(投稿者:フェイ)
*
ひた…ひた…ひた…。
まるで自分の後をつけてくるような足音に、男は思わず脚を止めた。
その間にも足音は近づいてくる。
ひた…ひた…ひた…。
ゆっくりと、しかし確実に真後ろへと迫ってくるその足音を聞き、男の背に嫌な汗が流れる。
こんな真夜中に、廊下を歩くヤツが自分以外にいたのだろうか――いや、その前に、この音は…素足で廊下を歩く音だ。
何故、この真冬の廊下を素足であるこうというのか。
ひた…ひた…ひた…。
考える間にも足音は男の後ろを目指し進む。
振り向くのすら恐ろしい――男は少しだけ歩く速度を速めた。
ひたひたひたひた…。
足音も着いてくる。
速度を上げた男に追いすがるように、同じように歩く速度を上げてぴったりと着いてくる。
走る、走る、走る。
びたびたびたびたびたびた!
音が大きくなってきた――加速している。
びたん!
足を止めると同時に、真後ろで音が止まる。
男には分かった―――もはや、息が吹きかかってきてもおかしくないほど近くにソレはいる。
振り向けない。
『―――――。』
聞き覚えのある声で、名前が、呼ばれた。
そんなバカな――お前はこの間の戦闘でやられたはずだ。
確か、撤退するのに必死で遺体を回収することも出来ずに悔しい思いをしたことを覚えている。
嘘だ、嘘だ、嘘だ、生きているはずがない。
『―――――、なぁ、おい……どうして、置いていった…?』
恨みのこもったような声が耳へと入り込んでくる。
違う、あれは仕方なかったからで―――言おうにも、喉が渇ききり、張り付いて声がでない。
『なぁ……おい………』
思わず悲鳴をあげ、振りほどくようにしながら振り返った。
そこあるのは、眼がえぐられ頬は酷い焼け跡でただれ、下あごに向けて避けた口が開かれ――
「オイテイクナヨオオオオオオオオオオオオッ!!!」
『きゃああああああああああああああああああああああ!!!!』
ガターン! と激しい音を立てて椅子が転がった。
スィルトネートが電気をつけて様子を伺うと、そこに倒れているのは
プロミナ。
抱きついたまま巻き添えを食ったのか、一緒に絡み合うようにベルゼリアも一緒で。
「…大丈夫です? プロミナ、
ベルゼリア」
「……!!!」
びくん、とはねるように起き上がり、青ざめた顔と潤んだ瞳で訴えるようにスィルトネートを睨みつける。
「こ、ここここ怖いですよっ! な、なんでそんな……そんな、もう!!」
「お、落ち着いてくださいなプロミナ?」
慌てて助けを求めようと周囲を見渡す。
周囲を確認すれば、
ジークフリートに、カッツェルトがヴォルフェルトに身を寄せぶるぶると震えている。
冷静さを保っているのは頼られているヴォルフェルト。
そしてジークフリートはいつもどおりの表情のまま椅子に座っている――。
「………あ、あの、ヴォルフェルト?」
「カッツェを怖がらせるなんて……」
「い、いや、その、そんな本気でにらまれましても…」
そもそも、『ナツノフーブツシ』こと怪談に興味を持ったのはベルゼリア――
グレートウォール戦線で出会った壱と十一とかいう楼蘭のMAIDに聞いたらしい――だった。
無邪気な瞳に上目遣いでおねだりされて、訓練後に雰囲気作ってなら、と条件をつけたら見事に満たされてしまったので。
とりあえず知ってる怪談を話してみたのだが、ここまで怖がられるとは思わなかったものである。
「うぅぅぅぅぅぅぅ……」
「……べ、ベルゼリアも。申し訳ございません…」
「ほ、ほら、ベルゼリアちゃん、落ち着いて…」
未だに青ざめた顔のままだが、プロミナがぎゅっとベルゼリアを抱きしめて落ち着かせようと背中を叩く。
次第に落ち着いたのか、ベルゼリアの身体からこわばりか取れてきたようだ。
「うー…ぷろみー」
「うん、何?」
「………おへやまで」
それでもしっかりとプロミナの
ドレスの裾を握ってくいくい、と引っ張る。
プロミナは、優しくベルゼリアの髪を撫でて。
「それじゃ、ベルゼリアちゃんを部屋まで送って、私も部屋に戻りますので」
「ええ、おやすみなさいプロミナ、ベルゼリア」
「ん、おやすみ」
片手でプロミナの手をぎゅっと握ったまま手を振るベルゼリアに、笑顔で手を振りかえし、ヴォルフェルトとカッツェルトを振り返る。
怯え疲れたのか、寝てしまったカッツェルトを抱っこしたまま、変わらない顔でずーっと睨みつけてきており。
「……あの、ヴォルフェルト?」
「なんだ」
「……………その、ごめんなさい」
なんだか理不尽な気もしたが、謝るスィルトネート。
ヴォルフェルトはうむ、と一つ頷くと睨みつけるのを止める。
―――流石狼亜人、睨まれてる間はかなり怖かった。
「ヴォルフェルトも、少しその過保護性を直すべきだと思いますけど」
「考えて置こう」
「……」
「では、私達も戻るか……よい、しょ」
――これは直りそうにない。
はぁ、とため息をつくスィルトネートを気にせず、カッツェルトを抱き上げてヴォルフェルトは去っていく。
その場には、スィルトネートとジークフリートだけが残された。
「さて…私も部屋へ戻りますけど……って」
ぐい、とエプロンが引っ張られる。
「……………………………」
「ジーク?」
先程から座ったままのジークフリートの手が、スィルトネートのエプロンを握っている。
「どうしまして?」
「………………………………………………腰……」
「腰?」
いつもよりも更に小さな声でぼそぼそと喋るジークフリートに顔を近づけるスィルトネート。
するとジークフリートは余慶に顔を俯かせ、さらに小さくなった声で呟いた。
「………………………………腰、ぬけて………………………立てない………………」
「………………………………ぅぅ………」
「まったくもう…仕方ありませんね」
腕の裾をしっかりと握ったままスィルトネートの後ろにぴったり寄り添って歩いてくるのは、あの、ジークフリート。
「Gは怖くなくて、どうして幽霊は怖いんですか?」
「……………………………………」
恥ずかしそうに俯いたっきり答えはこない。
思わずからかってみたくはなるが、ジークフリートが怒った様はちょっと想像したくないので自制。
「はぁ……とりあえず、部屋までですよ?」
「………………た、頼む………………」
そのまま引け腰のジークフリートを連れて、部屋へと向かう。
通常兵士の消灯時間はすぎたためか、廊下は真っ暗で二人の足音しかしない。
夏にも関わらず、金属に囲まれ空調を整えた廊下はむしろ寒いぐらいに冷えていて。
(…確かにコレは、雰囲気ばっちり―――)
考えながら歩くと、ジークフリートが裾を引っ張ってくる。
「? どうかしました?」
「……………………今、音が……」
「は?」
振り返れば、ジークフリートの顔は真っ青になっている。
ぎゅ、と裾を握る手に力が込められて。
「……………後ろのほうから、何か、音がした」
「私には何も聞こえませんけど……怪談語によくありがちな恐怖心からくる幻聴じゃ――」
がしゃん。
「……!!」
聞こえた―――聞こえてしまった。
スィルトネートとジークフリート、二人の後方から金属鎧が廊下を歩くときに立てる音が。
かしゃん、がしゃん、かしゃん。
薄暗い城の廊下を、具足をつけた足が床を踏む音が聞こえてくる。
「す、スィルトネート……」
「……………」
おそらくジークフリートは先程聞いた怪談を思い出しているのだろう、声が若干震え始めている。
廊下を歩いているときに、後ろから追いかけてくるかつての戦友の亡骸。
確かに、状況としてはぴったりだ。
「ジーク、ゆっくり振り向きますけど…できますね」
「………!!」
一瞬顔がこわばったものの、すぐさま頷いてくる――この辺りは、流石、と思う。
がしゃん、かしゃん、がしゃん、かしゃん…。
ゆっくりと振り向いていく――途中、窓から外の様子が見えた。
一時的なものなのか、強烈な雨の向こうで雷が光り、その廊下を照らしていく。
相手の姿は見えないところから、どうやら、まだ廊下の曲がり角の向こうのようだが。
「…………」
前衛であるはずのジークフリートはしっかり振り向きながらも、震えながらスィルトネートにしがみ付いている。
普段見せる凛々しさとは、まるで別人。
――これが、ジークフリートの本来の姿なのだろう。
そんな事を考えている間にも、足音はゆっくり曲がり角へと近づいてくる。
「……………来ます」
曲がり角から、姿を現す影。
その形状は、ジークフリートにとっては見覚えのあるものだった。
「…………!!!」
──廊下を歩いてくる、かつての戦友の亡骸
窓から入った稲光が、一瞬廊下を照らし、その姿を浮かび上がらせた。
黒い鎧に黄金のライン、そして赤い宝玉。
その手に持つのは、同じく赤、黒、黄金の三色で彩られた、豪奢な槍。
―――エントリヒの、軍神―――
「………!?!?」
「え、ちょ、ちょっと…」
あまりに想定外のその姿に、スィルトネートも言葉を失う。
ジークフリートにいたってはまるで魂を抜かれたかのように、眼の焦点が危うい。
そんな二人を視界に捕らえたのか、影は彼女達―――いや、ジークフリートへ向けて手を伸ばす。
「……探──した。ジーク──」
ビクンッ、と身体をはねさせ、ジークフリートが背を向けて走り出す――スィルトネートの袖を持ったまま。
「ちょ、ジーク……きゃっ!?」
それに引っ張られる形でスィルトネートが仕方なく走り出す。
混乱したジークフリートの頭の中から、すでに手を放さなきゃ、ということはすっぽ抜けてしまっている。
「……! ――――待―て―――――ジーク―――!」
がしゃん、がしゃん、がしゃん!
追って来る足音から、必死で逃げるようにジークフリートは速度を速める。
(なんで、なんで、なんで、なんで、なんで)
久しぶりに会えた、母ともいえる師匠でありながら、混乱のが勝るジークフリートの思考に答えはでない。
死んだはずの相手が蘇ってくる――例え相手が
ブリュンヒルデだとしても、恐ろしいものは恐ろしく。
「はっ、はっ、はっ………!」
「ちょ、も……ジーク、落ち着い、て……!!」
引きずられるスィルトネートからしてみれば、堪ったものではない。
何しろ、ジークフリートの強い力で手を握られ、しかも超脚力のスピードに引きずられているのだ。
後ろから着いてくるものがなにか、などと確かめる余裕すら―――。
「……!!!」
ががががが、と大きな音を立ててジークフリートが急制動をかけた。
みると、そこは行き止まり――お手洗いの入り口のために見事なまでに袋小路。
「……………」
がしゃん。
「はぁ、はぁ……どうやら、追いつかれたようですわね……あら?」
「………!!」
ジークフリートは、振り返らない。
怯えるようにガタガタを震えたまま、追ってきた相手に背を向け続ける。
「…………な、何故………」
「…あの、ジーク?」
スィルトネートの声も届かない。
恐怖に支配されたジークフリートは、絶叫するように声をあげた。
「………何故、貴方が………出る、のですか……ブリュン、ヒルデ……!!!」
「……………」
後ろの影が、唖然としたように動きを止めて。
とんとん、とスィルトネートがジークフリートの肩を叩く。
「ジーク、この娘。……ブリュンヒルデ様じゃありませんよ?」
「………え?」
ジークフリートが振り向けば、そこには。
困ったような顔で槍を置いた、見覚えのない少女が立っていた。
「はじめまして、ジークねーさま。…
アースラウグ、ともうしますっ」
ブリュンヒルデと同じ金髪を揺らしながら、きらきらした青い瞳を輝かせ、尊敬のまなざしでジークフリートを見つめる少女――アースラウグ。
困惑したままのジークフリートは、瞬きを幾度となく繰り返している。
「あと、えーと……し、する………スィルト、ネート…さん?」
「ええ、スィルトで構いません。アースラウグ」
「はい、アース、でいいです。よろしくおねがいしますっ」
深々と礼をするアースラウグ。
その頭を優しく撫でつつ、ジークフリートのわき腹を軽く肘で小突く。
はっ、とようやくわれに返ったようにジークフリート再起動、アースラウグの置いた槍を見つめ。
「…………『ヴォータン』…?」
「いえ、これは『ヴォータン』を鍛えなおした、戦槍『ヴィーザル』ですよ、ジークねーさま」
「……………ねーさま………?」
「はい。私はかーさま…ブリュンヒルデかーさまと、同じコアで動いているのです」
「……!!」
驚愕するジークフリートを前に、胸に手をあて、眼を閉じるアースラウグ。
「…私は、かーさまがどんな人だったか、話でしか知りません。でも…美しく、強い方だったと聞いています」
「…………」
その言葉に、しっかりと頷くジークフリート。
「ブリュンヒルデは………気高く、強く……でも……とても、優しい人だった」
「…………はい。……私も、きっと、そうありたいと…そうなってみせたいと、思います。ですから」
アースラウグは、ぱっ、ときらきらした眼を再び輝かせ、ジークフリートの手をぎゅっと握った。
「ジークねーさまに、教育担当官になっていただくこととなりましたっ。よろしくご指導おねがいいたします!」
「……………………え…。…………ええええええええええええええええ!?」
「……はあ、あまり夜遅くに騒がないほうが良いですのよ、ジーク…じゃ、私先に部屋に戻りますよ?」
「え、あ、スィルトネート………!?」
「ジークねーさま。えっと…とりあえず、部屋までご一緒しても……?」
「う、しかし、アース……う……!?」
「ごゆっくり」
「ま、まて、ちょ………!!!」
ふぁあ、と欠伸をあげた口元を隠しながら、スィルトネートは廊下を歩いていく。
後ろのほうでは、困惑したジークフリートとうれしそうなアースラウグの声が響いていた。
軍神を継ぐもの、槍の継承者…ブリュンヒルデ様の生まれ変わり、アースラウグ。
元気で良い子だ、きっとすぐ、プロミナやベルゼリアとも打ち解けることが出来るだろう。
あのジークの引っ込み思案なところが、彼女に振り回されることで治ることも、少しばかり期待する。
それにしても一体何処の派閥が、彼女を生み出させたのだろう。
いや、ギーレン様に覚えがなかった事と、ブリュンヒルデ様のコアを使っていることから、十中八九皇帝派だろう。
…と、なればいざという時、彼女も立ちふさがる可能性がある。
…見定めておかなければならない。
彼女の、他のメード達に与える影響と、その実力を。
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最終更新:2008年12月20日 22:41