白は白く解けて~8~

(投稿者:フェイ)




降り積もる雪の中、彼女は立っていた。
周囲にはその雪に埋もれる大量のGの死骸――いや、Gの死骸だったもの、だろうか。
どの死骸も一度細切れにされた所をさらに切り刻まれ、もはやなにがどの破片かすらもわからない。
一匹とて、戦線を突破できたGはおらず、戦場にはただ一人。
戦い続けたレギンレイヴがそこに立っているだけだった。

「……レギン、レイヴ」

すがるようなブリュンヒルデの声に、応える声はない。
左腕は肘から先が失われ、胴にはいくつもの身体を貫通する穴。
手を真っすぐ前へと伸ばし、真正面を見据えるその瞳に、既に光はなかった。

「―――レ、ギン……ッ……レイヴ……ッ」

視界がぼやける。
溢れる涙が抑えきれない。

「……どうして…………どう、してっ…」

喪失感に崩れ落ちそうになる身体を支えるため、レギンレイヴの身体にしがみつく。
雪にさらされたその身体は、すっかり冷たくなっていた。
その事が余計にブリュンヒルデの心を打ちのめす。

「貴女まで……私を置いていってしまうのですか……!!」

叫べども、答えはない。
白き戦乙女の亡骸は、静かにそこに立ち続けていた。
その横顔に、自らの戦果を誇るような笑みを浮かべたまま、いつまでも立ち続けていた。







「………そうか。報告、ご苦労」

報告を受けギーレンはゆっくりと受話器を置くと、正面へと向き直る。
そこに座るレギナルトはギーレンの表情を見ると深くため息をついて脱力し、背もたれに身を預けた。

「………すまんな、レギナルト」
「いや…構わん。…あれの監視を甘くしすぎた、私にも責任がある」
「そう言ってくれると助かる」

しばらくの沈黙。
あとから送られてきた報告書を手に取ると、レギナルトは目を通して行く。

「……肉体は左腕の欠損の他、全身、内蔵、骨格に重度の斬傷、か」
「骨格のは外傷ではなく、内部からの損傷だということだ。…アーベライン教授に詳しい検査を頼んでおいた」
「アーべライン教授に? ……大丈夫なのか?」
「今は比較的落ち着いている。……コアを見て、レギンレイヴだと気づいてはいたようだがな」

差し出すギーレンの手から追加の報告書を受け取ると、目を通す。
一枚目から溢れる専門用語を飛ばしながらではあるが。

「…コアエネルギーの過剰放出による周囲一帯のコアエネルギー浄化、及びその反動…?」



―――レギンレイヴのコアエネルギー過剰報出についての考察(一部抜粋)

 検査の結果、Gが大量に出現、闊歩した地にも関わらず周囲の土地からは一切の瘴気が感知されなかった。
 コア・エネルギーによって瘴気が浄化された例は今までにもあるが、ここまで広域全ての瘴気が浄化された例は他にない。
 単純なコア・エネルギーの暴発――『コア喰い』であれば巨大な爆発痕と多大なる瘴気の発生は避けることはできない。
 しかし爆心によるクレーターはおろか、中心地であるレギンレイヴの肉体が砕け散っていなかったことがコア喰いではないことを示している。
 ではなにか。これを私は制御された上でのコア・エネルギーの過剰放出の結果ではないかと考える。
 レギンレイヴの強靭な意思によって方向性を与えられたコア・エネルギーがコア喰いを起こすことなく純粋なる力を示したのではないか。
 『刻む』―――それがレギンレイヴの意思。
 それを受けエターナルコアは残りのコアエネルギーの全てを消費し、周囲一帯全てを刻んだのではないかと考えられる。
 本来であれば枯渇寸前であったはずのレギンレイヴのコアが戦場全域を覆うほどの出力を出せた理由は不明。
 予測の域をでない仮設ではあるが、エターナルコアは再生のための休眠を行うとされている。
 その休眠のためのエネルギーを残すよう、予めそのエネルギー出力にリミッターが掛かっているのではないだろうか。
 リミッターを解除したが故に大出力を可能とし、しかしエネルギーを使い果たしたコアは休眠も出来ぬまま果てるのであろう。



「…こんなことがあり得るのか?」
「エターナルコアについては未だわかっていないことも多い。…まだまだアーべライン教授には働いてもらわねばなるまい」
「……難儀なことだ。生み出された娘達を奪われ、消され…それでもまだ、老体に鞭打たれるか」

報告書に添付されている写真を確認する。
レギンレイヴ――いや、レギンレイヴの肉体だったモノの体内から取り出されたエターナルコアは、その輝きを完全に失っている。
アーベラインの予測通り、二度とその輝きを増すことなく、朽ち果てたままであることはレギナルトにも予想がついた。

「………身体に関しては、どうする?」

ギーレンのその言葉に報告書をめくり戻す。
笑みを浮かべたまま目を閉じ横たわるレギンレイヴの姿に、レギナルトの顔がほんの一瞬、悔みに歪む。

「……いや、いい。通常のメードと同じように処理をしてくれ」
「いいのか? 彼女の身体はお前の…」

言いかけたギーレンは、レギナルトの視線を受け口を噤んだ。

「………」
「早死したのを、無理を言ってメードにし延命させ…その結果がこれだ。…今度こそ、ゆっくりと眠らせてやるべきか、とな」
「……そうか」

再びの沈黙が部屋を包む。
互いに互いをよく知る間柄故の、言葉に表せない沈黙。
しばらくの後、レギナルトは報告書を元通りに閉じ机の上へ置くと、席を立つ。

「行くのか?」
「後処理があるからな。レギンレイヴが抜けた穴の補填や配置変更をベルクマン上級大将とも打ち合わせをせねばならん」

懐から手帳を取り出し、日程を確認する。
報告書からの情報をメモにとりながら指で日付を追っていたレギナルトは、その途中で手を止める。

「……もうまもなくか」
「む? ……ああ、新たなメードか」
「皇帝陛下の肝いりだそうだな。…ブリュンヒルデにも教育を命じたとか」
「そのようだな。…全く、父上にも困ったものだ」

ギーレンがため息を一つ。
それにレギナルトが軽く肩をすくめた。






手元に残ったのは、破損しデータを取れなくなった光剣だけだった。
皇帝が自らのために創り上げた薔薇園の一角に立ち、ブリュンヒルデは足元へと視線を向けた。
一面の赤い薔薇の中、その一角だけは地面に白い薔薇が植えられている。

―――貴女だけ不公平だ。私にも一枚かませなさい。

そう言った彼女に白い薔薇の種とガーデニング用の道具を手渡したときの表情は今でも思い出せる。
手伝うから自分でやってみなさい、と言ったときには顔を顰めていた。
嫌そうな顔を思い出し思わず笑みが漏れ、次の瞬間寂しさに襲われる。
あの表情も、もう見ることはできないのだと。

「………ここに居たのか」

背後からの声に振り返ると、庭園の入口に無骨な鎧が立っていた。


通路を踏み外さないよう慎重に一歩ずつ近づいてくる。
ブリュンヒルデの隣へ並ぶとその場にしゃがみこみ、黒い石碑を見る。

『 R.I.P. Reginleif 』

「……貴方は」
「ん?」
「貴方は、知っていたのですか? 彼女の体の事を」
「………」

顔を向けないままの問い掛けを受け、沈黙が周囲を支配した。
しばらくの逡巡の後、テオドリクスが頷く。

「……そう、ですか」
「ブリュンヒルデ、俺は…」
「…違いますよ、テオドリクス」

ブリュンヒルデはテオドリクスの隣に同じ様にしゃがみこみ、石碑の表面を撫でる。

「責めようというのではありません。…ですが、どうして気づいてあげられなかったのかと、未だに思います…」

言葉の奥に後悔を滲ませながら独白するブリュンヒルデに、テオドリクスは声を掛けられない。
石碑を撫でる手が止まった。

「…あの子だけではない、皆…」
「…ブリュンヒルデ?」

石碑に手を当てたままブリュンヒルデは目を閉じ自問する。
あの忌まわしき作戦で5人の妹たちを失って以来、二度と誰も失わせまいとして戦ってきた。
だが、最後の一人の妹まで失ってしまった。
本来はブリュンヒルデが散るべき所で散っていった妹達。
彼女たちに自分ができることは、なにもないのだろうか。
なにも―――。

「…テオドリクス」
「…なんだ?」
「石碑に…文字を掘り直せますか?」

唐突な言葉にテオドリクスは一瞬面食らい、しかししばらく考えた後に。

「出来んこともない」
「…では、お願いしたい字があります…」





『 R.I.P Valkyrie 』



「これでいいのか?」

荒く削り終えた石碑を軽く手で払って屑を落とし、元の位置へと戻す。
ブリュンヒルデは一度だけ頷いた。

「……ありがとうございます、テオドリクス」
「構わんが…」

意図を測りかねているテオドリクスに曖昧な微笑を向けると、ブリュンヒルデは石碑を見る。
テオドリクスは知らない――レギンレイヴの他にブリュンヒルデにいた、妹たちのことを。

「皆…」


―――はい、姉上。なんでしょうか?


声が聞こえた。
驚き目を開けば、白い風景の中に立つ五人の少女たちの姿がある。


「…お願いしたいことが、あります」

―――はい、姉上のお願いならば、いくらもでお応えいたします。

―――シグはお固いな。…もっと気楽に構えればいいのに…。

―――にゃはは、そこがシグシグらしさだよ、ヘルるん。…きっと新しいあの子のことじゃないかな?

―――………レギン…レイヴ……でしたね
―――言われなくとも。熱烈歓迎ですよ、ブリュン姉さん





「はい…お願いしますね、あの子の事を…」




「…ブリュンヒルデ?」

テオドリクスの声に我に帰れば、周囲の風景は再び薔薇園へと戻っていた。
目の前にいた少女達の姿はどこにもなく、そこにはただ石碑が残るのみ。









廊下を歩いていたブリュンヒルデは、正面から歩み寄ってきて、眼前に立つジークフリートを見、足を止めた。

「何か用ですか?」

「──貴女に再戦を申し出ます」





時は巡る、人は巡る。
薔薇園に立ち、ジークフリートと正面から対峙しながら、ブリュンヒルデはわずかに意識を別へと向けた。
赤で敷き詰められた薔薇園の一角、わずかにだけ存在する白き薔薇。



―――レギンレイヴ、それに、我が愛しの妹達。
―――もうすぐ私も、そちらへ行きます…あと少しだけ…私の娘が一人前になる、その瞬間まで。
―――あと少し動く力を、私に分けてください…



激突する二人。
戦乙女から英雄へ、伝説を受け継ぐための戦いを。

ただ薔薇達だけが見守っていた。




~This story continue to next Generations~








最終更新:2013年02月01日 23:32
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