(投稿者:店長)
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世の中には成功するものだけではない。華々しい舞台の裏では泥まみれの敗者が存在するのだ。
だが、敗者が敗者で終わるのか……それとも返り咲くことができるのかは本人次第なのである。
最初に教育担当官殿からこう告げられた時、本官は感激のあまりに涙を流さざるを得なかった。
今のその言葉を胸にしまいこんで、任務を遂行している。
☆
その日、
ベーエルデー連邦にアルトメリアから遠路遥々海を越えてやってきた人物がいた。
その人物はすらりと引き締まった筋肉をアルトメリア海軍式の士官用の制服で包み込んだ男性で、
その口にはコーンパイプが咥えられている。やや色の薄めのサングラスでその瞳の輪郭だけがうっすらと覗ける。
彼──マーサッカー大佐はこの地で
空戦メードを受領するためにやってきたのである。
戦力になるだけであるならば陸戦メードでもよいのであったが、彼の所属するのは海軍航空隊。
つまり空母と飛行機を組み合わせた空戦能力がメインなのである。
それならば随行するメードもまた空を飛べたほうがいい。
「是非とも空戦メードを加えたいものだ」
コーンパイプから紫煙を噴出しながら、マーサッカーは用意されていた軍用車両に乗り込みながら目的の施設へと向かった。
通称”鳥の巣”と呼ばれる、空戦メードの製造から能力検査を行う施設が存在する。
ベーエルベーにおける多くの空戦メードはこの施設で生を受け、そしてかの有名な
ルフトバッフェに編成されるのである。
来訪したマーサッカーは今回新規にロールアウトしたばかりの空戦メードらのお披露目会を視察していた。
話の上では、その中から一体を選ぶことが彼の希望である。
彼としてはよりよいメードを連れて帰りたいと考えていたので、その表情は真剣さによって引き締まっていた。
ベーエルデーの技術士官との形通りの会見の後に始まったお披露目会を見ていたマーサッカーは違和感を覚える。
マーサッカーが事前に聞いていた数は三体。だがそろそろ終わりにも関わらずに二体しか出てきてないのだ。
「失礼だが中佐。聞いていた数より一体少ないようだが……」
そのことを指摘された中佐は狼狽を表情に出来るだけ出さないように努力するものの、
僅かばかりに冷や汗がながれてたのを彼は見た。
「マーサッカー大佐。実は非常に言いにくいことなのでありますが……」
と、中佐は続ける。最初は三体であったのだが、一体だけ不都合があったのだという。
「不都合とは?」
「──飛行能力を有していません」
☆
本来は一度撃墜等を被って長期的な治療を受けた後のリハビリや、生まれて間もない空戦メードらが調整などを行うための施設。
そこに先ほど中佐に半分無理やり場所を聞いてやってきたマーサッカーはそっと目に入った窓を見る。
この施設の窓からは、先ほどまでいた鳥の巣がよく見えた。
そこに、今たった一人だけ……青い光の翼を持ったメードが何度も何度も、空を飛ぼうと羽ばたかせていた。
しかし、その光の翼は動くだけで決して彼女の体を浮かせることはない。
「……まだまだっ!」
マーサッカーと中佐らがやってきたことにすら気づかずに、彼女は幾度も挑戦する姿を晒す。
その表情は悲壮感が強かったが、それでも瞳の奥には……燃え上がる闘志が伺える。
何度も無茶をしているためか、彼女の衣服の一部が汚れが付いていた。
華々しい名声を受けているはずのあの翼持つメードらと同類には見えない、なんとも泥臭いオチコボレ。
「彼女の名前は?」
マーサッカーは中佐に目線は合わせず──目線はあの青い翼をもったメードに釘付けである──に尋ねる。
「ローザシアです。ですが近日中には……”作り直し”を行います」
「そうか……中佐」
「なんでしょうか?」
「あのメードを受領する」
中佐は、聴いた言葉をもう一度確認する必要があった。
アルトメリア海軍所属の正規空母チャリントンの飛行甲板の上で、ローザシアはいつもの日課を行っていた。
発進に邪魔しない程度に並ぶアルトメリア製の海軍機が滑走路脇に並んでいるのを遠めで見つつ、
彼女は青い光の翼を広げる。
まず最初に艦載機のパイロットらを初めとするメンバーによる、現状のローザシアの問題の洗い出しを始めた。
形こそ違えども、将来的には同じ空の戦力同士となるであろう彼らは彼女を応援する筆頭である。
その熱意もまた、一際強かった。
「まずはできることとできないことを把握することが大事だな」
何事も前向きに考える一人のパイロットの発言により、様々な実践を行う事が決定する。
何が原因で空を飛べないのか、そして現状でできることは何であろうか?
その考えにはなにかしらの貢献によって自信をつけてもらいたいという純粋な思いがあった。
やはり、この空母の乗組員はこの落ちこぼれの……
自分らと同じように悩みながらも努力するメードらしからぬメードに好感を抱いていた。
その数多の実験の結果、判ったことがいくつかあったのだ。
まず、ローザシアの光の翼はその半分しか機能していないということ。
本来空戦メードの翼には二つの機能が付随している。
飛行機のエンジンやプロペラに当たる動力と、翼にあたる空力制御とである。
それに個体の差によってその機能の強弱や、一部の特殊な効果が追加されたりする。
最もなものには赤の隊の隊長である
シーアの翼に備わった、
触れた対象を任意に焼くことができるというもの。
だが、ローザシアはその基本的な機能の片方の、エンジンやプロペラにあたる部分が欠損しているのである。
自力で推進力が得られない、紙飛行機やグライダーと同じように、他から推進力を得ることができれば飛べるだろう。
しかしである。戦闘中でそんな悠長なことができるだろうか?
その事実をしっかりと受け止めるローザシア。
「……まあ、本国に戻ってからだな。何、いい案が思いつくさ」
見るからに目線を斜め下にしている彼女にパイロットらはどうしたらいいのだろうかと考えたが、彼らが思ってた以上に彼女は強かった。
──今は飛べない。だがきっと将来は飛んでみせる。けど、今は……今の私ができることをしっかりとやるべきだ。
決心を固めた彼女は、金剛石ですら削れず砕けない。
拳をぎゅっと握り締める様子に、先ほどの悲壮感はなかった。
「──大丈夫であります! 皆さんのその気持ちだけでいっぱいなのであります!」
ローザシアのキビキビとした仕草にパイロットらは危惧が無用のものであったと安心し、
そして健気で微笑ましい彼女の背中をバシバシと叩いて称える。
こうして彼女はますます彼らに気に入られていった。
「……マーサッカーの旦那」
「ジョンソン曹長か。どうした?」
パイロットらがローザシアと和気藹々としている様子を実の親のように影から見守っていたマーサッカーの元に、
髪の毛の存在しないツルツルの頭に黒人特有の艶のある黒い肌、隆々とした筋肉の鎧で武装した屈強な兵士がやってくる。
彼はマーサッカーのよき理解者であり、階級こそかけ離れているものの長年の友人のように付き合いがあった。
「いやね。マーサッカーの旦那があの子を連れてきた理由がわかった気がしてね」
「面白い、いってみたまえ。正解ならコーヒーを奢ってやろう」
コーンパイプに刻みタバコを投じ、マッチで火をつけるマーサッカーにジョンソンは自分の顎に手を置いて答える。
「では……。旦那はあの子に嘗ての自分をみた、という辺りでは?」
「──コーヒーの奢りは決まりのようだな」
きゅっとパイプを咥えたまま、マーサッカーは悪戯がばれた少年のような笑みを浮かべる。
「人間らしいとは思わないか? 曹長」
「ええ、メードは超人……って、ローザシアを見るまでは思い込んでいましたが。実際は……メードも人間らしい面を持っている」
「ああ。彼女を見ていると……放っておけないと思えるから不思議だ」
空母の周囲は晴天で、まぶしい日差しが甲板にいる全員を照らしていく。
☆
本国に補給しに戻った空母は、しばしの休憩を与えられていた。乗組員の大半は港の近くの街に繰り出し、垢落としに精を出している。
陸に上がったマーサッカーは、自分の持ちえる様々なコネを使ってローザシアをどうしたら飛ばせてやれるかを考えていた。
──あれだけ努力しているのだ、報われないのは切なすぎるからな。
こうして奔走していたマーサッカーに、ある陸軍将校が情報をもってきたのだ。
それは数年前に執り行われたトライアルに参加した、様々な航空機の資料。
その中でひとつ目に入ったのは、XP-055という名称を与えられら先尾翼機だ。
普通のレシプロ機とは違ってプロペラが尻についているタイプの戦闘機であり、安定性こそ劣悪であるがその分コンパクトにまとめることができた。ただし、メリットに対しデメリットが大きすぎたためにお蔵行きとなったという。
──安定性は光の翼による制御でどうにかなるのではないか?
天恵を得たとばかりに早速マーサッカーは開発元のカチース社に対してすぐに電話をつなげた。
☆
いまだに停泊中の空母の飛行甲板上に、ローザシアは立っていた。
その背中には、大きな物体を背負い込んでいる。丁度レシプロ戦闘機の鼻先を切り取り、断面側を背中とつなげたようなオブジェクト。
これこそがカチース社に対しマーサッカーが私費を投じて、製造してもらった飛行ユニットである。
カチース社の技術者らも、あまり多くはない資金ながらも積極的に協力してくれた。
彼らもまた彼女の境遇を知り、自分らの無念の具現であるお蔵行きとなったあの機体と重ねたからかもしれない。
多くの人間の協力の下、試作型が完成した。本日はその記念すべき一回目の試運転なのである。
空母の飛行甲板の上には、カチース社の技術者もまた同席していた。
「状態はどうだ?」
「良好であります。──いつでもどうぞ、であります!」
ローザシアもまた、最初にこのことを聞いたときは感動と感激のあまりに涙をこぼしたものだ。
そして今日という日を迎える前に、飛行訓練と称して……実際にレシプロ機に牽引される形で擬似的に飛ぶ特訓をしてた。
本当なら今頃は空戦メードとして戦ってたであろう自分は、漸くこの日から単独で飛べるようになる……。
希望と不安とでローザシアの緊迫のあまりに心臓が暴れて飛び出してきそうになっていた。
──皆の思いに、答えれるのだろうか?
そんな考えがなかったわけではない。
それでも……答えてこそ、今までの礼となる。そう信じて。
『コチラカンセイトウ・ヒコウヲキョカス』
管制塔には、管制員とマーサッカーが入っていた。いま先ほど、発光信号によって滑走路上のローザシアに指示を与えたところだ。
『リョウカイ』
管制塔に、ローザシアが所持する発光信号機による応答が帰ってくる。いよいよ、である。
滑走路には赤と白の手旗を持った兵士が、滑走路の上でローザシアに発進準備の指示を与える。
背後では、飛行ユニットのプロペラがローザシアの体を空のかなたへ吹き飛ばそうと荒れ狂っている。
油断すれば飛んで行きそうな体を、前傾姿勢で構えてこらえる。
ゆっくりと出現した光の翼が折りたたまれていく様子は、鷲か鷹が空の彼方から急降下するかのようだ。
眼前の兵士の旗が下げられたのと同時に、ローザシアは走り出した。
エンジンの力を借りた彼女の速度はすぐさま最高速にまで達し──滑走路を力強く蹴る。
地面から空中へと彼女の体は投げ出される。ばさり、と青い翼は空気を掴まんと広がる。
ぐん!と今まで引っ張られると感じていた飛行は、今度は押し出されると体感していた。
風が頬を叩き、耳には轟々と空気の流れる音がこだまする。だが、この爽快感。
──これが、空を飛ぶという感触!
「──イーヤッホゥゥゥゥ!!」
それは心のそこから吹き上がった、感動からによる叫び声であった。
ぎこちない旋回飛行により、空母の周りを一周する。
その光景を見ていた乗組員が、被っていた帽子を一斉に取ると力強く振っているのがローザシアから伺えた。
下からローザシアを見ていたその中の一人が、その姿を見て呟く。
「アルトメリアの……青い翼だ」
その呟きは、いつしかローザシアの二つ名になる。
同時にそれは、苦難を乗り越え目的を達成する不屈の闘心の代名詞としても使われることになる。
「──よかったな。ローザシア」
先ほど艦橋のまん前を横切っていったローザシアを目線で追いながら、マーサッカーはちらりと目じりに水を浮かべ、
その涙を隠すようにサングラスをかけ直していた。
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最終更新:2008年11月03日 21:51