Chapter 4 : 報告酒

(投稿者:怨是)





「遅刻だぞ、シュナイダー少佐」

 ヴォルケン中将と、彼のテーブルを隔ててゼクスフォルト、ジークフリートとシュナイダーが報告書を片手に立っていた。

「申し訳ございません。ジークフリートが軍人としての自覚に著しく欠ける発言をしたため、叱責しておりました」

 ゼクスフォルトは不安げな視線をジークらに移す。
 今にも雷雨でも降りそうな面持ちの二人に、思わず息を呑む。


「……彼女の右頬のアザはそういう事か。貴様とお揃いじゃないか」


 ヴォルケン中将はシュナイダーの右頬のアザと見比べて茶化したのだ。
 別にこれに悪意はない。彼なりのジョークであり、場を和ませるための気配りである。

「……」

「何だ、つまらんか。まぁ無理に笑わなくてもいい。疲れているのは私とて同じだ。
 まぁ何と云うべきか。皇帝陛下はジークフリートをいたく気に入ってらっしゃる。
 あまり強く殴り過ぎないように。折角の美貌も、キズモノでは貰い手が減ってしまうからな」

 ゎぁッハッハッハ! ……ハァ。

「……以後、気をつけます」

 渾身のジョークはまたしてもスルーされる。
 シュナイダー相手には流石に通じないと悟ったか、ジークフリートに標的を変更した。


「ジークフリート。叱責を受けて消沈するのはわかる。
 しかし、シュナイダーは貴様に悪い虫がつかんようにと鍛えてくれたのだ」

「……はい」

「後の躍進への燃料としたまえ。私は応援しているぞ!」


 流石に参った。無口の二人組ほど扱い辛いものもあるまい。

「……うむ。ヴォルフ・フォン・シュナイダー少佐ならびにジークフリート。
 ご苦労であった。もう帰っていいぞ」

 バツが悪くなったのを誤魔化すように退室を促す。
 その声音からは意気消沈と諦めが伝わってくるのだった。

「は。お先に失礼いたします」


 ドアが閉まり、足音が遠くへ行くのをそっと聞き耳を立てつつ、椅子に座りなおしたヴォルケンは、呆れたように口を開いた。

「やれやれ、シュナイダーの小僧め。あれではジークフリートまで同じ顔に見えるわ」

 お得意の愚痴である。
 ホラーツ・フォン・ヴォルケン(Horaz von Worken)。
 対するは、ヴォルフ・フォン・シュナイダー(Wolf von Schneider)
 ヴォルケン中将もシュナイダー少佐も、古くは貴族階級の出であり、“フォン”のミドルネームはその名残である。
 シュナイダー家とは昔から何らかのいざこざがあったようだが、ゼクスフォルトも詳細は聞かされていない。

「貴族出身だか知らんが、たかが片腕と片目が吹っ飛んだくらいであのザマだ。
 アレでは祖国の為に散っていった英霊達に申し訳が立たんだろうに。全く、けしからん。
 君もそう思うだろう、アシュレイ君」

「そう、ですね」

 ここは無難に返答しておこう。彼が欲しいのは意見ではなく、同意なのである。

 とにかくアシュレイ・ゼクスフォルトはヴォルケンに気に入られていた。
 報告のあと、特別訓練と称して様々な話を聞かされてきたものである。
 本日の報告もおそらく例外ではない。



「明日から一週間の休暇か?」

 大体が、作戦活動に影響の出ない日を選んでのことだったのだ。

「え、ええ」

「奇遇だな。私もだ」

 もはやパワーハラスメントだ。
 結局断れもせず、この9時を指す時計の短針が90度ほど右回りに進む頃まで話を聞かされるに違いないのだ。
 しかも湿気たチーズと安いビールを口にしながら。
 ――明日はシュヴェルテとデートする約束だったのに!


「呑まないか」


 ――規律も糞もあったものではなかった。
 贔屓にしても少しやりすぎな感はあったが、どうせ上官命令なのだ。
 それに最近、シュヴェルテに対するネガティヴキャンペーンがそこかしこで行われているらしいという噂も聞く。
 利用できるチャンスなら、利用したほうがいいのではないだろうか。
 少し悩んだ結果、脳裏に妥協案が飛来する。
 曖昧な言葉で濁した返答をしておこう。
 含むところがあると、前もって言外に警告を忍ばせよう。

「ぁ、明日は私用がありますので、控えめでしたら……」

「よし、それなら決まりだ」








「ご苦労。重たかったろう」

「お気遣いありがとうございます。まぁ、程ほどにしといてくださいね」

 本当に、程ほどにして欲しいものだ。
 整備班もご苦労なものである。

「私が酒に倒れる軟弱者と云いたいのか? まぁ今度呑もう。帰って良し!」

 キャリアーを気だるげに引いてゆく整備班を、横目で見送る。

「あ、すまない。鍵を頼む」

「了解」

 ソファーから立ち上がり、整備班の気配が消えるのを確認すると、モスグリーンの扉に鍵をかけた。
 その間に、樽に井戸を付けたようなサーバーからビールが注がれ、ジョッキからはみ出た泡をハンカチで丁寧にふき取られてゆく。
 確かに、大切な机を汚すわけには行かない。
 ヴォルケンに見られる若干の潔癖症の気は、こういう場では決して嫌な感じはしなかった。

「やはり男と男の話し合いは、酒が入ってからが本番だな」

 おっといけない。激昂して殺人が起きてはならない。
 それぞれの銃をまとめて机に仕舞った。
 その上で騒音防止の為に軽い乾杯を交わし、席へと戻る。

「そうですね。それで、本題なのですが」

「ほぉぅ?」

 本題へと脳をシフトさせる。
 近頃のシュヴェルテへのバッシングの理由は?
 帝都栄光新聞の不自然な記事は?
 ジークフリートの頬のアザは一体?

「近頃、私の担当するシュヴェルテに対し、良からぬ動きが出ているそうです」

 ――一瞬で思いついた選択肢のうち、優先順位の高いものを即座に選んだ。

「アシュレイ君も流石に察しがいいな。“恋人”の話となると」

「っ、茶化さないで下さい!」 


 ジークフリートの横顔よりも何よりも、それが最も気になるのだ。
 事の詳細を確かめねばならない。シュヴェルテの担当官として。

 そして何より、シュヴェルテの身体の持ち主の、かつての恋人として。









 Sep.15/1943

 (前略)

 私は激励が欲しかったわけじゃない。
 ただ共感して欲しかっただけ。
 二人きりになっても、緊張していなければならないなんて。
 MAIDの私だって、人と同じように感情があるのに。

 眼が覚めている限り安息さえ許されないのか。
 私の安息はこのベッドの中だけでしかないのか。

 私が弱いからいけないのか。
 もっとGを倒し、強くなれば、教官に認めてもらえるのだろうか。
 私が幼いせいだろうか。
 もっと強い心を持っていれば、周りが私に接してくれるのだろうか。
 周りは私の事を知ろうとしてくれるのだろうか。

 まだ私には解らない。
 でも強くなりたい。それで私の望むものが手に入るなら。
 強くなって、愛されたい。


 シュヴェルテも私と同等のスコアを持っている。
 だから仲良しなのだろうか。
 羨ましい。
 私だってあれくらい笑いたい。
 私だってあれくらい、笑顔に囲まれたいのに。

 MAIDのわたしだって、ひとと同じように感情があるのに……



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最終更新:2008年11月08日 10:44
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