「
クナーベが今入り口に見えました、受領したメードと一緒です」
窓から観察していた男が言う。四メートル四方のこじんまりとした部屋には十人の人間がおり、またオフィスデスクが敷き詰められなんとも狭苦しかった。
「随分と遅くなったな」
「はい、報告によれば受領した後もメードと一緒に私的な時間を浪費していたとか」
「なんだ、それはただのデートじゃないのか」
一人の男が言った言葉に視線が集中する。男はすまん、と一言。
「あと十秒」
カウントが始まる、じゅう、きゅう、はち。そしてカウントがゼロになると同時に扉がばたんと開いた。青年クナーベが現れる。
「やぁ皆さん、どうして尾行とか付けちゃうかな」
不機嫌そうに、周囲を睨み付けて言った。
「サガかな」
誰かが言ったのに対し、かなじゃない、とクナーベ。むしろ仕事だと。
そしてその後ろに付き従うようにする、暗色を基調にした
ドレスに身を包んだ一人の少女の姿があった。
「
ファイルヘン、皆に挨拶してあげて」
「は、はい」
顔を赤らめて、あからさまに緊張している。
「初めまして、ファイルヘン……です。まだ、分からないことだらけですが、よろしく、お願いします」
それに対して課員の中に、囁きが交わされあう。
「と言う訳です。覚醒直後の彼女には、社会通念的なもの以上の知識が存在していませんので、皆さん彼女によろしくしてやって下さい」
それを受けて課員の一人が言う。
「なるほど、違いない。しかし話し方はエラくはっきりしてるな。メードってのはそんなものなのか?」
「いや、覚醒直後にしては比較的、彼女の意識も落ち着いている方なんだってさ。
という訳で、皆も、自己紹介。ホラ順番に」
えー、とかなんだよ仕切るなよ、とか、どこか小学校の学級会を思わせる言動が飛び交う。皆どこか楽しそうに、呆れていた。
「あー、私はヴァン・フォッカー諜報少佐。少佐と呼んで下さい」
十人の中に呑まれるようにして佇む、背の低い男が言った。彼、一応リーダーだから。と誰かが付け加える。よろしくお願いします。と少女。
次、次、俺! とか何だか勢い勇む男もいたり、無難にこなす者がいたり、とまあそんな調子で自己紹介も滞りなく終わった。
それからは誰もかれもが色めきだって、少女に何か質問したりとか(大概は答えられない)、まあ何というか転校生の初日風景のようなものが展開され始める。
その様子を眺めつつ、クナーベは壁を背に突っ立っていた。
「おいクナーベ」
その隣から男、トーマス・ギュンター中尉が言った。
「なに?」
「お前、あの娘に手ェ出すなよ」
「いきなりなんだよ……」
「だってお前ロリコンだし」
ばかやろ、クナーベは囁くように言った。
ふい、と少女がこちらに視線を遣る。どうやらメードの聴力というものは人間の範疇の外にあるらしい。
「お二人ともっ、喧嘩しないで下さい」
「あ、ああ、分かってるって。ところでファイルヘンちゃんには何か好きな食べ物とかある?」
ギュンターはニコニコと人当たりのいい笑みを振りまきながら言う。分からないです、でもベーグルとか食べてみたいです。そんな風に緊張した様子で少女は返した。その様子にクナーベは一際面白くなさそうにする。
ただあまり表情は動かさずに。
「……さて、この辺にしようか」
言い出したのは課長だ。えー、と不満の声が一斉に吐き出される、それを一身に受けることで、課長のいたたまれなさが現出する。
「仕方ないじゃないか。あ、ところで彼女の担当を決めなきゃいけないんだった」
「決めてないんですか?」
「それはない」
呆れきった様子で返す課長。
「もうとっくに決めてる……クナーベ、君が担当」
「えぇー!?」
叫んだのはギュンター。しかし大半のものが予想していた通りの結果らしく、それ以外の殆どは平静を保っていた。むしろこの展開が余りに予想にストレート過ぎて、つまらなそうにする者さえいる始末だ。
「え、何で俺?」
「ん、だって女の子好きでしょ?」
「いや、ちょっと待って下さいよ……」
抵抗して叫ぶクナーベに対し、少女は恥ずかしそうに。
「よ、よろしくお願いします」
「え、えー」
実際満更でもない癖に、建前だけでもこう言っておくのは、まあ当然。
「よろしく」
「は、はい」
誰からともなく拍手が起こった。それはすぐさま部屋中を埋め尽くすほどになる。