パーティとパーティの合間で

(投稿者:エルス)



空冷複列星型18気筒エンジンの爆音とプロペラが風を切る音を聞きながら、僕は坂井の乗る二式艦戦がゆっくりと着陸態勢に入るのを眺めていた。
引込み脚が出て、地面と擦れあった。
僕はその音が嫌いだったけれど、理由と言えば単に飛行機が嘆いているような気がするからだ。
また地上に戻ってきてしまった、私はもっと飛んでいたいのに、と。
その点では僕は飛行機とも言える。誰にも咎められず、何も言われなかったら僕は多分、この青と白で構築された空を飛び続けてしまう。
きっと飢えにも、老いにも気付かないでずっとだ。
坂井が二式艦戦から降りて、整備兵に文句を言いながら此方に歩いてくる。
此方と言うのは僕の居る、寄宿舎の表に堂々と設置されている喫煙所だ。
アルトメリアの清涼飲料水メーカーのロゴがでかくプリントされたセンス零の長ベンチ一つと木と鉄で出来た古い机。
机は木の部分が腐って穴が開いていたりして鉄も錆びていた。
面倒なことに灰皿は個人が用意する事になっている。
僕はそのベンチで火も点けていない煙草を咥えたまま空を眺めていた。
視界の隅で坂井が来る事は分かっていた。

「ですから、機首の20mmを7.7mmに換装する意図が分かりません」
「意図?この前も言ったとおりだ。20mmはションベンみたいに曲がって、狙いにくい。確かにあの威力は紙の上では有効だ。だが、俺の考える飛び方には20mmよりも7.7mmの方がしっくりする」
「ですが、少尉の独断では機は弄れません。機首の改造となると司令の許可を貰う必要があります」
「もう良い。下がれ」

僕はそれを見る気にはなれなかったので、聞いていたのだけど、それは詰まらなかった。
空を見ることだけに神経を集中したほうが、良かったかもしれない。
坂井が深い溜息をついて僕の隣に座った。
こういう時に了承を得るのが一般なんだろうけど、僕と坂井は他人ではなかったし、仮に了承を得たとしても、何をやっているんだろうと、馬鹿馬鹿しくなるだけだ。

「前縁いっぱいに12.7mmが撃てるアルトメリアの戦闘機が羨ましい」
「独り言?それとも僕に言ってるの?」
「変な独り言だ。話し相手になってくれるなら、聞いてくれ」
「それじゃ、聞かない」

寄宿舎から持ってきた新聞を広げて、真実か怪しい活字に目を通した。
一面は各地の前線の情報が赤線で引かれていて、前の月と比べて少し押し返していますと、書いてあった。
ただ現実は完全な膠着状態であり、新聞に書かれているように押し返してるなんて事はまずない。
嘘っぱちも良い所だけれど、その嘘っぱちを書くのが仕事って人もいるんだから、しょうがない。
僕達もそれと同じだ。戦うのが仕事で、死ぬのが解雇通告。弱ければ、首を刎ねられる。
だから、みんな必死になって、自分の腕を磨いているんだ。僕も同じだ。空を飛ぶには仕事を続けなければならない。
解雇なんて、論外だ。僕は空を飛び続ける、ただそれだけ。

「何が書いてある?」

坂井が僕の広げている新聞を覗き込んで言った。
当然、窮屈になった。そんなに見たいなら自分の分を取ってくれば良いのに、と僕は思った。
そうすれば、僕が窮屈な思いをする事も無い。

「嘘っぱち」
「なら、何で読んでる」
「暇つぶし」
「そんなに暇なら、ほら、基地の上でも飛んでれば良いじゃないか、許可は取っとくぞ」
「基地の上だけ飛ぶんじゃ、全然意味が無い。僕は自由に飛びたいんだ」
「自由?あぁ、分かる。何処までも、無駄な重りに囚われる事無く、飛びたい、そうだろ」
「そんな所かな、正直、僕にも分からない」
「何だそれ」
「それさ。それ」
「分からん奴だなぁ、お前」

そう言うと、坂井は飛行服のポケットから煙草を取り出して火を点けた。
それを咥えると、紫煙で肺を満たすように深く吸い込んで、空に向けて息を吐いた。

「まぁ、それがお前の特徴なんだろうな」
「そうなの?」
「そうだぞ、ベーエルデーのメードはみんな可愛いらしいからな」
「・・・・・・もしかして、僕にそう言うものを求めてるの?」
「いや、言った所で聞かないのは分かりきった事だしな、外見より実用性だろ」
「そう、僕はあんなヒラヒラした服なんて着てられない。シャツとズボンで十分さ」
「俺もそう思うよ、女らしいつうより、ガキっぽいからな」
「僕が?」
「そう、お前が」


今までそういう会話はしてこなかったから、僕としては少し心外だった。
言ってみると、僕は坂井の事を嫌いではない。
一個人としても、軍人としても、坂井は優れていたし、学ぶ事も多かった。
ストールも、彼が使った戦闘機動に引かれて僕がアレンジしたもので、他にも彼から教わったものはある。
僕にとって坂井風朗は父の様な存在で、何時かは越えるべき壁だと思う。
でも、僕には父はいないから、本当はどうなのか、分からない。

「そうなの、かな」
「そうだよ、俺が言ってるんだ。間違いはない・・・多分」
「最後、弱気になってた」
「いや、確証がある訳でもなく、無い訳でもない」
「中途半端」
「良いじゃないか、お前と同じだよ」

僕は首を捻った。自分に中途半端な所があっただろうか?

「鳥なのか人間なのか、って事さ」

坂井が笑いながら言う。随分と意地悪な言い方だ。

「そりゃ、人間さ」
「そうなのか?」
「酷い言い方だね」
「お前が人間なら、心は空に置いてきちまってんだろうな」
「何で?」

だってさ、と坂井は続けた。
坂井が吐いた紫煙が風に吹かれて、変な形になって消えていく。

「飛んでる時だけ、惚れるくらい良い笑顔なんだぜ、お前」
「へぇ、そうなんだ」

僕は咥えていた煙草に火を点けた。
紫煙が風に乗って流れていくのを僕は見ていた。職業柄か、動いているものを見るとそっちに目がいってしまう。
しょうがない事なんだろうけど、上官の前だとたまに注意される。坂井はどうなのだろう。
その時に、基地のサイレンが鳴った。敵――人じゃなくて『G』――の接近を知らせる音だ。

「全く、宝来島のほうがまだマシかもしれん」

坂井が吐き捨てた煙草を踏みつけながら言う。
かなり不機嫌なようで、一つ舌打ちした。

「愚痴はいいよ、早く出ないと僕達も危ない」
「そうだな、部隊長は俺だしな」

そして坂井は走っていった。僕は翼を広げて、空を飛んだ。
格納庫で三七式自動砲二丁を受け取って、パーティに参加する。
銃弾は、言ってしまえば参加権みたいなもの。

「坂井小隊、俺の喫煙時間を取ってくれた罰を奴らに与えるぞ」

空に上がって、坂井が言う。声の調子が地上に居たときより良い。
僕は笑った。それが面白かったからだ。地上なら、笑わないんだけど。
彼も楽しいんだ。空に上がるのが。僕も楽しい。
さぁ、舞おう、空の彼方まで。パーティだ、止める奴は何処にもいない。



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最終更新:2009年03月26日 19:19
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