ある教育官とメードのお話

(投稿者:店長)

「んー」
「どうした?ベルゼリア」
「んー、ヴォー君疲れてる?」
「……駄目だぞベルゼリア。私を呼ぶときはパパと呼んでくれなきゃ」
「…パパー?」
「……あー、全く素直だなベルゼリアは」

 宛がわれた私室の中で、一人の少女と中年男性が一緒にいる風景は傍目から見れば親子の戯れる様子に見えることだろう。
だが、彼らは残念ながら血のつながりも無ければ種族のつながりも(理論上は)ないのである。
そう、彼と彼女との関係は……メードとその教育担当官。
そうと思わせないようなやり取りはどこかほほえましいものあった。
彼自身、まさか自身が教育担当官になるとは思ってもみなかったわけだが。

「そっかそっか。ではパパの肩を揉んでくれるか?」
「肩こりー?」
「ああ、パパはがんばっているからその分凝るのだよ」

 ベルゼリアの低い背でも揉みやすいようにどっこらせーと思わず声を上げながらカーペットの上に座り込む。楼蘭皇国では家の床に座ったりするのは普通らしいが、この地ではあまり推奨されてない作法。
しかしこの場で彼を嗜めるものはいない。ただ少女は差し出された疲労の溜まる肩をその小さな手で揉むだけだ。

「んー。ここー?」
「おーおー。そこだそこだ。そこが硬くて叶わんのだよ」
「かちこちー?」
「そうそう。俗に言うかちこちーだ」

 ぎゅっぎゅと力加減をしながら──仮に本気なら彼ことホラーツ・フォン・ヴォルケンの肩がクッキーみたいに砕かれながら抉り取られるだろう──、とても一生懸命な表情で肩を揉む様子はたとえペドやロリの気が無くても蕩かされることだろう。

「はぁー、まったく軍部の奴らは……」
「どーしたの?」
「うん?昔パパの仕事場でね、パパのアイデアを悪用している人がいたんだよ。おかげで思ったことができなかったのさ。ベルゼリアが生まれる前の話」
「むー、パパ苛める人。嫌い」

 前に乗り出しながら、ぷーっと頬を膨らせながらしかめっ面をするベルゼリアにヴォルケンは苦笑しながらベルゼリアの頭を撫でる。
暫く撫でると目を瞑って気持よさげに笑みを浮かべるところに一種の癒しを感じるヴォルケンであった。

 彼の目指すところはメードと人間とのよりよい関係だ。
物事は天秤のようであり、片方を重しを載せれば容易に傾く。
実際メードの戦闘力はすごい。今無邪気な笑みを浮かべているベルゼリアも、ひとたび戦場に出ればその力は人間の一人や二人どころの活躍ではない。
人間は華々しいほうに目を取られがちであるから、一般兵に対する評価もさめたものになる。
一方を重きにおけばもう片方が軽んじられる現状はいずれ良くないことを招くことを思うヴォルケンは“戦果並列化”の提案を軍部に提出したのである。

だが、結果はどうか?
一部の人間の暗躍によって、自分の願うこととは違うことに提案が悪用されているではないか。
理想と現実の乖離に思い悩むヴォルケンの眉間に皺が寄り始める。
その様子をじぃーっとみているベルゼリアは何を思ったのか。

「んー」

 不意にヴォルケンの頬にベルゼリアは自分の頬を引っ付け、そのまますりすりと自分の匂いを擦り付けるかのように擦り合わせてくる。
彼女の柔らかい頬肉の感触が、ものすごく心地いい肌触りを提供してくる。
その上、小さな彼女の体とヴォルケンのたくましい背中とが寄り添うのだった。
首に後ろから抱き付いてくるのと同時に漂う彼女の髪の匂いに、柄に無く遠くに置き去った青春の記憶が……。

 一瞬過ぎったノイズを表情を変えずにしまいこみながら、ベルゼリアのほうを頭をできるだけ動かさないようにしながら見つめる。

「……どうした?」
「元気ー、出た?」

 ああ。なんとも可愛らしいじゃないかこの娘は。
どうやら元気のない私を元気つけてみたいようだとヴォルケンは言葉足らずなベルゼリアの仕草からそう読み取る。

──しかし、子供らしい仕草だ……いや。実際まだ子供か。

「ああ、元気が出たよベルゼリア。これでパパは百人力さ」
「ん……よかった」

ベルゼリアの純粋無垢な笑みが、そこにあった。

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最終更新:2008年11月09日 23:00
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