God is Bomb

(投稿者:エルス)




こんなちっぽけなものなのか
エドワード・テラー




  三日三晩寝ずに勉強したことはなかった。夜が明けるまで男に抱かれたこともなかった。しかし僕は今、寝ずに研究を続けていた。
  アルトメリア連邦国内にある自然あふれる山と荒野がある場所。そこにある国立研究所の永核力爆弾製造研究チームは、一週間の内の六日間仕事に勤め、休日には自ら進んで仕事に没頭する。
  頭が飽和したかのような心地よい状態に置かれ、身体が熱を持ち始める。僕らはそれでも頭を休めずに、仲間と論じ、あれでもないこれでもないと模索しながら前進していた。
  人種、宗教、文化、世界観。人間はこれら一つでも違うと争う者だけれども、だがここではそんなことはなかった。皆が自然を満喫しながらリラックスした状態で研究と仕事をしていた。
  国立研究所の所長のオッピーはまるで預言者のような人外的な指導能力を発揮しながら、この地の自然を気に入っている人でもあり、僕はオッピーが奥さんと一緒に乗馬を楽しんでるとこを見た事がある。
  そして僕はなにをしているのかと言うと、冬の間は日の出に間に合うように朝食のテーブルにつくことくらいしかしていない。山脈から昇る太陽の美しさ。生命力と神々しさ、希望と男性主義的な感動。
  冷静に分析してみると僕の感じたものというのはそういうものでしかないけれど、しかしこの感じたものと言うのは計り知れないものがある。
  自然とはこんなにも素晴らしいものなのだと、僕はここに来て初めて知ったんだと思えるくらいだ。


  まあ、とりあえず、僕の身の上話でもしよう。僕は猫の亜人で、ダキアに生まれた。一応、女性だ。
  それからグリーデルの王立大学を卒業してアルトメリアの工科大学で物理学を学んで、いくつかの新発見に携わった。
  この計画に呼ばれたのは丁度、オッピーと論じ合っている時だったと思う。
  来客に無礼なことをしない主義のオッピーが僕なんかを部屋に置いてく訳がないから、僕はすぐに「ああ、これは僕に関係があるんだな」って思った。
  その時、ドアをノックして入ってきたスーツ姿のアングロサクソン人を、僕は観察した。なんてことはない、脇の下のホルスターに45口径をいれてる普通の、屈強な男だった。
  僕はその後、オッピーと一緒に答えたんだ。

 「イエス」

  って。
  そこから僕らの研究がスタートしたんだ。
  面倒だからこの際、僕らしく語って聞かせることにする。無礼だなって思う人は見ないで良い。僕は見たい人のために語って聞かせるんだから。批判したいなら頭のいい批判でよろしく、頼むからさ。
  僕らは目的は新型の爆弾を作り出すことだったんだ。エターナル・コアがこの世に生まれてきてから何年経っただろう?
  巷では妖精が入ってるとか、ファンタジック極まりない、しかしあからさまに民衆受けしそうな噂がカルト的な人気を持っているようだけど。
  実のところを言ってしまうと、あれに関する情報の殆どは出鱈目だから、君らはそんな妄想に囚われてしまったんだろうね。
  モーセが十戒を聞いているその時、民は金の雄牛の像を崇めたのと同じように、君らもファンタジックな発想に群がっている。
  でも、気付かなかっただろうか。それは手垢のついた幻想的な物語的手法、つまりは文学的な解釈を発展させただけの噂だっていうことに。
  そして、忘れてはいないだろうか、僕ら物理学者たちの存在と、その責務に追われるという僕らの習性を。
  はっきり言うと、あれはもうすでに僕らが解明している。ブラックボックスも確かにあるにはあるけれど、利用できるほどには解明されている。
  結論を言うと、ファンタジックな要素はなくて、物理学でかたをつけることができそうだ、ということだ。
  作家たちが気張るのは勝手だけれど、現実を捻じ曲げるあの根性はどうしたものだろうね。
  さて、そのコアを利用した爆弾造り。僕とオッピーはそれに喜んで参加した。虫どもから白人社会を守るために。
  そんな理由でだね。僕は猫の亜人だけれども、この耳以外は人間と変わりないから。
  集まったのは世界に名の知れた学者ら二百四十名。そして何十人かの軍人と、広大な研究所と、莫大な予算と、限られた時間だけ。
  僕は初日からオッピーが別人になっているのを感じて、オッピーから離れた。オッピーの弟とは親しくしていたけどもね。
  まあ、なんだかんだあったんだ。ヴォ連に研究成果を知らせてくれとか、そんな感じだった。
  エントリヒの懐古主義者たちはファンタジックでデンジャラスな方向に気違いのように行進を開始していたけれど、そんなことはどうだってよかった。いや、どうでもよくなかったか。
  悪しき絶対王政の国から僕らの国と社会を守るため、僕らは死ぬ気になって働いた。ローラン人もびっくりだろうね、あそこまで真面目にはできなかったけれど、僕らは一日中仕事をしても疲れなかったんだから。
  なにかに憑かれてたとしか言いようがないね。愛国心とか、そういう類のもの。
  理解できないなら理解できないで良いよ。それは理解しようとしてないっていう証拠なんだから。君は理解できないと言い訳しているわけだ。
  僕はそんなことしないな。論じ合ってこそ人間。一方的に喚き散らすのは動物だ。人の話も聞けないなら、そいつは人であることを今すぐ辞めるべきだね。

(中略)

  三位一体。父と子と聖霊。それを聞いた時、僕はオッピーがなにを思って、そう名付けたのか、分からなかった。
  洒落た名前であることに違いはないけれど、しかしトリニティ実験というのは、どうしてこんなにクールな名前にしてしまったんだと言いたいくらいに、語呂が合ってる。
  不思議に思って、僕はフラフラとオッピーに近寄ってこう言った。オッピーは洒落てるからという理由で安易に名前をつける人間じゃないと僕は知っていた。
  なにかしらの理由がある筈だと、僕はまったく僕を疑っていなかった。

 「何故あんな名前をつけたんですか、オッピー。ちょっと洒落すぎてますよ、あれは」

  オッピーは言った。

 「自分でも、どうしてあの名前を提案したのか、定かではないんだ。自分があの時、何を念頭に置いていたのかは、覚えている」

  オッピーはそう言って僕に続けた。

 「私が良く知っていて、愛している詩人の書いた賛美詩に、三位一体に触れる個所があるんだ。それ以外の手がかりを、私は持ち合わせていない」

  僕は頷いてオッピーに言った。

 「でもみんなはあれを『ガジェット』って呼んでるんですよ、オッピー」

  オッピーは言った。

「知ってる」

(中略)

  ガジェットの威力について、トリニティ実験の結果について、僕らの間で賭けが行われていた。

 「0」
 「TNT換算で18kt」
 「この州が全滅」
 「大気が発火して地球滅亡」
 「神が降臨して不発にする」

  この賭けで勝ったのは一番論理的で現実的な結果を提示した男だった。

(省略)

  その爆弾が爆発した瞬間、実験場を取り囲む山々は1秒から2秒の間だけ太陽に照らされたようになり、爆発の熱は16km離れたベースキャンプの位置でも、オーブンと同じくらいの温度に感じられたほどだった。
  計測機器の較正を行なうため、二か月前に108tのTNTを使って予備の爆発実験が行なわれた時とは、まったく異なる。爆発した瞬間、僕は笑っていたように思う。
  そして遮光ガラスを取って、紫色のきのこ雲を見た時、急に恐怖を感じた。
  冷水を浴びせられるとはこの事だ。僕は手が震え、足がすくむのを感じて、吐き気を催した。今だから思い出せるけれど、オッピーはあの時、静かにこう言っていたんだ。

 「うまくいった」

  それは僕が呟いた言葉と同じだった。爆発の瞬間、誰も恐怖を感じていなかった。ただ、うまく爆発してくれたな、と、そう思っていただけだった。
  ただ、この実験の後、研究所で皆が馬鹿騒ぎしている中で、ボビーは渋い顔をしていた。
  僕は言った。

 「なんでそんな顔してるんだ?」

  彼は言った。

 「酷いものを作ったもんだ」

  僕は言った。

 「あんたも一緒になって作ってたじゃないか」

  僕がどうなっていたか、他の連中がどうなっていたか、これで分かると思う。
  なるほど、ご立派な理由で、僕たちは事をおっぱじめてしまったわけだが、さし当たっての問題を上手くやり遂げようと懸命に働いていると、ついそれが楽しくもなって、面白くて仕方がなくなって、やめられなくなる。
  そうなると、考えるのをやめてしまう、そう、やめてしまうのだ。あの時、あの瞬間、あの時代に、僕たちが何をしたか、何をしてしまったのかを考え続けていた男はただの二人、ボビーとオッピーだけだった。

(省略)

  僕らが爆破させたのは爆縮型永子力爆弾だった。こいつはこいつでなかなかに複雑だけど、なにが複雑って言えば、それは爆破メカニズムと爆弾そのものくらいなもので、原理は比較的簡単に説明できる。
  簡単に言えば、君が持ってるサッカーボールをすべての方向から押しつぶそうとする。空気の逃げ場もないくらいにみっちりと押し潰そうとすると、空気は反発する。
  詳しく言えばそれとはまったくというか、イメージだけ合っていて他はまったく違うのだけども、そういう原理だ。
  詳しく言ってしまえば、エレジウム(エターナル・コアとかなんちゃら)を球形の真ん中に配置して、その外側に並べた火薬を同時に爆発させて位相の揃った衝撃波を与え、エレジウムを一瞬で均等に圧縮し、高密度にすることで超臨界を達成させる方法だ。
  トリニティ実験が成功したのは天才数学者がほぼ一年にも渡って衝撃計算をやってのけてくれたからで、僕はこいつに少し塩と胡椒をまぶした程度のことしかやっていない。
  といっても、携わっていたと言う事実には変わりない。手で触れ、頭で触れ、その構造を理解して、効率的に爆破する方法をずっと考えていた。
  実際、爆縮型はエレジウムの永核分裂連鎖反応が始まって永核物質を四散させようとする圧力が働いても、爆縮による内向きの圧縮力が押さえこみ、永核分裂が継続するために、効率的にエネルギーを取り出す事ができる。
  つまりは、最高で最悪の爆弾と言うことだ。
  こいつを虫どもの頭の上に落とせば僕らは英雄として賛美されるだろうさと、何人もの頭のいい科学者たちが言っていた。
  だけど僕はこう考えていたわけだ、こいつが人の頭の上で炸裂したらどうなるんだと。
  そして僕は考えた。熱線と放射線、周囲の大気が瞬間的に膨張して強烈な爆風と衝撃波を巻き起こして、爆風の風速は戦闘機ですら逃れられない速さで地表を薙ぎ払う。
  爆心地付近は鉄やガラスすら熔けるほどの超高熱にさらされ、強力な熱線により屋外にいる人間は全身の皮膚が炭化して、内臓組織に至るまで水分が蒸発し、一瞬でヒトガタの炭と化し、遅れてやって来た爆風で粉々に分解される。
  いずれ永子力爆弾は人間の頭上で炸裂するだろう。
  僕ら物理学者や数学者、科学者たちの英知を結集した人類史上類まれなる絶滅兵器は、その威力を十分以上に発揮して、眼下の物体全てを焼きつくし、病原菌を振りまくだろう。
  それは兵器として僕らが生んでしまった最高で最強な、そしてもっとも畏怖すべき、神にも等しい存在であるこの爆弾が辿る必然となる。
  僕らはこれを人類の為にと熱にうなされ、悪魔に取りつかれて、天使のささやき声を聞きながら完成させたわけだが、しかるに僕らの声を聞いてくれるものなどどこにいようか。
  僕はオッピーと将軍に頼み込んでチームから外れて小さなモーテルの一室で、もはやどうすることもできないのだろうと漠然と死と破壊の権化である、あの爆弾の姿を思い浮かべていた。
  それは丸く、重く、大きかった。それは神だった。神は四角い安定翼をつけた姿で、僕の前に現れるだろう。神は爆弾だった。神は爆発して僕を蒸発させ、僕と言う存在と何万もの命を天国までぶっ飛ばした。
  いずれくる。僕らが生み出した爆弾の熱波に焼かれて僕らは浄化され、この世に一片の残滓を残すことなく消し去られる。
  僕らはそれをただ茫然と観察するか、死にたくないと喚き散らすかして、ただ見ている事しかできない。なぜならば、それは神が地に舞い降りた結果、生まれたものだからだ。
  神はこの地に降臨し、ノアでもなくアブラハムでもなく、とりあえず近場にいた人間をぶち殺しながらこう宣言しておわされるのだ。

 「我は死なり、世界を破壊する者なり」

  と。




 1944年5月3日 ダリア・エル=シャローム著 『僕らが産んだ爆弾』より




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最終更新:2011年11月13日 01:45
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