Chapter 3 : Silent Heavy Blow

(投稿者:怨是)




 Sep.15/1943

 今日はシュナイダー教官の叱責を受けてしまった。
 頬と額に、まだ痛みが残っている。

 人とMAIDは姿形はそっくりなのに、何故こうも違ってしまうのだろうか。
 私はただ、ただ、教官の片腕の代わりになりたいだけなのに……
 少しの恋心と、教官の力になりたいだけなのに。
 ゼクスフォルト少佐とシュヴェルテは、あんなにも仲良しなのに。

 頬が痛いし胸も痛い……
 感情の整理がまったくつかない。

 (後略)







 作戦が終わり、軍用車両で本部へ帰還した時の話だった。

 ――アシュレイ・ゼクスフォルト
 エントリヒ皇室親衛隊所属。階級は少佐。
 シュヴェルテの担当官であり、まばゆい銀の長髪と端正な顔立ちは、親衛隊一の色男とさえ云わしめた。

「私は、お役に立てましたか?」

 表情を曇らせるシュヴェルテに、ゼクスフォルトが柔和な笑みでフォローを入れた。
 粗雑な言葉だが、確かな包容力がある。

「当たり前だろ。俺が教えたんだ。役に立てない訳が無いさ」

「ありがとうございます、教官。
 しかし、教官の援護射撃が無ければ危うかったと思います……精進しますわ」


「MAIDだって生きてるんだ。ミスはあるだろ。いいんだよそれで。また俺が守ってやる。
 おっ、そうだ。明日から一週間の休暇だ。お気に入りのカフェに案内するよ」

「楽しみにしております。では早めに床に就かねばなりませんね」


 恋人のようなやり取りでゆっくりと車を後ろに進める。
 砂利が擦れる音に紛れず、会話は極めて和やかに行われる。
 駐車しつつ談笑する二人を横目で見ていたジークフリートは、面白くなかった。
 自分にはここまで親密な関係が無かったからだ。

 “生まれて”この方、シュナイダーとの関係はただの上司と部下。
 それも悩み事の相談なども一切存在しない、周囲から見れば非常に冷淡なものなのである。
 犬と飼い主でさえ会話する。
 もはや道具と持ち主か?
 否、世の中には銃に話りかける兵士だって居るのだ。


 ――私だって、あれくらい仲良くなりたい。


 心に秘めたる嫉妬を、ジークは否定できなかった。


「ゼクスフォルト少佐ならびにシュヴェルテ。私語は慎め。
 貴様らのだらしない態度にジークフリートがお怒りだぞ」

「うッ、失礼いたしました! 軽率でありました!」

 そんな二人を、こちらの運転手の士官が咎めた。
 ジークは急いで眼を逸らすが、その様子もまた誤解を生んでしまうのである。
 彼らは焦燥と若干の苛立ちを含んだ面持ちで口をつぐむ。

「だらしのない奴だ。注意したのが私だったから良かったものの……」

 別に恋路を邪魔するつもりは無かった。
 無いものねだりをしていただけである。
 ああ、シュナイダーもああいう風にフォローしてくれたら……
 そのシュナイダー少佐は、ジークの隣に座っていた。

 隻腕にして隻眼。
 無表情にして無愛想。
 戦闘中の事故によって欠損してしまった右目と右手はいかんともしがたく、車両の運転は代理の士官に行わせるのである。

 彼は鉄仮面などと形容できたものではなかったが、この瞬間くらいしか隣に並ぶ時間は無かったのだ。
 報告に行くときならまだしも(それでもゼクスフォルトとシュヴェルテは隣に並ぶのだが)、
 せめてプライベートの時くらい隣にいてくれたって良いのではないだろうか。


 自然と、憮然とした表情へと変えて行くジークをバックミラー越しに見た運転手が振り向く。

「お怒りはご尤もですが、何、彼らも反省しておりますよ。
 どうかご容赦くださいませ」

 違うと反論したいのに、いつも声が出なかった。
 咄嗟に出た小声も、むしろ両目に篭った不機嫌の塊のせいで別の意味を成してしまう。
 運転手にはどうやら“ああ”と聞こえたようだった。

「流石は我等が英雄。寛大な心をお持ちでらっしゃいますね」

 皮肉ではないのだろうが、盛大な勘違いに胸が痛む。
 そうこうしているうちにサイドブレーキを引き、ギアーをパーキングに。そしてキーを引っこ抜く音が聞こえてくる。

「お疲れ様でした。私はこれより駐車後のチェックをいたします」

「……ご苦労」

 シュナイダーがやや間を空けて車のドアを開ける。それに続いてジークもドアを開けた。
 空はとっくに日が落ちて、荒涼とした空気を月が照らしていた。
 レンガ造りの兵舎の扉を左手のみで器用に開けたシュナイダーに、小走りで追従する。




 規定時間までに、タイプライターで報告書を仕上げねばならない。
 いかなる私語も許されないのはここでも同じ事であり、『カタ……カタ』と断続的な音を立てて報告書が書き上げられる。
 ここは代理を用意することが出来ないため、必然的に残った左手のみで仕上げる事となる。
 利き腕を失った今では、精一杯のリハビリを以ってしても両腕があった頃の倍の時間まで縮めるのが精一杯なのだ。

 手書きなら、私が文鎮代わりになる事もできるのに……

「代筆だって教えていただければ私が、」

「――貴様」

 思わず口をついて出てしまった言葉に、咄嗟に次の言葉を両手で覆う。
 完全に、やってしまった。


 タイプする音が止まり、若干の沈黙が背筋を乱雑に掴む。
 唾液の分泌が止まり、耳鳴りの群れが遠くから行軍を始めた。
 鳥肌は寒さだけのせいではない。

「……私語は厳禁だと以前教えたはずだが」

 もう駄目だった。
 胸倉を沈黙に捕まれるような感覚に襲われ、硬直列車が心理駅に到着し、緊張乗客がホームへと雪崩れ込む。
 身の毛がよだって凍りつく。







「それに、代筆の手順を学んだ上での発言か?」

 まだ機械の熱が残る報告書をブリーフケースに丁寧に仕舞いこみながら、シュナイダーはこちらを振り向かずに咎める。
 席を立ち、片手で椅子を動かす。
 以前、椅子を戻すのを手伝ったことがあったが、無言で振り払われただけだった。

「……で、でも、しかし教官。私は……」

 椅子を戻し終えたシュナイダーがこちらに振り向く。
 眉間に寄せた皺からはその感情を俄かには察し難かったが、それが決してポジティヴなものでないことは察知できた。
 上の歯と下の歯の震度が4を超えた所である。

 ブーツの音がこちらへ近づく。
 眼はしっかりとジークの顔を見つめ続けていた。
 表情は、より険しさを増して行く。

「……己の慢心が口を緩めたか」

「ぃ、ぃゃ、そういうわけじゃ……」





 沈黙がエターナルコアを鷲掴みにする。





「余計な手出しが大きなリスクが伴うことも教えた筈だ」

 蛍光灯が、両者の表情をより青白く照らす。
 暖色のレンガの壁さえ灰色に見えた。

「ですが、ですが、いつも、不便ではありませんか……? 私は、戦いだけでなく、他のところでも、お力になりたくて……」


「馴れ合いなら――」

「――私だって、パートナーでありたいのです。きょ、教官の心の支えになりたくて、だって、わっ、私、私は……」




 ……途切れ途切れに、言葉が紡ぎ出される。




「私は教官をもっと知りたい。もっと好きになりたいのに……」







 ……。







 張り詰めた空気は、シュナイダーの左拳の一撃となって爆発した。
 右頬に突然の衝撃を受けたジークは床に倒れこみ、暫く手で押さえるしかない。
 鈍痛が頬骨に響く。


「MAIDが恋愛感情を持つなどと……そんな軟弱な考えを何処で知った」

「ぅ……」

「……立て」


 顔を上げたジークの眼に、眼を見開いたシュナイダーの顔が映りこむ。
 無言のまま、胸倉を掴もうとするシュナイダーはそのまま右肩を引いたが、
 直後に右肩を見、見開いた眼に苛立ちが篭る。

「立てと云っている! ッ――?」


 右手で殴ろうとしたのだろう。
 しかし、そこにあるべき右肩から先が無かったのである。

 次に後ろ髪に剣山のような痛みが走り、上に引かれる心地がした。
 直後に視界が上から下へと急降下する。
 あとは床と額が衝突するのを痛みと共に実感するだけであった。


 霞む視界を上に移せば、シュナイダーの見開いた左目と、震える左手。
 そして息を荒くして上下する肩が見えたのだった。


「反省の意思があるなら立て。私は報告へ向かう」


 ブーツの音が無機質に響き、苛立たしげにドアが閉じられる。
 冷え込んだ空気は、ジークフリートの涙で視界と共に淀み始めていた。








 ――およそ一ヵ月後の1943年10月28日。
 シュナイダー教官は、ジークフリートがスパイを13名討伐した日に担当官の任を解かれる。
 MAID育成や指揮における優秀な手腕を買われ、国際対G連合統合司令部からスカウトがかかった為である。
 上官らの計らいにってエントリヒ皇帝による勲章授与式の日程とは重複を避けるも、体調不良を理由に欠席したという。

 ジークに授与された勲章は、実際には柏葉・剣付騎士鉄十字勲章である。
 帝都栄光新聞で発表された金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字勲章はこの時点では存在しておらず、新聞記事の内容を知った政府幹部が急ぎこれをギーレン・ジ・エントリヒ宰相に報告。
 後に予想されるジークフリートの数々の武功に備えて製造することとなったという。

 新聞は幹部から秘密警察を通して、これらを踏まえた修正案を伝達され、公には“後の武功に備えて前以て授与されたものである”と説明。


 なお、翌日の記事では授与式にてGに見立てた赤い柱を一刀両断するジークフリートの写真が掲載され、
 その鋭い太刀筋は映像メディアによっても発表されることとなる。



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最終更新:2008年11月08日 10:45
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