(投稿者:フェイ)
*
「…あら? あれは…」
ふと、ある部屋に座る人影を見つける。
こちらに背をむけて座る姿は見覚えがある――1年先輩のメード、
シュヴェルテ。
見たところ電灯はついているものの、椅子に腰掛けて頭はうつむいているように見える。
二、三歩戻り、その部屋の中を覗き込んで。
「なにしてますの、シュヴェルテ?」
「ひゃあ!?!?」
椅子が揺れややオーバーリアクション気味に投げ出されたシュヴェルテの両手から何かが零れ落ちる。
「あーっ、あ、あっ……!!」
「す、すみません…驚かせてしまいまして?」
「だ、大丈夫ですよ!? って、あ、あ、玉が玉がー」
コロコロとシュヴェルテの膝の上を離れて転がっていく毛糸玉。
スィルトネートはそれを拾い上げると頭を下げながらシュヴェルテへと手渡す。
「申し訳ありません、集中の邪魔をしてしまったようで」
「ううん、大丈夫……ま、またやり直しだけど…」
「これは…」
手元には、編み掛けの何か。
色とりどりの糸が絡み合い――――なかなかカオスな編み模様で。
まっすぐ編めてもいないし、幅が取れていないだけになんだか細い。
「これは……なんです?」
「……………ま、まふらー………」
「…………」
思わず沈黙。
語彙を必死で検索、なんとか傷つけないような言葉を探して。
「……不器用ですのね?」
失敗した。
「……………自覚はしてます…でも別に不器用なだけじゃなくて誰にも習ったことがないからであって…」
「し、失礼しました。…でも、何故マフラーを?」
聞いた途端、シュヴェルテの顔が真っ赤に染まる。
そういえばこの勇猛果敢なメードに、こんな顔をさせる『男』の話を聞いたことがあった。
確か――。
「もしかしてゼクスフォルト少佐関連ですの?」
「わー!!!!」
またしても転がる毛糸玉。
慌てることなく再び拾い上げるとシュヴェルテの膝の上へと戻して、スィルトネートはその隣に腰掛ける。
落ち着くために深呼吸を繰り返したシュヴェルテはまだ紅潮の残る頬のままスィルトネートを見る。
「スィルトネート、この、この事は、その…」
「他言無用?」
「う、うん………」
真っ赤な顔のまま頷くシュヴェルテを見て思わず笑みが浮かぶ。
あまり接触のない相手ではあったが、こうやって照れている様子は先輩とは思えないほど可愛らしい。
それに――――そういった、人を慕う気持ちはわからなくもない。
「かしこまりました。誰にも言いません」
「あ、ありがとう…」
「ただ…」
「?」
改めて、そのマフラー……マフラーらしき物体を確認する。
編みあがっている量は大体15cmほどといったところで、まともなマフラーになるには大分足りない。
「そのペースで間に合います? ……少佐へのプレゼントなのでしょう?」
「……うん。もう冬になるし…グレートウォール戦線はただでさえ寒さが厳しいから、戦闘中はともかく待機中にでもと思って…。でも冬に間に合わなきゃ意味ないですよね…」
喋れば喋るほどに段々とシュヴェルテの笑顔はくもって若干うつむき加減になっていく。
ふぅ、とため息を一つ。
「そこまで焦らなくとも…。まだ、本格的な冬まで二ヶ月はありますのよ?」
「そうじゃないの。……今月末がアシュ……少佐の誕生日なの」
「別に隠さないで名前で呼んでもよろしいのに」
「…ま、まだ慣れてないの!」
シュヴェルテの顔が再び赤くなる。
その様子を楽しそうに見ながら笑うスィルトネートはその手からひょい、と棒針を取る。
「あ、スィルトネート…」
「急ぐのでしたら、あまりカラフルにすると難易度が上がってしまいますから。…今からなら、解いても新しく編みなおした方が時間がかかりませんもの」
「そう…なの?」
「はい、最初は一色で編むのをお勧めします。味気ないとお思いでしたら二色編みでも構いませんけど…」
「…う…ん………。…ううん、間に合わせたいし…あまり欲張りは言ってられないから」
「かしこまりました」
少しばかり仰々しくお辞儀して見せてからマフラー(らしき物体)を解く。
スィルトネートは改めて一つの毛糸玉から糸を取り、手際よく、しかしゆっくりとシュヴェルテに見えるように作り目を編んでいく。
「こう……です。わかります?」
「…上手ね、スィルトネート」
「糸と棒針の動かし方は、私の武器の関係上中々興味深いものがありまして。研究がてらやっていたら…はまってしまいました」
照れたように笑うスィルトネートに、シュヴェルテも自然と笑みを浮かべた。
「ありがとう。…自分でやってみる」
「はい。何か分からないことがあったら、いつでも」
スィルトネートはしっかりと笑みを浮かべて答えた。
激しい物音を立て、扉が開かれる。
メードの力で思い切り開かれたドアは、軋みをあげひびが入る。
椅子に腰掛けていたギーレンはその様子を見て、小さくため息を一つ。それをなした相手へ声をかける。
「なんだ、騒々しいぞスィルトネート」
「淑女としての嗜みのことでしたら、後ほどいくらでもご叱責を賜ります」
スィルトネートはらしくもなく激昂したまま、ギーレンの前の机へと手に持った新聞をたたきつけた。
一面の大々的な見出しには、大きく太字で『
ジークフリート、ヴォ連スパイを断罪!』。
大きく映し出された写真にはジークフリートの宝剣――バルムンクを突き立てられ、串刺しとなったシュヴェルテの姿。
「……ご報告は?」
「受けている。ジークフリートが直接手を下したという事実はない。皇帝派を通し、実行犯は
エメリンスキー旅団、目的はシュヴェルテの排除…奴らの事だ、拉致をしたシュヴェルテを人身売買にでも使うつもりだろう。……一通りの情報は抑え、今は証拠の確保に奔走させている」
「………シュヴェルテの件は、どう…対処、されますか?」
「遺憾には思うが、今は何も出来ない。異人どもとはいえ、現状奴らは我が国の正規部隊だ。何の確証もなく攻撃をすれば内紛へと発展しかねない」
「…………っ」
二つに割れた自分の心のうち、異論をあげ掛けた一つを、俯き唇をかみ締めることで喰いとめる。
ギーレンには、確かに優先するべきことがある。
それに、シュヴェルテはいずれ戦うことにもなったかもしれない相手だ――予め障害が無くなったのならよいではないか。
そう考えようとしても、もう一つの思考は止まらない。
何故、自分は皇帝派の暗躍に気づけなかった。
何故、自分はシュヴェルテの周囲の様子に気づけなかった。
何故、あのシュヴェルテがこんな目にあわなければならないのか。
何故、何故、何故。
「…感情は抑えろスィルトネート。感情を処理できんのなら…」
「………いえ、大丈夫です。お見苦しいところを…失礼いたしました」
身住まいを正し、唇から垂れた血を拭う。
冷静に―――自分では、冷静となったつもりの顔を上げる―――いつの間にか、ギーレンは目の前に立っていた。
厳しく引き締められた顔とは裏腹に、優しく、手がスィルトネートの頭へと置かれる。
「いずれ皇帝を降す際には奴らの悪事も暴かれるだろう。それまでは耐えろ」
「――――はい……」
その温もりによって、スィルトネートはようやく自分の心が落ち着いていくのを感じる。
笑みを浮かべられるくらいに自らの心を落ち着けると、失礼にならないようにギーレンの手から一歩下がる。
「……ありがとうございます、ギーレン様」
「良い。これからも頼むぞ」
「はい」
悲しみが引いたわけではない。
シュヴェルテがいなくなった事実に――その悲しみに変わりはない。
だがそれでも、自分の道は一つ―――ギーレンの為、尽くす、それだけだ。
一礼して、スィルトネートは部屋から出た。
――――あのマフラーは、どうなったのだろうか…。
それを思い、一筋、涙が零れ落ちた。
本日、ゼクスフォルト少佐。もとい、ゼクスフォルト元少佐が除隊、及び国外追放となった。
シュヴェルテというメードと、ゼクスフォルト元少佐の力を失えば戦力が落ちることぐらい分かるはず。
なのに、何故あの人たちは暢気にジークに…それも、あんな辛そうなジークに笑顔で勲章を与えられるのか?
戦力の方は、
アイゼナとベルゼリアがようやく前線に出せるようになったとのこと。
あの子達は、護っていかないといけない。決してシュヴェルテと同じような目には、遭わせてはならない。
それが、私がシュヴェルテにできるせめてもの償い。
そしていつか、ギーレン様と共に無念を晴らしてみせる。
必ず。
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最終更新:2008年12月11日 00:58