Chapter 2 :ゆめみる人達

(投稿者:Cet)



 私は何故ここにいる

 そしてお前は誰だ

 亡霊か、それとも

 影に過ぎないならば消えよ

 私が会いたいのはただ一人きりなのに

 この世界はなんだ、夢でないというのなら

 私はもうどこにも帰れないのに


 ただっぴろい荒野のような場所だった。赤茶けた土が均されて、時折人工的な起伏を生みながら一方へ延々と続いている。
 その途上には恐らく人為的に配置されたであろうオブジェクトが並ぶ。それは例えば廃棄寸前の車両、マンターゲット(人の形をした目標、白と黒で得点域を表している)、例えば軍用車両であったりした。
 そしてそれらの手前に、男性と少女が一人ずつのペアが並んでいる。どうやら射撃訓練場の体裁をなしているらしい。ただ、人間が使う分には幾らか敷地が広すぎることもなくはない。それに擬似目標に及んでは巨大過ぎる。
 またそこにいるペアの殆どは、男性が銃器の使い方を少女にレクチャーしているというような格好である。その中にはクナーベファイルヘンの姿もあった。
 周囲には針葉樹が鬱蒼と群生させられており、一種の閉鎖空間が形成されている。
 クナーベは小型の拳銃を手にして言う。
「いいか、銃を撃つときには、反動ってのが凄まじい。初めて撃つ分にはだが」
「はい」
「だけども君は『メード』だ。その辺りの基準では計り知れないポテンシャルを持ってる……まあ一応基本を守って」
 ドン。
 説明を遮るように、発砲音が響く。直後。
 ドォォォォォオン。
 オブジェクトの一つが砲弾を受けたかのような爆発を伴って、四散した。イヤーカバーをしていて尚、その地響きと衝撃音は彼らの五感をえぐるものですらあった。
 その弾丸を放ったのは果たしてファイルヘンよりも幾らか幼い印象の少女であり、一人の教官とペアになって、何やらアドバイスを受けているようだ。
 少女は幾つか頷き返したあとに、もう一度拳銃を構えて次弾を放つ。
 ドン、ドオオオオオン。
「……ふざけんなよな、目標が無くなってしまう前にさっさとやろうか」
「はい」
 事前に調査された彼女のコア出力は決して高くない。
 ファイルヘンは銃を正面へと向ける。右手でグリップを握り、トリガーに指をかけ軽く突き出すようにする。そして左手をグリップの下部に添え、銃本体を安定させた。
 その正面には十メートルとか、そういった比較的近い単位でマンターゲットが並んでおり、慎重に狙いを定める。
 バン、撃った。
 バスン、とマンターゲットを拳大くらいの穴が穿った。おお、とクナーベが驚きの声を上げる。
「すげえ、本当に威力が上がってるんだ」
「あ、はい」
 ファイルヘン本人も驚いている様子だ。
 メードの持つエターナルコアは、自らの手に持つ物体に対して様々な形でエネルギーを付与することができる。何とも御都合的ではあるが、先ほどから実際の光景を目の当たりにしていては納得せざるをえない。
 ふむ、とクナーベが考える素振りを見せる。
「あのさ、今のはパワーをセーブしてみせた? それとも全力?」
「いえ、その辺りの加減はまだよく分からなくて」
「じゃあ次はできるだけ全力に近づけてみて」
 はい、と一言ファイルヘンは返事して、そのまま先程と同じように銃を構える。
 バン、バキン。
 マンターゲットの頭部が消失した。


「訓練だって?」
 意外そうな声を上げたクナーベに対し、トーマス・ギュンターは言う。
「ああ、課長の命令だ、とっとと行ってこい」
 クナーベはファイルヘンに編み物を教えている最中であった。ここのところの彼の任務と言えば、彼女に社会常識を定着させること、であるのだが、何というかほとんどお戯れと化している。
「近頃たるんでるかもしれないな」
「はい……遊んでばかりもいられませんよね」
 言いながら二人は毛糸玉と編み棒を置いた。小さなうさぎやクマのぬいぐるみがニ、三個机の上に陳列されている。

 二人が赴いたのは、エントリヒ帝国が管理する射撃演習場であった。しかしその実態は管理事務や運営のほとんどが皇室親衛隊に委任された、上層部直属のメード訓練基地である。
 政庁舎から出るバスに乗って、都市の中を走る。
 暫くすると都市を過ぎて、バスは深い森の中へと入っていった。
「どこに行くんだろうな」
「楽しいところだといいですね、またお芝居見れるでしょうか」
 ん、クナーベは応える。
「今夜にでもご褒美差し上げるよ」
「はい」
 笑う。それは二人とも例外ない無邪気なもので、二人きりの客を乗せたバスはその後も道無き道を進んだ。
 揺られること三時間が過ぎると、バスは森の中に位置する施設の正面に到着した。人為により植えられた木々は、何かを隠匿しているようにも見える。
 二人がバスの運転手に礼を言って降りると、そこには一人の男がおり、微笑んでいた。
「クナーベ、そっちがファイルヘンだな」
「ああ、アナタは確か」
「ベルクソン、皇室親衛隊特務部隊の方で技術士官をやってる。お嬢さんはこちらへ」
 ぺこり、と会釈をしてファイルヘンが進み出る。
 クナーベもそれを追うようにして歩く。正面入り口から施設の中に入るとリノリウムの床の広いロビーと、カウンターがあり、施設に勤めているらしい軍服を着た女性が座っていた。それだけを見れば、町の役所とさして変わらない。
 そのまま直進して、建物を抜けるとそこが射撃場になっていた。
「うん、慣れないこともあるだろうからクナーベに先に言っておく、お嬢ちゃんは見学でもしててくれ」
 そこには既に数組のペアがいて、射撃訓練に励んでいた。


 そんなこんなで訓練を終えた二人は帰路に就いていた。二人を乗せたバスが夜の道を進む。ひとまずファイルヘンの戦闘能力は下の中、といったところであった。戦闘に今駆り出されたところで、満足な成果を上げることは難しいだろう。とはいえそれはエターナルコアの出力をどれほど威力に生かせられるか、といった単純な基準による評価ではあったが。
「まあできれば戦いなんてしない方が」
「そういう訳にもいきませんよ、私はメードなんだから」
 ちょっと怒ったように言うのに、クナーベは視線を遣った。
「お前は前線に出られるようなタイプじゃないよ、何たってお嬢さんだ。ベルクソンも言ってただろ」
「でも……まあ、確かにそうかもしれませんね」
 そう言って少女はにこりと笑った。クナーベがみじろいで視線を逸らす。
「ま、まあ工作員とかには向いてるかもな」
「それはどうして?」
 クナーベは言葉に詰まる。そして俯いて暫くうめいた。
「つまり……こう男を惑わせる色香の女というか」
「私、殿方をそんな風に弄ぶような真似はしませんっ」
 あははは、ごめんごめん。と、クナーベはその場を何とかやり過ごす。しかし実際のところ、自分の感情の機微を悟られないようにするのに必死であった。工作員である自分すらこのザマだ。やっぱり余程適正があるんだろう、とクナーベは思う。
「ところでご褒美、何がいい?」
「クナーベさんの好きなところが好(い)いです」
 いつもと異なる返答に、反射的に振り向くと少女の笑みとぶつかった。
 慌てて視線を逸らす、不覚、不覚、と心の中で何度も呟きながら。
「ああ、でも覚悟してくれよ、どこに連れて行くか分からないから」
「どこへ?」
「俺の好きな所」
「……それって」
 くすくす、と少女が笑う。
 顔を赤らめて、どこか嬉しげに、笑う。
 はは、と、青年もまた声に出して笑った。


 その夜二人は手を繋いで劇場へと出て行った。
 その様子は何人もの同僚が目撃していた。何といっても彼らは皆々して工作員の端くれなのだ、見逃す筈もない。しかしその後に帰ってきた二人を見るに、彼らは違和感を覚えざるをえなかった。
 いや過程を想像するに、それも俗的な想像力を働かせれば、結論自体は容易に出るのだろう。しかしクナーベは女性から情報を引き出す技術に長けた工作員である。

 泣き崩れた女性を連れて帰るはずなど、ないのだ。


最終更新:2008年12月28日 17:49
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