軍神の跡、守護女神の先1話

(投稿者:店長)


バルムンクには複数の名前が存在する。そして同じ数だけ存在する伝説に一つにこういうものがある。

──ひとたび、ソレは神の槍にへし折られ。
されど打ち直されるそれは、神の槍をへし折ったと。

これは、ジークフリートが世に出てくる少し前のお話。


「──ただいま戻りました。マイン・カイザー」

我が皇帝、と誰よりも正しく朗々とした発言。凛とした、鈴のような声が静かな玉座の間に響く。
その座に居座る主こそ、類まれなるカリスマと高き理想を抱く帝国の最高峰。
皇帝マクシムム・ジ・ヴィクトリア・ヴォーダント・フォン・エントリヒその人である。
眼前の黒を基準とした侍女服とドレスとを合わせて割って、
その上に漆黒に金色の装飾が刻まれた甲冑を纏ったかのような女性にマクシムムは声をかけた。
その流れる砂金ような金色の髪に、透き通るような碧眼の……
白い肌を持つ彼女の姿におそらくは古くからエントリヒの地に伝わるエッダの戦乙女そのものと重ねるに違いない。
頭を垂れて跪きながら、彼女は皇帝を見上げる。

「うむ! ご苦労だぁった。ブリュンヒルデ

低く響くバス(低音)の声は、ブリュンヒルデの耳にしっかりと届いた。
彼女は帝国で最初期に製造されたメードであり、当時稼動暦を二年以上に達しようとするプロトタイプである。
同時に帝国において彼女以上の稼動暦を持つものは皆無であった……悪名名高き303作戦において、
同期のメードは存在しなくなったのだから。

「私めは貴方の剣であり、盾であります……その期待に答えることが我が務め」
「ハッハァ! 相変わらずだなぁ!」
「はい、相変わらずにございます」

片や豪快に、片や穏やかに互いに笑みを浮かべる。
厳かな雰囲気の中に両者の目は穏やかなそれになっていた。
いくつかの事務的な報告を終えた後、皇帝は遠くを眺めながら呟く。
丁度あの目線の、地平線の向こうに……グレートウォール山脈がある。

「303作戦がぁ無ければ……お前にぃ無理をさせることもぉ無かった」
「……」

その呟きに対し、ブリュンヒルデはただ黙って平伏しているのみ。
それは……帝国の技術力がどの国よりもメードを実戦運用できる段階に進んだ段階に至った際の大きすぎる過ちを犯した、
1938年に実施された303作戦の前後まで遡る……。


グレートウォール戦線に設営された本営の天幕に、
ブリュンヒルデはあふれんばかりの怒気をどうにか押さえつけながらも
眼前にいる将校に言葉を荒々しく
──口調こそ丁寧なのは彼女の性格からだが──ぶつけていた。
彼女に事前の通知なく告げられた303作戦の内容を聞いたとき、
最初に思い至ったのは立案者が正気かどうかであった。
作戦と呼ぶのもおぞましい馬鹿げた……内容なんてあったものではない。
まるで死なせる為だけに送り込むようなものだからだ。

──いくらメードが超人的戦闘力を持っていようとも、Gの物量を完全に凌駕することなどできはしないのに……!

メードといえど、体は一つ。一人で同時に対処できる数など高が知れている。
最前線で実戦テストを兼ねた戦闘を幾度か行ったことのあるブリュンヒルデは
そのことを痛感していた。
それ故に──この作戦の無謀さを理解する。
推定数万ものGをどうして五十体に満たない数のメードが
支援が無い状況で凌ぎ切るというのであろうか?
脳裏に浮かぶのは同期の優秀なメードやメール……帝国の明日を担うべき防人達。
彼らを無駄に散らすわけにいかなかった。

「──作戦中止を要求します。このような無茶な作戦は……」
「ブリュンヒルデ。これはすでに上層部が決定したことなのだ」

だが、将校は彼女の眼力と言葉に怯みこそ覚えるものの……答えは常に否であった。
きっと彼にも負い目があったのだろう……ブリュンヒルデを見る彼の目は懺悔と消沈とに溢れている。

「……分かってくれ、ブリュンヒルデ。お前を確保するだけで精一杯だったのだ」
「──そういうことですか」
「この作戦は失敗する……ブリュンヒルデ、お前には救出部隊として彼らの元に向かってもらう」

作戦の失敗を見越して、早急にメード達を救助する。多少の犠牲こそ払うだろう……だが、それ以外に手立てはない。
彼の拳から、ぽたりと赤い雫が落ちる。それは鉄錆の匂いをさせるものであった。
なんてことはない。彼は自身の不甲斐なさに憤りを感じていただけなのだから。
本当ならばこんな無茶な作戦ではなく別の手段を講じたかったのだろう。それを実行できなかった自分に対して……そしてこれから散って

いくであろうメードらに対して、なんと申し訳が立とうか。

「──承知しました。いつでも出撃できるように待機します」

彼女にできることは、彼の気持を汲み取って……最悪を回避するべく動くのみ。
せめて……彼らを見送れないだろうか? 
ブリュンヒルデは眼前の将校に可能な限り穏やかに尋ねた。

「──ヤヌス隊長殿」
「おいおい……他人行儀なのはやめてくれ。お偉い奴さんがいねーときはな」
「貴方はそういう人物でしたね。ヤヌス」

これからの作戦に従事する彼の表情は、幸いにも絶望や失望の色は薄かった。
ヤヌス、と呼ばれたメール──男性型メードの非公式な名称だ──は、最初期メンバー内のリーダー格だ。といってもそう命じられたわけ

ではない。彼の性格と外見から、俗に言う兄貴という立場になっているだけに過ぎない。
それでも……彼は仲間から親しまれている。

「あ、ブリュンさん着たんだ」

その奥から、のっそりとした歩みでやってくるのは巨躯をもったメールだ。
その特徴的な角を持った男性もまたメールであり、アピスという。
色黒の肌に灰色の髪をもつ彼は雰囲気からして温厚で優しい人望にあふれた人物である。

「ヤヌス……その」
「……なーに、ちょっくらGドモに鉛玉ぶち込んでとっととケツまくって逃げるだけだ。
それにお前さんがいざって時は来るんだろ?フロイライン」
「心配すぎだよ。ヤヌスも僕も……皆死なせる気も死ぬ気もないから」

ヤヌスは口元をくっと軽快に歪ませ、アピスはほんわかとした笑みを浮かべる。
そしていよいよ、作戦行動のための移動の時間がやってきた。

「さーて、ちょっくらパーティーとしゃれ込むか」
「うん。……いってくるねブリュンちゃん」
「はい。…ヤヌス、アピス…それに、皆も」

ただ一人、ブリュンヒルデを残して……彼女と同期は出陣していく。
ブリュンヒルデは、その場で彼らの無事を祈ることしかできなかった。

そして作戦開始から数時間後、
ブリュンヒルデと一部の良識とが予想してた最悪がやってきた。
同時に、予想だにしなかった更に上をいく最悪を引き連れて。

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最終更新:2008年11月24日 23:06
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