SILVERMOON
乙女の憧れ 実践編
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乙女の憧れ 実践編
「なあ、サロメ…ものは相談なんだけど…。」
クリスはおずおずと切り出した。
「はい。なんでしょう?」
「サロメは、いつか私に誓いの言葉を交わす日が来るって言ったよな。」
「……ええ。」
「…あ、あの…それでだな、…今ここで…」
「はい…?」
「ちょっと…な、練習しておきたいなー…って思うんだけど…。」
もじもじしながらお願いするその様はやたら白々しいのだが、サロメはまるで気づいていない。
クリスのお願いを真面目に聞いている。
「練習…ですか…?」
「ああ。”ただの練習”…だ。ほ、ほら、本番で失敗するとまずいだろう?……だから、つきあってくれる?」
「……。」
まさかそんなことを頼まれるとは思いもよらず、クリスの申し出にサロメはどう返答すべきか逡巡する。
要するに、
クリスはいつか誓いの言葉を交わすその日のために、今自分と誓いの言葉を”練習”したい…と、
そういう事のようである。
誓いの言葉…
サロメは今一度その意味を考える。
それは、
サロメにしてみればこんな機会が無ければ言うことも無いであろう言葉である。
「……。」
サロメが無言で思考をめぐらせている間、クリスも無言でサロメの答えを待つ。
そして、
「……わかりました。…では仰せのままに…」
「本当か?」
クリスの表情がぱあっと明るくなる。
「はい…。」
サロメはクリスにやわらかく微笑み、目を伏せる。
心苦しいところもあったが、自分の心を隠したままでサロメはクリスの提案を呑んだのだった。
礼拝堂の正面で、二人は向かい合っている。
「………。」
「………。」
クリスは期待の眼差しでじっとサロメを見上げている。
「………。」
「………。」
「ええと、…どうしましょうか…。」
無言の圧力に耐えかねて、困ったような表情を浮かべサロメが切り出した。
「え、あ!そうだな…だいたいは分かっているから……、そのぅ……実際にやってみないか?」
すっかりサロメの言葉を待っているだけだったクリスだったが、
練習だと言ったことを思い出し、慌てて取り繕った。
「…で、では、私に続けて言ってくださいね。」
「ああ…。」
サロメの言葉にクリスはしっかりと頷いた。
そして、サロメは記憶にあった誓いの言葉を思い起こしゆっくりと紡ぎだす。
「富める時も貧しき時も…」
「病める時も健やかなる時も…」
サロメの言葉にクリスも続けた。
「死が2人を分つまで……。」
そこまで言って、サロメの言葉が途切れる。
「………。」
クリスはただ黙って待っている。
「……変わらぬあなたへの、思いを……永遠に…誓います。」
一言、一言、
サロメは絞り出すように発していく。
それは、練習だとは思えないほど真剣なもので、それだけでクリスの心は満たされて、本当に誓いを交わしていると言う錯覚を起こしそうなほどだった。
そして満たされた心のまま、クリスははっきりと言った。
「……同じく、誓います。」
「……。」
どれほどの時間が過ぎただろうか、二人は言葉を交わすことなくただ見詰め合っていた。
真摯な顔つきでサロメを見上げるクリス。
その瞳は煌めいていてサロメを捕らえてはなさない。
「クリス…さま。」
切なげに、サロメはクリスの名を呼んだ。
今夜のクリスはどうにも自分を惑わせる。
練習だから誓いの言葉を言えといい、言ったら今度はこのような目で見つめてくるのだ。
自分の言葉に偽りは無かった分、余計にこんな表情をされては、もしかしたら…と、ありもしない都合の良い解釈をしそうになってしまう。
彼女はただ、教会の雰囲気にのまれているだけだ。
ただ、それだけだ。
そう自分に言い聞かせるのだが、クリスの目を見ていると心がひどく揺らぐのだ。
揺らいで、想いがあふれ出てしまいそうで、どうしようもない。
そして、抗えない衝動に突き動かされて、サロメがクリスにそっと唇を合わせる。
それはほんの一瞬のことだった。
「はっ…」
直後、サロメは我に帰り、慌ててクリスから離れる。
なぜそんなことをしてしまったのか、今となっては遅いのだがサロメは自責の念に駆られてしまう。
「わ、私は…。」
「サロメ…。」
しかしながら、
思いつめた表情を浮かべているサロメのその一方で、彼の名をしみじみと口にするクリスの表情は歓喜に満ちていた。
ただ単純に、うれしかった。
たとえその場の流れでそうなったのだとしても…
それでも、やっぱり…うれしかった。
「あ、あの…」
サロメはかける言葉を模索する。
「どうした?誓いのキスも練習の一環だろう?」
困っているサロメが忍びなくて、クリスはわざと何でもないことのように軽く言い放った。
「……へ?…ああ…ええと…。………そ、そうです、な。」
一瞬呆けて、その後ほっとしたようにサロメもクリスに合わせた。
「………バカ。」
「え?今…なんて?」
「いーや、何も言ってない!さあ帰るぞ。」
「!?…あ、はいっ。」
くるりときびすを返し、すたすたと歩いていくクリス。
サロメはあわててそれに従った。
ライトフェロー邸まで二人は連れ立って歩いていた。
評議会からそう距離も無く、程なくして到着した。
別れ際、館の入り口の前で唐突にクリスがくるりとサロメの方を向き、話しかけた。
「あーあ、かなり遅くなってしまったな…。もういっそのこと帰らずに一緒にいるか?」
「ええっ!?」
「くすっ。冗談だよ。」
「なっ…」
「なんだ、さっきはあんなに積極的だったじゃないか。」
「あっ、あれはっ……!!!」
サロメの頬に見る間に朱がさしていく。
そしてサロメがうろたえるさまをクリスは実に楽しそうに眺めている。
「…ありがとう……な。」
”練習”という名目でもらったことばだけれど…
私は、ずっと忘れないから、な。
ちゅっ
「さっきのおかえしだ。…じゃあ、おやすみっ。」
不意打ちでサロメの唇を掠め取り、
はにかむ様な笑みを見せ、クリスは館の中へと去っていくのだった。
「…………クリス、さま…。」
そして、
館の外にひとり残されたサロメは先ほどよりも一段と真っ赤になってただただ突っ立ていた。
本当の誓いの言葉を交わすまでの道のりはまだまだ前途多難のようである。
終わり