(投稿者:怨是)
「――ッ! 撃てた、のか……?!」
アースラウグは咄嗟に銃声から目を背けたが、銃弾は肩を掠めるだけに留まった。不幸中の幸いと見るべきか、再び彼が身体の自由を取り戻した事を恐れるべきか。いずれにせよ、戦場の空気は変わった。アースラウグの爪先から拳一つ先に、刀が何本も突き刺さる。
「駄目よ。熱くなっちゃ」
聞き覚えのある声に驚いて、アースラウグは声のする方角――真後ろへと振り向いた。思い返すのも忌々しい。あのいけ好かない刀使いのMAIDだ。何故こんな場所に居るのかはこの際、考えもしなかった。
「君は柳鶴か。助かったよ」
「そういうご挨拶はいいわ。手品には必ずタネがある。この子は私が相手してあげるから、銃をよくご覧なさいな」
アースラウグは交互に両者を見比べる。
「ねぇ? チビ助。お姉さん怒らないから、手品のタネを教えて頂戴」
……手品? 何の話だろうか。まさか先程、リカルドや
ラセス達の動きを止めた能力を指して“手品”と云ったのか。だとしたらとんだ見当違いだ。何も仕込んではいないし、そもそもアースラウグにとっての理想は正々堂々と勝負を挑み、敵に打ち勝った上で
アドレーゼを救出するという筋書きだ。何処に手品を仕込む考えなど有ろうか。
「手品なんかじゃない。全ては、アドレーゼさんを助けたい想い、それだけです」
「まさか自分でも手品だって気付いてない……なんて事は、無いわよね?」
柳鶴は肩をすぼめ、戯けた仕草で冷笑する。それが尚更アースラウグを苛立たせた。何が可笑しい。咄嗟に足下の刀を抜き取り、ヴィーザルと併せた二刀流の構えで振り下ろした。
「手品じゃないと云って――」
が、その一撃は空を切り、コンテナに刺さっただけで柳鶴には傷一つ負わせていない。ラセスの時の様な手応えは無かった。視界から消えた柳鶴を探そうとした瞬間、後ろから肩を叩かれる。
「ムキになっちゃ駄目よ。チビ助」
耳元で囁く柳鶴は声音こそ優しいが、奥底から冷える様な殺気が籠もっていた。それでいて、明らかに挑発する内容である事も確かだった。
「だ、誰がムキになんて! この!」
肘を入れようとするも、当たらない。後ろに飛び退かれたか。
「いざ戦ってみると……貴女、プロパガンダの為の広告塔としてはまたとない逸材だけど、それ以外の才能はからっきしね。弱すぎて、どれだけ手を抜けばいい勝負になるか解ったもんじゃないわ」
「この! 私にだって……!」
「“殺れる”って? さぁさぁ、こっちよ。もっと踏み込んでみなさいな! 可愛い可愛いお嬢ちゃん!」
柳鶴は茶化す態度をあくまで崩さず、あろう事か刀を仕舞って手拍子までし始める。敵に背を向けて、手を叩きながら逃げるとは。完全に、実力を下に見られている。確かに実働年数も少なく、戦闘経験で云えば柳鶴に劣るアースラウグではあるが、戦場の生兵法を重ねた粗野な鍛え方をした柳鶴などより、歴戦の猛者たる姉、
ジークフリートの訓練を受けたアースラウグの方が動きの質は勝る筈では無いのか。そうであるべきだ。なのに、とどめが刺せない。
「動くな!」
「嫌よ。そんなので貫かれたら死んじゃうじゃない」
刀が足下に刺さり、アースラウグは足止めを喰らった。生命の危機に瀕していないと、能力は発動しないと云うのか。
「この――ッ!」
「――止まるのは貴女」
戸惑うアースラウグの眼前には刀が次々と突き刺さり、扇状のバリケードが築かれた。
「外刀怨御籤流攪乱剣術、孔雀開き。……貴女のお友達、確か必殺技を口にするのが趣味だったかしら? 貴女が陥れたプロミナは今頃、何処で何をしてるのかしらねぇ?」
「な、……ッ!」
不意を突いて出て来た言葉が、アースラウグの心を赤熱させた。彼女はプロミナを知っており、挙げ句に揶揄して見せたのだ。周囲の兵士達は先程の窮地も何処吹く風で、柳鶴の冗談に大声で笑い始めた。何だと云うのだ、彼ら下衆共は。一体、プロミナの抱えてきた苦悩のどれ程を知っていて、そんな顔をしていられるのか。
「まぁいいわ、休憩のお時間よ。チビ助」
「あ、あぁ、貴女という人は……ッ!!」
頭が沸騰しそうだ。今すぐに首根っこを捕まえ、あの馬鹿笑いしている顔を滅多刺しにしてやりたい。ただ実に厄介なこのバリケードは、一本でも刀を抜き取ろうとすると他が崩れて手を切ろうとしてくる様に出来ているらしい。槍で突いて退かせばまた新しく封鎖されるか、他の攻撃が来るに違いない。アースラウグは怒り心頭のまま立ち往生せざるを得なかった。槍の刃を囓りながら、荒げた息を鎮めようとする。
「ベルモスコ中佐。貴方が話したそうにしてるから、ちょっと待っててあげたわ。どうぞ」
「引き金に何か直線の傷があった。まさかこれが、君の云う手品なのか?」
二人の会話の内容は、あまり耳に入っては来なかった。それよりも、失った事で苦悩の種となったかつての友人を容易く嘲笑う柳鶴の性根に、アースラウグは破裂寸前の怒りを抱いていた。
「よく気付きました。そう、その直線の傷こそがタネよ。休憩終了。攻撃どうぞ」
柳鶴が刀をバリケードに投げ付けると、扇状のそれはバラバラに崩れ落ちた。彼女のこけおどしこそ、手品そのものではないか。
「馬鹿にするな!」
こちらも手持ちの刀を精一杯に放り投げた。柳鶴は足下に寝転がる刀を足で蹴り上げ、アースラウグの投げた刀を打ち返す。ぶつかり合った二本の刀は空中を回転し、やがて地面に刺さる。
「だって実際、馬鹿じゃない。仕方ないでしょ。嫌なら少しでもお利口さんな事を云ってみたら?」
「殺してやる! 絶対に殺してやる!」
品格など忘れて、ひたすらに柳鶴を掴もうとした。こちらが必死になって近付いても、余所見をした柳鶴に難なく躱されてしまう。何故だ。何故この距離で避けられてしまうのか。
「ラセスをあんな風にしておいて、まだ殺し足りないの? 全く、欲張りさんね」
「黙れ! 姉様を嘲笑って、アドレーゼさんを浚って、プロミナを侮辱して! 貴女の口、二度と開けなくしてやる!」
掴めた! ――と、ほぼ同時に腕を殴打される。指先の力が抜け、また柳鶴は遠ざかってしまった。
「黙るものですか。話は最期まで聞けって、中佐が云ってたでしょ? それで手品の話の続きなんだけど――」
「――黙れぇええええッ!」
兜割りの要領で振り下ろした槍を、柳鶴は身体を横に向けて回避した。床が砕け、地面に散らばっていた刀が宙を舞う。飛び散った刃の一欠片でも柳鶴に当たっただろうか。否、彼女の身体には傷一つ付いていない。
「はん、やなこった。で……私ね。あの手この手を使って、ひたすらに戦闘区域の死体からデータを集めてみたのよ。そしたら、面白い事が解ったの。何だと思う?」
「……云ってみなさい」
槍を降ろし、柳鶴を睨む。彼女は相変わらず、こちらの出方を覗いながらも反撃を何一つ繰り出そうとしない。それどころか、刀を指先で回しながら遊んでいた。勿体振る様な真似は止めて欲しいものだ。
「細い糸を通す穴があったのよ」
「何を云い出すかと思えば、下らない! またお得意の戯言で、私を弄ぶつもりですか!」
堪忍袋の緒が切れそうだ。早急に決着を付けたい時に限って、あの能力は発動してくれない。
「ねぇ? チビ助。手品のタネって、アドレーゼじゃないかしら」
「――どういう、事ですか」
唐突に出て来た言葉に戸惑う。一体何の関係があるのか。呼吸が整わない。嫌な予感ばかりが、胸を埋め尽くす。
「彼女の能力は、身に触れた鋼線を自在に操る。確かそういった類いよね」
「それが、何かあるとでも!」
「あの子が居る戦場では、貴女は敵にとどめを刺せた。ラセスも動けなくなったでしょ? それに、中佐の銃に付いた細い傷。どうもきな臭い話よね?」
「何が云いたいのですか、貴女は!」
問い掛けては見たが、その実、胸中を漂う幾つもの歪なピースは一つにまとまりつつあった。吐き気を催す程に、直視し難い現実が、すぐそこにある気がしてならなかった。
「答えなさい、柳鶴!」
柳鶴は答えない。代わりに、在らぬ方向へと刀を投げた。
「さて、わざと泳がせて置いたとも知らずに、こんな所でまで“伝説”とやらのお手伝いなんかしちゃって。職務に忠実すぎるのも考え物よ、アドレーゼ」
「――ッ!」
柳鶴の視線を辿った先には、アドレーゼがひどく狼狽した様子で双剣を構えていた。
「いつから……気付いていらしたのでしょうか」
「いつからも何も、ずっとよ。後を付けてたのも知らなかったの? チビ助を孤立させ、友軍と分断させたら、貴女はきっと秤に掛けた結果、チビ助を選び、部隊を見捨てると私は踏んでいたの。こうして曝かれるのも知らずにね。貴女が鋼線でラセス達の動きを止めたんでしょ?」
「違います! わ、わたくしは今、此処に辿り着いたばかりで……」
「じゃあこれは何かしら?」
「あ……!」
柳鶴は刀の一本を拾い、そこに絡め取った鋼線を丁寧に引っ張った。ラセスの亡骸が僅かに動く。柳鶴はそれを今度は強く引っ張ると、ラセスもそれに併せて転がった。
――認めたくないが、ピースは繋がってしまった。
アドレーゼが居る場所でのみ敵が動かなくなる現象が発生した事、アドレーゼが鋼線を自在に操る能力の持ち主である事、黒旗と交戦する作戦ではいつも彼女が視界には居ない事、それらのピースが噛み合えば、答えは一つだ。
「貴女がコイツを使って動きを止めたんでしょ? アドレーゼ。私に嘘は通用しないわ。今から説明してあげるから、チビ助もよくご覧なさいな」
「……」
「まずこれね。一本だけじゃなくて、何本もあるでしょ?」
柳鶴は手繰り寄せた鋼線を爪で広げた。摘まれたそれを手放すと、確かに何本かにばらけた。
「何本も張り巡らせ、挟んで固定する。本人には気付かれない様に、硬い部位を狙ってるのも特徴ね。今すぐに説明するのは難しいけど。やぁね、レンフェルクの馬鹿共は舞台作りの為にこんな勿体振った真似してくれるから、お陰でそれを説明するのに時間が掛かり過ぎちゃうもの。いい加減疲れるから止めて欲しいわ」
横合いから銃を構える音が聞こえる。リカルドだ。こめかみから血管を浮き出して、震えていた。
「柳鶴、君はまさかこの事を初めから知っていながら、ラセスを見殺しにしたのか!」
「ごめんなさいねぇ。戦略の為には戦術レベルの犠牲は致し方ないと考えてるのよ、私」
両手を挙げながらも手首から先をぶらつかせ、柳鶴は射線からずれた。
「この、ツラを貸せ貴様! 頭のネジを締め直してやる!」
「怒っちゃ駄目よ。私が居なけりゃ、どのみち死んでたじゃない」
リカルドは柳鶴に反論され、すっかり黙り込んでしまった。
「手品のタネはとりあえず理解しました。ただ、どのみち死んでいたというのは、どういう事ですか」
「ちょっと時間をあげるから、まずは試しに通信で仲間を呼んでみなさい」
アースラウグは云われるままに、無線通信機を取り出した。どうせ指示を無視して攻撃しても、先程の様にバリケードで防がれるだろう。
「だ、駄目です、アースラウグ様! 明らかに罠です!」
「罠があるなら、飛び越えればいい。アドレーゼさん。私は、奴が何を云いたいのか解ってます。――こちらアースラウグ。友軍の皆さん、聞こえますか」
通信機に問い掛ける。応答は無い。道理でいつまで経っても応援が来ない訳だ。何かがおかしいと思ってはいたが、そういう事だったのだ。わざわざ時間稼ぎをしてまでアドレーゼが姿を現すまで待った事と云い、どうせ柳鶴が殺したのだろう。飽きた玩具を壊しながら遊ぶ様に、面白可笑しくふざけながら。
「……そんな予感は、していました」
「嫌に冷静じゃない。もっと取り乱すかと思ったわ」
「本当は泣きたいですよ。叫びたいですよ。でも、身体がそれを許してくれないんです」
「いいツラになってきたわよ、チビ助」
傲慢な柳鶴が鼻高々に寸評してきている間に、対策を練らねば。柳鶴はリカルドへ振り向く。彼に銃を向けられている事も、お構いなしといった風情だった。
「どうかしら、ベルモスコ中佐。MAIDが8名と、2個中隊がこの作戦には投入されていた。私を抜きにして勝算はあった? 無いでしょ。数分で私が片付けたんだから、ラセスが命拾いしなくても、文句は云えない。殺された事を嘆く前に、そこのチビ助が御託を並べている内に射殺するなりすれば良かった。その時にはまだ、手品が貴方にまで及んでなかったんだから」
「私もまた、MAIDに頼り切っていたとでも云うのか……」
「ちょっと違うわ。手塩に掛けた教え子と、完璧な戦術、その看板に甘えていたんじゃないかしら。まぁ泣こうが喚こうが、ラセスは死んだ。もう動かないわよ、あれ」
「そうか」
リカルドはついに、柳鶴へ向けて発砲した。柳鶴は銃弾の軌道を刀で逸らし、コンテナへと流す。
「仕返しのつもりかしら? 中佐」
「手元が狂っただけだ」
更にもう一発、放たれる。今度は柳鶴の持っていた刀を弾き飛ばした。柳鶴は意に介さず、背中に背負った鞘の束から次の刀を引き抜く。
「二度も狂うの?」
「銃は苦手でね」
「奇遇ね。私も刃物以外の武器はからっきしなのよ」
柳鶴は銃口に刀を当て、牽制する。
「アースラウグ様。彼らが仲間割れしている間に、お逃げ下さいませ」
「駄目です、今度こそアドレーゼさんが殺されるかもしれないじゃないですか。それに……」
「?」
「手品のタネ……気掛かりなんです。本当に私の力ではなかったのか」
アドレーゼの表情が更に曇った。まだ無垢なお姫様は卒業しない方が良かっただろうか。ならば……
「単に私が錯覚していただけなのか。それを、確かめてやる!」
と、いう事にしておこう。柳鶴が此方の動揺を誘った虚言である可能性も捨てきれない。もしも手品の話が真実でないのなら、敢えて死地に飛び込んで命を危険に晒し、奴の動きを止める。アドレーゼの無実も証明し、憎むべき仇敵も倒せる。この上ない収穫が得られる筈だ。逆に、真実であるなら、その時はその時だ。素直にアドレーゼに助けを乞う事だって出来る。
「なりません。わたくしの役目はアースラウグ様を、帝国の希望をお守りする事。これ以上アースラウグ様の身を危険に晒したとあっては、わたくしの矜持が許しませんわ」
「私が貴女を助ける為に我が侭を云って此処まで来たんです。最後まで貫かせて下さいよ。それとも、手品呼ばわりされた事を認めたいんですか?」
恐らく、アドレーゼに苛立ちを覚えたのはこの瞬間が初めてだ。包み隠さず怒りを伝えると、アドレーゼは驚いていた。それから、歯切れの悪い口調で答える。
「――ッ、その……いえ、かしこまりました。では、お供致します」
「ありがとう。ちょっとあの女、滅多刺しにしてやりましょう……」
もう、辛抱堪らぬ。早く、いけ好かない刀使いのあの顔を、この槍で洗顔してやりたい。今まで何度も、あらゆる敵に満身創痍で大敗を喫する事となった経験は、無駄にしてはならないのだ。跪け、柳鶴。悔恨の涙を流しながら己の血を舐めろ! アースラウグは頭の中で、情けなく崩れ落ちる柳鶴の姿を何度も夢想した。自然と、口元が吊り上がる。
「茶番は済ませた? チビ助。二人掛かりで来てもいいのよ?」
「ではお言葉に甘えて。アドレーゼさん、援護を」
全神経を集中させ、突撃する。視界が緩慢に流れ行くのに反して、身体が受ける風は鋭く、また冷たい。横薙ぎに振り払った槍を、柳鶴は屈んで回避した。
「相変わらず馬鹿の一つ覚えなんだから。そら、貴方達も下がりなさい。どうせ乱闘になったら銃なんて撃てない上に、居ても巻き込まれて死ぬだけでしょ」
「……私は下がらんぞ。事の成り行きを記録し、報告する義務がある」
「中佐って、意外と熱い人なのね。まぁいいわ。戦闘には参加しないんでしょ?」
「ああ」
「宜しいので? 中佐」
苦渋を押し殺した表情で頷くリカルドに、兵士の一人が怪訝そうな面持ちで問い掛けた。
「君達は下がり給え。私は、MAIDの可能性に少しだけ縋り付いてみる事にする」
「……了解」
黒旗の兵士達は次々と撤退する。アドレーゼが兵士達へ向けて放った鋼線を、柳鶴は刀で弾いた。先程から刀を無意味に振り回している様に見えたのは、実はアドレーゼの鋼線を防いでいたのだろうか。先程の柳鶴の「泳がせていた」という発言といい、引っ掛かった。
「後は頼んだぞ、柳鶴。私は上で見ている」
「任せて頂戴。3分で仕上げてやるわ」
リカルドも階段を駆け上り、上の通路へと行ってしまった。フェンス越しに此方を見る目は、何処か諦観の色が滲んでいた。柳鶴はぶら下げていた腕を構えの姿勢へと戻す。
「さて、アドレーゼって云ったかしら。貴女って、云わば付属品よね」
「は、今、何と?」
「そんなにチビ助抜きでは何も出来ないの? 私が相手ならともかく、他の連中にはその手品も効くじゃない。勿体ないわよ、貴女」
アドレーゼの回し蹴りが柳鶴の刀を弾き飛ばす。その勢いのまま、アドレーゼは柳鶴へ双剣から鋼線を飛ばした。もう一本の刀に絡み付く鋼線を、柳鶴は断ち切る。
「主君を守るは騎士の務めですわ」
「その主君が貴女を助けに此処まで来ている時点で、貴女はお荷物って事よ。気付けないかしら?」
間合いが短くなったのを好い事に、柳鶴はアドレーゼへと積極的に踏み込んだ。アドレーゼはそれを回し蹴りで応じ、柳鶴に攻撃の隙を与えさせない。アースラウグは、柳鶴の視線がアドレーゼへ向かっている間に後方から槍で突こうとした。が、目論見は外れてしまった。柳鶴はもう一本の刀を咄嗟に地面から抜き取って二刀流へと構え直し、アドレーゼとアースラウグのそれぞれに切っ先を向ける。気怠い仕草に反比例して、その眼光は鋭い。
「確かに私はお荷物かもしれません。でも、わたくしはそれでもお仕えしたい。それがわたくしの存在意義です」
「はん。随分と夢と希望に満ちたエゴよね。でもたった一体のMAIDのエゴでどうにかなる程、戦争は甘くないわよ。MAID一体がまともな戦力になるまでに掛かる費用総額の平均、どれくらいか知ってる?」
「考えた事も御座いませんわ」
柳鶴は刀を向けたまま肩を竦める。どうやら呆れているらしいが、そもそも帝国のMAIDの大半は、自分達が生まれる事で生じる費用などに興味を持つ必要が無いだろう。皇帝が推奨し、もっと増やすべきだと云っている。国民もそれに賛同しているし、事実、数ヶ年単位の期間を置いた大規模なMAID増産計画の結果として戦線は安定していると、専門家も云っている。
「装備、教育、維持費、もちろん生産する際の初期費用も全て引っくるめたら、戦車を三台買ってもお釣りが来るわ。それで、その費用の出所は何処かしら。ご存じ、国民の皆さんが支払う税金。働くというのはすごく大変な事なのよ。貴女はそれらに対する責任を、どれくらい果たせているのかしら?」
「戦線にて戦い、国民を守っておりますわ」
「結果的には、或いは表向きには、でしょ? でも本心は違う。ジークフリートやそこのチビ助に気に入られたいが為にありとあらゆる小細工を練っている。そんな事をやっていてもちやほやされてる貴女やチビ助なんかは、真っ当に戦ってるMAID達からすればいい迷惑でしょうね」
「貴女如きがアドレーゼさんの何を知っている……――! それに貴女は違うのですか! 国家を裏切り、個人の欲求の為に刃を振るう貴女は!」
得体の知れぬ威圧感に気圧されつつも、アースラウグは柳鶴へ槍を突き付ける。アドレーゼもそれに乗じて踵を振り下ろした。柳鶴は宙返りで飛び退き、その両方を避ける。放物線を描いて飛んできた刀がアースラウグとアドレーゼの眼前に突き刺さる。
「戦場と称される何もかもは体験してきたわ。でもね、MAIDが増える事で対G戦線は一見すると楽になった様に見えるけど、実際はそうじゃない。今度は軍隊から失業者が出始めた。私達を妬み、疎んじる人が居る中で、素直に戦いたいと思う? しかも、直ぐ近くには競合のあまり居ない、美味しいビジネスが転がっているのを知った上で」
「ビジネスって、殺し屋稼業ですよね?」
「正解。ちょっとくらい戦力が減ったって、大局には影響しないわ。それよりも、悪い虫が国家から居なくなった方が、よっぽど国益になる」
――何たる傲慢。悪い虫とは正にこの女の事ではないか。
柳鶴はコンテナに寄り掛かり、おもむろに拾った刀を拭き始めた。随分な余裕だ。アースラウグはとっくに息を切らせているのに、柳鶴は髪の一本も乱れていない。
「命を何だと思っているのですか!」
「死にたがりが死んで、殺したがりが殺す。それで得する奴が、殺したがりに金を払う。誰も損しない取引が成立しているわ」
「命を弄ぶ取引を公然と、さも真っ当な仕事であるかの様に――貴女という人は!」
「人でなしって云いたいの? 大変結構よ。人じゃないもの。私も貴女も、MAIDっていう化け物よ。化け物が化け物を殺して何か不都合でも? 本来なら、軍の備品を壊されて心が痛む事の方がおかしいわ。私達に愛情なんて、本来不要な筈よ」
柳鶴はコンテナに刺さった刀を引き抜き、此方へ投げた。アースラウグが一本目を弾き返す間に、二本目が飛来する。刀は丁度アースラウグの首の高さを保ちながら回転していた。横合いから伸びた鋼線がそれを受け止める。鋼線の千切れる音が、鈍く、倉庫内に反響した。遅れて刀が床に転がる。
「備品と云われても、心はあるでしょうに! ベルモスコ中佐は激昂して我を忘れていたけれど、瞳の奥に深い悲しみを抱えていた!」
「お気に入りの玩具を壊された子供は泣き叫ぶでしょ。あれと同じ原理よ。と、云いたい所だけれども……一応訊いておこうかしら。彼の悲しみが解るなら、何故ラセスを殺したの?」
「殺さないと、生き残る保証が無かったからです」
「ほらね。云うと思った。貴女もまた、知らず知らずの内に、命で取引をしてしまっていたのよ」
「お金なんて貰ってないのに、取引ですか。笑えない冗談ですね」
「私が泳がせたとはいえ、そこの付属品を救い出せたでしょ? 状況的報酬が用意されていた。もしもラセスを殺さず、逃げるだけだったら今頃貴女はこの状況には出会えてなかったわ」
柳鶴はアドレーゼを指差す。下手に動けば、そのまま刀をアドレーゼへ目掛けて投げ、突き刺すだろう。先程から戦局は悪くなる一方だ。柳鶴の狙いは恐らく、此方の二人が疲弊した所を一撃で葬るつもりだ。こんな状況をして、彼女は「救い出せた」と云っている事に、アースラウグは納得が行かなかった。どう見ても、袋小路ではないか。
「結局こうして貴女に狙われている以上、報酬にもなっていないでしょうに!」
「貴女ってホント馬鹿ね。例え話をするわよ。何か仕事をしてお金を貰ったとする。その時点で報酬を受け取っているでしょ? 今貴女が置かれている状況は、そのお金の入った財布を何処かに落としてしまったか、博打でスッて文無しになりかかってるのと同じよ。これでお解りかしら? チビ助」
「親切丁寧なご説明、恐れ入ります」
「それくらいの説明はしてやらないと。で? 私に遊び相手になって欲しいの? それとも、その女を置いて逃げたいの? もう少しだけ待ってあげるから決めなさい」
「馬鹿にしないで下さい。これでも
テオドリクスさんと戦って一度は倒した事がある。対MAID戦では確実に経験を積んでいます。今なら貴女だって……」
「あんなドンガメの一匹や二匹、殺せた所で自慢にもならないわ。いいからやってみなさいよ」
今まで得意げに吊り上げていた柳鶴の口元が、真一文字に結ばれる。双眸は凍土の如く冷気を発し、今までとは異質な、不安を掻き立てる感情が込められていた。
「云われずとも!」
やっと動ける。此処から先は無言の戦いだった。アースラウグは、散らかし放題の刀を次々と使い捨てる柳鶴へと、何度も槍を振り下ろした。力任せに叩き付けた槍が、刀を粉々に砕く。アドレーゼも背後から忍び寄り、柳鶴の拘束を狙う。柳鶴は真後ろに居るアドレーゼの腹に膝を叩き込み、それを退けた。それから、アースラウグの槍を掴み、引き寄せて来る。両膝を床に打ち、足が動かなくなる程の痛みに襲われた。首筋に冷たい感触が当たった所で、短いながらも激動そのものであった戦闘は幕を閉じた。アースラウグが敗北するという形で。
「チェックメイト。命乞いはする?」
「しません。誰が貴女の様な外道を、面白がらせますか」
「じゃあ、そこの付属品に助けて貰う? 今までして貰ったみたいに。使える鋼線は全部切っちゃったから、どう助けるのか知らないけど」
柳鶴は刀をアドレーゼへ向ける事で指差した。動けるという事は、彼女の云う“手品”とやらは、使えないという事だ。やはり、彼女の言葉は真実だったか。絶望が一気に胸中を染め上げた。
「……」
アースラウグは、無言でアドレーゼを見る。
「アースラウグ様を離しなさい!」
アドレーゼはそう叫んではいるものの、何も出来ずに立ち往生していた。本当に、鋼線を全て失ったのか。
「馬鹿ね。あんたから手品を抜いたら、凡庸な役立たずよ。教育担当官は何をやってたのかしら? 殺し方のレパートリーが少なすぎるわ」
「く……」
不意に、冷たい感触――刀が首から離れる。
「何だか、興が削がれたわ。このチビ助もさ、喫茶店で出会った頃から少しは成長してるかと期待してたけど、とんだ見当違いよね」
柳鶴は踵を返し、ドアの方へ気怠げに歩いていた。アースラウグは突然の事態で呆気にとられ、少ししてから漸く彼女が此方から数十歩程遠ざかっている事に気付いた。
「何処へ行くのですか! 勝負はまだ付いていない!」
「決まってるじゃない。寝床に帰るのよ。あんた達も、当初の目的は達成したでしょ? アドレーゼを助けて帰還するっていう、ね。さっさとお家に帰って、パパとママにお土産話でもしてあげなさい。どんな脚色でも許したげるから」
「またそうやって馬鹿にする!」
後ろを向いている今なら、彼女も対応が遅れるかもしれない。そんな淡い期待を暴発しそうな憤怒に交えて、アースラウグは突貫した。
「近寄らないでよ。雑魚が」
「――ッ!」
逆手持ちに握られた一本の刀が、アースラウグの喉元に突き付けられる。驚くべきは、振り向きもせずにそれを成し遂げる、柳鶴の空間把握能力だ。つい先程の戦闘ではあまり意識しなかったが、アースラウグならば後ろを向きながら相手との距離を精微に割り出して寸止めする芸当など出来ない。改めて、実力の差を思い知る事となった。
「これで解ったでしょ。帰りなさい。例え百億の奇跡を重ねたとしても、あんたが私を打ち破る事は出来ないわ」
柳鶴は此方へ向けていた刀を投げ捨て、他の刀も拾い直さずに遠くへ、遠くへ離れて行く。彼女は途中で足を止め、振り向いた。
「それとも私を追っかけて、何処の誰とも知らない連中にそこの付属品諸共蜂の巣にされたい? お望みとあらば、私が手配してもいいわよ。連中も手柄には飢えてるもの。ハーネルシュタインの糞ジジイもさぞかし胸を痛めるでしょうね」
「それは……」
「嫌でしょ? だったら、こんな悪い夢みたいな場所はとっとと抜け出して、またいつもの日常に戻った方がお互いの為よ。悪い取引じゃないでしょ? さ、後は自分で選びなさい。チビ助」
「……悔しいけど、また機会を改めます。絶対に強くなって、貴女を倒してみせる」
「そんな夢を見ながら日々を過ごすのも悪かないと思うわ。じゃあね」
柳鶴は明らかに苛立っている。眉間の皺を見れば、それが一目で解った。ずっと上で見ていたリカルドが、抗議の声を上げる。
「何だと! ラセスの仇討ちはどうする! 3分間で片付けるのではなかったのか!」
「何云ってんの? 貴方も帰るのよ。こんな連中、元より殺す価値すら無い……じゃあね」
「くそッ……」
リカルドは拳銃を床に叩き付け、肩を落として去った。途中で立ち止まり、此方を睨んで来たが、それ以上は何も云わなかった。
あれ程騒がしかった倉庫内は、すっかり沈黙に包まれた。重苦しい空気に促されるままアースラウグとアドレーゼは踵を返し、元来た道へと戻る。敵の気配は無いが、太陽が登り切ったにも拘わらず、外は寒い。暫し無言の時間が続き、アースラウグは迎えの車の残骸を眺めながらアドレーゼに問うた。
「アドレーゼさん……」
「如何、されましたか」
「ずっと、私を騙していたんですね?」
「柳鶴の云っていた、手品でしょうか。あれはわたくし達を陥れる為の……」
「隠す必要はありません。私の首元に刀を当てられた時、柳鶴は動けたじゃないですか。私が貴女に目を遣っても、貴女は助けてくれなかった。鋼線が切れていたんですよね?」
「その……」
アドレーゼが口籠もる。図星を突いたか。アースラウグは今まで踊らされていた事を遂に認めねばならないと思った。と、同時に涙が溢れてくる。奇跡が茶番であった事に気付いて心が折れない者は、そうそう居るまい。
「どうか、泣かないで下さいませ。わたくしは貴女が助けに来てくれた事を知って、凄く嬉しかった……意志はいつか大きな力に成り得ます。ですから、どうか泣かないで……」
「見え透いた気休めなら無用です。結果が残せなかったら何も変わらない。一緒に来てくれた仲間達はあの柳鶴というMAIDに殺されて、黒旗の兵士達はずっと、私を弄んで、嘲笑っていた。所詮、私は夢見がちなだけの、踊らされていただけの、ただの無能なMAIDでしかないじゃないですか!」
今日という一日の中での、苦々しい記憶が次々と両目から溢れ出た。折角助けに来ても、その為に多くの仲間達を失ってしまったら意味が無い。同行したMAIDは皆、面識の無い者ばかりではあったが、これまでの生涯で様々な思い出を築き上げてきた筈だ。その尊い命を柳鶴はものの数分で散らせてしまった。せめて一矢報いる事が出来たらと思っても、アドレーゼと二人掛かりであっても一太刀も浴びせられなかった。更には、今までの勝利の殆どが影からの助力に依るものだと知って、己の存在を根底から否定された。誰を信じて良いのか解らなくなってしまった。
――まさか、今まで聞かされてきた軍神にまつわる話も、偽りなのか?
そう思えば思う程に、胸中に潜む裸の自分が押し潰されそうになった。
「……ならばいっそ、貴女の手品も、慰みの言葉も要らない」
アドレーゼは黙り込んだまま、一言も喋らなくなっていた。
「ニーベルンゲに帰ったら、母様の日記でも見ようかと」
実はまだ、見た事が無かった。それどころか、部屋に入る事すら許されなかった。軍神二代目という立場を以てしても、あの部屋への立ち入りは禁じられていたのだ。皆が笑顔で思い出話に花を咲かせる存在、軍神
ブリュンヒルデ……日記の中身も、さぞや栄光と希望に満ち溢れているのだろう。
戦果の殆どが偽りだと気付かされた今、せめて、そうであってくれねば、最後の望みも絶たれてしまう。「真実は常に苦いとは限らない」という、甘い言葉が今の自分に欲しい。
果たして、母はこんな惨めな自分を助けてくれるだろうか。
最終更新:2012年01月06日 23:30