間違いなく政敵を圧倒しうるでしょう」

「なるほど。良き事であるぞ」

 元々、ラズラルーシャはさる陸軍将校の下に配属される予定だったMAIDだ。しかしその陸軍将校が戦死してしまった為に、引き取り手が誰も居なくなった。その宙に浮いた計画に目を付けたハーネルシュタインは、すぐさま関係者達に新たな引き取り手であるフレガー陸軍元帥を提案した。

「ダルトマイエル海軍元帥よ。貴公に送ったエーテリッサは如何か」

「フレガーのラズラルーシャに同じく、順風満帆そのものですな。戦術研究局で発案された水陸両用戦法、それと技術部に発注した爆圧槍との相性が良く、既に戦場に出て久しい既存のMAIDに対しても遜色の無い戦いぶりを見せてくれている」

「うむ。良き事であるぞ。して、ランガーリッヒ空軍元帥は」

「帝都防空飛行隊の隊員に劣らぬレーベングレーテの活躍は、私に夢を見させてくれます。彼女が時代の新たなる風を運んでくれる……いつか、帝都防空飛行隊と翼を並べる日を、楽しみにしておりますよ」

「良き事であるぞ。各人、満足しておるか?」

「ええ」

「云うまでもなく」

「勿論ですとも」

「それで良い。苦心して技術部に何度も足を運んだ甲斐があるというものぞ」

 MAIDは宝玉そのものだ。古の時代では、身分の高い貴族達は目下の者に宝玉を与え、絶対の忠誠を約束させた。施しとは、絆を深める一つの手段なのだ。互いにいがみ合っていたフレガーとダルトマイエルを結束に導く事を可能としたのも、MAIDを傍らに置く事で彼らに大きな自信を与えたが故のものだとハーネルシュタインは信じた。
 だがMAIDというものは同時にまた、動きを封じる鎖としても機能する。ホラーツ・フォン・ヴォルケンSS中将に敢えてベルゼリアというMAIDを本人に内密のまま手配したのも、彼が担当MAIDの教育に気を取られ、動きが鈍る事を期待してのものだ。ライサが予想以上に動く為に依然として苦戦を強いられているが、現時点では概ね順調に事が運んでいる。皇帝に楯突く宰相派を弱体化させ、王政を安寧のものにする為に、随分と苦心してきた。この帝国、ハーネルシュタインの愛する帝都の、その主である皇帝に疑問を持つ国民達が居てはならない。民草の内に反皇帝の思想が生まれては、絆は崩れ去ってしまう。そうであってはならないのだ。
 宝玉としても鎖としても、そして地位を示す象徴としても存在しうるMAIDというものに、ハーネルシュタインはふと奇妙な愛憎と憐憫を覚えた。彼女らの多くはその存在意義をGの殲滅というそれだけのものと信じ込んでいる。人格と思考、思想を持ち、何の為に生み出されたかまでは考えながらも、教育担当官の人選、配属先、その他数々の経緯、そしてそこに孕む政治的意図にまで疑問を挟む個体は本当に少ない。

「考え事ですかな、名誉上級大将」

「少し、な。老人の悪癖である。気にせずとも良いぞ」

 幸いにも、この老いぼれを茶化す者はこの場に誰も居ない。彼ら国防三軍の頭首達は己の愛娘(MAID)について思い思いの所感を語っている。彼らに甘えて、自分も物思いに耽るとしよう。
 ギーレン宰相を、ハーネルシュタインは嫌っている訳では無い。親子の対立を調停し、宰相に皇帝の思想を真に理解して貰う事によって、知性を持った暗愚の時代を防ごうと考えているのだ。敵は宰相本人ではなく、あくまで宰相派だ。世襲を用いた帝政というものは、いたずらに親に反発してはならない。親が死に、親の年に追い付く時、始めて子は親に勝てる。それを自覚し、子は親を敬い、親より学び、親を理解し、その上で親より進んだ思想を生み出す。これこそが前進というものではあるまいか。革新的な技術を明るい方角へ導くべく用いねばならないのだ。進歩とは何たるかを、ギーレン宰相にはもっと教えるべきである。
 ハーネルシュタインは静かに目を閉じ、卓上の書類の束を整えた。



 アドレーゼは唾液に塗れた手袋をポーチに仕舞い込み、替えの手袋をその手に嵌めた。此処までの痴態を誰にも見られていないという確信はあった。手袋に包まれた指にむしゃぶりついている間、ずっと両足の刃の先端から鋼線を床に張り詰め、付近に闖入者が居ないかどうかを警戒していたのだ。目撃されれば信用に響く。たとえ部屋の中と云えども、突然ドアを開けられれば、アドレーゼと無遠慮な第三者との間に冷たい風が吹くのは避け得ない事だ。

「では、そろそろ様子を見に行きましょう」

 誰に云うでもなく、アドレーゼはそう呟いてドアを開く。開け放たれた廊下の窓より流れる涼風は、間もなく帝都に秋が訪れる事を示していた。此処は、グレートウォール戦線とは違い、平和そのものだ。アドレーゼが生まれた頃には既に不穏な内部抗争は激化の一途を辿っているが、帝都のあらゆる地区で争いや事件が勃発しても、この親衛隊本部が戦場になる事は絶対に無い。いさかい、口論、喧嘩はあれども、戦争と形容できる程の巨大な暴力は存在しない。小鳥のさえずりを聞きながら、アドレーゼは今日も帝都が平和である事を祈った。

「……?」

 地下牢へ続く通路から、何かを引きずった跡が残っている。不穏な気配を感じたアドレーゼは、地下牢へと走った。

「これは……」

 地下牢の鉄格子は悉く破壊し尽くされ、ここが何を収監していたのかを忘れそうになった。ここだけ大地震でも起きたのか。曲がり角の先にある独房も、鉄製のドアはおろか、それを留めていた壁すら砕かれている。その近くに、看守は倒れていた。全身の血の気が引くのを感じつつもアドレーゼは看守へと駆け寄る。血塗れで突っ伏している看守を仰向けに直し、そこから起き上がらせた。彼は弱々しいながらも、息をしている。

「もしもし、御無事ですか!」

「ああ……生きてはいるよ。くそったれ、“あれ”が戻ってくるなんて、聞いてなかったぞ……」

「何があったか教えて下さりませんか」

「お前は、シュヴェルテというMAIDを知ってるか?」

「いえ」

「随分前に死んだ筈の、黒旗に寝返った裏切り者だ。そいつが独房からプロミナとテオドリクスを解放しやがったんだ。妙な薬をあいつらに注射してな」

「妙な薬……」

「俺はMAIDに詳しくないが、栄養剤の化け物みたいなものを使ったんだろう。テオドリクスは起き上がる事も出来なかった筈なのに、ドアをぶち破って、走って行った」

 十中八九、彼の云っている薬品とは“起動剤(ブースタ)”の事だろう。生まれたてのMAIDはエネルギーを抑えられ、休眠状態となっている。それを目覚めさせるのが、その薬品という事だ。使い方次第ではエネルギー出力を高め、一時的ではあるが最高出力を得られる。あのプロミナに投与したとあらば、この上ない脅威となるだろう。暴れられる前に、全力で抑えねばならない。

「行き先は解りますか?」

「でかい得物を引きずってたからな。跡ぐらいは付いてるだろう。そいつを辿れば……」

「ありがとうございます。襲撃を受けた旨のご連絡は?」

「もうしたよ。俺は放って置いてもいい。兎に角、連中を追ってくれ」

「かしこまりました」

 通常、起動剤はEARTH経由でMAID技師達にのみ提供される薬品だ。尚且つ、どんなに保存状態が良くても精製から三日間しか効力を発揮しない。それがほぼ壊滅状態の筈の黒旗の手に渡っているという事は、EARTHはまだ黒旗への支援を打ち切っていないという事実に直結する。水面下ではまだ、きな臭い裏取引が何度も行なわれている。首筋を虫が這い回る様な感覚に、思わず顔が歪む。
 更に一押ししたのは、後ろから掛けられた、聞き覚えの無い声だった。

「ごきげんよう。アドレーゼさん」

 南国の海を思わせる青い長髪をなびかせた、黒い服のMAIDがそこには居た。二本の杭を装着した盾と、大柄な軍刀という装備は騎士を思わせる。しかし、双眸に宿る暗い光はある種の妖艶さすら漂わせ、服の色も相まって爛れた印象を与える。

「貴女が、黒旗の……?」

 帝国に属するほぼ全てのMAIDと顔を知っているが、彼女の顔は見た事が無い。彼女が看守の云っていた、黒旗のMAIDだろう。

「地下牢を破壊したのは貴女ですわね。お名前は、シュヴェルテでしょうか」

「如何にも。獣を檻から解き放ったのは私。どう? 一戦交えてみない?」

「お断り致しますわ」

 おもむろに何を云い出すかと思えば、このMAIDはよほど戦好きらしい。

「そんな事云わずにさ。ちょっと付き合ってよ。君を野放しにすると面倒な事になるしね」

「黒旗の好きにはさせませんわ」

「実際好きにされてるよ。気付いてないの?」

「気付いているからこそ、連鎖を止めねばなりません!」

「ひよっこさんが吠えるものじゃない。みっともないよ」

 粘り気のある嘲笑が、アドレーゼを逆撫でした。ひどく歪な嫌悪感が全身にへばり付いて消えない。この感情が怒りであるのか、それとも苦しみであるのか、或いは他の類いなのかを忘れてしまう程に、奇妙な険呑さを纏っているのだ。このシュヴェルテというMAIDは。

「わたくしにはキャリアこそ御座いませんが、実力では引けを取りませんわ。突破するだけなら短時間……いざ!」

 ――立ち塞がる悪は両断せよ。
 それが帝国の教えだ。アドレーゼは一息に剣を振り下ろし、切っ先のワイヤーでの両断を試みた。が、盾は思いの外硬かったらしく、一筋の傷を刻むだけに終わる。生温い汗が背中を濡らすのを隠して後ずさるアドレーゼに対し、シュヴェルテは表情を崩さぬまま歩み寄ってくる。近寄らせてなるものか。回し蹴りで吹き飛ばそうとするも、咄嗟に軍刀を床に突き刺したシュヴェルテはそれを片手で掴み、アドレーゼを真後ろに叩き付けた。シュヴェルテが軍刀を引き抜いて向き直るのと、アドレーゼが起き上がって飛び退いたのはほぼ同時だった。

「何故そんなにがむしゃらになろうとするの? ジークフリートに愛して欲しいから?」

「……いいえ。この帝国の為です」

「嘘ばっかり。邪な恋慕に溜め息を混じらせる姿が目に浮かぶ。ここで私やプロミナを取り押さえれば、少しは評価されるかもしれないとか思ってたりするでしょ」

 心に足跡が付いた。あまり表には出したくないが、愛国心を嘯く傍らでそういったある種の恋心を奥底に潜ませているのは否定しようのない事実だ。目の前のMAIDがそれを知っているのは、単に彼女が地獄耳だからか。

「危険な存在と化してしまった以上、止めねばならぬのは騎士の務めでは御座いませんこと?」

「ジークは“こっち側”だから、本気で止めようとするとは思えないなぁ……」

「出鱈目を仰る。ジークフリート様が、貴女がたの様な為らず者に与する筈がありませんわ」

 横薙ぎに振り払う。またしても盾に弾かれた。ここまでは想定内だ。剣の先端に取り付けた何本ものワイヤーでの刺突を試みる。右手の剣より一本、二本、三本、そして左手からも放つ。が、それらは空振りした。張り詰めたワイヤーをなぞる様にして、シュヴェルテは歩いて避けて見せた。失望と憐憫を滲ませた彼女の表情が、アドレーゼを焦らせた。すれ違いざまに幾つもの銃弾が身体を掠め、服や皮膚を破いて行く。シュヴェルテは軍刀から銃へと持ち替えていたのだ。

「そっか。信じて貰えないよね……本当はジークが君を疎ましく思ってる事も」

「何の話でしょう?」

 傷の痛みを誤魔化し、努めて平然を装うも、シュヴェルテはアドレーゼの心境を見破っている。彼女は、戦いに関してはすっかり興を削がれたといった風で、両手をだらりと降ろし、立ち尽くしたままこちらを見つめている。最早、敵と認識していないのだ。

「誰よりも真面目に全力で頑張ってる後輩達が馬鹿を見る現状を、君は打ち砕こうともしない。ジークはね。かつて戦果並列化という馬鹿げた計画によって犠牲になったMAID達の事を今でも悔やんでいる」

「戦果並列化……?」

「君達は本当に、何も知らないんだ……黒旗が生まれたきっかけの一つなんだけど、君の飼い主さんは何も教えてくれなかった?」

「そんなものがあった事すら」

「解った。じゃあ教えてあげよう。ホラーツ・フォン・ヴォルケン中将……今も中将なのかな。その彼が考案したのが、戦果並列化。強いMAIDが沢山のスコアを稼いだら、同じ部隊、または近い部隊のMAIDや兵士にそれを分配する」

「何の意味が有るというのでしょう」

「強いMAIDが突出しすぎない様に、そして、置いてけぼりのMAIDや兵士がふて腐れない様に。馬鹿げてるけど、当時は意味があると思ってやってた。でも……そうだね。結局はジークフリートのスコアを上げるために他のMAIDのスコアが全体的に下げられるという使い方をされちゃったし、それでもその戦果並列化に逆らって突出していたMAID達は次々と暗殺された。私だって、その中の一人になる筈だった。何の因果か、こうして生きてるけどね」

「信じがたい話ですわ」

 どうせ逆恨みか何かだ。何をどう考えれば、その様な馬鹿げた法案が通ると云うのか。あのヴォルケン中将は暗愚だが、流石にそんなものまで通す程に愚かであっただろうか。シュヴェルテの言葉には何処かで矛盾が生じている筈だ。それを探し、余裕綽々な態度を突き崩してやらねば。

「私が云っても信じてくれないか。後でジークに訊いてみるといいよ。殺さないであげるからさ」

 肩を竦めて戯けてみせるシュヴェルテに、アドレーゼはついに激昂した。
 ――彼女は危険だ。殺さねば。
 プロミナも止めねばならないが、まずはこの女から仕留めたい。或る種の破滅的な欲求が鎌首をもたげ、自然と口元が吊り上がった。

「少々、ご自身を過大評価されているご様子ですけれども……わたくし、貴女に生殺与奪の権利を預けたつもりは御座いません」

「あぁ、そう。小手先の手品を遣り繰りしてるだけで図に乗ってる様じゃ、まだまだだと思うんだけど」

「笑止。わたくしの刃は貴女如き、即座に両断出来ましょう。先刻は仕留め損ねましたけれども、今度こそ」

「今度こそ、ねぇ……まぁ、やってみてよ」

「云われずとも」

 此処は挑発に乗ってやる。剣を傾け、今度はその足を――

「――!? 動かない……?」

「カラクリさえ解ってしまえば、もう何も恐くない」

 終わった。両手も、両足も、びくともしない。初めからシュヴェルテは恐怖などしていない。こうしてこちらの攻撃手段を封じるべく、虎視眈々と出方を覗っていたのだ。

「一体、何を!」

「引っ張れば解るよ」

 シュヴェルテが力を緩めたので、アドレーゼは云われるままに手足を引っ張った。疑問は確信へと変わる。

「……ワイヤーを、絡ませた?」

「正解。防御を前提としていないなら、攻め込まれればそれでお仕舞い。盾という道具があるからこそ、前に進める機会もある」

 防ぐだけではなく、杭や剣を上手く利用して、尚且つ長話を交える事でこちらに気付かせる事無くワイヤーを絡め取っていたのだ。何かが千切れる様な小さな音は、間違いなくシュヴェルテがワイヤーを剣やブーツの先端から引き抜いた音だ。身体の自由も束の間、すぐに肉薄され、四肢に組み付かれた。

「付き合ってくれてありがとう。またお会いしましょ」

 後頭部に強い衝撃が加わり、意識が暗転する。

「ぐ……あ、アース、ラウグ様……!」

 視界は砂嵐に覆われ、全身の痺れと共にアドレーゼの感覚は輪郭を失った。不思議と、死ぬという確信は無い。ただ、えも云われぬ寂しさと悔しさばかりが胸を埋め尽くした。助かったとしても、目が覚める頃には事が進みきってしまっているだろう。


最終更新:2011年07月12日 21:17
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