Chapter 2 : 戦中新聞

(投稿者:怨是)


   ジークフリート、ヴォ連スパイを断罪!

 昨日未明、ヴォストルージアより派遣されしスパイMAIDが正義の下に断罪された。
 反逆者の名はシュヴェルテ
 彼の者は我々エントリヒの民に混じり、あろう事か国家転覆の毒を撒いたのだ。
 配備間も無くGを退けたシュヴェルテは我ら民衆を扇動。
 その戦果に紛れて事実無根のデマを流していた。
 この忌まわしきスパイに、遂に正義の鉄槌が下された!
 
 事の詳細は以下の通り。
 
 先日の作戦にて、ジークフリートはシュヴェルテの不審な行動を目撃。
 ジークフリートは即座に見抜き、一瞬且つ一刀にして叩き伏せたのである。
 神がかりの速度で叩き伏せた姿に、その場の兵士が感服。
 作戦終了後、盛大な拍手を以って賞賛を送った。
 
 この件を含め13人ものスパイを全て断罪した功績は大きく、今後のジークフリートの躍進への足掛かりとなるだろう。
 この活躍を受け本日の午後、ジークフリートには金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字勲章が
 エントリヒ皇帝陛下から直々に授与される事をご決定なされた。
 
 我々エントリヒ帝国国民は、卑劣なスパイに決して屈してはならない。
 それをジークフリートが剣の一振りを以ってして伝えたのである。
 我々国民は真実の眼と正義の剣を以って、スパイを断罪せねばならないのだ!
 其れこそが正統たるエントリヒの義務であり、またエントリヒの歴史より与えられし権利でもある。
 ジークフリートに続くべし!





 素っ頓狂かつ熱情的な大見出しで一面に載せられたその記事は、瞬く間に人々の眼に焼きついた。


 ――帝都栄光新聞。

 エントリヒ帝国を代表する、“真実の提供者”。
 薄汚れた過去の慣習から人々を正しき情報の道へといざなうとし、そのドラマティックに描かれた記事は多くの民衆を熱狂させる。
 アンニュイなルサンチマンから解放されし民衆は、より高みを目指すべく“真実”への眼を光らせるのだ。
 キャッチフレーズとしてはこういった具合か。


 しかし物語性を重視するべくポジティヴな単語がこれ見よがしに並べ立てられ、戦意向上の為とはいえ、新聞としては破綻していた。
 後の歴史家の中で特に過激な言動を旨としていた者はこれを「新聞社の名を語った癲狂院だ」と断じ、物議をかもしたものである。
 Gの脅威に怯えながら過ごさねばならないなら、少しでも強い者にすがっていたいというのも道理なのである。

 伝説性の際立つ、ジークフリート。
 粉飾と虚構にまみれた強さとはいえ、ポテンシャル自体は非常に高いものであることは間違いなかった。

 それに、この時代でも無気力の最中に突如として現れた熱気に対し、決して無自覚ではない人間は少なからずいた。
 ホルグマイヤーもそのうちの一人であるし、おそらく情報から隔離された場所にいるであろうジークフリートも、それを知っているのではないか……?



 非公式の協力者である“DD”は、温和な笑みを浮かべてこの原稿を指で叩いた。

「自国で生まれたMAIDが処理されることになれば、国民の士気の低下は免れられません。しかし、敵を常に外側に設定すればどうでしょうか」

 皇帝陛下も、事の全容など知る由もなかったし、いちいち全ての名前を知っている筈も無かった。
 こと皇室親衛隊以外の戦力かつ、それが辺境の地で起こった事なら尚更である。

「確かに、ジークフリートの有力性もより確固たるものとして国民の眼に届き、より大きな賞賛を以って迎えられるだろう」

 DDの発言を肯定する。密室においても聞き耳の存在を疑うべし、とは誰の言だったろうか。
 秘密警察は多くの同胞を内密の内に葬ってきた。
 その殆どが、熱狂に対する自覚を愚かにも口にしてしまった、うっかりさんなのだ。

「それでは、この記事の内容で問題は無い。今後の記事の予定としては、明日の朝刊で皇帝陛下のコメント、夕刊ではヴォ連の卑劣な作戦の内容とシュベルテの処遇、あとはこのレジュメに記しておいた」

「いつもの通り、これに沿った筋書きで進めるという事ですね」

「ああ、頼む。レジュメの処理もいつも通りだ」

「こちらでノートに転写した後、焼却処分ですね。かしこまりました」

「部長という立場なら、内密に行うのは容易だろう。来週また来る」





 ……。





 ホルグマイヤーは、一仕事終えたという心地で、自室にて時計を眺めた。
 “打ち合わせ”が終わった時刻は5時12分。電車で十数分。徒歩数分。
 一仕事の後の一服もまた、格別である。

 金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字勲章の作られた数をもとに設定した、12ミリのタール量。
 黒い箱にエントリヒの国旗が記されたその箱は、戦意高揚を旨として作られた、戦時下限定仕様である。
 皇室親衛隊によって考案され、科学研究質で綿密な調整がなされたそれは、まさに“Sieg”(勝利)を予感させる味である。

 肺に煙を丹念に溜め込み、溜め息の要領でそれを吐き出す。


 肺に充満したタールとニコチンは、確たる重さを以ってして心地良い倦怠感を生み出す。



 全身の血管が収縮するような心地に見舞われ、脳の動きが鈍り、再び回転する。




 過去への回想を促し、そして意識を拡散させる……






 「今日で8本目か。流石に毒か?」

 本日の累計蓄積タール量は合計96ミリグラム。
 ニコチン量は0.64ミリグラム。
 喫煙者の方はその量を充分に推測できよう。
 ホルグマイヤーの場合、一日の平均消費量はおよそ18本。一箱で20本。
 大仕事を片付ける時は35本前後。


 云うまでも無く、彼は自他共に認めるヘビースモーカーである。
 非喫煙者の方でもその害を十二分に推測できると思われる。


 緩慢な足取りで、灰皿を机に置いた。





 ちなみにこのタバコだが、戦後すぐに生産を停止し、コレクターズアイテムとなったそうだ。
 洗練されたデザインはなかなか受けがよく、しかも当時はこの箱をゴミ箱に捨ててはならないという暗黙の了解があった。
 その結果、戦闘を免れた地域ではかなりの数が家屋に眠っていたそうである。
 現エントリヒ国内では賛美に繋がる物品の製造販売を「扇動法」によって表向きは厳しく規制しているが、外資の確保の為に闇ルートを通じてオークションにかけられているという。
 真偽の程は定かではない。

 しかし、多くの親衛隊員が戦犯追及される事を怖れ、連合国へ降伏する時に親衛隊の制服と共にこれを廃棄し、火事場泥棒のような面々や連合国軍側の一部の兵士が秘密裏に回収して売りさばいているという噂もまことしやかに流れている。
 それを踏まえれば、決してありえない話ではないだろう。



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最終更新:2008年11月08日 10:46
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