(投稿者:Cet)
トリアは昼食を取る為に食堂へと来ていた。彼女が抱えるお盆の上には、ハムと卵のサンドイッチ、それからサラダが載っている。
今日は隊長と一緒に食べるということになっているので、さて判りやすい位置に座って、彼女を待っていようかな
などと考えていた矢先、彼女の視界に見覚えのある二人の姿が飛び込んでくる。
「……いや私はそれ違うと思うなー」
「……いやいや、しかし私から言わせてもらえば、そこには溢るるほどのロマンがだな」
長机に二人並んで座っているのは
ホルンと
シーアで。珍しい取り合わせな挙句、その机に並んだ昼食には手をつけないで
何やら紙を広げて熱心に話し込んでいる。そんな二人にトリアは少しばかり好奇心を覚え、とりあえず話しかけてみることにする。
「いや、だってあのトリアちんだよ……? そんな風な行動に走るとは到底……」
「いやいやあの娘だからこそ逆にだな……」
「何を話してらっしゃるんですか?」
彼女が声をかけるなり、二人の肩がびくんっ、と跳ねた。
余りに分かりやす過ぎる動揺の仕方だが、しかしトリアに気付いた様子はなく、ただニコニコとしているだけだ。
がたっ、と音を立てて、えらくぎこちなく立ち上がるシーア。
「や、やあトリア。昼食か……?」
何だか分からないが、ホルンは頭を抱えて俯いている。言葉にせずとも、あちゃーと語っていた。
「この時間に他の用事では食堂に来たりしませんよー。ところで、その紙は何ですか?」
「こ、これはだなっ、創作活動の一環というかっ」
珍しく慌てているシーアを見るにつけ、トリアの興味は募る。
「見せてくださいっ」
「あ」
半ば隙を突くような形で、長机の上からその用紙を取り上げた。
するとそこにあるのは文章の羅列で、一番目立つ文章の起点にはタイトルらしきものが銘打たれていた。
シーアの手がわなわなと震えている、余程見られたくないようなことが書いてあるのかもしれない、だがトリアは『気付いていない』。
「『
トリアというエース』……? 私の名前、っていうか小説ですか? これ」
「……あ、あーそうだよ。君を題材にだね、こう色々インスピレーションを掻き立てられて……。
も、もしよければその用紙を速やかに返還してくれると嬉しいのだが」
何とか平静を装おうとしているものの、その表情と慌てっぷりは言うまでもない。恥ずかしさと焦りで九割だ。
「読んでもいいですか?」
「話を聞いてくれっ、頼むからっ」
「シーア、シーア」
ちょいちょい、と慌てるシーアに横から手を伸ばすホルン。
「な、なんだホルン」
「……諦めれば?」
「な、なななな、何を言うか。というより君だって大幅協力した上で加筆修正意見の参考様々に行っておいた上で
私を裏切るのかっ」
裏切るなんて人聞きが悪いわねー。ホルンとシーアが小声でそんな風にやり取りをしている間にも、トリアはふんふんと文章を熟読している。
「ホラ、もう読み始めちゃってるし」
「うぅ」
手立てに窮した彼女は次の瞬間、こう言う。
「ああもう、分かったよっ」
「うん、あの子聞いてないけどね」
「ああっ」
そんなこんなで、トリアがその文章用紙を端から端まで読みつくすまで、シーアは何と言うか針の筵というか、実に戦々恐々とした時間を過ごすのであった。
「あ、読み終わりました」
「そ、そうか」
ようやく終わった……と言わんばかりの満身創痍なシーア。
「……で、どうだった?」
「おいホルンっ」
慌てて静止しようとしたシーアに、ホルンは言う。
「いいじゃない感想くらい、というか折角読んでもらったんだから聞いときなさいよ」
「し、しかし」
ちら、とトリアの目を見やるシーア。するとトリアは笑った。
「構いませんか?」
「む、むむむ。……分かった、聞くよ」
「違うでしょー」
その言動を正すホルン。
「お、お願いする」
「うん、よろしい。で、トリアちんどうだった?」
「あ、はい」
トリアは笑みを浮かべて言った。
「結構面白かったですよ。私が主人公になってるって形式は、凄く新鮮で……ちょっと恥ずかしかったりもしましたけど」
「あははは、お世辞でも嬉しいなー。ねぇシーア」
「あ、ああ」
こういう環境に慣れてないらしく、シーアはどこかぎこちない。
「普段とは大違い、何でこういうのには弱いのかしらねぇ」
「……あ、でもちょっと思ったんですけど」
シーアが少し身じろぐ。一方ホルンは平静そのものである。
「ここに書いてある
ミテアさん……ちょっと頼りない、っていうか。本当ならもうちょっと毅然としてますよー」
「あ、それは確かに思った。でもこの時だとね、なんていうかそういう立ち位置に回ってもらいたい願望が」
「よ、よくそんなに話し合えるな君達は」
「貴女がこういうのに慣れてないだけよ」
そ、そういうものなのか……? シーアは解りかねているようだ。
「あ、あと」
「他にもあるの?」
ホルンが応えた。
「ホルンさんの恋愛構図がアグレッシブ過ぎて」
「うぁ、それちょっとタンマ!」
今度はホルンが暴れる番であった。
「何ていうか、やけに大人びすぎてませんか? 後、無許可で軍用機が領空を飛び回るのは流石に無理が……」
「そ、その辺にしとこーか。ね、トリアちん」
「いやもっと突っ込んでも構わないぞトリア」
「復活してるんじゃないわよっ」
そういうわけで昼食の場は大いに乱れた。
「あ、最後に」
「まだあるのか……」
つい言葉に出してしまうシーア。ホルンはさっきのダメージが深刻だったのか、机に突っ伏して動かなくなっている。
「えへへ、最後なので。すいません色々言っちゃって」
「いや、構わないんだ、構わないよ全然……」
自信喪失気味に言う彼女はどこか痛々しい。
「あの、私、こんなに格好良いことできませんよっ」
その言葉に僅かにシーアの眉が跳ねた。ついでにホルンも身じろぐ。
「……だから言ったじゃない」
「ん、いやそうだな。どうぞ続けてくれ」
「いやー、私こんなに強くなれないと思いますし」
「ん、そうかな。トリアは何だか無理をしてでも強くなりたがるタイプなのかなー、と」
「まあ努力をしていきたいですけど、私今のままがいいかも、とか思いました」
シーアの顔がいつもの冷静さを取り戻す。
「それはどうして?」
「だって、私今のままが一番幸せですし」
えへへ、と笑うトリア。何故か分からないがシーアも不敵な笑みを浮かべている。
「なるほどね」
「あ、だけど決して今のままで良い、とかそういうわけじゃないんですよ。
ここに書いてあることも、やっぱり考えさせられますし……」
「ん、そうかそうか」
ははは、といつもの調子を取り戻したシーアに、ホルンが不審そうな視線を向けている。
「ところでこの、青年……というくだりは?」
突然妙に小声になってトリアが訪ねた。
「ふふ、気になるかね、まあそこは流し給え」
「流せませんよっ」
みなさーん、とそこに
チューリップがやってくる。何をされてるんですかー?
そんなこんなでルフトバッフェはいつもの通りなのであった。
真っ白な道を歩いていく。そもそも怖いものなど何もないのだ。
後ろを振り向けば、程近い位置に仲間たちが立っていた。
勇気を出してみればこの通りだ、それに私の歩みは自分が思う以上に遅いようだ。
ただ、その手のひらが少し寂しい。
そんなことを思ったりした。
最終更新:2008年12月07日 17:38