(投稿者:レナス)
「・・・ねぇ。お姉、ファニー。あれ―――」
食後の一悶着が続いている中で、パシノープだけが『それ』に気が付いた。
恐る恐るとある方向へと指で指し示し、二人にも確かめさせ様とする。
「何さ!? ちゃっかり美味しい所独り占めしたのを誤魔化すつもり!?」
「パシ姉。流石にそれは露骨過ぎるであります。賠償はきっちりすべきですっ」
フランシスは元よりファニーまでもが怒りのオーラを背にパシノープににじり寄る。
然しもの彼女もその気迫にやり過ぎた感は否めないが、今はそれ所ではない。
「ああん、もうゴメンなさーいっ。少しで良いから、あれを見てよ~」
少し泣き寝入り混じりの声色にしぶしぶと示された方を見やる。
別段面白いものやおかしな光景がある訳でも無い。地に伏している負傷者や婦長の猛烈なキスに痙攣を起している患者が居るだけだ。
何一つ問題も面白みも無い。やはり気を逸らす為の演技だったのか。そう決めつけようとした時に、それを認識した。
地面をずるずると這う物体。
匍匐前進の如きその大地との完璧なる密着に、そこらに転がる死体並に羞恥に溶け込んでいる。
況してや体に塗りたくられた液体が光を吸収してか、迷彩効果を遺憾無く発揮している。
彼女達以外に『それ』に気が付いている人は居らず、まさにダンボール迷彩並のカモフラージュ率を叩き出していた。
「――――ベトベ○ン?」
「お姉、それはダウトであります」
「でもまさしくヘドロ塗れにしか見えないよねー・・・」
気が付いてみれば何とも形容し難い違和感を有するその蠢いて前進する物体に三人は頬を引き攣らせる。
「・・・新手のジィ、かな?」
「それにしては生物っぽくないであります。良く見れば人の手のようなものがあるように見えるのです」
よくよく見れば、確かに這いずる腕らしきものが確認出来る。だがそれにしては緩慢で、動きに鈍いと言える。
「あ、本当だ。という事は患者さんかな・・・?」
「えー、あの何の粘液かも分からない液体塗れの患者なんているー?」
「でもでもー。あのまま放っておくのも良くないんじゃないかな、お姉?」
既に大半の負傷兵の治療は終わっている。今更早急な手当てを必要とする患者が居る筈もない。
とは言え、だからと治療の必要があるかもしれない人を放置するのも憚られる。
「あのまま息絶えたとなれば、それに気が付いていて放置したと婦長にバレた際にとんでもないお仕置きが待ち受けているのは確実です。
早急に対処する事が最善だと判断するであります」
あのゴリラを甘く見てはいけない。こちらに少しでも否のある思いを有していれば、特殊器官があるのではと思える程の勘の良さを発揮する。
このまま寝にの戻ろうものならば確実に何かしら聞かれる。己が勘のみで真実を嗅ぎ取る頭の中の婦長に、フランシスは震える。
「うー、わかったわよー! 行くよ! パシー、ファニーっ!」
「了解であります」
「はーい♪(誤魔化せた♪)」
結論から言えば、三人は間近でそれを確かめて見て軽くコけた。
何て事は無い。それは戦場から自力で帰還したメード、
ルーリエであったのだ。
「―――貴方ってホントーによく食われるよねー」
フランシスは「G」の体液で全身を塗りたくられたままのルーリエに治癒を施しながら呆れ交じりぼやいた。
片腕以外の四肢を欠落させ、戦場から腕で這わせて漸く今、この基地に帰還を果たしたと言う。
最前線の基地とは言え、戦場であった場所から此処までは航空機でも半刻は掛かる場所にある。
それを片腕の匍匐で戻るとなれば、一体どれだけの長い道のりであったのか想像を絶する。
「如何でも良い事だ。それよりも、まだか―――?」
「はいはいっ、今パシーとファニーに取りに行かせてるから、もうちょっとだけ待ってねー」
傷付き、疲弊した身体機能を回復させているフランシス以外の他の二人は此処には居ない。
ルーリエに声を掛けた時の返答早々に義肢と武器を要求して来たのだ、この男は。
異臭塗れの付着した体液を拭いてとか飯を寄越せとか全く色気の無い要求に、ある意味安心はしていた。
このメードの男が無事に帰還する事自体が稀である。初めて相見えた時には死体かと思った程だ。
それに比べれば今回、義肢の損失以外には軽い打ち身と疲労ぐらいしか無い。単に回収されなかっただけである。
「ぅ゛ー・・・すんごく臭い~っ! 鼻が曲がりそうだよ~~!!」
一体どんな戦い方をすればバケツを頭から引っ被ったかの様なヘドロ人間になれるのだろうか。
普段ならば決して近付きたくない部類に入る存在だが、寧ろ三姉妹の中で率先して嫌がるだろうフランシスが治癒の役を自ら名乗り出たのだ。
妹達にこの役を任せるくらいならば自分が。普段は迷惑を掛け捲る姉も、姉らしい想いは持ち合わせていた。
それだけではなく、愚痴ったり軽いノリで治療を行う彼女達も真剣である。
誰もが嫌う「G」を。その体液に塗れたルーリエにフランシスは触れている。
ヘドロと大差なく、その強烈な臭いを有する彼を拒絶する素振りが何一つ無い。
純白であり続けたエプロンを脱いで、ルーリエの義肢を外した接続部分を綺麗なるように拭う。
その液体が持って来る義肢が接続不良を起こさない為の最低限の処置。ルーリエは一言も頼んではおらず、彼女が自ら行っている。
もしも治癒をしているのが他の二人であれば、臭いや液体の感触でそれ所では無かっただろう。
フランシスは
ナイチンゲール三姉妹の長女。パシノープとファニーのお姉さん。根っこの所はちゃんとした姉である。
「目はちゃんと見えてるー? これ何本?」
「三。菓子の残り滓も見える」
「ぁはは~。目の方は大丈夫だねー」
何時も掛けているサングラスはずたぼろの彼の服の中からは見つからず、戦闘中に失くした様だ。
その赤い瞳は医療の視点から見れば非常に宜しくない症状ではないのであるが、婦長すらもその治療を諦めている。
今の彼の姿を見ればその全てを物語り、フランシスはそうと知りつつも何も言わなかった。
「お姉、持って来たであります」
「こっちも大漁だよー」
治癒も終わってルーリエの身体を拭きつつ、軽い問診をしていたフランシスの下に二人が漸く帰って来た。
ファニーの腕の中には義肢が、パシノープの腕と背には非常に物騒な重火器が幾つも見受けられた。
「よーし! それじゃあ、パシー、ファニー! あれ行くよー!!」
「了解でありますっ」
「おっけぃ!」
フランシスがルーリエの身体をがっしりと掴み上げる。
これから何が起こるのか、ルーリエに自身には経験があるので無抵抗。寧ろ諦めの境地と言って良いかもしれない。
「ファイナルフュージョン―――!」
そしてそのまま彼の身体を、
「「承認!!」」
真上に投擲した。
「お姉!」
「あいさっ!」
ファニーがフランシスに義脚二本を投擲。キャッチとともに跳躍。
綺麗に投げ上げたルーリエの身体は真っ直ぐに直立し、既に四肢の接続部がフリーな状態の彼に迫る。
真下より垂直に、そして的確に彼の義脚を接続した。
「―――ガオ!!」
彼の正面より飛翔するファニー。
彼女は既に其処に居た姉のフランシスに身体を掴まれ、ルーリエの頭上で反転して左右より義腕を接続。
「――ガイっ」
既に最頂点に到達。後は落下するのみとなって大地へと降下していく。
落下地点には既にパシノープが待機。彼女は持って来た武器の中から最も重量と大きさを誇る機関銃を真上に投擲。
メードであるルーリエはそれを容易く受け取り、接続したばかりとは思えんばかりの柔軟な身のこなしで着地。
武器を構えつつ背筋を伸ばして立ち上げる彼を囃し立てる様にポーズを決め、最後に―――
「「「―――ga「アンタ達ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」ひぃいいいいいいいい!!?」」」
基地中に響き渡る爆音が木霊し、三姉妹は台詞を言い切れずに仰け反った。
「患者を玩具にして遊ぶたぁ、悪い子だねぇえええ!!! もっかい初めからみっちり教育し直してあげるから覚悟しな!!!!!」
「「「ひぇええええええええええ!!!!?」」」
あれ程までに開けた場所でサーカスもかくやの曲芸に同じ広場で治療を続けていた婦長が気が付かない訳がない。
同様に目撃をしていた兵士達は婦長の音波攻撃に茫然。目の前の光景が上手く認識出来ずに居た。
ルーリエに接していたフランシス。彼を使った遊び。婦長の怒声。どれも信じられない状況に当事者たち以外は麻痺していた。
がちゃり。
故に気が付かない。ルーリエがドラム缶式の弾倉を機関銃に装填していた事を。
そしてコックを引いて彼方を、患者達が寄り掛かっている壁面に銃口を向けた事を。
それに気が付いた婦長が、三姉妹が、銃口を向けられて目を見開いた兵士達が声を発するよりも早く、
――否。銃口を向けた時点で最早手遅れだったが、
吐き出される銃弾は基地の外壁へと次々着弾。穿たれていく壁の破片が眼下の兵士達降り注ぐ。
恐怖に身を縮め込む者や悲鳴を上げる者。ほぼ一点集中した箇所に弾丸は吐き出され続けた。
「ちょっ、ストッ~~~~~~~プ!!!?」
いち早く動いたフランシスがルーリエから銃を引っ手繰る。
戦闘要員では無い彼女であったにも関わらず、ルーリエはそれを許してしまう。
何故ならば彼がフランシスよりも力が無かったからだ。
戦いに出ては死に掛けるその最大の原因が其処にあるのだ。
彼が手にする武器は常に人間が個人で携帯できる最大な物にほぼ限られ、メードの中でも非常に弱い。
三姉妹よりも低いその能力に、誰もが首を傾げている。そんな奴が何故生き残れているのか、と。
「いきなり人に向けて撃っちゃ危ないでしょうー!?」
フランシスがぷんすかと怒る。着弾地点の壁面は見事に抉れ、傍らで難を逃れた兵士達が腰を抜かしていた。
「・・・寄越せ」
「駄目です~」
当然拒否された。彼に奪い返すだけの力は無い。
「―――」
「危ないから駄目ですよー」
他の重火器を持つパシノープに目を向けるとにっこり拒否された。
「明確な理由を掲示しない限り、現状ではお渡しする可能性は皆無です。撃った理由の説明を要求します」
少しばかり眉を顰めるファニーが詰問する。
三姉妹だけでなく、周囲の兵士達からも非常に冷ややかな眼差しが向けられていた。
行き成り味方に向けて発砲したこの男、元より悪い心証しか持たれていないルーリエに警戒した。
「―――」
少しの沈黙の後に彼は口を開く。このままでは埒が明かないと判断した様だ。
その口から紡がれる理由は―――、
「ふんぬらぁあああああああああああああ!!!」
唸り声に掻き消された。見れば
フランケンがルーリエの穿った壁に拳を突き立てている。
そして崩れ落ちた壁面の向こう側が露となりその手に掴む物が露呈する。
「じ、「G」だと・・・?!」
間近でその巨大な蟲を見た兵士は驚愕した。
全身を穴だらけにして既に事切れていたワモン型をフランケンが掴み上げていたのだ。
そして崩壊した壁より出現する黒い影がフランケンに襲い掛かり、
「だっしゃあぁあああああああああああ!!!」
アッパーカットを決めて吹き飛ばし、壁面に叩き付けられたそれも
ワモン型。
強烈な打撃攻撃に直ぐに事切れて沈黙する。その余りの光景に、周囲の人間は固まっていた。
「何をボケっとしているんだいアンタ達はぁああ!!? 襲撃だよ!!さっさと戦いの用意をしな!!!」
基地中に響き渡る怒声に皆が皆、我に帰る。そして漸く鳴り出すサイレン。
戦闘終了後の対処に追われ、油断し切った状況での襲撃に基地中が大童。
まるでその状況を待ち望んでいたのではないかというタイミングで壁を破壊して侵入してくる「G」の群れ。
まだまだ広間に多く存在する患者達や手助けをする兵士達の数多の悲鳴が夜の空に響き渡る。
「――これが理由だが」
「「「早く言えぇえええええええええええええええええ!!!」」」
何処からともなく取り出したハリセン三つがルーリエに炸裂。
「そんな大事な話をしないで勝手に戦闘を始めないでよねっ!!」
「そうであります。お陰でとんだサプライズになってのでありますっ」
「これじゃあ、徹夜決定だよー!?」
三姉妹が口々に罵る。されどそれも直ぐに収まった。
「―――はいっ」
フランシスが銃を渡す。パシノープも手持ちの銃器を全てルーリエに渡した。
「結果としては完全なる奇襲となりましたが、それでも婦長が真っ先に応戦したお陰でまだ然程被害は出ていません。自分達も戦うであります」
フランケンはルーリエの意図を誰よりも理解し、皆が彼を責めている最中で真っ先に動いていた。
今も一方向から纏めて迫る「G」の群れを雑草抜きの如くポイポイと千切っては投げている。
故にファニーの言う様に今はまだ最小限の混乱で収拾出来るだろう。
「よーし、みんな行くよー!!」
「「おーっ!!」」
戦闘専門のメードの比べれば弱い三姉妹も、足止めをするくらいには能力は高い。
患者の撤退を援護し、婦長の隙を突破した「G」を片付ける。基地に待機しているメード達が現場に到着するまでの時間を稼ぐならば問題は無い。
「お兄さんも頑張ってねっ」
「結果は何であれ、お陰で助かったのは事実であります。感謝します」
「おりがとね~、お兄ちゃん♪」
そう言って走り行く姉妹を尻目にルーリエは既に「G」を奢り続けていた。
だが声を掛けられて数瞬だけ、トリガーに掛けられていた指が緩み、銃声と排莢が止まる。
弾詰まりでも弾切れでもない。彼にしては珍しい行動である。
「―――ふんっ」
鼻を鳴らし、再び射撃を開始する。
既にあちこちの壁から大量の「G」が侵入してきており、フランケンとルーリエだけでは対処出来なくなって来ていた。
例え三姉妹が援護に回ったとしても、時間の問題であるのは明白であった。
そしてこの日を境に、この基地が放棄される事が決定された。
生き残った部隊は再編成が済み次第、順次他の基地へと転属となる。
メード部隊も再配置が成され、同じ塒を共にした彼女達は散り散りとなる。
そしてあるメード一名に関しては、最前線の中でも最も激戦を繰り広げる基地へと配置される事と成った―――。
関連項目
最終更新:2008年09月23日 18:42